森谷 真美 第三節

「想定外すぎるんだけど」

「ご、ごめんなさい」

 おどおどし視線を自分の足元に向けたままでいる真美。川村は起きている状況に困惑し本人の目の前でそう漏らした。

 個人戦の二立ち目が終了し、結果は美沙が4射1中、真美が8射8中。真美は会中(4射4中)にて準決勝に進出し、その中でも4射3中以上で決勝となる女子の個人戦績で全的中は川村に声を掛けた神庭とたった二人だけである。また、安定した強者が集まる準決勝でこれほど偏ることも珍しいが3中以上もこの二人だけであり、デビュー戦で個人準優勝以上が確定した。

 練習中でも会中したことなどないのに、一立ち目に会中したとき割と動揺し、冗談で全的中したら優勝だなとか言っていた結果がほぼ事実となったので、真美より川村と美沙のほうが浮足立っていた。

「えっと、あれだ、えー、俺を超えた今、先輩として言えることはもう何もない。決勝戦は精一杯やってください。いやていうか、顧問はなんでこんな時に限って来てないんだよ」

「あ、はい……がんばります……」

「ねえ、練習の時は美沙とそんなに変わらなかったのに、なんでこんなに違うの?」

「なんでだろ……なんか、あの神庭って人の練習を見てから、体の感じが……こう……すごく楽になったの。そ、それに、悠希が見てくれてると思ったら、なんだか、あ、安心して……」

 顔を真っ赤にする真美を尻目に、川村は聞いて口元に手を当てて考えこむと、懐に差していた大会冊子を開いて何かを確認し始めた。

「よし、アドバイスだ。結果は気にしなくていい、神庭の射形をしっかり見て落ち着いてやればいい」

「は、はい」

 優勝決定戦のアナウンスが流れた。真美は準備すると二本の矢を美沙から受け取り、入口に立つ神庭の後ろに並んだ。二人が一礼の後に入場するとサポートとして2セット目の矢と予備弦を持ち美沙と聖サクラエの生徒も入場し隅に待機する。

 的の前に立ち、神庭から矢をつがえると、ゆっくり弓を引き絞った。真美は矢をつがえたまま膝に弓を当てて待つ。

(一糸乱れぬって、こういうのなんだ……。)

 間近で見ても余分な動きのない整ったフォームに真美は心を奪われる。弦音ののち、まっすぐの軌道を描いて矢はまっさらな的の図星へ、パン、と突き刺さる。観客席から拍手が起こった。残心にも神庭の自信に満ちたオーラが現れている。的場の的中表に○が出る。

 真美は観客席で見守る悠希の姿を一瞥すると、息を吐いてイメージに身を任せて弓を引いた――そして射。少し山なりの軌道を描いて的の端にパツッという神庭より少し鈍い音で突き刺さった。観客席からは悠希のみが拍手をする。

(ありがとう、悠希、美沙、先輩……。)

 悠希の拍手、射場内にいる美沙と的場の端で矢の回収を行う川村の無言の応援に支えられながら、残心から次の矢をつがえる。

 二射目も互いに的中し、控えていた美沙たちが矢を渡す。

 三射、四射と的中を繰り返し、的に刺さった四本の矢が回収される。回収された矢は場内で待機する美沙たちに渡され、彼女たちから神庭と真美に再び二本ずつ手渡された。

 仕切り直しの二射でも決着はつかず、さらに二本手渡された。ここまで合計14射14中。三年生である神庭は納得の数字だが、初めて間もない一年生の真美でこの数字は驚異的と言わざる得ない。

 三射目もそれぞれ的中。ただ神庭の矢すべてが的の中心円である正鵠せいこくの中に収まっているのに比べ、真美はあちらこちらに散るまとまりのない的中であった。

 神庭が四射目を放つ。難なくこれも正鵠。八射を終えて弓倒しを行い神庭が退場。そのときほんの一瞬、横目で真美を見たようにも思える。

 真美は弓を打ち起し引いていく。ただ、五射目を過ぎたあたりから真美は羽のように軽かったはずの弦の強さを感じ始めていた。唇を噛みしめ、必死に突き出した左腕を押しながら弓を引き絞る。

(……あっ――。)

 本人の引き絞る意志とは対照的に唇に持ってきたところで滑る様にカケから弦が離れてしまった。しかし、矢は的の上部にある枠に中る。すぐに的中か否かの判定のため的場の端で待機していた判定員が的に早足で近寄る。

 緊張とは違う動悸に苛まれながら、真美は結果を見ようとはせず、残心から弓を倒してゆっくり退場した。

「真美、中ってるよ!」

「……え……?」

 振り返って的中表を見ると、○がついている。

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