第13話 お互い様


 僕はそのまま店の主人に頼んで一晩だけ泊まらせてもらった。

 代金を弾んだらなんとか了解を得ることができたのだ。


 ……あんなことがあったのにヒューゴと顔をあわせるなんて、あまりにも億劫だ。


 一晩たっても、僕に心中は穏やかにはならなかった。

 これからどうすれば良いだろう。

 ヒューゴと仲直りできるだろう。


 あいつは良い奴なんだ。

 だから僕の偽善に怒りを露わにしたのだし、そんな良い奴とたった数日で喧嘩別れなんて……したくない。


 ヒューゴと僕は雇い主と用心棒、形式的にはそういう関係だ。

 しかし、実際のところを言うと、ヒューゴははただ気ままな旅人なのだ。

 彼の善意で僕の旅に同行してもらっているに過ぎない。


 彼が「僕との旅を止める」と言えば、それまでの関係だ。


 なんとか寄りを戻せないだろうか。

 僕の頭は朝だと言うのに少しもボヤけを感じていない。

 どうするのが最善の策か、それを考えるのに没頭している。

 考えながら、泊まらせてもらった店を出る。


 向かう先はアメリさんの家、みんなが止まっている場所だ。

 ヒューゴはまだあそこにいるのだろうか。

 僕と同じように別の店で一晩を明かしてないだろうか。

 そうなれば、あれが最後の別れということになってしまう。

 そうすれば、僕はヒューゴに謝る事すら出来ない。


 出店の準備をしている人たちが忙しそうに街を行き来している。

 その中で僕は緩やかに歩を進める。

 ヒューゴがアメリさんの家にいないかもしれないという現実を見たくないのだ。

 だから、流離うようにゆっくりと、足を動かしている。


 俯いて考え事をしながら歩いていると、人にぶつかりそうになった。


「すみま…」


 謝りの声を発そうとすると、目の前に現れたのは


「「あ」」


 ヒューゴだった。

 僕は突然の出会いに言葉が出ない。

 ヒューゴもそれは同じようだった。

 僕は何でもいいから言葉を絞り出そうとして


「ごめん!!!」


 と周りの人も気にせず、頭を下げる。

 まずはこうするのが正解だろう。

 何に対しての「ごめん」かは……色々あり過ぎてよく分からない。


 ヒューゴはケルビンを自分勝手に身請けしたことに対して怒っていた。

 身寄りのない子供を救ったことは客観的にみれば良いことだが、事情を聞けば話は違う。

 僕は自分の欲望の手がかりとしてケルビンを結果的に見受けしたのだ。


 子供を救うならもっといい手はあったはずだ。

 どこかの修道院に保護させてもいいだろうし、マルコさんに誰かを紹介して貰うのでもいい。

 でも僕は旅に同行させることを選んだ。

 それはケルビン自身を研究するためにだ。


 それをヒューゴは許せなかった。

 失望させてしまった。


 僕の謝罪の一言にヒューゴは何も言わずにいる。

 頭を下げている僕は彼の動きは見えない。

 例えば体勢的に見れたとしても、怖くて見れないだろう。

 僕はヒューゴの返事をただ待った。


「……お」


 ヒューゴが口を開く。


「俺も悪かったよ。昨日は言いすぎた」


 僕は顔を上げる。

 ヒューゴはバツの悪そうな顔で頭を掻いている。


「じゃあ、また一緒に旅してくれる?」


 僕は先程までの憂鬱な気分と一転して期待をこめた目でヒューゴを見つめる。


「え? ……お前、そこまで悩んでいたのか」


 ヒューゴは更にバツの悪そうな表情になる。


「あの時は俺も感情的になりすぎた。理由はどうあれケルビンを救ったことには変わりないもんな。本当にすまなかった。また俺を雇ってくれ。お願いだ」


 ヒューゴは頭を下げて、僕にお願いする。

 僕はその様子に慌ててしまう。


「え? いや、僕が悪かったんだよ! ごめん!」


 僕たちはしばらくお互いに謝り合う。

 近くにいた人達が笑っているのも気にせず、むしろこれが僕たちの仲違いの罰なんだと思って、謝り続ける。


 やっぱり、ヒューゴは良い奴だ。



———————————



 僕とヒューゴがアメリさんの家に着くとリゼットさんが出迎えてくれた。


「おかえりなさい! えっ? なんで二人で? そのっ、私どうすれば良いか……」


 リゼットさんの疑問ももっともだ。

 昨日、喧嘩別れした二人が、同時に帰宅したのだ。

 僕もヒューゴも不思議な気持ちだ。


「ただいま。僕達はもう大丈夫だよ。……ケルビンは?」


「え、はい。部屋にいます……」


「ありがと」


 僕はケルビンのいる一室の前で深呼吸する。

 そして扉に対してノックをする。


「ケルビン。僕だ。アランだ」


 返事は……ない。

 僕は「まぁそうだろうな」と思いながら扉をゆっくり開ける。


「ケルビン」


 ベッドの上に小さな膨らみがある。


「……」


 ケルビンは布団にくるまったまま、何も言わない。

 一度は開かれた心の扉は固く閉まってしまったようだ。


「ケルビン。すまなかった」


 僕はケルビンからは見えもしないのに頭を下げる。

 返事は一向に無い。

 僕は頭を上げてケルビンのいるベッドに腰掛ける。


「なぁ、僕は自分の為に君をサーカスから連れ出した。でも君のためを思っての行動でもあったんだ」


 僕は子供のケルビンに対して本音を打ち明ける。


「もちろん、これから魔法の研究には付き合ってもらうことになるだろう。でも無理に魔法を使えとは言いたくない。だから君には選択肢を与える」


 ピクッとケルビンが動き、布団を少しだけ上げてこちらを見る。


「一つは僕たちと一緒に旅をすること。僕はこう見えて金持ちなんだ。生活の保証はするよ。それが嫌なら君を修道院に連れていく。その修道院には寄付もしよう。どちらを選んでも生活には困らない。修道院の方がもしかしたら少しは貧乏になるかな」


 僕はつらつらと交渉内容を伝える。

 ケルビンは考えているのか、動きがない。


「君は魔法のことについて気にならないかい? なんで自分がこんな力を得てしまったのか。僕の知人によると魔法使いは迫害される運命らしい。僕は魔法使いの民を追っている。運がよければ、君もその一員として生活できるかもしれない」


 これでダメなら仕方ない。

 ケルビンはまだ動かない。


 ……ダメか。

 僕はベッドから腰をあげる。


「……いく」


 ケルビンが声をあげる。

 微かな声でよく聞こえなかった。


「え?」


 ケルビンは布団を自ら剥いで


「付いて行くよ!僕を一緒に連れていけ!」


  と宣言する。


「よし。明日には出立だ。この街でのやり残しはしないようにね」


 僕はまたも交渉を自分の有利に進めることができた。

 相手が子供とはいえ、対等に接したことでケルビンの心を動かせたのだろう。

 僕はまた一つ自信を持てるようになった。



——————————



 明日出立だと告げたものの、みんなの準備は大丈夫だろうか。

 僕はヒューゴとリゼットさんのいる居間に行くことにした。

 居間に着くとヒューゴとリゼットさんが楽しそうに話している。


「お? 説得は成功したみたいだな」


 ケルビンの大声はこちらまで聞こえていたようだ。


「あぁ、色々教えてやってくれよ。ヒューゴ」 


「おう、やるからにはとことんな」


 ヒューゴは力強く胸を叩く。


 そういえば、リゼットさんはとりあえずはこの街に来るまで一緒に旅を続けると言う話になっていた。

 これからどうするつもりなんだろう。


「リゼットさんはこれからどうするつもりなんですか?」


 僕は単刀直入に聞く。

 リゼットさんはテーブルに座った僕に顔を寄せる。


「今更、出てけって言うんですか!? 私は付いていきますよ! アランさんがヨナさんに再会するまで!」


 僕はリゼットさんの勢いにたじろぐ。

 そういえば、昨日恋のキューピッドになるとか息巻いていたなぁ。

 そう言う意味でもあったのか。

 失念していた。


「ご、ごめんごめん。分かりましたよ。一緒に行きましょう」


 断る理由なんかない。

 男だけの旅というのもオツなものだが、ヒューゴが男色に走ったら困る。

 いや、居て欲しい理由はもっと単純だ。

 せっかく、仲間になると言ってくれた人と別れてしまうのは悲しいことだからだ。


 こうして僕アランとヒューゴ、リゼットさん、ケルビンの4人で旅をすることになった。

 これからどんな旅路になるか、楽しみだ。

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