第28話 劣等感


 あの後、僕たちは言葉を発せずにいた。しばらく時間が経つとシモンさんが帰ってきた。シモンさんはヨナとケルビンを連れて外に出た。僕は家に一人残される。もう誰にも見られることはない。

 僕は深いため息をすると、拳をテーブルに叩きつけた。悔しさに拳をこれ以上なく強く握る。幸い血は出ていないが叩きつけた部分がジンジンと痛む。予想はしていたとはいえ、『魔の民』への加入を断れらたことは僕にとって相当なショックだった。ここまで辿り詰けたのに……まだ僕は『魔の民』加入のための条件を満たせていない。そのことに対する悔しさが爆発したのだ。

 しかしそのおかげで僕はこれからやるべきことが明確になった。


——僕は必ず魔法をものにしてみせる。


 誰がなんと言おうと絶対に諦めない。

 僕は思いをさらに強くしてシモンさんに借りている部屋に戻った。



——————————



 それから僕の生活は魔法の研究漬けになった。村の人や『魔の民』の人に聞き込みをして魔法に関する些細なことも聞くようになった。聞くと、魔法を使う際にはイメージのようなものがあるらしい。それは人によって千差万別でそれによってもたらされる効果も違うらしい。ということは僕もそのイメージすることで魔法を使えるようになるのではないかと思った。聞き込みをする中で繊細なイメージを持つ人は思う通りに魔法を扱えるという情報を得た。そして僕の努力が実ったのか僕は村一番の魔法の使い手の情報を得ることができた。その人の名は……


「アリア。ちょっといいかな?」


「なにー?」


 アリアだ。村の子供達と遊んでいる彼女こそ村一番の魔法の使い手である。確かに彼女には実験の手伝いをしてもらったりして、魔法を何度か見せてもらっていたが見事なものだった。僕の魔法理論を確立するための手助けもしてくれるはずだ。

 僕は周りの子供達に一言謝ってアリアに質問する。


「アリアは魔法を使うときどんなイメージをする?」


「魔法? えーとね……使いたい魔法によるかな。例えば……」


 アリアがしゃがみこむと彼女のかみが輝き出す。そして大地を蹴り、彼女は空高く飛翔した。しばらく鳥のように自由自在に飛び回るとアリアは僕の目も前に戻ってくる。


「っと、今のはね。最近できるようになったんだ! この前お兄ちゃんがコインを浮かせる魔法を使ってって言ったでしょ? それから練習したの!」


 アリアは朗らかな笑顔を浮かべて言った。


「す、すごいね。そんなこともできるんだ……」


 僕は唖然としてしまう。


「この魔法のイメージはね。地面に抑えつけられている自分を解き放つように強い力で自分を上に放り出すイメージ!」


 彼女は僕よりも先の理論に辿り着いているかも知れない……。いや理論というよりは感覚だろう。その感覚を掴めれば僕にも魔法を使えるかも知れない。

 僕はもう一つ彼女に魔法を使ってもらうことにした。


「じゃあアリア、何もイメージせずに魔法を使ったらどうなる?」


 アリアは僕の言葉に暗い顔を浮かべる。


「やってもいいけど……あぶないよ?」


「承知の上だ。お願いだよ、アリア」


 アリアはこくりと頷くと周りの子供達に


「おーい。ちょっと離れててねー!」


 と言って遠ざける。


「お兄ちゃんも離れててね」


 と僕にも注意する。僕はアリアから少しだけ離れる。できるだけ近くで見たいからだ。


「……じゃあ、いくよ」


 彼女の髪と眼が今までよりも強く輝く。強い意志を感じさせる瞳に僕は釘付けになる。周りに風が渦巻き、強い力を感じる。

 そして起きたのは


——爆発だった


 いや、それは爆発というより飛散という感じだ。魔法の後にはキラキラとした粉末のようなものが散らばっている。あれほどの光を放っておきながら、その威力はそこまでのものではなかった。地面に落ちた粉末のようなものはやがて輝きを失って消えてしまう。

 これは初めて見た現象だ。僕がその現象を見つめていると、アリアの髪と眼は急速に光を失う。そしてその場にへたり込んでしまった。


「だ、大丈夫!?」


 僕はアリアに無理をさせてしまったのかと思い、慌てて彼女の元へ駆け寄る。アリアは無理やり作ったような笑顔を浮かべて


「ちょっと……つかれちゃった……」


 僕は彼女をおぶって家まで連れて行く。家まで着くと彼女はだるそうに口を開く。


「だ、大丈夫だよ。疲れただけだから。少し休めばすぐ良くなるから……」


 そういう彼女を部屋のベッドまで連れて言って寝かせた。


「無理させて悪かったね。今日はこのまま寝たほうが良い。寝る子は育つって言うしね」


「へぇ、アランさんは物知りだね」


 アリアは僕が睡眠を促しても口を止めない。村一番の魔法使いといってもやっぱりまだ子供だ。これからもっと魔法が上手になると考えると末恐ろしいものがある。対して僕はといえば……まだ魔法を使えるようになるかすらわからない。彼女の優秀さが僕の劣等感を加速させる。

 そんなことを考えていても始まらない。僕は安静にするようにとアリアに言いつけて、部屋を出た。そして扉の前で考える。どうすれば僕が魔法を使えるようになるのかを。


 アリアが魔法を使った時のことを思い出す。アリアの髪と眼がいつもよりも強く光り、それとは少し不釣り合いな小さな爆発が起きた。威力だけで言えばヨナが使ったものの方が強いし、使用後に倒れてしまうなんて効率的とは言えない魔法だ。

 効率的? もしかしてイメージは魔法を効率的に使うためのものなのか? 

 僕の思考はどんどん加速して行く。

 より繊細なイメージが魔法をより効率的なものとする。少ない力を大きな力に変換する能力、それが魔法の正体なのではないだろうか。そうだとすれば、元の力はどこから来たものなんだ?

 魔法の元になる力、これを便宜上魔力と呼ぼう。アリアが放ったあのキラキラとした粉末のようなもの、あれは魔力の残滓なのではないだろうか。

 魔法を構成する要素は今の所考えられるのは二つ。魔力とイメージだ。魔力を自身のイメージを通すことで魔法と言う現象が起きる。そして……。

 そこまで考えたところで僕の思考は止まる。


 困った。この先の答えが出ない。

 僕は自分の手のひらを見つめる。そして目を閉じて念じる。魔法を使えるようになる自分のイメージを。

 しばらくそのまま立ち尽くした。僕はゆっくりと目を開く。何一つ変化のない自分の様子に僕はその場に座り込む。


「だめ……だよなぁ」


 僕には魔力がない。だから魔法は使えない。なんて簡単な結論だろう。

 どうすれば……どうすれば僕に魔力が宿るのだろう。いやそんなことがありえるのだろうか……。


 考えても、答えは出ない。

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