森谷 真美 第二節

 睦月高校の弓道部は川村卓成、森谷真美、志藤美沙の三人だけなので男女別となる県大会の団体戦出場はできない。よってそれぞれが個人戦のみの出場となる。個人戦の戦績は団体戦での参加者も個人戦へ登録されていれば含まれるため、個人戦そのものの競技者数は団体戦に比べれば多くはない。

 真美たちは巻き藁の調整練習を一区切りさせ、弓を立て掛けると、ちょうど聖サクラエが入場し競技が開始されるところだった。

 大前と呼ばれる先頭に立つ神庭。練習のときよりもさらに流麗さが増している動作。その所作に真美は神庭が道場から退場するまで見惚れるようにじっと見つめた。

 男子団体、女子団体競技を終え、男子個人の競技も終了した。川村は4射3中にて準決勝に進むも結果は4射1中の計4中。去年の一応の雪辱は晴らした形ではある。

「あーよかったよかった。後輩の前で情けない結果にするとこだった」

 男子の的中率は8射5中以上が多く競技者の中で事実上の下位だが、川村はそれでも一安心である。

「お疲れ様ですっ」

「はいサンキュー」

 美沙から貴重品を受け取り、懐にしまう。

(あー、緊張するよぅ……。)

 間もなく女子個人が開始される。美沙と真美は後半だが、それでもものの20分程度で順番は来る。女子二人はデビュー戦で、川村は見た目より遥かに緊張が伺える様子にどう緊張をほぐしたものかと思案している。

 緊張で深呼吸を繰り返す真美の肩が後ろから叩かれる。振り返れば爽やかなスポーツマンといった男子生徒が笑顔で立っていた。

「悠希!」

「遅くなってごめん、真美」

 彼の手を取り真美は喜んだ。悠希と呼ばれた男子生徒は川村と同級生であり、色々な偶然から彼女が入学して一ヶ月でお付き合いの運びとなった真美の恋人である。

「ううん、いいよ、遠いのに来てくれてありがとう」

「彼氏が来て百人力だな、真美ちゃん」

 川村の言葉に彼女は耳まで真っ赤にしてはにかむ。

「もうすぐ出番だよな、観客席で応援してるから、頑張って」

「うん」

 爽やかな笑顔で悠希は道場から出ていき、それを真っ赤なまま見送る真美。

「先輩っ、どうやったらあんな彼氏できるんですかっ?」

 わりと真剣めに美沙は川村に質問した。それににやけながら彼は、

「彼女できたことないから知らん。そこにいる恋愛の先輩にきけ」

 と丸投げした。

「真美っ、どうしたら出来るのっ?」

「え、え、えっと……」

 回答に窮し貴重品を取り出すと川村に押し付けた。

「じゅ、準備、準備もうしないと、始まる!」

 そう言って弓立に向かって自分の弓を持つ。準備という割に矢も持っていなければカケもつけていない。

「はいはい落ち着いて。彼氏彼女の件はあとにして、ぬかりがないよう目の前の試合に集中」

 やっと先輩らしいフォローを入れて場を収める。緊張のほぐれた様子の二人を見て川村はどこか安心したように笑う。

 いよいよ二人の出番。真美は一組目の大前と呼ばれる先頭、美沙は二組目の中と呼ばれる真ん中。五人一組で順に一礼してから入場し、それぞれが先頭に合わせて決められた的の前に整列して立つ。二組十人が道場に並んだ。

(そ、想像より観客席近い……。)

 デビュー戦が観客席の目の前という、恥ずかしがり屋の真美にしてみればいきなりの試練である。さらに広さから生まれる視野の影響で、自校の道場で練習するときより的も小さく見える。

 射場に立つと競技に参加している生徒たちははそれぞれが自分のペースで弓を引き始めた。

 弦に矢を継ぎ、緊張する頭の中で失敗しないように段取りを繰り返す。

 誰かの矢が的に刺さる音がすると、観客席から拍手が起きた。そのほとんどは的中した生徒と同校の部員であったりするので、詰まるところそれが意味することは、ひたすらアウェー感を演出されてしまう。

 心臓の鼓動が強く速く感じられ、集中できずにいる真美は弦につがえた矢をカケで押さえたまま俯き加減でそれを見つめるように止まってしまい、未だ一本も放ってはいない。

 刺さるたびに起こる拍手。焦るのに体は強張って動かない。

(とにかく……とにかく……引かないと……。)

 顔をようやく持ち上げ的へ視線を向けると、観客席で川村と並んで見つめる悠希の姿が目に入った。すると、不思議と心臓の衝撃は止み、体の強張りもなくなった。

(……うん、私、頑張る……。)

 彼女は覚悟を決め、静かに弓を打ち起し、ゆっくり引き絞っていく。一つ動くたびに視界から的以外のものは消え、耳には何も入ってこなくなった。練習では経験したことがないくらい弓の強さを感じない。

 会という弓を最大限引き絞った静止状態に入り五拍の間。自然と矢が放たれた。的の上段に一本目の矢が突き刺さる。

(当った……。)

 川村と悠希の二人が間髪入れずに拍手した。さっきまで渦巻いていた孤独感のようなものが完全に消え去り、心強さが真美を支えていた。

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