第三章 振り向けば影

第14話 兄弟


「やあぁ!!!」


カン! カン!


「大振りするな! 打ち込む時が一番隙が出来やすいんだ!」


 ヒューゴが下から剣を巻き上げるようになぎ払う。


キィン!


 ケルビンが持っていた剣が空に舞った。

 

「っつぅ」


 ケルビンはヒューゴの攻撃によって痺れた掌を震わせる。



 僕たちは旅をしている。

 バゼル帝国の首都スタンティノスを旅立ち、今は次の目的地ネビルの村への道中。

 ネビルの村は遠く、馬で移動していても2週間はかかるらしい。

 その間、ケルビンはヒューゴに剣術の指導を受けている。


——もっと強くなりたい


 それがケルビンが言い出したことだった。


 僕はケルビンを勧誘する際、魔法の研究を手伝ってもらうと言った。

 しかし、旅の道中ということもあってかその研究は進めていない。

 だからそんな退屈な旅の中でケルビンは一念発起したということだ。

 僕にとっても嬉しい誤算だ。

 夜盗か何かに襲われた時、戦力は一人でも多い方が良い。

 子供ということもあってか成長も早く、多分僕よりも強いだろう。

 ……僕が弱すぎるだけだろうか。

 

 僕もヒューゴに剣の指導を少し受けたが、「才能が無い」とはっきり言われてしまった。

 それも仕方ない。

 子供の頃から今に至るまで、商人としての勉強ばかりしてきた。

 今から剣の訓練を受けても半端なものにしかならないだろう。


 僕はヒューゴとケルビンが訓練をしているのをぼぉっと眺めている。

 視界の脇からリゼットさんが壺を頭に抱えて持って来る。


ドスン


 リゼットさんはヒューゴたちの近くに寄って、壺を地面に置くと 


「お水汲んできましたよ〜」


 と呼びかける。

 ……リゼットさん、もう少し丁寧に扱ってくれ。

 その壺は商品でもあるんだ。


 僕は口には出さないで目で訴えかけるも、こちらをチラリとも見ない。

 ヒューゴとケルビンが訓練している姿に目を奪われているようだ。

 

 リゼットさんは元貴族、お嬢様だ。

 兵士が訓練している様を見たことないのも納得かもしれない。


 リゼットさんは結構、頭の中がお花畑だ。

 多分、白馬の騎士が迎えにきてくれる、なんておとぎ話のようのことを考えたこともあるんだろう。

 だから訓練している姿を羨望の眼差しで見ている。

 僕の方には目もくれない。


「ふぅ、ケルビン。今日はここまでだ。いいか? 闇雲に剣を振っちゃあダメだ。当てられると思ったときに振れ。それを見極めろ」


「は……はい……」


 ヒューゴはアドバイスになるんだが、ならないんだか僕にはよく分からない事を言って剣を仕舞う。

 ヒューゴはまだ余裕綽々だ。

 対してケルビンは「はぁはぁ」と息を切らしている。

 訓練を切り上げたのはケルビンの体を気遣っての事だろう。


 そうしてヒューゴは壺から水を手で掬ってゴクゴクと飲む。


「っぷはぁ! 水が美味ぇ! ケルビンも飲めよ!」


 ヒューゴは豪快に言う。

 声をかけられたケルビンはフラフラとツボの近くに近寄る。

 相当疲れたみたいだな。


 ヒューゴは手を組んでそのまま水瓶の中に手を入れる。

 そのまま手を取り出し、ケルビンの方を向いて、


ピュー


 水鉄砲をお見舞いした。


 放った水鉄砲は綺麗にケルビンの顔面を捉えている。

 ケルビンの服の胸の辺りまで水が染み込んでしまっている。


 ケルビンはその場でふるふると震えたかと思うと


「……何すんだよーーー!!!」


 と先ほどまでの疲れはどこに言ったのかと思わせるくらいの勢いで、ヒューゴ目掛けて走り込む。

 ヒューゴは笑いながらケルビンから逃げる。

 僕とリゼットさんはそんな平和な様子を眺めていた。


「なんだか、兄弟みたいですね」


 水を飲もうとした僕にリゼットさんが話しかける。

 僕は一口水飲んで、


「フフッ、そうだね。僕には兄弟がいないから分からないけど、多分兄弟ってあんな感じなんだろうなと思うよ」


 僕はその光景の微笑ましさに笑いながら答える。

 二人はここ数日で随分仲良くなった気がする。

 追いかけているケルビンは本当に子供だけど、追いかけられているヒューゴもまるで子供みたいだ。


「待てー!!!」


「ほら、捕まえてみろよ? へへっ」


 今までヒューゴは僕よりずっと大人だと思っていた。

 ヒューゴの知らなかった部分を少し垣間見れた気がした。



——————————



 夜になって、僕たちは食事を取り始めた。

 野宿にもずいぶん慣れてきた。

 どんな工夫をすれば美味しくなるかとか、道で積んできた野草の味とか、僕は様々なことを経験して学んだ。

 しかしまだ、魔法については研究は進めていない。

 実際にケルビンに魔法を使ってもらったとしても、今はまだ得られるものは少ない。

 まだ何か足りない。

 何かが必要なんだ。

 まだ僕が気付けていない……何かが。


 みんなが楽しく談笑しながら食事を摂る中、僕は焦燥を隠せないでいる。


「ふわぁ〜あ。僕はもう寝るよ。疲れた」


 ケルビンがあくびをしながら毛布に包まる。

 訓練の疲れが溜まっているのだろう。

 すぐに寝息を立て始めた。

 

「ふふっ。可愛いものですね。どれだけ強がってもまだ子供ですものね」


 リゼットさんはケルビンの頭を撫でながら言う。

 剣士としての訓練を受けているケルビンは、戦闘において、もはや僕よりも頼り甲斐があるかもしれない。

 それでもやはり、子供。

 寝ている表情を見ると、それを改めて実感する。


「じゃあ、私も寝ますね。水を運ぶのって結構疲れます。おやすみなさい」


 リゼットさんはケルビンに寄り添うようにして寝っ転がる。

 そして、そのまま目を閉じて寝てしまった。


 僕は魔法のことについて、一人で考え込む。

 ヨナが使った魔法は爆発のようなものだった。

 ケルビンが使った魔法も爆発のようなものだ。

 水を爆発で巻き上げて虹を作ると言う見世物をしていた。

 つまり魔法とは爆発を起こすものということか?

 しかし、それだけなら魔法を使わずとも火薬を使えば良いだけの話だ。

 東の国では黒色火薬という、火をつけると爆発する物体があるらしい。

 それを使えば、魔法と同じような現象は起こすことができる。


 しかし、火薬を使ったからといって眼や髪が光るなんてことはないだろう。

 あの光は反射したものだとかそういうものではなく、直接的に光り輝いていた。

 魔法を使うとき、ケルビンは淡く光っていたが、ヨナの場合は強く光り輝いていた。

 力の度合いの差なのか?

 ヨナの方がより強い魔法を使えるということか?


 他にも考える必要があることはある。

 ケルビンが魔法を使えるようになったキッカケだ。

 身体中にアザのようなものが出来て、熱にうなされる。

 それが魔法を使えるようになる予兆ということか?

 そうだとすると、それ以前の話も聞く必要があるな。


 何か変な食べ物を食べたとか、動物に噛まれたとか、原因を考えるときりがない。

 ケルビンに話を聞くのが一番早い。

 しかし、あまりケルビンの過去を聞くのは忍びない。

 彼のトラウマを掘り起こすことになりかねないからだ。


——もう少し、時間が経ってからかな。


 剣の訓練は心身ともに鍛えられるって言うし、ケルビンの成長をもう少し待った方が良いだろう。


 僕が一人、毛布にくるまって考え事をしていると、ヒューゴが話しかけてきた。


「眠れねぇのか?」


 気にかけてくれるとは優しいやつだ。

 それとも夜の番を代わって欲しいでもいうのだろうか。


「考え事をしていただけだよ」


 僕は眠そうな演技をしながら言う。

 今夜はヒューゴが夜の見張り当番だ。

 僕は代わりたくない。


「そうか。俺も最近いろいろ考えるんだよ。ケルビンのことさ」


 それは僕も同じだ。

 多分意味合いは違うだろうけど。


「へぇ、悩みでもあるの?」


「いや、違うんだ。弟みたいだなって思うようになってさ」


 ヒューゴは空を見上げる。

 何かを懐かしむような、そんな表情だ。


「ヒューゴの家族はどうしてるの?」


 僕は唐突に気になったことを口に出す。

 弟がいたのだろうか。

 その影をケルビンに重ねているのだろうか、と。


「家族ねぇ。……両親はここからずうっと西の街で暮らしてるんだろうな。弟は……」


 ヒューゴの目に暗いものが宿る。


「……死んだよ」


 僕は聞いたことを後悔した。

 最近、人の昔話を聞くと不幸話ばかりな気がする。


「……悪いことを聞いたね」


 僕は素直な気持ちで謝る。

 人には抉られたくない過去がある。

 僕はまだ勉強が足りなかったようだ。。


「いいさ。俺も整理をつけたいと思っていたところだ」


 ヒューゴは寂しそうに空を見上げる。


「……昔話をしてもいいか?」


 本当は嫌だ。

 でも、


「いいよ」


 と答えてしまう。


 これはヒューゴのためなんだ。

 気持ちを整理するために必要なことなんだ。


 僕は親切心を理由に本心を隠す。


「弟の名前は……」


ヒューゴは語り出す。



——————————



弟の名前はハワード。

元気なやつでさ。

起きたら俺を起こして広場で遊ぶのが好きだった。

俺は寝坊助だったから、目をこすりながらそれに付き合ってたよ。


でもある日突然、居なくなってしまった。

俺はその日、起きてから気づいたんだ。

誰も俺を起こしに来ない。


ハワードはどこに行ったんだ?

家の中には居ない。

広場に行っても居ない。


子供の足だ。

そんなには遠くに入ってないはず。

俺は夜になるまで広場で待ったよ。


でもあいつが広場に現れることはなかった。


家に戻ると、父と母が俺を心配していた。

俺は違和感を持った。

心配する相手が違うだろう?って。


ハワードはどこに行ったんだ?ってなんで聞いて来ないんだって。


それから、ハワードが居なくなった世界での生活が始まった。

いや、居なくなったじゃない。


——居なかった世界だ。


両親はハワードが居なくなったことに気付いていなかった。

家族3人での生活は続く。

まるで最初から俺に弟なんて、居なかったみたいに。


俺はとうとう両親に問いただした。

「ハワードはどこに言ったの?」って。


両親は不思議そうな顔で俺を見る。

母は言った。


「ハワードって誰かしら?」


 ってな。


 俺は家を飛び出した。

 ハワードの存在すら否定した両親が許せなかった。


 だから俺はそのまま、旅人として暮らすことにしたって訳だ。


——————————



 僕はヒューゴの話を黙って聞いていた。


「不思議だろう?」


 ヒューゴは僕に問いかける。


「でも、この前のお前の話を聞いた時、ピンときたんだ。両親がハワードのことを忘れてしまったのは魔法のせいなんじゃないかって」


 僕は自分の頭が急激に冴えるのがわかった。


 記憶を無くす魔法だって!?

 それは魔法の手がかりと成り得る。


「ヒューゴが住んでいた街はどこにあるの?」


 僕は生き急ぐ気持ちを抑えながら言葉を選ぶ。


「言ったろ?ここからずうっと西の方だ。まぁ一年も旅をすればたどり着くかもな」


 ヒューゴはパイプに火をつける。


 それは余りにも遠すぎる。

 また、今の目的地は西の方だとはいえ、これからもそちらに向かうとは限らない。

 僕達はヨナの手がかりを追っているのだ。

 もし、次の村で「南の方に行った」と言う証言があれば、そちらへ向かうだろう。


 それに、わざわざ人の気持ちを踏みにじりたくない。

 ヒューゴはその街には行きたがらないだろう。

 気持ちの整理をつけるため、と僕に話してくれたが、実際にどう思っているかはわからない。

 

「そうか。じゃあ寄ることはないだろうね」


 僕は諦めるように言った。


「ああ、そうだろうな」


 ヒューゴはパイプを吹かしてまた空を見上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る