第2話 機戦兵


 光永伊周三等陸尉は赤色日本第七師団直轄第三降下機械化戦闘服中隊の中隊長である。彼は現在、惑星ギムナスでノーラ軍を相手に戦闘を行っている。

 機械化戦闘服。全長六メートルほどの強化外骨格である。言うなれば、大昔に流行ったロボットアニメの敵役に出てきそうな、緑色塗装で地球に宣戦布告しそうな、中国のウイグル地方に着陸した人類に敵対的な地球外生命体と戦いそうな、つまりは人形決戦兵器のような。

 機械化戦闘服はそういった古代から続く男のロマンの現実における発露だった。


「中隊長、さしずめ我らは関ヶ原の退き口にいるのではありませんか?」


 軽口を叩く部下が何故か心地よい。


「どちらかと言えば、テルモピュライだよ。国王陛下の首のために我々は戦うんだ。なんとも楽しいね」


 ノーラ軍の圧迫により、損耗した方面軍は後退しつつあり、第三中隊はその最後尾、殿を戦っている。しかし方面軍の稚拙な指揮により、第三中隊は孤立しかけている。

 というより彼らの上官の一部、師団司令部の機械化戦闘服部隊を敵視する派閥が、彼ら自身の保身のために、機械化戦闘服部隊を生け贄に捧げたのだ。


 機械化戦闘服の機外センサーから得られた情報が、生体電脳と直結したディスプレイにいくつか光点が表示された。


「砲弾!」


 赤色自衛隊特有の、言葉の最初のイントネーションを上げる発声によって発せられた警告は、兵士たちを塹壕へと走らせた。

 彼らは戦闘で荒れ果てた平地に塹壕を掘り、物量において数倍する敵部隊に対し、持久戦闘を行っている。

 

「弾着、今!」


 兵士たちは自発的に音声レシーバーの出力を下げた。砲弾の爆発音が遠くで響くようではあるが、衝撃がかすかに機械化戦闘服を襲う。

 ノーラ人が火薬と質量弾を使う理由は一つ、安価であるからだ。ノーラ人はいくつかの宇宙種族を征服し、隷属させる侵略種族である。彼らの共同体の名を日本語に訳すならば「ノーラ帝国」となる。

 彼らの地上部隊のおよそ八割は隷属種族出身であり、その武器も隷属種族によって造られ、徴発されたものである。

 上納代金として、ノーラ人に隷属した種族は物資の生産を請け負わねばならない。ある種族は食糧であり、ある種族は嗜好品であり、ある種族は鉱物であり、ある種族はエネルギーであり、そしてその中には武器も含まれていた。

 武器を上納する種族は陸戦に秀でた種族であり、彼らはその個体数も非常に多かった。彼らのほとんどは地上軍として徴兵され、ノーラ人によって擂り潰されている。

 

 大量突撃ドクトリン。

 我々が呼称するところのそれは、ノーラ軍による歩兵戦術である。

 航空機は現代戦において不必要である。

 軌道上に駆逐艦を一隻置いただけで、その惑星のほとんどは制空可能だからだ。

 そういう状況で、大量突撃ドクトリンはノーラ人の銀河における拡大を促進させてきた。支配下の種族の人的資源を異常な速度で損耗させながら、ノーラ軍は陸戦において勝利し続けていた。


「来ますよ、連中。また正面突撃です」


 機械化戦闘服部隊のそばには、小規模の歩兵部隊、そして数量の戦車が存在している。彼らもまた、後退中にはぐれたか、もしくは自発的にこの場に残った変わり者だった。

 ええい、駄目人間どもめ。殿軍なんぞに志願するなんてバカばかりじゃないか。

 光永は思い出した。そういえば彼らも俺も職業軍人じゃないか。人殺しを職業にする本質的な病的神経を持つろくでなし。うん。楽しくなってきた。男の本懐ここにあり、だ。


「機戦兵は前に出ろ!楯を連ねて戦列を形成する」


 巨大な塹壕から飛び出し、深緑色で長方形の楯を地面に突き立てる。左手に装備されたその楯の右側からは銃剣を装着した短機関砲が飛び出ている。その姿はまるで古代ギリシアのファランクスめいている。

 ノーラ軍の大量突撃ドクトリンが如何に莫大であろうと、彼らの主力は歩兵である。彼らの保持する対装甲攻撃力は近接火器しかない。しかも彼らにミサイルやロケット兵器という概念はなく、彼らの歴史には狭義の意味での火薬質量兵器しか存在していないのだ。

 その点において、彼らの機戦ファランクスは効率がよかった。どれだけノーラ軍が人名軽視の戦術をとろうと、味方の頭上に砲弾を降り注がせることはしない。つまり、彼らの突撃が続く間は、支援砲撃が停止されるのだ。


 見ていろ、ノーラの野蛮人ども。逆襲に転じてやるとも。反撃だ。

 

「我が軍の右翼は押されている。中央は崩れかけている。撤退は不可能。状況は最高、これより攻撃する」


 光永は意地の悪い笑みを浮かべた。

 その独り言は通信を通して殿部隊の全員の耳に入った。その言葉を理解し、にやけたのは下士官のほとんど、そして兵のなかではオタクとよばれる一部のミリタリーと歴史にしか興味のない社会不適合者だけだった。

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