悠真の場合
悠真には沙耶香という恋人がいた。
沙耶香は、可愛らしい美人で、加えて頭もいい。
そう、悠真よりも優秀だった。
片や有名私立中学校、片や中の中の公立高校へ通う悠真が出会ったのは、2人が幼稚園生の時まで遡る。
沙耶香が年少、悠真は年長であった。
その頃から将来の約束までしているような少しませた子どもだった。
休日の公園でベンチに座りながら缶ジュースを飲み、隣に沙耶香がいる幸せを噛み締める。
「ねえ、俺のどこが好きなの?」
それはほんの少しの興味だった。
沙耶香が悠真を好きな理由を知りたかった。
「なぁに? 急に……」
沙耶香は少し恥ずかしそうに俯いた。
「やっぱ顔?」
悠真がそう言うと、沙耶香は首を横に振った。
「悠真は小さい頃から自分を持っていて人に流されないでしょう? 今も変わってない。そんな所が好きだよ」
自分を持っている……?
悠真は首を傾げた。
「例えば?」
「え? そうだなぁ……。意見をコロコロ変えたりしないよね。自分に自信があるからなんだろうな。そういう所、羨ましいと思ってるよ」
本来なら褒められているのだから喜ぶべきなのだろう。けれど、悠真に芽生えたのは焦燥感にも似た感情だった。
「そうだ。ねぇ、悠真は覚えてる?」
「何を?」
悠真は首を傾げた。
「幼稚園の時、“亜美ちゃん”っていたよね」
悠真は幾億の記憶の中からその名前を弾き出した。
「ああ、いたね。“亜美ちゃん”」
そんな昔の話を沙耶香が言い出した事もそうだったが、“亜美”の事を話題にすることが心底驚いた。
「それがどうかしたの?」
悠真は手にしていたジュースの缶に口つけた。
「うちのお母さんが今も亜美ちゃんのお母さんと付き合いがあるんだけどね、小学校4年の途中から精神科に入院してるんだって」
悠真の喉がゴクリと音を鳴らした。
「……へえ」
沙耶香はなおも続ける。
「なんか、幼稚園の途中からの記憶が全くないみたいなの。だから精神がその頃のままなんだって」
「記憶喪失なの?」
「よくは分からないけど、きっとそういう事だよね。それでね、私のクラスメイトに榎本くんって子がいるんだけど」
すでに空になった缶に悠真は口をつける。
「その子も最近記憶がなくなったらしいの。小学校4年の途中までは鮮明に覚えているのに……。しかもね、亜美ちゃんと榎本くんは4年の時に同じクラスだったんだって。……なんか、気持ち悪くない?」
そんな話を聞いて、悠真も気分が悪くなってきた。
「ごめん、今日は帰ってもいいかな」
公園に植えてある木々の葉は、風が吹くたびにカサカサと乾いた音を鳴らし、舞い落ちる。そんな季節なのに、悠真の額には冷たい汗の粒が幾つも浮かんでいた。
「具合悪いの? 私こそ変な話してごめんね。帰って休もう」
悠真の脳裏を古い記憶が走馬灯のように駆け巡る。
帰宅すると、混濁する意識の中自室のベッドへ倒れるように横たわり目を閉じた。
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