第11話 二人目
マルコさんの家を出た僕は考え事をしながら街を歩いていた。
僕の旅は間違っているのか?
僕もマルコさんの両親のように魔法の虜になってはいないだろうか?
……いや違う。
僕が虜になっているのはヨナに対してだ。
でも同じことかもしれない。
今後、ヨナに会うことが出来たとしても、魔法を使えない僕は『魔の民』に入れない。
マルコさんからヨナの情報はもらえたが魔法の情報は……ない。
僕も一人で約二年間研究してみたが、成果は何一つ出なかった。
このままではヨナに会えたとしても、また離れてしまうだけだ。
今の僕には魔法についての情報が必要だ。
『魔の民』の後を追えば何か痕跡が見つかるかもしれない。
だから旅を続けよう。
僕は改めて決心をする。
今僕は一人で街を歩いている。
今日はマルコさんの家についた後、ヒューゴとリゼットさんは街を観光すると言って、出て行ってしまった。
その時はまたマルコさんの家にしばらく居させてもらおうと思ったが、あんな空気で居られる訳が無い。
そうして気の向くまま歩いていた僕は商店街の入り口まで来た。
そうだ。
フィーチェから持ってきた品物はマルコさんにほぼ全て買い取られてしまったから、また商品となるものをこの街で買おう。
昨日と同じように凄い人だかりだ。
店を見ながら人混みをかき分けて進む。
次の旅の目的地は決まっている。
ネビルの村だ。
マルコさんのおかげでしばらくは商売をしなくて良いくらいのお金を手に入れることが出来た。
でも何も持っていないというのは商人として致命的だ。
だからネビルの村で売れそうなものを買おうと思っている。
何がいいかな、と考えながら人混みに流される。
ネビルの村がどういうところか僕は知らない。
まずは情報を集めに行った方が良いかと思い、アメリさんのいる商人ギルドの方に行こうと思った時、声が聞こえた。
「さぁさぁ見世物が始まるよー!あっと驚くサーカスだよー!」
僕は人波に逆らうように立ち止まる。
見世物か。
なぜだろう?
ちょっと気になるな。
僕は人だかりをかき分け、見世物が見えるように最前列まで来た。
すると目の前にいた男が
「よーし。 じゃあ開演だよ!」
と言うと、サーカスの団員らしき人たちがそれぞれ動き出す。
左のほうでは大きな玉に乗って開脚しながら逆立ちしている人がいる。
右のほうでは男が獣に命令をしている。
どうやら火が描いた円を獣が潜るみたいだ。
それ以外にも色々な演目をやっている。
どれも見事な芸だ。
マルコさんに教えたら喜ぶかもしれない。
「よーし! フィニッシュだ!」
と男が言うと、仮面をつけた少年が水瓶を持って中央に出てくる。
そして僕は驚愕した。
少年の髪と眼が淡く光り輝く。
すると水瓶が割れ、周囲に水が飛び散り、虹を描く。
多分それはとても綺麗なものだったのだろう。
しかし、僕の目は虹を捉えてはいなかった。
淡く光った少年から僕は眼を離せないでいた。
——見つけた。
僕は見つけたのだ。
魔法の手がかりを!
「さぁ、見世物はこれまで! 駄賃は弾んでくれよー!」
男がそう言うとサーカスの団員は簡易的な小屋の中に入っていった。
少年も一緒だ。
僕は駄賃をねだる男に素早く金貨を一枚渡し、小屋の方へ走り出す。
「あ、ちょっとお客さん! 困り……! どうぞどうぞー!」
金貨を握った男は満足気に「遠慮せずにどうぞ」と言いたそうな手ぶりをする。
僕にはそれすら見えていない。
見えているのは中にいる………
バタン!
——少年のみだ。
突然の来客に驚く団員達。
部屋の隅っこで膝を抱えている少年を見つける。
少年の目の前まで来て、膝をつくと僕は彼に話しかけた。
「こんにちは」
「……誰?」
少年はふてぶてしく僕に尋ねる。
言葉は解るようだ。
「僕はアラン。アラン・ニース。君は?」
僕は自己紹介をして、彼の名前を聞く。
「……ケルビン」
少年は手を隠すようにもぞもぞと動きながら答えた。
「ケルビンか。良い名前だね。ちょっと話したいことがあるんだけど……いいかい?」
僕は人見知りそうなケルビンを気にかけながら、言葉を掛ける。
「……何さ?」
僕は深呼吸をひとつして
「君がさっき使っていたのは………ま」
魔法だろ?と言おうとした時、ケルビンの手が僕の口を塞ぐ。
「裏まで来い」
彼の眼がかすかに光り、口に当てられた手が熱くなるのを感じる。
ケルビンはそう言って立ち上がり、小屋を出て行った。
僕もそれについていくように立ち上がる。
「ガキを茶化すんじゃねぇよ〜!」
「「「わははは」」」
団員達が僕に何か言っているが知ったことじゃない。
僕が今興味があるのはケルビン少年、ただ一人なのだ。
小屋の裏まで来るとケルビン少年が手を水瓶の中に浸けている。
僕は彼が用を済ますのをじっと待つ。
「……なんで魔法のこと知ってんだよ」
ケルビンは手を水瓶に浸けたまま、ぶっきらぼうに言う。
「ある人に見せてもらってね。魔法について少しでも知りたいんだ」
「……僕には何にもできないよ」
そう言ってケルビンは水瓶から手を出して手のひらを僕に見せつけた。
「!」
少年の手は、赤黒く腫れあがっている。
「僕は魔法を使える。でも未熟だからこうやって失敗もする」
ケルビン少年は自嘲気味に話し始める。
「サーカス、見たんだろ? あれも失敗さ。本当は水瓶を割らずに水だけ吹き上げるはずだったんだ。……だから何も言えることは無いよ」
そもままうなだれる。
僕は彼の前に歩み寄り
「そんなことないよ! どうやってそんなことができるの? どんな感覚?」
僕はケルビンに質問攻めをする。
僕は興奮していた。
ヨナは魔法を見せてはくれたが、その説明はしてくれなかった。
だから、これは僕にとって非常に重要な出来事なのだ。
ここで魔法を扱えるケルビンに出会えたのは運命だ!
「わ……わからないよ。いつの間にか使えるようになったんだ。感覚は…うーん、体にある何かをグワーンって手から出す感じかなぁ?」
ケルビンは興奮した僕の勢いに飲まれてあたふたしている。
それだけではあまりにも情報が無い。
もっと、何かないのか?
魔法を真髄を知るための何かは?
「じゃあ……魔法を使えるようになったキッカケってわかるかい?」
僕はケルビンに尋ねる。
ケルビンは悲しそうな目で語り始めた。
「キッカケ……。そうだな。あれは………」
ーーーーーーーーーー
あれは僕が10歳になる日のことだった。
僕は病気になったみたいなんだ。
最初は小さな黒子が出来たと思っていたんだけど、だんだんとそれは大きく、増えていって、身体中アザだらけになった。
熱が出て、父さんや母さんにも心配されたよ。
それから1年間、僕はベッドの上でずっと熱にうなされる毎日が続いたんだ。
——熱い。熱い。熱い。……助けて。
ずっとそれだけ考えていた。
考える余裕なんてなかったんだ。
ずっと、苦しかった。
——こんなの!もう嫌だ!
怒りが爆発するようにそう思ったら、今までになく体の熱が収まって、楽になった。
でもすぐにまた体が熱を感じた。
今までのものとは違う。
本当に体が焼け焦げるような感覚で、熱いと言うより痛い、だった。
息も苦しくなってきて、僕は目を覚ましたんだ。
そしたら………
僕の家が焼けていた。
僕は弱った体を必死に起こしてなんとか外に出られた。
父さんと母さんを残して……
ーーーーーーーーーー
「そんなことが………?」
僕は半信半疑で尋ねる。
「信じられないかい?」
ケルビンは仮面を外して、素顔を僕に見せる。
「………これがその証拠さ」
僕は思わず目を見開く。
ケルビン少年の顔は………右半分が焼けただれていた。
「………ごめん」
僕はそれ以外に言葉を見つけられなかった。
「いいさ。終わったことだし」
ケルビンは仮面をつけ直す。
すると後ろから大きな声が聞こえた。
「おい! ケルビン!!! 何やってんだ! さっさと次の見世物の準備しろ!」
僕が先ほど金貨を手渡した男だ。
「きょ、今日はもう無理だよ! ほら! 手を火傷しちゃったんだ!」
ケルビンは僕に見せた時と同じように男に手のひらを見せる。
しかし、男は横暴に
「知らねぇよ! 出ないなら今日の飯は無しだ!!」
と言う。
「そんな……」
ケルビンは悲しそうな表情を浮かべる。
「あの……」
僕は男に声をかける。
「ん? あ〜あ、先ほどの方ですね? どうもどうも」
男は手でゴマをすっている。
「彼はどういう…?」
僕は男に尋ねる。
「え? この間、道で拾いましてね。 どうしようもないやつですよ。 へへっ」
男はケルビンに悪態をつき、僕に媚びへつらっている。
僕はまたしても良いことを考えた。
「彼はいくらだ?」
「え?」
僕は男に言葉を返す。
「彼は、いくら出せば手放してくれるんだ?」
突然の決断だが、僕はケルビンを身請けすることにした。
彼にとっても、こんなサーカスにいるよりずっと良いはずだ。
もちろん、僕にとっても。
魔法を研究するため、是非とも近くに魔法使いを置いておきたい。
マルコさんの両親の二の舞にはなりたくないのだ。
男は焦りを隠そうとしているが全く隠せていない。
「は、はぁ。いくらと申されましても…」
僕は腰につけた袋から金貨を取り出し、指で弾く。
「さっきのでは足りないか?ほら」
キィーン、キン、キン
石で作られた道路に金貨が転がる。
男はすぐに床に這いつくばって金貨を拾う。
「あ、ありがとうございます!!!」
もう折れたのか。
僕ならもう少し粘るけどなぁ。
「ほら、ケルビン! お前も挨拶しろ!」
男はケルビンの後頭部を掴む
「やめろ!!!」
僕は男に怒鳴りつける。
「彼はもう僕のものだ。命令するな」
男は僕の態度に恐れをなしたのか
「は、はひ」
とだけ言って逃げて行った。
これも一つの成長かな?
威厳を身につけるために少し自分には無理な芝居をしたが、案外いけるものだ。
「よし、行こうか」
僕はケルビンの方に向き直る。
「………いいの?」
ケルビンは子犬のような目で僕を見てくる。
「僕、付いて行って良いの?」
やがて彼の目から水滴がこぼれ落ちる。
「辛かったね。よしよし」
僕はこれまでの彼の辛さをカケラほども分かってあげられないだろう。
でも、これからの人生を幸せにすることはできる。
僕には難しいかもしれないけど、ほら、もう二人目だ。
人を救ったのは。
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