森谷 真美 第四節
神庭に辛うじて食い下がった。だが、真美は緊張の中での連続した競技により体力は疲弊しきっていた。そもそも、彼女にとってもこれほど集中した八射など練習中でもない。
これ以上の競技は結果が見えている状況でアナウンスが入った。
「大会規定により、近矢にて優勝を決定いたします」
真美と美沙は近矢という言葉に首を傾げた。
「近矢というのは、一射のみ行い、
四本の矢を持って戻ってきた川村がそう教えた。
「えー、じゃああっちが有利じゃん……せっかくここまできたのに」
優勝も見えていた最中、美沙は常に正鵠へ入れてくる神庭相手では勝ちえないことに心底がっかりした様子である。
「…………」
真美は自分の手が震えている事に気が付いた。カケをつけた自分の手を握り、胸に抱くように目を閉じる。その手を誰かが包んだ。驚いて目を開けると、さっきまで観客席にいたはずの悠希がそこに立って手を包んでいる。
「頑張って」
真美が言葉を出す前に彼はただそれだけ言うと、走ってまた観客席の方へと戻っていった。
「マメなこった」
忙しない悠希に川村が漏らす。真美は握られた両手を眺めると、震えは止んでいた。
「……先輩、最後に刺さった矢はどれですか?」
「ん……確かこれのはずだ」
四本の中から鏃の傷を見て判断すると真美はそれを受け取った。
「これで、臨みます」
「……おっけ」
「頑張って」
二人の応援に笑顔で頷いて、入場口に立つ神庭の後ろへ再び並ぶ。
一礼し入場。まっさらの的が一つ置かれた的場。神庭から先に射場へ立ち矢をつがえ、真美は後ろで矢をつがえた状態で待つ。
真美は目を閉じ最後の一本のため今までで一番長く深く息を吸い、吐き出していく。その間も神庭の弓はしなり力を溜める。そして放たれた。
だが、放った途端に弦が弾け反動で彼女は弓を取り落とした。弓が床に落ちる音と的中の音はほぼ同時。真美は驚いて目を開いたが、神庭はいたって冷静に教本通り弓を拾い上げると道場の後ろに下がった。
真美は気を取り直し、立ち上がって的の前まで進むと最後の一本に思いを託し、自分のペースで弓を起すとさっきまでの通りイメージと体を合わせながらゆっくり引いていく。
最大限に引き絞られた弓。音が消え、視界が的のみを捉える。自然とカケが弦から外れた。
ふわっと山なり気味の軌道。矢は回転しながら的に吸い込まれた。今日一番の音を発てて矢が突き立てられた。的中したことに意識を奪われ脱力したが、慌てて弓倒しをし、神庭ほど綺麗にできないながら道場の後ろへ下がって並ぶ。
審判員が的へ歩み寄り、的から矢を抜いて位置を比較する。その二本の矢のうち、一本を持って二人の前に早足で射場へ。場内で待機していた審査員がそれを受け取ると観客と選手へ示すように羽の部分を掲げた。
「どちらの矢ですか?」
その問いに真美が恐る恐る手を挙げた。
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