神庭 芽衣子 第二節
次の日曜、神庭が約束通り睦月高校を訪れると、校門では川村が待っており彼女を出迎えた。
女子高に通う神庭にとって共学に幾許かの憧れはあるが、弓道場まで案内されながら見慣れぬ校舎を見渡しても生徒のいない学校ではそれも薄らぐ。
聖サクラエの立派な弓道場に比べ小さくプレハブ小屋のような睦月高校の弓道場の前に例の少女はすでに着替えて立っており、姿を確認するやいなや深々と頭を下げてきた。
「大会で戦って知ってるとは思うけど、聖サクラエ弓道部主将の神庭。で、うちの後輩の森谷」
「よ、よ、よろしくお願い、します」
「よろしく。今日しかないからすぐに始めて」
「は、はい」
言われた通りすぐに弓と矢を持って森谷は射場に立ち、神庭は黙って4射を見た。だが、違和感というのか疑問というのか、神庭は不思議でならなかった。1射ごとの形にムラがあって不安定な上に的中も1中のみ。こんな状態で自身と競り合っていけるだけの実力など、どうしてもないように見える。
「あの……ど、どうでしょうか……」
「続けて」
「は、はい」
川村に矢取りをさせてさらに4射。これもまぐれ当たりに近い4射1中。形は今まで見てきた後輩の中では良い方だが、修正箇所だらけで大会の記録がどうしても納得いかない。まぐれだけで17射17中などあり得ない。
(なに、なに、なに、なんでこれに私負けたの。)
何も言わず見ている神庭に森谷は怯えるようにも映る。
「川村」
矢取りをして渡しにきた川村を呼んで道場から少し離れた。
「あれどういうこと。8射1、2中のあれがどうして大会じゃ17射17中になるの」
「不思議だろ。俺もそう」
あっけらかんと答える彼に神庭はさすがにイラッとした。
「手本みせてやってくれないか。たぶんそれでなんか分かる」
「手本もなにも私道具持ってきてないし」
「カケくらいは持ってきてるんだろ。弓は俺の使えよ。矢は適当に長さの合うやつで」
かなりテキトーな発言に聞こえるが思惑ありげな川村の様子に神庭は嘆息して道場に戻った。
そんなことになるのではないかと鞄に入れておいたカケと弦を出し、何本か並んでいた弓の中から迷うことなく川村の弓を手に取って弦を付け替え張る。
「よく俺のがそれってわかったな」
一瞬、神庭の動きが止まる。
「去年の合宿のときに見たしね」
「でも去年と弓違うんだけど」
「……あんたのこれ何キロ」
目を泳がせながら張った弦の張り具合が緩いことから少し強引に話題を変えた。
「17キロ」
「あんた男なのに17使ってんの?」
「うっせーな、ヘボいんだからしかたねーだろ」
結局、川村の弦に戻し、矢も彼の物を借りた。胸当てを付け、礼を欠かすことなく射場に立ち、弓を引く。森谷は瞬きもしないかのように見つめている。
自身の使う弓より2キロも弱いとしっかり形に填められないが、問題はない。放たれた矢は難なく
1射のみ行い、ぼーっとしていた森谷に促し、また弓を引かせるために彼女を射場に立たせた。
神庭は弓を置いて観察すると、戦慄した。さっきまで安定感のなかった形が別人のようにまとまり、修正箇所も殆どなくなっている。会でしっかりと溜め、放った矢は正鵠の少し上を貫く。2射目も同じように的中。
(私のを見て、真似したってこと……?)
わけがわからなかったが、とりあえず奇跡に等しいまぐれで優勝したわけじゃないことだけは納得した。
しかし、4射、8射と短時間に立ちを重ねる内に形は元に戻っているようにも映った。神庭は森谷が自身の形をコピーしたと仮定し、これの原因はイメージの劣化と体力不足ではないかと結論付けた。イメージの劣化というのは抽象的な表現ではあるが、神庭が考えるのは体に形が“染みついていない”という付け焼刃を示唆する。
体力不足を補うには純粋な体力作りと基礎練習しかない。しかし、ただ闇雲に練習させても形が安定する一般的な下から上に上がるだけの状態。だがそれでは全国大会まで間に合わない。場合によっては一種の壁というスランプにぶち当たり意味をなさない。
ではどうするのが最も効率的か。
「森谷さん」
「は、はい」
アドバイスもないまま黙々と16射目の立ちに入ろうとした彼女を呼び止めた。
「録画、できるでしょ」
「え?」
「私が2立ちするから、スマホで録画して」
「あ、は、はい」
森谷は慌てて弓と矢を置き、カケを外すと更衣室に入れていたスマートフォンを持ってきて録画の準備をした。その間に神庭もまずは正座で10秒程度の瞑想を行いメンタルスイッチを入れると、もう一度川村の弓と4本の矢を手に取り的の前に立った。二本を足元へ寝かせ、試合の時とほぼ同じ意識で全身全霊をかけて形を作る。
2射を終え、立ったまま足元の2本を拾い上げさらに2射。自身の弓矢でないにも関わらず4射全て正鵠に収め、弓を倒して立ちを終えた。
「どんなときも2射終えるごとに録画したのを観てイメージの修正をして」
何度もイメージの上書きをさせながら練習させることで体へ染み込ませるのが最も効率的だろうと判断した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます