赤色日本は征途にあり Ghost In The Galaxy
@Tito_66
第1話 征途
ヨーロッパに幽霊が出る――共産主義という幽霊である。
──共産党宣言── 1848年 カール・マルクス
日本民主主義人民共和国首都惑星豊原。標準時三時。
全共和国人民議会の議論は最高潮に達している。
「森原さん、我々は資本主義勢力にたいし、痛撃を加えなければならないのですよ!」
「今や、人民東側は異星人との戦いにおいて岐路に立たされています!人類同士、たとえそれが帝国主義者であっても、手を結ぶべきです!敗北主義だと罵るが良い!私は現在の階級闘争よりも、将来の全銀河社会主義革命を選びます!」
「自由西側が求めているのは、我らが赤色自衛艦隊の軍事行動の通知と、旭川付近のゲートウェイの自由使用のみです。我々は人類同士よりも、異星人との戦いに注力すべきです!」
「それにしても帝国主義者と手を組むのか!」
「静粛!静粛!」
高橋人民議会首相はやれやれとばかりにくびをすくめた。
くそったれ。独立戦争時の爺どもの時代は終わったと言うのに、原理派の連中は何を考えている。
この人民共和国議会の大きな議題の一つに、自由西側からの対異種族闘争への協力を受け入れるか、というのがある。
これを受け入れるかどうか、人民東側勢力の中でも意見が割れた。
人民東側最大の領域を持つ新ソヴィエト共和国連邦は受容すると表明した。
二十世紀に崩壊したときの記憶が未だに色濃く残っている彼らにとって、自由西側からの援助は欲するものではあっても、拒絶するものではなかった。
しかし、中華人民共和国は違った。二十世紀から自由西側と対決し続けている中国共産党は自由西側の援助を信用していない。
彼らに言わせれば、合衆国は衰退しつつある帝国なのだ。そんな国を首領とする勢力からの援助などあてにはできない。
それを許容できるのは、中華人民共和国が大国にして、強国だからだ。
単独で異種族闘争を行えるだけの国力を保持している。その一点において、日本民主主義人民共和国は脆弱である。
彼らの艦隊戦力は中華人民共和国の二割にも満たないのだから。
高橋人民議会首相。
日本共産党右派出身。もちろん、ここでの日本共産党は自由西側に存在する東京を首都惑星とする日本に存在する政党ではない。
むしろ原理主義的な、自衛隊員ソヴィエトを主軸とし、アンチブルジョワだけを手段として成立した政党、そして国家であった。
高橋の姿は優秀なタフガイという印象が強い。
精力的な眼光と筋肉質の肉体、白髪混じりの頭髪はしっかりとセットされていて、往年の映画俳優のように洗練されている。
高橋は全プロレタリアートによる議会首相選挙で八割の得票を得た男だ。すなわち、二十世紀に崩壊した旧ソヴィエトが熱望した人民の意志によって選ばれた労働者の代表による統治はプロレタリアート独裁がおおむね許容できる範囲で達成されたのだ。
高橋宗次郎はインテリだった。また、彼は日本民主主義人民共和国赤色自衛隊普通科の出身である。
惑星軌道からの惑星表面に降下する機械化戦闘服を身につけた人類兵士の最高峰、西側にはナラシノ・バスターズと呼称される化け物の巣窟にも何ヵ月間か軍籍を置いていたこともある。齢五十歳を越えてなお、赤色日本の最優秀普通科隊員であり続けている。
「採決だ!議決に移らせてもらいたい。議会の中継をご覧の同志の諸君、投票を開始せよ。この案件は第一号特殊議案のため、国民投票が行われる。同志!君の一票が、将来の社会主義強国を造るのだ!」
高橋のその一声で議会は一時閉会した。というのも超光速通信が実用化されているにもかかわらず、思考時間や星域の特殊事情のため、日本民主主義人民共和国全土から情報が豊原に集まるのに二十三分かかる。
そして、国民には投票のための時間が与えられるから待機時間はもっと長い。
議員たちは食事を済ませたり、自分の職務をしたり、思い思いに時間を過ごすのだった。
「首相、息子さんから動画が届いております。惑星ギムナスからです」
秘書にそう告げられた高橋は即座に生体電脳のビューワを起動させた。そして「一紘」というフォルダを開くと、新しい動画がそこにアップされている。一紘というのは、高橋一紘のことで、高橋宗次郎の次男のことだった。
動画を開くと、そこには見慣れた息子の顔と、機械化戦闘服を身につけた男たちが何人か映っている。
「現在時、豊原標準時九月二十九日十時きっかり。こちら対ノーラ種族戦線。惑星ギムナスは暑苦しくて仕方ないです。父さん、お元気ですか?聞いた話によると色々と大変そうですね。ノーラ人は我々に似た姿をしていますが、好戦的です。捕虜が捕れず苦労しています。我々は彼らのことをなんにも理解できておりません。二次大戦時の日本兵の様ですね。さしずめこちらは帝国主義米兵だったりして。
ですが喜ばしいことに、ギムナスにはノーラ人とは違う種族が住んでいたのです!これまた我々に似た生物ですが。枯れ葉広大な地下都市を造っているので、我々は地底人と呼んでいます。彼ら自身はグランデ人、つまりグランデスと自称しています。
ああ、それはそうと新型機械化戦闘服は良い具合です。九六式とはまったく操縦感覚が違うのが玉に瑕ですが、四式機械化戦闘服、四式機戦〈疾風〉は非常に優秀です。これなら我々はノーラ人を圧倒できます!
次はギムナスを征服し尽くしてから、動画を送ります。それまでの少しの間、さらばです!」
高橋宗次郎は薄気味悪い笑みを浮かべた。一兵士として嬉しいの一言に尽きる。しかし父親としては複雑だ。愛する子供が最前線に立つことは歓迎しがたい。同時に、子供が武功を挙げることを否定することはできない。
なお一時間後、西側援助の受け入れは七十六パーセントの賛成で可決された。
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