第45話 水晶石
――風呂場の騒動から数分後、居間の方ではジャージに着替えた雛がソファに座り込み、向かい側にレアも座る形で向き合う。二人の前にはガラス製の机の上に存在する「スライム」が存在し、現在は皿の上に注いだジュースを味わっていた。
『ぷるぷるっ……』
「わあ……美味しそうに飲んでるね」
「そうだね。だけど、こいつ何処から来たんだろう」
『ぷるんっ』
レアが指先でスライムをつつくと「何か用?」とばかりに身体を向け、彼の元に近づく。その様子に子犬が甘えてくるような感覚を受けたレアはスライムを持ち上げ、全身を撫で回す。
「可愛いな……だけど、本当に何で湯舟から現れたんだろう。何かしたの卯月さん?」
「雛でいいよ?えっとね、そういえば……あっ!?」
スライムが現れた事に心当たりがあるのか卯月は慌てて洗面所の方に向けて走り出し、彼女の行動に不思議に思いながらスライムを膝の上に乗せたレアは見送ると、洗面所から「やっぱり!!」という雛の声が響き渡る。
「ど、どうしよう霧崎君!!私、何処かに水晶石を落としちゃった!!」
「水晶石?」
「あっ……えっとね、実は第三階層に移動したときに綺麗な石を拾ったの。水晶玉のように青色の綺麗な石だったんだけど、ダガンさんに聞いてみたら水晶石という名前の魔石かもしれないって……」
「魔石……」
魔石とは主に魔術師が扱う魔道具であり、魔法の力を強めたり、魔力の消費量を抑える効果を誇る。この大迷宮に訪れる際に所持していた卯月の杖にも魔石が取り付けられていたが、彼女によるとオークとの戦闘の時に杖を折られてしまって失くしてしまう。今までの彼女の魔法は魔石の強化込みの威力を誇っていたため、魔石を失った途端に彼女は一気に魔力を消耗してしまう。
第三階層のコボルトと呼ばれる魔物が生息する「樹海」に辿り着いたときは既に卯月は魔力が殆ど残っておらず、彼女の実を案じたがダガンが休憩を提案する。その際に勇者達は偶然にも発見した泉の傍で休憩を行うが、その時に卯月は地面に落ちている綺麗な水晶玉を発見する。
不思議に思った彼女は楕円形の水晶玉を拾い上げてダガンに確認したところ、彼の話によると「水晶石」と呼ばれる非常に珍しい魔石らしく、この水晶は非常に価値が高い魔石なので卯月が保管するように言い渡される。
「さっき、風呂場に入る時に水晶玉が汚れている事に気付いたから一緒に洗おうと持ち込んだんだけど、間違ってお風呂の中に落としちゃったの。そしたら急にこの子が浮かんできて……」
「という事は……こいつが水晶石の正体?」
『ぷるるんっ』
雛の説明にレアはスライムの正体が彼女が拾い上げた「水晶石」という名前の魔石だと判断し、魔石が水(あるいはお湯)を吸い上げて魔物に変化したのかと驚くが、特に人間に害は無いのが幸いだった。
「あ、それと聞いて霧崎君!!実はそこで皆とはぐれちゃったの!!」
「どういう事?」
『ぷるぷるっ?』
雛の話は終わらず、今度はどうして自分が第二階層に戻ってオークに追われる事になった経緯を話し始める。第三階層を進む内に途轍もない容姿の化物に遭遇して全員が散り散りになった事を説明する。
「本当に怖かったんだよ!?なんかね、牛の頭を被った大きな男の人みたいな人が襲ってきて……ダガンさんが必死に食い止めてくれたけど、他にも狼人間みたいな魔物がいっぱい現れて……それで逃げる途中で皆とはぐれちゃったの!!」
「牛の化物……?狼人間というのはコボルトの事?」
「そうそう!!そのコボルト?というのに追いかけ回されていたんだけど……逃げる途中で変な場所に辿り着いたの。何か祭壇のような物があって、その上に魔法陣みたいなのが刻まれていて……私、逃げるのに必死で魔法陣を踏んじゃったの。そしたら急に目の前が真っ白になって……気づいたら第二階層の荒野に戻ってたの」
「魔法陣……もしかして転移魔法陣?だけど下の階層に移動したという事は罠だったのかも……」
「最初は皆と合流しようと私一人で第二階層の転移門を探したんだけど、途中で道に迷っちゃって……途中で大きな洞窟を発見したんだけど、そこに高山君が使っていた盾が落ちてたの」
「高山君の?」
勇者である「高山考」は「盾使い」と呼ばれる防御に特化した職業の勇者であり、雛は彼が大迷宮に突入する際に所持していた盾が洞窟の前に落ちている事から彼がこの中に居ると思い込んで中に入る。しかし、実際に洞窟に潜んでいたのは考ではなく、食事中の無数のオークが潜んでいた。
「洞窟の中にたくさんのオークを見つけて……私、怖くて声を上げちゃったの。そしたらオークに気付かれてずっと逃げていたら霧崎君と偶然……」
「そういう事か……それにしても良く無事だったね」
「あ、うん。こう見えても陸上部だからね!!走る事なら誰にも負けないよ!!」
「意外過ぎるっ!!」
雛の言葉にレアは心底驚愕し、彼女が運動部に所属していた事も予想外だったが、胸に大きな錘を抱えている彼女が陸上部に所属している事が意外だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます