森谷 真美 第五節

 試合よりも緊張した表彰式ではあったが無事に終え、片づけが始まっていた。

「まだ信じられない……どうしよう……」

 着替えも終わり、表彰状を見ては何かの間違いではないかと頻りにあたりをきょろきょろしていた。

「おめでとう!」

「わっ!?」

 不意に悠希に後ろから抱きつかれて、驚いた拍子にせっかくの表彰状を落としてしまったが、美沙がそれを拾って渡した。

「もう、イチャイチャしないでよぉ」

「い、い、イチャイチャって、わ、私のせいじゃなくて――い、いきなり悠希が……」

「ごめんごめん。うれしくてつい」

 屈託のない笑顔で二人に謝った。

「優勝するなんて夢にも思わなかったよ。でも最後は真美なら勝てるって信じてたけど」

「そんな……ありがとう。でも、たぶん、弦が切れなかったら、勝ててなかったよ」

「いや、実際のところ、あれはほとんど関係ない。会の時点でほぼ的中位置は決まるから、弦が切れても影響ってほとんどないんだよ。上手ければ尚のこと」

「そうなんですね――って、その頬っぺたどうしたんですか……?」

 真美の言葉を訂正した川村の左頬は真っ赤になっていた。

「いやな、神庭が影で一人泣いてるの見かけて、なんだかいたたまれなくなってな。声かけたんだよ。そしたらぶっ叩かれた」

「なんて……声かけたんですか?」

 正味、その時点で空気が読めない感じを匂わせていたがとりあえず話を最後まで聞いてみる。

「”惜しかったな”って」

「うわ、最悪」

「先輩、それは……」

「センパイ最低ですっ!」

「え、なんでよ!?」

 神庭だけでなく総スカンの反応に川村はまったく理解できずにいた。

「いいか、川ちゃん、一人で泣いてるってことは尋常じゃない悔しさとか泣いてるの見られたくない自尊心とかいろいろあるわけよ。そこへノコノコ現れて、特に親しくもない、仲間でもない、それどころか自分を負かした学校の人間に”惜しかったな”なんて言われてみろ、それは皮肉とか嫌味とかとてつもない屈辱でしかないぞ」

 ぽく、ぽく、ぽく、ちーん。

「あ、ああ、なるほど!」

「おそっ!?」

 フリーズし、三拍以上の間が空いてようやく川村は自分のした行為がどういう意味で捉えられたかを理解した。

「いやでもね、そういう意味じゃないんだよ、俺が言いたかったのは」

「わかる、わかるよ、川ちゃんが言わんとしたことは。でもね、その状況と相手じゃ、その意図を汲み取るのは、絶望的に、無理」

 川村は弁解を図るも悠希に冷静に諭され、それに美沙はうんうんと頷き、真美もさすがに困ったような苦笑いをしている。

 全員の頭の中に過るのは、「こんなんだから彼女できないんだろうなぁ」という思いである。決して悪意もないし総じて優しいが、誤解を招く余計なひと言で相手に不快な思いをさせてしまうことが非常に多い。

(……辛かっただろうなぁ……。たぶん、あの人、先輩のこと好きだったんだろうし……。)

 神庭が川村に声をかけ彼女の言葉を聞いている内に真美はそれを察した。恋をする人の視線であり、色々なものが邪魔して素直に言えない応援。以前は交流があったとはいえ、他校の異性、それも大会でロクな成績も出せていない人のことなどあれだけの実力を持っている神庭が普通ならば覚えているはずなどない。ましてやわざわざ声をかける必要もない。

 神庭の気持ちを思うと、胸が締め付けられた。

 三連覇がかかった高校最後の大会という舞台で、始めて間もない一年に競り負け、挙句に好きな人からの追い討ち。偶然とはいえ、自分が勝ったばかりにこんな結果を作ってしまったことが本当に申し訳なかった。

(こんなんじゃ、ぜんぜん報われないよ……私が想像できないくらいすごく頑張ってきんだろうし……。)

「――み――真美」

「……あ、は、はい」

 悠希に肩を叩かれてようやく呼ばれていることに気が付いた。

「またぼーっとしてたよっ」

「ご、ごめん、その、考え事してた」

「神庭のこと?」

「はい……」

 俯く真美に川村は額を人差し指で押し上げた。

「前を向け。神庭だって一年のときに決勝で三年に引導を渡してる。浮かれて喜ぶのは敗者への配慮にやや欠ける。だけど勝って落ち込むっていうのは一番敗者に対して失礼だ。勝ったことに自信を持て」

「は、はい」

 今度は川村に諭され、真美は笑った。

「よし、じゃあ、今日は帰りに北京寄ってラーメン食うぞ。睦月高校弓道部初優勝の祝いにおごっちゃる。好きなもん食え」

「あ、ありがとうございます」

「やったぁっ!」

「いぇーい」

「悠希は自分で払え。お前は弓道部じゃねーし」

 日の傾いてきた空。四人は荷物と弓を抱え、楽しそうに自転車置き場へ歩いた。

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