第12話 優しい怒り
ケルビンが泣き止んだ後、僕たちはサーカス団員たちがいる小屋を後にした。
僕とケルビンの見送りは誰もいなかった。
あまり馴染めていなかったのだろう。
ケルビンの気持ちを考えれば、先ほどまで泣いていた理由も分かってくる。
突然、自分のせいで親が死に、村八分にされて、村を出て行って、サーカス団員と出会う。
しかし、大した見世物ができるわけでもなく、唯一人と異なること、つまり魔法を使うことでサーカスに参加するも、結果は出せず。団員に罵られる日々。
ぐちゃぐちゃになってしまった心は簡単には取り戻せない。
でもいつかは時間が解決してくれる。
僕ができるのはケルビンを安全な場所で育てることだけだ。
ケルビンを連れて情報が集まる場所である商人ギルドに再び訪れる。
カウンターには昨日と同じようにアメリさんが立っていた。
「いらっしゃい。あら? まだ酒場は開いてないよ?」
アメリさんは僕に気付くと話しかけてくる。
僕の後ろに隠れている少年にも気付いたようで、
「あら、子供じゃない。どうしたの?」
と付け加える。
「違うんです。この子はさっき身請けした…」
言葉を遮るようにアメリさんが口を開く。
「身請け? なにそれ。あなた修道士?」
「いや、色々事情があって……」
僕はしどろもどろに言葉を出す。
「ふーん。事情ねぇ。ま、そういうこともあるわよね」
アメリさんはなんとか納得してくれたようだ。
ケビンが魔法を使えることはできるだけ伏せておいた方が良い。
アメリさんの口が緩いかも分からないのだから。
もし、何かの拍子にマルコさんの耳に入ったら、事だ。
「それで、情報が欲しくて来たんですけど……。その、ネビルの村って知ってますか?」
僕はようやくギルドに来た理由を話す。
アメリさんは顎に手を当てて考え込む仕草をする。
「ネビルかぁ。あまり噂は聞かないわね。結構遠くの村よ? 特に何も無い村だと思うけど」
「そうですか……。可能だったら地図に印をしてもらえますか?」
僕は持っている周辺の地図を取り出し、机に広げる。
僕は落胆を隠しながら、少しでも情報を得ようと粘る。
ギルドでもダメなら、マルコさんにでも聞くしかない。
しかし、あんな状態のマルコさんに聞く訳にはいかない。
それに、そんなことを聞いたら僕がヨナを追っていることがバレてしまう。
マルコさんは父さんから紹介された人物だ。
少しでもフィーチェに連れ戻される可能性は排除したい。
僕の旅は僕が諦めるまで終われないのだ。
もし連れ戻されでもしたら、僕は悔しさでどうにかなってしまいそうだ。
アメリさんが大体の位置を地図にマーキングしてくれる。
しばらく交易をしなくても食ってはいける。
マルコさんのお陰で僕の財布はたらふくお金を溜め込んでいる。
とは言っても、何も持たないというのは不安を募らせる。
今回は商売相手が未知数だが、売れそうなものを直感で買って、荷馬車に入れておこう。
今日は商店街を行ったり来たりしているな。
ふと、そんなことを考えながら歩いていると、ケルビンが立ち止まって出店を見ていた。
果物を売っている店だ。
僕はケルビンに話しかける。
「欲しいの?」
「………」
ケルビンは言葉を発さない。
子供ながら遠慮でもしているのだろうか。
僕はケルビンには何も言わず、店から果物を3つほど買って、
「ほら」
とケルビンに果物を一つ投げ渡す。
いきなり現れた男に身請けされて、環境は良くなかったとはいえ、しばらく居たサーカスから連れ出されたのだ。
そんな男にいきなり丁寧に接されても警戒は解けないだろう。
投げ渡すくらいが丁度良い。
「わ! とと」
ケルビンは果物を落としそうになるもちゃんと受け止める。
そしてこちらをチラチラと見る。
「食べなよ」
と言いながら、僕も一つ囓る。
シャリッとした食感と共に荷重が溢れ出る。
うん。
美味しい。
ケルビンも僕の動作を真似るように果物に歯を立てて齧り付く。
一口目を食べると堰を切ったようにムシャムシャと食べ始めた。
もう昼過ぎだ。
お腹が減っていたのだろう。
食べ終わったケルビンにもう一つ果物を投げ渡す。
今度は何の危なげも無くキャッチして、食べ始める。
「ほら、行くよ」
と僕は声をかけ、歩き出す。
ケルビンは果物を片手に抱えながら、僕にくっついて来た。
籠絡は思っていたより早かったようだ。
ーーーーーーーーーーー
「おいおい!またかよ!?」
アメリさんが貸してくれている部屋の一室の中で、ヒューゴは僕に向かって呆れた表情を向ける。
「良いじゃないか。人数がいればできることも増える、だろ?」
ヒューゴは旅の連れが増えたことに対して不満のようだ。
いや、少年を旅に加えることに対して、だろうか。
確かに子供を旅に連れるというのは大変危険なことだ。
子供はすぐ病気にかかったりするし、危ない橋を知らずに渡ってしまう可能性だってある。
でも、僕は幸い(今のところ)金持ちの商人だ。
病気になっても医者に診てもらうための、そして薬を買うためのお金もある。
危ない橋に関しては…、これから教えるしかない。
少なくとも魔法の研究が完成するまでは僕はしっかりと見張るつもりだ。
そうヒューゴに伝えると
「はぁ、本当にお人好しだな。嫌いじゃないけどよ」
と、ため息交じりに言う。
ひねくれ者に見えてやっぱり甘いやつなのだ。
「わ、私は良いと思いますよ! 」
とリゼットさん。
……彼女とケルビンを同時に見ると、ヒューゴの不安も分かるような気がする。
旅に出て、たった数日で仲間が倍になった。
僕とヒューゴだって出会ってからそう日は経っていない。
それに加えて、リゼットさんはまだ嗜好や性格すら完璧には掴めていないような状態だ。
これにケルビン少年が入る。
そりゃあ不安にもなるだろう。
ヒューゴからして見れば、いつの間にか仲間が増えているのだ。
しかもそれは戦力の増強どころか、ヒューゴの負担を増やすばかり。
ヒューゴの不安は突然この中に放り込まれたケルビンよりも大きいかも知れない。
でも僕は胸を張って言える。
この人たちは悪い人ではないと。
リシュリューさんが認めてくれた人を見分ける審美眼だ。
間違いではないはずだ。多分。
「さぁ、済んだ話は終わり! ご飯を食べに行こうよ。懇談も兼ねて、ね」
そう提案すると、ヒューゴとリゼットさんは現金にもすぐに立ち上がる。
この二人も簡単に餌付けできそうだ。
そんな不埒なことを考えてしまう。。
いや、何を言おうと、僕が決めたことを取りやめることはないと悟ったのだろうか。
そんなことを考えながら、アメリさんの家を出て、街に出る。
僕達の足がアメリさんのいる酒場へと向かおうとした時、ヒューゴが口を開く。
「おいおい。たまには別のところに行こうぜ。色んな店があるんだ。この街には」
そう言って、僕たちの向く方向とは逆の方手招きする。
確かにそうだ。
あの酒場のご飯は美味しいけど、流石に毎日では飽きてしまう。
「うん、そうだね」
と僕はヒューゴの提案に乗っかることにする。
僕もヒューゴの行く方向へ歩き出すと、リゼットさんとケルビンの二人も一緒についてくる。
僕は店に向かう間、あることを決心していた。
ヨナと、魔法のことをみんなに打ち明けようと…
——————————
「いやぁうまかったなぁ。やっぱりこの店の料理は最高だ。来てよかっただろ?」
ヒューゴはお腹を叩きながら満足げに言う。
確かに素晴らしい料理の数々だった。
ヒューゴが言うにはこの店を開いている料理人は街の祭りの時には必ず呼び出されるくらい有名な人なんだそうだ。
街一番と言っても過言ではないくらいの味に僕も満足だ。
フィーチェの街でも店を開けるくらいの出来だった。
でも僕の頭の中は何から話そうか、それだけで一杯になっていた。
「そうですね。私も食べたことのたいものばかりでした」
貴族出身のリゼットさんも食べたことのないと言うと相当なものだ。
そんな歓談の中、僕は唐突に口火を切る。
「………あのさ!」
なんて無様でぶっきらぼうな始まりだろうか。
あまりに突然すぎて、ケルビンが驚き、テーブルを揺らしてしまう。
まるでこれから僕が話そうとしていることを恐れるように。
嵐の後の静まり返ったテーブルの上。
僕は空気を切り裂くように話し始める。
「……みんなに…話したいことがあるんだ」
僕はみんなに打ち明けた。
ヨナとの出会い。
そして魔法が存在するとを知ったこと。
ヨナの影を追って、フィーチェの村で研究の日々を過ごしたこと。
そしてジュリアの結婚を先延ばしにするために、そしてヨナを探すために、旅に出たこと。
そして魔法を使うことができるケルビンに出会ったこと。
そのために身請けをしたこと。
みんなはそれぞれの反応をしていた。
ケルビンは僕に対する目が変わった。
フォークとナイフを握る手に力が入っている。
僕を一瞬でも信じたことを悔いるような目だ。
そう、僕は自分の目的のために身請けをしたのだ。
決して善心からやったことではない。
僕が行った善行は実は偽善だったのだ。
憎しみを感じてしまっても仕方ない。
リゼットさんは僕の恋愛物語に惚けていた。
「素敵じゃありませんか!」
と僕の行動に肯定的なようだ。
「ジュリアという方には申し訳ないかもしれませんが………彼女の愛よりアランさんの愛の方が大きかっただけのことです!!!」
とありがたいことを言ってくれる。
「私は全面的に協力しますよ!私はアランさんの愛のキューピッドになるのです!」
と息巻いている。
……ヒューゴは
「ふざけんなよ!!!」
リゼットさんがひとしきり話し終えるとヒューゴはテーブルに怒りをぶつける。
「テメェの目的のために人一人を買ったって言うのか!? お前はそんなやつなのかよ!」
ヒューゴの言う事はもっともだ。
ケルビンの様子を見れば、誰だってヒューゴの意見に賛同するだろう。
僕はヒューゴの批判に対して俯いたまま、口を開けない。
「失望したぜ。じゃあな」
ヒューゴは激しい怒りを静かな声に込めて言う。
そしてそのまま店から出て行ってしまった。
沈黙が店内を包む。
先ほどまでのリゼットさんの勢いが嘘みたいだ。
「え…と、ケルビンくん。大丈夫ですか?」
リゼットさんが震えているケルビンに寄り添う。
「あそこまで言う事ないのに………ね、アランさん?」
リゼットさんが話しかけてくれるが、僕は俯いたまま声の一つも漏らせない。
「あの……私たちもとりあえず、今日は…帰りますね?」
僕は俯いた顔で微かに分かるくらいの頷きをする。
やがて、扉が閉まる音が聞こえる。
僕はまだ体を動かす気にはなれなかった。
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