第4話 お弁当

 僕達は屋上にやってきていた。屋上は見上げるような高さのある落下防止用のフェンスに囲まれており、景観も雰囲気もあったものじゃないけど、落ち着いて過ごせるという意味では、学校内でも有数の場所である。ここの所は過ごしやすい気温ということもあり、屋上で昼食をとる学生達も多くいるんだろうけど、運が良いことに今日はポツポツと見かけるぐらいだ。


「えーと……」


 何か言おうとして、僕は口を開くが、後に続かなかった。元々何か目的があって屋上に来た訳ではなく、南をあのままにしておく訳にはいかない! という思いに駆られて、勢いで来てしまっただけなのだ。もしかして南は怒っているのではないかと、南の表情を僕は伺った。


「…………ぁ」


 目が合った。それだけで南は顔どころか見える範囲の肌をすべて紅潮させる。僕はその様子に目を離せなくなる。よく見ると肌がものすごく白いんだなとか、背が高いから目立たないけど、実際はものすごく華奢なんだなとか、そんなどうでも良い事が僕の脳裏を濁流のように駆け抜けて――。


「えっと……そ、園田……?」

 

右手に焼けるような熱い体温を感じた。僕の右手に、南の右手が重ねられていた。それだけではなくて、


「ちょっと……痛いかも」

「あっ!」

 

 その時になって、僕はようやく気づく。僕が南の腕を掴んだままだったことを。


「ご、ごめん!」


 僕は慌てて南の手を離し、謝る。


「ううん……全然いいから」


 言いながら、南は僕が掴んでいた箇所を自分の右手でギュッと握った。

 ……やっぱり痛かったのかな? ああ、こんな所まで無理矢理連れて来て僕は何をやってるんだよ! と、そこまで至って思い返す。教室で南に言われた言葉。


『ち、違う! 違うってば! あぁ、もう! 白状します! 私が園田とお昼食べたかったの!』


 あれは、一体どういう意味だったんだろうか。そのまま素直に捉えてしまっていい

言葉なんだろうか。僕が悩んでいると、南が決心したように言う。


「さ、さっきは急に変な事言ってごめんね?」

「い、いや」


 南が緊張しているように見えて、僕の方まで過剰に緊張してしまう。


「そ、その……ね? こ、これ……」


 おずおずと、南は僕に学校指定のバッグを差し出してくる。


「えっと……」


 とりあえず受けとり、僕は硬直する。これを開けろってことか? いや、でも女の子のバッグを開けるってどうなんだ? 疑問を持って南を見ると、南は顔を赤から一転、青ざめながら、僕からバッグを引ったくる。

「ご、ごめんね、ごめんね! わ、私何やって……もうやだぁ……」


 そして、膝に抱えるようにバッグを抱きしめながら、涙を流し始めてしまう。


「南……」


 僕が南の傍でしゃがむと、南は泣きながらごめんと繰り返していた。


 ――南をこのままにはしておけないよな……。


 南は一体僕に何を伝えたかったんだろう。僕は少し振り返る。教室でお昼の話をして、僕と一緒に食べたいと言ってくれて、そしてバッグを差し出された。僕は鈍い方だけど、これだけ情報があれば推察するくらいはできる。もし違ってたら恥ずかしい奴だけど、それで南が僕を馬鹿だと笑ってくれるなら、泣いているよりもずっといい。


「もしかしてお弁当作ってきてくれた……とか?」

「……っ」


 泣いている南の肩が僅かに震えた。


「……もしそうなら……僕、南のお弁当食べたいな……なんて」


 違ってたら本当に恥ずかしい奴だ。そうでなくても、恥ずかしい事を言っている自覚はあった。だけど、どうやらそれは正解だったみたいで、


「……ほ、本当?」


 南は涙声ながら、ちゃんと反応を返してくれた。


「もちろん。南も知っての通り、僕お昼まだだからさ」


 言いながら、僕は一言「あそこ行こう?」と南に声をかけ、開いているベンチの方へ誘導する。南は素直に従ってくれ、二人並んで腰掛けた。


「…………」

「…………」


 なんとなく、無言になる。でも、南が泣きやんでくれたようで安心した。

 このまま無言って訳にはいかないよな? ここは僕がなんとかしないと!


「「あの! っ!?」」


 声をかけるタイミングは最悪だった。同時に声をかけ、まったく同じ反応を返す。まるで漫画やドラマの一シーンみたいだ。僕が隣をチラリと伺うと、南はまた全身を紅潮させて俯いていた。きっと僕も似たような感じになっているんだろう。


「…………」

「…………」


 またしても沈黙。しかも、さっきの事があるから、さらに声がかけずらい。どうする!? どうするよ!? と僕がタイミングを計っていると、僕の太ももの上に何かが載せられた。


「……これは」


 お弁当箱だった。女の子用ではない、無骨で、少し大きめの弁当箱。南が何を言いたいのか言葉がなくとも伝わってくる。

 ……つまり、これを食べればいいんだよな?


「い、いただきます」


 奇妙な緊張感の中、僕は弁当箱を開く。


「…………」


 中身はぐちゃぐちゃだった。きっと南を連れて走っている間にこうなってしまったんだ。幸いなことに、南は顔を伏せていて気がついていない。僕は惨状を見せないように、弁当をかき込んだ。行儀は悪いけど、まぁいいだろう。


「うん! 旨い!」


 実際、味は美味しかった。いろんな味が混ざっている部分はあるものの、それでも元が美味しいから全然食べることができた。急いで一気に食べると、僕は手を合わせて言う。


「ご馳走様でした!」


 すると、南が、


「あ、ありがとう」


 震える声で言った。


「お礼を言うのはこっちだろ」

 

 本当にそうだ。女の子の手作り(たぶん)弁当なんて生まれて初めて食べた。感動

で、二割増し美味しく感じたくらいだ。


「弁当箱洗って返した方がいい?」


 どうすべきか迷い、結局聞いてみる。なんか少しだけ格好悪い気がした。


「ううん、いい」

「そうか」


 僕は弁当箱の蓋を閉めて、南に返す。南は受け取った弁当箱をバッグに仕舞うと、立ち上がった。


「教室帰るのか?」

「うん」


 南の声はもう落ち着いている。


「ねぇ?」

「ん?」

「……明日も食べてくれる?」

「……………………ん」


 僕が頷くと、南は足早にその場を去った。残された僕は南と入れ替わるように落ち着きをなくし、真っ赤な顔を俯いて隠すのだった。

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