第20話 認めてもらいたくて
僕とケルビンは一晩スタンティノスで宿を取り、朝早くに出立した。
一刻も早くヒューゴに薬を届けるためだ。
その思いが僕を焦らせる。
ネビルの村からスタンティノスヘは片道約二週間弱かかる。
急げば往復三週間以内に辿り着けるかもしれないといったところ。
しかし、僕が焦ったところで何も始まらない。
実際に走るのは馬だ。
以前スタンティノスで仕入れた商品はネビルの村に置いてきて、少しは荷が軽くなったとは言え、ずっと走らせ続ければ、いずれ馬は倒れる。
本当は少しずつ、ゆっくり進ませるべきなのだ。
そうすれば、馬は長い時間走らせられる。
僕に出来ることはネビルの村へのルートを最適化することくらいだ。
既に二度、目にした風景は僕にとって馴染み深いものとなっている。
あそこの林は以前ヒューゴとケルビンが剣の訓練をしていた場所だ。
今回はそこで止まっている余裕はない。
僕は馬の調子を気にかけながら、出来るだけ早く走らせていた。
目に映る風景を記憶と照らし合わせながら進ませていると、記憶にない風景が現れた。
何か検問のような柵ができている……。
この前まで無かったはずのものに僕は疑問を浮かべ、馬を止まらせる。
後ろを振り返ると、後ろからついて来ている馬車を操っているケルビンも疑問に満ちた顔をしている。
するとケルビンの表情が一変した。
僕は顔を正面に向けて警戒を強くする。
現れたのは……
「ようよう、ニイちゃん! 命が惜しかったら荷物は置いていきな!」
武器を持ったガラの悪い者が二人、三人、四人と次々に出て来た。
不幸に不幸は続くものだ。
まさかこのタイミングで盗賊に出会ってしまうとは……。
こうなってしまったら、仕方がない。
不幸中の幸いか高価なものはあまりない。
ヒューゴの薬代として持って来たお金を出せば、勘弁してもらえないだろうか。
僕がそう思って腰に下げた金貨を入れた袋に手を触れた時、後ろから
トスッ
と足音が聞こえる。
——まさか
ケルビンが僕と盗賊たちとの間に割り込んで入って来た。
既に戦闘の準備はできている、とでも言いたそうに剣に手を添えている。
——だから、その自信は何処から来るんだ!!!!
僕がケルビンを制止しようとしても、
「はぁ? この人数に勝てると思ってるのか?」
と盗賊たちは不機嫌な様子。
「もうやっちまおうぜ!」
「久々の殺しだ!!!」
と周りの盗賊たちも息巻いている。
僕たちが避けるべきだったのは、どうやってこの盗賊たちに見逃してもらうかだったのに!
僕はこちらをチラリとも見ないケルビンを睨む。
そんなことをしている暇はないはずなのに僕は頭を抱えてしまう。
——終わった
僕が頭を抱えて下を向いた瞬間。
「ぎゃあぁぁ!!!」
悲鳴が聞こえる。
僕はその声に反応して前をみる。
「ケルビン!」
僕は武器で斬りつけられたであろうを案じて意味のない声を上げる。
しかし、目の前に広がっていたのは……
「いてぇ……!! このガキ……!」
脇腹を抱える盗賊と——
——返り血を浴びたケルビンの姿だった。
ケルビンはすぐさま体を翻し、美しい体捌きで近くにいた盗賊に斬りかかる。
唖然とした様子の盗賊たちは次々と斬られていく。
「この野郎!」
反応が一番早かった一人がケルビンの懐まで潜る。
手にはナイフを持っており、今にもケルビンの腹に突き刺さりそうだ。
すると、ケルビンの髪が淡く光る。
そして
ボォン!!!
爆発が起きる。
ケルビンをすんでのところまで追い詰めた盗賊は吹き飛ばされ、気を失っている。
いや、もう死んでいるかもしれない。
盗賊は最後の一人となった。
流し目で最後の盗賊を睨むケルビンは口を開く。
「……まだやるか?」
一人残った盗賊は足が竦んでいる。
「……く、くそ!」
そのまま後退り、ケルビンから一定の距離を取ると、背中を見せて逃げだしてしまった。
僕は一瞬の光景に唖然としてしまった。
ケルビンは剣を鞘に収めて、僕の方を向く。
「……へへっ!」
鮮血にまみれた笑顔を浮かべる。
僕はそれが何故か美しいと感じてしまった。
どさっ
ケルビンは気が抜けたのか、その場にへたり込んでしまう。
「ああ……怖かったぁ」
子供らしい感想を述べるがやってのけたことは子供とは思えない。
なんとケルビンは盗賊数人を一人で退けてしまったのだ!
ケルビンに兵士の才能があると思っていたとはいえ、これは快挙だ。
僕はケルビンの実力を大きく侮っていたようだ。
もしかしたらヒューゴの教えが良かったのかもしれない。
どちらにしてもケルビンの剣の才能、いや戦闘のセンスはずば抜けているものだと実感した。
僕は馬車を降りてケルビンに手を差し出す。
「大丈夫?」
ケルビンは自嘲気味な笑顔を浮かべて
「へへっ……俺、頑張ったろ?」
と言う。
その時に僕は気付いた。
ケルビンは褒めて欲しかったのだ。
自分が存在しても良い理由を証明したかったのだ。
家族を自分の魔法で殺してしまい、サーカスでも認められなかった自分を誰かに認めてもらいたい。
その思いでヒューゴに剣の教えを乞うたのだ。
僕は心の中で「お安い御用だ」と言う。
「ああ。よくやった。ケルビン。あー……君を改めて用心棒として雇いたいんだけど……いいかな?」
ただの旅商人である僕にとって、これは今言える最高の褒め言葉だ。
用心棒として雇うということは、その実力を認めたということ。
今のケルビンにとって、一番欲しい言葉でもあるはずだ。
ケルビンは目を点のようにして驚いている。
僕は手を差し出したまま、彼の返事を待つ。
しばらくして、ケルビンはやっと合点がいった顔をして僕の手を取る。
「……ありがとう、雇い主様」
そのまま力強く握手をする。
子供だと思っていた手のひらは思っていたよりも硬く、力強いものだった。
これが契約成立の証だ。
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