第10話 魔法の底


「どうですか? マルコさん」


「ほうほう……これはこれは……」


 僕はマルコさんに持って来た工芸品の数々を見せている。

 マルコさんは拡大鏡を持って工芸品の周りを動き回っている。


「これとこれは買おう! 向こうのは……うーん、やはり買おう!」


 僕はマルコさんが選んだ品々を違う机に移す。

 右の机は買うもの、左は買わないもの、と分けている。

 この家を見たときから思っていたが、マルコさんは相当な金持ちで、道楽だ。

 結局僕の持って来た工芸品のほぼすべてを買い占めて、マルコさんはご満悦だ。


「いやぁ〜、良いものを見させてもらったよ」


「お喜びいただけて私も嬉しいです」


 これは僕の素直な気持ちだ。

 ホクホク顔のマルコさんを見ているとこちらまで笑顔が映る。

 この人は良い人だ。

 僕の勘がそう告げる。

 

 だから僕は改まって、あることを聞こうと決めた。


「マルコさん。 ちょっとお話ししても良いですか?」


 マルコさんは笑顔のまま


「なんだい?」


 と聞き返す。

 僕の旅の目的、本当の旅の目的。

 それを聞く。


「……二年前、銀色の少女を街で見かけませんでしたか?」


 マルコさんの笑顔が消える。

 砂漠の気温のように急激に冷え切った顔のマルコさんは椅子に座ってから口を開いた。



「……見たとも」



 僕はその言葉を聞いたときどんな顔をすれば良いのか分からなくなってしまった。

 ヨナの手がかりを得られるかもしれない。

 そう思えば笑顔の一つぐらい浮かべてもよかったかもしれない。

 でもマルコさんが浮かべた顔を見ると、そんな顔に出来無かった。


 まるで親を殺した犯人を見るような、黒く淀んだ眼、憎悪に満ちた顔だった。


 先ほどまで浮かべていた笑顔が嘘のようだ。

 周囲の空気を一変させるほどの雰囲気には彼が大都市の領主の一人であることを改めて実感させる恐ろしさがあった。


 マルコさんは震え上がった僕を見てハッとした。

 空気を直すように一度作り笑顔を浮かべて僕に問いをぶつけてくる。


「それが彼女がどうかしたのかね?」


 僕はマルコさんの豹変に息を飲んでしまった。


「あ……、彼女がどこへ向かったか覚えられていますか?」


 なんとか声を出すことができた。

 それは僕のヨナに対する探究心だけはが彼の雰囲気に飲まれずにいたからだろう。


「この町の西の方に向かったよ。行き着くのは……ネビルの村だろうな」


 マルコさんは高級な嗜好品である葉巻を咥えて火をつける。


 ネビルの村。

 名前だけは聞いたことはある。

 しかし、それ以外に何も知らない。


「そうですか。ありがとうございます。」


 僕はマルコさんのこれ以上逆鱗に触れてしまうことを恐れて、そっと話しを切り上げようとする。

 するとマルコさんは煙を吐き出すと


「彼女には気を付けたまえ」


と忠告してきた。


「それはどういう……?」


 僕は疑問に思う。

 彼女は誰かを傷つけたり迷惑をかけるような人間ではない。

 そんな彼女をどうやって警戒すれば良いと言うのだ。


「君にはいい思いをさせてもらった。だから忠告する」


 僕は唾を飲み込み、言葉を待つ。


「魔法というものを知っているかね?」


 マルコさんは神妙な顔で尋ねるてくる。

 僕は一度ためらうが意を決して頷く。

 普通「魔法」なんて言葉を聞いたら、失笑する者だ。

 僕もそうだった。


「知っているのか。君はボランの息子だったな。知っていてもおかしくはない」


 やはり、と思う。

 魔法は一般の人々には秘匿されてきたものだったのだ。

 知る者は一部の人間。

 マルコさんはその一部なのだ。


「昔、彼女に見せてもらいました」


 マルコさんはもう一度煙を吐き出して、言った。


「彼女は魔法使いだ」


—知っている。


「魔法とは、呪われた力だ」


——知っている。

 僕は曖昧に相槌を打つ。


「私は魔法が嫌いだ。憎んでいるといっても良い」


 マルコさんは再び憎しみを込めた顔を見え隠れさせる。

 握りしめた葉巻がミシミシと音を立てる。


「だから彼奴がそれを見せつけた上で私の街に住まわせてほしいといったときのことはよく覚えているよ」


 僕は疑問をさらけ出す。


「なぜなんです? 彼女は悪いことに魔法を使う人間には思えなかったんですが」


 もしかしたらこれは失言だったかもしれない。

 でも僕のヨナに対する思いがこの言葉を言わせてしまった。


「魔法を使う者の性格が良い・悪いは関係ない。魔法自体が悪なのだ!」


 マルコさんは机を叩き、怒りを露わにする。

 葉巻の灰が宙を舞う。

 僕は驚きと恐れを抱えて、少しずつ熱が冷めるのを待つことしかできない。


 少しの沈黙。

 マルコさんはため息を一つしてから、葉巻で一息つく。


「………昔話をしよう」


 マルコさんは語り始める。



———————————



 私の親は優しい人だった。

 順風満帆な人生を歩んでいた。

 貴族としても、家族としても。

 私は幸せだったのだ。

 奴が現れるまでは!!!


 ある日、一人の男が現れた。

 そう、その男が魔法使いだったのだ。


 奴は私たち家族に魔法を見せてから、この街に住まわせて欲しいと言った。

 父は興味本位で許可を出した。

 それは大きな失敗だった。


 男は毎日のように魔法を私達家族に魔法を見せにきた。

 彼にとってはただの小遣い稼ぎのつもりだったのだろう。


 私と同じように珍しいものが好きな両親は彼を優遇するようになった。

 そして…魔法に傾倒するようになったのだ。


 両親の研究は独学だった。

 男に魔法のことに尋ねていたが、何一つ教えてはくれなかった。


 父と母は狂い出した。

 一向に使えるようにならない魔法にしびれを切らしたのだ。


 そんな時、男はこの地を去りたいと言うようになった。

 両親は大事にしていた家の物を売り払い、男への貢物をするようになった。

 金銭を受け取った男は「もう少しこの地にいる」とだけ言った。

 それ以外には何もしてはくれなかった。


 私は今すぐにでも去ってもらいたかった。

 そうすれば両親も元の優しい人に戻ってくれると思ったからだ。


 やがて資金が尽きた頃、男は突然こう言い出した。



「今夜、私の家まで来てくれ。魔法の深淵をお教えしよう」



 両親は飛び上がって喜んだ。

 今までの貢物の効果が出たのだと。

 自分たちの情熱が伝わったのだと。


 私は両親に連れて行かれそうになったが、頑なに拒否した。

 あの男が話した時の男の眼が忘れられないのだ。

 あれは……狂人の眼だ。



 両親は二人で男の家まで行って、そして帰ってくることはなかった。



 魔法使いの男もそれから街を去ったようだった。


 私は帰ってこない両親を心配して、行くのを拒んだはずの男の家に入った。


 どうやら男も魔法の研究をしていたらしい。

 彼の自宅にあった本を読み進めていると、彼の手記が見つかった。

 その中には恐ろしい魔法について、書かれていた。


 人間を生贄にする儀式だ。


 それによって強大な魔法を発現させるという。


 その魔法が成功したのか失敗したのかは分からない。

 ただ私が推測できたのは私の両親が生贄にされたのだろう、ということだ。


 それから私は魔法を避けるようになった。

 魔法が、魔法使いが、私の両親を奪ったのだ。


 父が死んだことで、私は若くしてこの街の領主の一人になった。

 やがて、私は父が無くした名声を取り戻した。

 それから私はこの街にきた魔法使いは全て追い払っている。

 魔法には人間を虜にする力がある。

 そして虜になった人間は魔法の犠牲になってしまうかもしれない。


 私はもう、そんな想いはしたくないのだ。



———————————



「長く話してしまって悪かったね。さぁ、今日はもうお帰り下され。買ったものの金は明日用意する」


「……はい。失礼します」


 そんなことがあったとは…。

 マルコさんの胸中は簡単に理解できるとは言えない。

 僕もマルコさんの両親と同じように魔法を求める人間の一人だからだ。


 ヨナは僕を生贄に使うだろうか。

 答えは出ない。


 僕は客間を出て、扉を閉める。


 僕も考えなくてはならない。

 旅に出たのは間違いなのではないか。

 魔法を、ヨナを追うことは間違いなのではないか。


 分からない。


 目を瞑ると、ヨナが微笑んでいる姿見えた気がした。

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