第27話 羨望の眼差しで
「えっ!?」
口を挟むなと言われていたが、僕はつい声を出してしまった。
ミカエラ? どういうことだ? 彼女の名前はヨナ、まさか別人? いや僕がヨナを見間違えるはずがない。……確かに一度アリアの銀髪を見たときは一瞬だけ見間違えてしまったけどすぐに気付いた。それに彼女は僕と話をしたじゃないか。この少女がヨナであることは間違いない。ということは
「アラン。今まで嘘をついていてごめんなさい」
ヨナは僕の方を向いて頭を下げる。
「嘘」と言う言葉に僕は反応する。
もしかして……。
「……偽名?」
ヨナは下げた頭を上げて、こくりと頷く。
「あの時は……まだあなたを信用できなかったから……」
それはとてもショックだ。彼女との初対面を思い出す。僕は退屈に眠くなっていた。すると突然ヨナに声をかけられ、僕は驚いて椅子から転げ落ちてしまった。……確かにこんな間抜けを信用しろというのも無理な話だ。
僕はヨナの告白を飲み込むことにした。
「そうか。そういうことか……」
僕はヨナの本名を反芻する。
ミカエラ・イリス=ハーディン。
結構長い名前だ。元々はリゼットさんのように貴族だったのだろうか。いや、もしかしたら『魔の民』の族長に与えられる称号のようなものなのかもしれない。
綺麗な名前だ。草原に広がる綺麗な夜空を想像させる美しい名前。
でも……。
「そうか。分かったよ。でもこれまで通り、ヨナって呼んでもいいかな?」
僕はこっちの方が好きだ。なんでだろう? その響きが好きと言うのもある。しかし、この世で彼女をヨナと呼ぶものは僕だけ、そんな独占欲的なものが僕を微かな幸せに連れて行ってくれる。
「……別に、いいけど……」
ヨナは僕の言葉に困惑し、首を傾ける。
僕は湧き上がる嬉しさに「うん」と頷くだけで満足だった。
それを見つめる眼が一つ。シモンさんだ。彼は僕たちの話に口を挟まず待っていた。いや、その様子からはヨナの存在感に言葉が出なかったというのが正解かもしれない。しかし、ようやくその口が開かれる。
「ミカエラ様……。お、お待ちしておりました。何十年も!」
シモンさんは目から大粒の雫を流しながら言葉を紡ぐ。僕には予想できないほどの彼の苦労が涙として溢れ出る。僕はもう口を出すことはできない。
「大変だったでしょう。私にも分かります。えーと……」
「シモンと申します。ミカエラ様」
シモンさんはぐすんと鼻水を啜ってからと仰々しくヨナに頭を垂れる。
「シモンさん、あなたたちはどうするの? 私達と共に旅をする? それとも……」
シモンさんは涙を拭って答える。
「私たちはここに残ります。ここには魔法を使えないものもおります。その者達をかの『魔の民』に入れるわけにはございません」
話を聞くに、シモンさんは『魔の民』の存在を知っていたようだ。しかもとても大きな存在に思える。魔法使いならば知っていて当然なのかもしれない。これは僕の予想だが、ヨナ達の旅は魔法の真実を解き明かすためだけに行われているわけではない。もちろん目的の一つではあるだろうが、その他にも旅の途中で魔法を使えるようになる前兆である高熱や黒い斑点が出る病気の人を救うために旅を続けているのではないだろうか。
それならばどこかの村では救世主として崇められていてもおかしくはないと僕は思うのだが……。僕が知らない彼女達の過去がそうはさせないのだろう。病魔から救えてもいずれその人は魔法を使えることが知られ、迫害される。そうならない内に『魔の民』に引き入れているのだろう。
「そう……。それもあなた達の決断。それと、この村に魔法に関する手がかりはない?」
ヨナはシモンさんの覚悟を聞き入れ、再度質問をする。
「手がかりになるかは分かりませんが……近くに遺跡があります。私たちはその場所を祭壇と呼んでおります。私たちはそこに不思議なものを感じるのです。もしかしたらそこに何か手がかりがあるかも知れません」
——遺跡だって!?
僕が訪ねた時にはそんなこと一言も言わなかった。それを教えてもらってたら僕は一目散にその場所に向かっただろう。僕は恨みの視線をシモンさんに投げかける。しかし当人は僕の方を全く見ていない。シモンさんはまるで女神を崇めるような目つきでヨナを見つめている。
「ありがとう。それではしばらくここに滞在しても良い?」
「もちろんです。すぐに準備をいたしますのでしばしお待ちくださいませ」
女神と信者のような構図だ。ヨナは慈愛に満ちた言葉をシモンさんに渡し、シモンさんはそれをありがたく頂戴するかのように話をする。そこに僕は取り残されている感覚だ。
すると家の扉がガチャリと音を立てて開いた。現れたのはケルビンだ。
「ただいま、シモンさん。あっアランさん! どこにいたんですか?」
ケルビンは慌ただしく僕に駆け寄る。何か用事だろうか?
「どうしたんだ? ケルビン」
「いや、いつまでこの村に居るのかなって……。もう一週間になるし、いつまでもここに居るわけにはいかないだろうなって思って……」
ケルビンはケルビンなりに考えてくれていたようだ。僕の旅はヨナを探し求めるため、そして僕が魔法を使えるようになることを目的にしている。いつまでもこのマーラの村にいてもヨナたちに会えることはない。ケルビンはそう考えていたのだろう。
僕はケルビン優しさを汲み取って答える。
「そんなことないよ」
ケルビンは疑問を顔に浮かべる。そして僕の隣に座る少女を見て、口を開く。
「そうですか……。それより、この人は誰ですか?」
僕はニヤリと笑って
「ああ、紹介するよ。『魔の民』の族長のヨナだ」
ケルビンは一呼吸置いて目をひん剥く。驚いただろう。僕も驚いた。なぜか彼女がこの村に来るような予感はしていたのだが、それが本当になるなんて思いもしなかった。その気持ちを共有したい。
「ええ!? ヨナってあのヨナさん」
そうだろう。その反応が見たかったんだ。
ケルビンは僕の手を握って上下に振る。
「よかった! よかったね! アランさん! やっと見つけたんだね!」
まるで自分のことのように喜ぶケルビンに僕は破顔する。本当なら僕はもっと喜ぶべきだ。でもヨナの前だし、少し見栄を張っていたのかも知れない。だから僕の分までケルビンが喜んでくれていると考えるとなんだかとても嬉しい気持ちになってきた。
おっと片方だけで紹介を止めるわけにもいかない。僕は気を取り直して
「ヨナ。この子はケルビン。僕と一緒に旅をしているんだ。この子も魔法使いだよ」
と紹介する。
ヨナは少し驚いた顔をするがすぐに元の顔に戻る。
「よろしく。ケルビン」
「よろしくお願いします!」
二人の紹介が終わったところでシモンさんが立ち上がり
「では私は準備をしてきますのでこちらでお寛ぎ下さい」
と言うとケルビンと入れ替わるように扉を出て行った。パタンと扉がしまり、少しの静寂。その静寂に水を差すように僕は口を開く。
「ヨナ。お願いがあるんだ」
ヨナが僕を見つめる。僕の真剣な眼差しにヨナは少し辟易しているように見える。この先の言葉を言っても結末は予想できている。でも僕はそのためにここまで旅をしてきた。だから言わなくちゃならない。
「僕を……『魔の民』に入れて欲しい!」
僕はヨナに向かって頭を下げる。僕は目をつぶってヨナの答えを待つ。そしてヨナのため息のような息遣いが聞こえる。
「ダメ」
さっきまで瞼で暗く閉ざされていた視界が真っ白になる。
わかっていたはずなのに僕はほんの少しの希望を持っていたんだ。
「前にも言ったはず。魔法を使えないものは『魔の民』には入れない。これは絶対の掟」
次第に視界が見えてくるがまだグラグラと揺れている。
そうなんだ。だから僕は魔法の研究をしているんだ。
僕はなんとか意識を保って
「もし……僕が魔法使いになったら、『魔の民』に入れてくれる?」
「もちろん。そのときは歓迎する」
僕の心にほんの少しの光が注がれる。
「この子は入れても良い。魔法……使えるんでしょ?」
ヨナの関心はケルビンの方に向かった。
そうだ。元々はケルビンは『魔の民』に入れるために引き連れていたのだった。そんな大事なことを忘れて、僕は自分のことばかり……。
僕は正気を取り戻して、
「ありがとう、ヨナ。ケルビン、これから君は僕の護衛じゃない。『魔の民』の一人だ。ヨナのために君の力を使ってくれ」
今はそれしか言えない。だって僕は今ほどケルビンを羨ましいと思ったことはないのだから。
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