第19話 調達
僕とケルビンはスタンティノスヘ戻る道中だ。
怪我をしたヒューゴを診てくれる医者を探すためだ。
道中、特に問題はなかった。
あるとすれば、最初はケルビンがうまく馬を扱えなかったことぐらいだろう。
しかし、少し練習したらすぐに扱えるようになった。
ケルビンには兵士の才能があるのかも知れない。
旅の休憩中にも剣の練習をしていた。
その姿は子供ながら、僕を守るという役割を易々とこなせると思わせてくれる頼もしいものだった。
幸か不幸かその才能を発揮する事態には起こらなかった。
人通りが少ない道だから、返って危険だと思っていたが、本当に誰一人として会わなかった。
まぁネビルの村に行く道中も誰にも会わなかったから、この道自体、比較的安全な道なのかも知れない。
そうして僕とケルビンは再び、スタンティノスに入都した。
———————————
夜が吹ける中、僕たちは医者の情報を得るべく、馴染みの店に行く。
アメリさんがいる商人ギルドだ。
昼は商人ギルドとして使われているが、夜は酒場も経営している。
僕たちは酒場の扉をあけて、喧騒の中、カウンターまで行く。
しかし、そこにアメリさんはいなかった。
「あれっ?」
僕は馴染みの人が居ないということに疑問を隠せない。
代わりのようにごつい男性がカウンターで接客している。
「あの、アメリさんはどうしたんですか?」
僕は男性に尋ねる。
「アメリか。あいつは弟子ができたからここは辞めたよ。今は本業の方で忙しいと思うぜ」
なるほど、アメリさんはギルドの中でも親方と呼ばれる腕利きの人だった。
ここで接客していたのは弟子を募っていたからか。
一時的な就労だったのだろう。
「なんだ?あいつに用か?」
別に医者の情報を得るのにアメリさんでなければいけない理由はない。
僕は男性に
「いえ、大丈夫です。僕は旅商人をしているアランと言います。医者を探しているんですけど……」
僕は自己紹介がてら要件を言う。
「俺はランディだ。よろしく」
ランディさんは僕に向けて手を差し出す。
それに応えて僕とランディさんは握手をする。
「医者か……。安いところなら北西区のジェイコブ、腕の良い奴なら北東区のジャンと言ったところか……」
男は考えながら言葉を紡ぐ。
「腕の良い人でお願いします。その、ジャンさんで」
金なら余裕がある。
少しでも腕の良い人を紹介してもらいたいと言うのはヒューゴを思ってのことだ。
「わかった。ジャンの店ならまだやっているはずだ。ただ、あいつは偏屈だからな。態度には気をつけろよ」
ランディさんは僕にありがたい忠告をしてくれる。
「わかりました。場所も教えてくれますか?」
「ああ、北東区の広場から北に行ったところだ。袋小路の隅にあるからすぐに分かるはずだ」
「ありがとうございます」
僕のお礼にランディさんは
「いいってことよ! アメリのダチなんだろ? 遠慮はいらねぇよ!」
豪快に笑って流してくれた。
僕たちは再度握手をすると、扉を出てスタンティノス北東区へと向かった。
——————————
スタンティノスは広い街だ。
歩いていてはその間にジャンさんの店がしまってしまうかもしれない。
僕たちは少しでも早くヒューゴを診てもらうため、急いで北東区の広場まで向かった。
北東区は住宅街が多い。
そのせいか北東区の広場は商人ギルドや商店街、マルコさんの家がある南西区と比べると随分と静かだ。
街でも地区によって随分と雰囲気が違う。
あまりに静かすぎて怖いくらいだ。
僕は疲れた体を休ませるために、走るのをやめて、歩き始める。
ここから北に行くと袋小路があるらしい。
しかし、袋小路というのは行くまでわからない。
僕は三又に別れた道を目の前にして迷う。
北……北……多分こっちだ。
僕は一番左の道を選んで進む。
一歩を踏み出したあと、ケルビンが付いて来ているか振り向いて確認し、すぐに正面を向いて歩き出す。
そのまましばらく歩くと袋小路の終わりにたどり着く。
しかし、入れるような家の扉は見当たらない。
——道を間違えたか
僕が道を引き返そうとケルビンに提案しようとすると
「アランさん!」
ケルビンが緊張した面持ちで声をかけてくる。
振り返ってみると
「ヘッヘッヘ。こんな時間に何してるんだい?」
男が二……いや三人いた。
暗くてよく見えないが、多分二人の後ろにフードをかぶった男が一人いる。
——しくじった。
今まで偶然出会わなかっただけで、どんな街にだって悪い輩はいる。
こんな夜更けに閑静な路地を綺麗な衣服を身に纏った男がいたら、襲われてもおかしくない。
ケルビンは一応護衛役として連れては来たが子供の見た目では侮られても仕方がない。
事実、この三人にケルビンが勝てるとは思えない。
一対一なら、まだ分からないが三対一ではまるで勝ち目がない。
どうする?
少しのお金を渡して逃げるか?
いやそれくらいで済まされるはずがない。
身ぐるみを剥がされるまで毟り取られるに決まってる。
ならば……戦うしかない。
僕は万が一のために腰につけていた剣に手を添える。
しかし、手は震えていて、うまく柄を掴めない。
ケルビンはというと、どっしりと構えて「いつでも来い」とでも言いたそうな顔だ。
どこからその自信が来るんだ!
僕は男達を見つめる。
「もうやっちゃおうぜ。さっさと酒飲みてぇからよ」
右の男がナイフを握る。
「気が早えな。ま、いっか」
左の男もナイフを取り出し、僕たちの方へ向ける。
そしてゆっくりとフードの男が拳を挙げて
ぼふっ!
地面に何かを投げつけた。
周りが煙に包まれる。
その中からフードの男が僕たちに駆け寄って来た。
そして僕たちの首根っこを掴んでそのまま走り出す。
「何やってんだ! 逃げるぞ!」
僕は体勢を整えて男を並走する。
後ろを振り向くと、二人の男がくしゃみをしている音が聞こえた。
僕はそれを確認するとフードの男の方を向き直る。
「催涙ガスさ。実験は成功だな。協力、感謝する」
男はフードを取り、僕たちに顔を見せる。
無精髭をみっともなく伸ばした老け顔が現れた。
「俺の名前はジャン。助けてやったんだ。礼は弾んでくれよ」
——————————
「へぇ、はるばるネビルの村から……殊勝なこったね」
追い剥ぎからなんとか逃げ切った僕たちはジャンさんの家まで来た。
家の中にはガラス製と思われる実験器具がいくつもおいてあり、変な匂いが充満していた。
ジャンさんは実験好きで色々な材料を組み合わせては効果を実証し、実際に使えるか先ほどのように試しているという。
なんともはた迷惑な人の気もするが、人の役に立つ研究をしていると思えば、本当は良い人な気もする。
「はい。なんとか来てもらえませんでしょうか?」
僕はヒューゴを診てもらうためにネビルの村まで来てもらうことをお願いしていた。
しかし、待っていたのは
「嫌だね」
非情な言葉だった。
「そんな! お願いです。お金はいくらでもありますから!」
僕は袋から金貨を何枚か取り出してジャンさんに見せる。
「金じゃあねぇよ。俺は実験の時間を取られるのが嫌なだけだ」
なんということだ。
偏屈と聞いてはいたが、これほどまでに実験好きだなんて聞いてなかった。
ここまで来て、医者一人連れていけないなんて……。
僕は失意に顔を沈ませる。
するとジャンさんは
「……まぁ薬なら出してやるよ。火傷ならこの前良い塗り薬ができたんだ」
と棚を漁り出す。
僕は一縷の望みを見つけたような顔を浮かべる。
「う〜ん。……お、あったあった」
ジャンさんは一つの瓶を取り出す。
白いシロップのようなものが中に入っている。
「これを患部に塗って、数週間安静にしていれば良くなるはずだ」
と僕に取り出した瓶を渡す。
「お、お金は……」
金貨を持った僕の手が行き場をなくしている。
「いらねぇって。ただし、実験結果は報告しにこいよ。いつでもいいから。そいつの火傷が治ったら俺に寄付でもしてくれ」
ジャンさんはそう言って机に向かって何かし始める。
沸騰した水がコポコポと音を立てる。
「……何やってんだ? 用は済んだろ。さっさと帰れ!」
……やっぱりこの人は偏屈で、実験好きで、そして良い人だと思う。
——————————
アランさんとケルビンくんがネビルの村を発ってからもう二週間ちょっと経ちました。
恐らく、帰ってくるのはもう少しかかるでしょう。
使命感の強いアランさんのことです。
多分、私が思っているよりずっと早く戻ってくるのではないでしょうか。
でも、もうちょっとだけ、二人だけにしておいて欲しいと思っている私が居ます。
この感情は思い当たるものがあります。
小さい頃、母におとぎ話を読んでもらった時と似たような感覚です。
その物語に出て来た白馬の王子様。
私もいつか、こんな人と出会えるのではないかと胸を踊らせたものです。
……実際にはそんなテンプレートのような人なんていない、後になって私は気付きました。
しかし、心の底では期待をずっと持ち続けていたのです。
そしてやっと見つけた。
私の白馬の王子様。
乗っている馬は白馬じゃないですし、王子様と言うにはあまりにも不潔な身なりですが、私にとっては関係ありません。
一度気付いた感情は堰を切ったように溢れ出て来ます。
今では看病をしている時ですら、顔が赤くなってしまっているのが自分でも分かります。
そう、私はヒューゴさんに恋をしています。
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