第16話 止まれない

翌日、僕達は村の人々に話を聞きに言った。

 昨日訪れた家の住人、男はヨーゼフ、女性はカタリーナ。

 彼らは被害者でもあるのに、僕たちを家に招き入れ、協力まで取り付けた。


 この村には今、暗雲が立ち込めている。

 誘拐犯という姿の見えない外敵によって。

 だから村の人々は僕たち旅人に簡単には心を開いてくれない。


 だが、カタリーナさん達の助けもあって、なんとか家の戸を開けてもらうことができた。

 最初に訪れた家の村長の家だ。

 僕たちは村長に話を聞いてみた。

 しかし、誘拐犯の情報は一切出てこない。

 ヨナの情報もカタリーナさんのものと同じくらいのものしか得られなかった。


 他の家を訪れても同じ。

 子供が居なくなったという家族の共に何軒か当たったが、僕たちがこの数日で分かったのは「子供が遊んでいたら、いつの間にかいなくなっていた」ということ。

 ただそれだけ。


 それじゃあ、誘拐じゃなくて失踪事件なんじゃないか?と僕が聞いたところ、「あの子がなんに理由もなしに居なくなるわけがない!」と怒鳴られる始末。

 それからは話にならない。


 調査を始めて5日。

 何一つ成果はあげられない。


 夕闇にまみれた空の下、僕たちは途方に暮れて村長に貸してもらった小屋に入った。

 小屋というか納屋だな。

 まぁ、雨風は凌げるのだからありがたい。


 僕たちはこれからの方針について、話を始めた。


「これからどうすれば良いのかなぁ?」


 僕はあくびをしながら言う。

 するとヒューゴは真剣な表情で、


「考えるべきは、誘拐犯の行方じゃなくて、子供達がどこにいるかだな。この村の北に深い森がある。遊んでいてそこに迷い込んでしまった可能性もあるが、あまりにも居なくなった子供の数が多すぎる。間違いなく、誘拐犯もしくは誘導した人物がいるはずだ。」


 と考察を述べる。

 居なくなった子供の数は7人。

 それもほぼ同時期に。

 流石に偶然では済ませられない人数だ。


 しかし、誘拐なら犯人の目的はなんだろう?

 身代金目的なら、こんな辺鄙な村の子供よりもっと金持ちの子供を狙えば良いだろうに。

 犯人の目的はお金ではないと言うことだろうか……。


「明日はその森を調査しに行こう。多分これ以上村を捜索しても無駄だ。村の中はもう住民が探し尽くしているだろうからな」


 僕たちはヒューゴの意見に頷く。


 しかし、森の中は危険だ。

 野生の獣もいるだろう。

 僕はヨナに助けられたことを思い出す。

 狼に襲われ、ヨナの魔法によって助けられたあの日のことを。


「遭難することも考えて、食料も持って行こう」


 僕は万が一の可能性を考えて、提案する。


「そうだな。一応一人一人自分の食料を持とう。はぐれる可能性だってあるからな」


 やはり、長く旅をしてきた人は違うな。

 経験に裏付けられた意見を聞いて、僕はヒューゴを尊敬の眼差しでみる。


「それと必要なのは剣だな。槍でもいい。アラン、リゼット。お前たちの分だ。アラン、用意できるか?」


 リゼットさんはヒューゴの言葉にオロオロする。


「わ、私も戦うんですか?」


 リゼットさんの言葉はもっともだ。

 剣術の指導を受けているケルビンと比べると、焼け石に水もいいところだ。


「万が一のためだ。一人になってしまっても武器を持っていれば、多少は安心できるしな」


 剣や槍は戦い以外にも使える。

 もちろん、野生の動物を狩ることだってできるし、地面に刺して布をかぶせれば簡易テントを作ることもできる。

 汎用性の高い、サバイバルには必須な道具だ。


「わかった。村長さんに明日相談してみるよ」


 僕はそういて今晩の食事の準備を始めた。



——————————



 次の日、僕たちは森の中に来た。

 見渡す限り広がる木々に目が眩みそうだ。

 調査しにしたはいいものの、どこへ行けば良いのか全くわからない。

 ヒューゴは歩いた道にある木を切りつけながら、先を歩く。


 村からしばらく歩いたが、道は全く開けない。

 昼から歩きっぱなしで疲れて来た頃、日も暮れ始めていた。


「遅くなって来たな。今日はここで野宿しよう」


 とヒューゴが提案してくる。

 まぁ、そうなるだろうなと思っていた。

 これだけ暗くなってしまったら、動き回る方が帰って危険だ。

 僕たちは木々を拾って、火を起こそうとする。

 ヒューゴがマッチを手に取ろうとした時、


「待って、兄ちゃん!」


 ケルビンが声を上げる。


「ちょっと待ってね」


 と言って枝を持って目を瞑る。


——まさか


 そのまま待つと、ケルビンの髪が光り始めた。

 そしてケルビンが持っていた枝が手元から燃え出す。


「あちっ!」

 ケルビンは火の熱さに悲鳴をあげる。


「大丈夫か!?」


 ヒューゴが駆け寄り、ケルビンの手を掴む。


「……大丈夫そうだな。……今のが魔法か?」


 ケルビンは得意そうな笑顔を浮かべて、


「うん。練習してたんだ」


 と言う。

 すると、ケルビンの頭にヒューゴの拳が落ちる。


ゴチン!


「あぶねぇことすんな!」


「痛って! だって……毎回毎回マッチ使ってたらもったいないじゃんか〜」


 ケルビンは殴られた頭を抱えている。 


「まぁ、気持ちは分かるけどよ……」


 ヒューゴが言葉を続けようとするが僕の言葉がそれを遮る。


「確かにそうだけど、魔法は僕が良いと言うまで使わないでほしい」


 ヒューゴとケルビンは僕の方に振り返る。

 僕はケルビンの瞳を見つめて


「約束だ。いいね? ケルビン」


 ケルビンは僕の真剣な目に怯えているようだ。

 ケルビンが小さくこくりと頷くのを確認すると、僕は


「よし、じゃあご飯にしよう!」


 と気不味さを紛らわせるように大声で言う。

 そして、それぞれ持って来た保存食を食べ始めた。


「ふぅ、ここまで来たけど、何も見つからないね……」


 僕は今日の成果を改めて確認するように言う。

 この森では何も見つけられなかった。

 もしかしたらこの森は事件に関係ないのかもしれない。

 それに明日はもう約束の一週間だ。

 何も見つけられずとも僕たちはこの村を去る。


 村の人たちには申し訳ないが、僕たちには何もできなかった。

 それも仕方ないことだ。


「あぁ、少しでも手がかりがあればな……」


 ヒューゴは苛立ちを晴らすかのように、近くにあった石を遠くに投げる。

 手がかりがない中、頑張った方だとは思う。

 この結果に村の人たちは落胆するだろうけど、やれるだけのことはやったつもりだ。

 「やはり旅人など信用できない!」と怒号を飛ばされるかもしれないが。


 僕たちは沈黙する。

 掛ける言葉が見つからない。

 手がかりを得られず、落ち込んでいるのはみんな同じだからだ。


 僕は沈黙に耐えられず、こう切り出す。


「今日はもう寝よう! 明日軽く探索して、村に帰る! いいね?」


 そうして地面に寝っ転がる。

 少し寒いけれど、今日だけの辛抱だ。

 各々僕と同じように寝っ転がる。


「俺は見張りをする。途中で変わってくれ。アラン」


 とヒューゴ。

 僕は


「わかった。起こしてよ?」


 とだけ言って、瞼を閉じた。



——————————



 みんなが寝ている中、俺は考えていた。

 これは俺にとっての贖罪なんじゃないかと。

 知らない村の子供を救うことで弟のハワードを救った気になりたいんじゃないかと。


 けれど、それすら世界は許してくれない。

 どれだけ逃げたって、どれだけ旅を続けたって、弟は戻ってこないんだ。


「分かってるさ」


 それでも、近しい状況の人が居たら助けたくなるのが人間ってもんだろうよ。

 俺はぶつけようがない思いを石に込めて投げる。


コッコッコッ


 と転がる音が木霊する。


 ……何か嫌な予感がする。

 俺は長年の旅で培われてきた勘を信じて、立ち上がる。

 周りを見渡しても、おかしなところは見当たらない。


 俺の勘も鈍ったか……。


 そう思って座ろうとすると、俺はあることに気づいた。

 何か……変な匂いがする。

 鼻につく刺激的な匂いだ。

 俺は口元を布で塞ぐ。


 どこだ……。どこにいる……!?


 俺は敵は近いと悟り、警戒しながら、周囲をゆっくりと見渡す。

 すると、


ボン!


 俺の目の前で爆発が起きた。

 背中から後ろの木に打ち付けられる。


「がはぁ!?」


 突然の激痛。

 衝撃によって、肺の空気のほとんどが体外に出された。

 何が起こったかわからず、俺はそのまま地面に伏せる。

 荒い呼吸を整えようとしていると、声が聞こえてきた。


「……失敗か。いや対策をしていただけか?」


 フードを被った男が木々の間から出てくる。

 俺は痛みこらえて、なんとか顔だけ上げる。


「まぁいい。実験はついでだ」


 と言って寝ているアラン達に近寄る。


「かはっ!ごほっ!」


 待て!と言おうとしたが、呼吸が整っておらず、咳しか出ない。


 くそ!

 何がなんだってんだ!?


 突然起きた爆発。

 そして現れた男。

 十中八九、あの爆発を起こしたのはあの男だ。

 つまり、あいつは敵。

 と言うことは……


 男はアラン達、いやケルビンに近づき、その手をケルビンの頬に当てる。


「!」


——誘拐犯か!?


 男はケルビンを腕に抱えて、走ってその場を去っていく。

 その瞬間、やっと俺の呼吸が整った。


 俺は男の後を追いかける。

 アランやリゼット達には悪いが、今は緊急事態だ。

 起こしている余裕なんて無い。


 俺は怪我をしている体を無理矢理動かす。

 背中からズキンと痛みが走るが俺は止まれない。

 今、あの男を逃したら、弟だけでなく、ケルビンまで失ってしまう。


 そんなこと、許せるはずねぇだろう!


 俺は激情に体を任せて走り続ける。

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