第15話 誘拐事件

僕たちは旅をしている。

 魔法の真理を探し求める少女ヨナを追って。


 今目指している場所はネビルという何の変哲のない村。

 特に特産品も無さそうで、商人でもある僕にとってはあまり価値のない村だ。

 しかし、そこにヨナを追うための手がかりがあるかも知れない。


 だから、僕たちはそこを目指す。

 微かでも光り輝く少女の影を追って。


「おーいアラン、まだかよ〜?ネビルって村は?」


 旅路の長さに文句を言っているのはヒューゴ。

 僕の旅についてきてくれている流浪の旅人だ。

 最初会った時は飄々とした態度だったけど、最近は打ち解けられたのか、少し変わってきたように見える。

 あの態度はよそ行きの猫被りだったのかもしれない。


 僕はその言葉に地図を見ながら、


「多分、この辺りだと思うんだけど……」


 と返す。


「もしかしたら、もう潰されてたりしてな。盗賊かなんかに襲われでもして」


 ヒューゴはクックックと笑いながら言う。

 それは悪い冗談だ。

そうなれば、ヨナの手がかりは全く無くなってしまったと言って良い。


「ヒューゴさん! 不謹慎なこと言わないでください」


 とヒューゴを叱りつけるのはリゼットさん。

 元貴族であるリゼットさんは周りへの気配りが出来ている。


「へへっ。兄ちゃん、怒られてやんの」


 子供らしい笑顔を浮かべてヒューゴをからかうのはケルビン。

 この前寄った街スタンティノスで拾った子供だ。

 こう見えて魔法使いである。

 また、ヒューゴから剣術の指導も受けており、最近の成長は目を見張るものがある。


 そんな平和な会話をしながら荷馬車を走らせていると


「おっ。あれじゃないか?」


 ヒューゴが水平線の向こうを指差している。

 僕は荷台の上で立ち上がる。


 見えた。


「ネビルの村だ!」


 太陽が照らす中、僕たちは感情を隠さず喜び合う。

 その村に暗雲が立ち込めていることも知らずに。



——————————



 「……ここ、本当に村なのか?」


 「……誰も居ないね」


 ヒューゴとケルビンが口々に言葉を漏らす。


 村は静寂に支配されていた。

 昼だと言うのに誰も外に出ていない。

 何軒か民家と思われる建物をノックしたが、物音ひとつ聞こえない。


 それなのに鍵はしっかりと閉まっている。


「本当に襲われたんじゃないか?」


 ここまで来て、ヒューゴの言葉が信憑性を増してくる。

 リゼットさんはあまりにも不気味な村に怯えてしまっている。


「ゴーストタウンか、本当に幽霊が出たりしてな」


 ヒューゴは一人余裕綽々な表情で言う。


「や、やめてくださいよ」


 リゼットさんは恐怖に体を震わせる。

 魔法というおとぎ話が現実のものであると知った今、幽霊くらいは本当にいてもおかしくはない。

 あまりにもタイミングが悪いジョークだ。


 それでも僕は先陣を切って民家を訪ねる。

 ヨナの情報をほんの少しでも得られるなら、幽霊なんて怖くない。


 日も傾きかけ、これで最後の訪問にしようかと思いながら、民家をノックする。

 すると鍵が開く音が聞こえた。


「えっ」


 僕は反応があったことに驚く。

 僕は咄嗟に後ろを振り返る。

 ヒューゴは「ようやくか」と安堵している。

 リゼットさんは青い顔で、お祈りをするように手を組んでいる。

 ケルビンは……見えない。

 ヒューゴの後ろに隠れているようだ。


 僕は意を決してドアノブを掴む。

 ゆっくりとドアを開けて顔を覗かせると


シャキン


 僕の喉元に斧の切っ先が添えられた。


「誰だ」


 僕は顔を動かせず、声も出せない。

 少しでも動いたら、この斧が喉元を裂くという恐怖が一気に僕の血の気を冷めさせた。


「答えろ!」


 後ろから「おいアラン! どうした!?」と声が聞こえる。

 しかし、突然の状況に僕は頭が回らない。


 いやいや、考えろ!

 今僕には何が見える?

 斧を持った男。

 男……人間じゃないか!

 幽霊じゃない!

 話せばわかってくれるはず!


「ぼ、僕は旅商人をしています。アランと言います」


 僕は恐怖をなんとか抑えて言葉を絞り出す。


「……旅商人が何の用だ。この村に」


 男は斧を持った手を緩めない。


「あのっ、ひ、人を探しています。銀色の髪の少女を。何年か前に見ませんでしたか?」


 男は僕を見定めるように視線を巡らせている。

 すると、


「あんた! もういいでしょ! ただの旅人さんだよ!」


 家の奥からふくよかな女性が現れ、男を諌める。

 そうして、ようやく斧が下ろされた。


 どうやら僕は息をするのを忘れていたらしい。

 気づいた僕はゼェハァと息をし始める。


 男はフンと鼻で息を吐くとそのまま家の奥まで行ってしまう。

 僕の方に寄って来た女性は


「ごめんなさいね。この村は今、大変で……」


 僕は息を整えて、思考をクリアにする。


「大変って……」


 こっちが大変でしたよ!と言いたくなった。

 しかし、「初対面の人に悪印象を与えてはならない」と父さんの言葉が聞こえた気がした。

 僕は咳払いをひとつして、


「……この村で何が起こっているんですか?」


 疑問を口にすると、


ガタッ


「大丈夫か!アラン!」


 僕を押しのけて、腰につけている剣に手を添えたヒューゴが飛び出してくる。

 ……もし、まだ僕の喉元に斧があったら大変なことになっていた。

 間が良いやつだ。


「お連れさんですか?」


 女性が僕に訪ねる。


「はい。そうです。」


 僕は体を開けて後ろにいる二人の姿も女性に見せる。


「……そちらの方は……用心棒の方ですか?


 女性はヒューゴに目配せをする。


「ん。まぁ、そんなところです」


 女性は後ろに下がり、


「……よかったら中に入ってください」


 と奥の方に下がっていった。


 僕はみんなとアイコンタクトをして、家の中に進んでいく。



——————————



 僕たちは案内された居間で椅子に座って、じっと待っていた。

 この女性が話し出すのを。


 椅子に座ってしばらく経って、


「……いい加減話してくねぇか?」


 痺れを切らしたヒューゴが女性に話しかける。

 女性は一度目を瞑ってから、口を開いた。


「……この村では今、事件が起こっています。誘拐です」


 ヒューゴの耳がピクッと動く。

 堰を切ったように女性は話を進める。


「それは何度も起こっています。しかも誘拐されるのは子供ばかり……。だから村の人はみんな家に閉じこもっているんです」


 僕はあることに気付く。


「もしかして、あなたの子供も……」


 女性は悔しそうに頷く。


 やはりそうだ。

 多分あの男性はこの女性の旦那さんだろう。

 そんな時に僕たちが現れた。

 僕たちが自分たちの子供を誘拐したと思って、斧を持って来たのだろう。


 彼にとってはその方が良かったかも知れない。

 大事な人の手がかりさえ掴めないというのは……辛いことだ。


「……あんたらは自分の子供のことを覚えているのか」


「!」


 ヒューゴはボソッと呟く。

 女性には何を行っているのか分からないだろう。

 しかし、僕はヒューゴの考えていることがわかった。

 ヒューゴの……弟のことだ。


 突然いなくなってしまったヒューゴの弟ハワード。

 彼の存在はヒューゴの両親の記憶から消されてしまった。

 ヒューゴは先日僕に語ってくれた過去のことを考えているのだろう。


「忘れられるはずがありません!!!」


 女性はヒューゴの言葉の意味を理解できずに喚く。


「いや、悪かった。気にしないでくれ。こっちの話だ」


 女性は興奮した自分を抑えるように顔をパンパンと叩く。



「すみませんでした。……実はお願いしたいことがあるのです」


 女性は決心をしたように言う。

 そこに


「俺たちに誘拐犯を捕まえてくれって言うんだろう?」


 ヒューゴが口を挟んだ。


「あんたが考えてることはよく分かる。藁にもすがる気持ちだろうさ」


 ヒューゴは願いを突っぱねるように冷たく言う。

 残念ながら僕たちにはそんなことをしている余裕はない。

 一刻も早く『魔の民』に追いつかなければいけないのだ。


「……条件次第では、やってやらんこともない」


「! ヒューゴ!」


 僕はヒューゴの言葉を疑う。

 まさか、そんなことを言うとは思わなかった。

 いや、確かにこいつは優しいやつだけど、誰彼構わず手を差し伸べるような善人というわけではない。

 誘拐という言葉に踊らされたのだろうか。

 それともヒューゴに「心の整理」の一つなのだろうか。


 ヒューゴはちらりと僕の方を見る。

 視線をすぐに女性の方に戻すと、


「条件は……情報だ。銀色の髪の少女の情報をくれれば、引き受ける。調査はするが一週間だ。一週間調査して誘拐犯の情報が出ないようなら俺たちは手を引く。どうだ?」


 僕は納得した。

 決して自分のためだけじゃない。

 僕たちの旅の目的のための行動だったのだ。


 女性は悩む。

 いや思い出そうとしている。

 銀色の少女について思い当たることを。


 しばらく、女性は頭を抱えていた。

 その間に僕たちは出されたコップの水を飲み干してしまう。

 まだ女性は姿勢を変えない。

 やはり、この村には訪れていないのだろうか?


 ヨナ。


 突然、女性は飛び起きるように体を跳ねさせる。


「半年ほど前!村長と話していた少女が確か銀色だったような……」


 激しく燃えた火が消えていくように、段々と女性の声は穏やかになっていった。

 僕はその火が燃え移るように感情が高まるのを感じる。


「彼女は何処に居るんですか!?」


 僕はテーブルに手をついて立ち上がり、質問する。


「わ、わかりません!でも……村長が「南へ向かうと良い」と言ってたのは聞きました」


 それだ。

 藁にもすがる思いなのはこっちも同じ。

 すぐにでも南へ出立したい気持ちではあるが……


「契約成立だな」


 ヒューゴの一言によって僕は正気に戻る。


 そうだ。

 これは交換条件だったんだっけ。

 僕たちは少なくとも一週間の間はこの村で誘拐犯についての情報を集めなければならない。

 可能ならば、解決も。


 女性はヒューゴに期待の目を向けている。


「よし、じゃあ明日から調査を始める。……が、あまり期待はしないでくれ」


 飄々とした態度で言う。

 やっぱりこれは猫かぶりだな。

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