第7話 嫌われた貴族
私の名前はリゼット・バゼル=ルシール。
バゼル帝国の貴族、ルシール伯である父レイモンドの娘です。
父の位は男爵。
領地もお金もあまり持っていなく、貴族とは名ばかりです。
でも私たち家族はそれなりに幸せでした。
民も同じだったと思います。
あの時までは……。
父、レイモンドは人の良い方でした。
おじいさまから代を受け継ぐと領地の民に負担をかけないように税金も他の領地と比べて安くしたり、貧民を救うための制度を作ったりしました。
「領地の民のため」が口癖で民にも慕わせていました。
そんなことばかりをしているとやがて金は底をつき、帝国への献上金もままならなくなってしまいます。
父は悩みました。
私が心配して、夜に父の元へ訪れても、父はずっと机に突っ伏したまま「今は放っておいてくれ」とだけ。
私を頼ってはくれませんでした。
ある時、父はある決断をしました。
税金を元に戻し、これまで自分がやって来た政策も全て無かったことにしたのです。
民衆からの反発はひどいものでした。
元に戻っただけ、それだけなのに。
多分、民衆は負担が軽くなったことに慣れてしまったのでしょうね。
民衆は暴徒と化しました。
最初は私たちの家に石を投げるなどの軽いものでした。
しかし、次第にエスカレートしていき、昨日のそれはもはや反乱とも言えるものでした。
私たち家族は逃げました。
暴徒と化した民衆たちは執拗に追って来ます。
不幸中の幸いか、父にはなけなしのお金で飼っていた馬がいました。
しかしそれも一匹だけ。
つまり馬で逃げられるのはたった一人だけ。
父は私を馬に乗せて、逃げるように言いました。
私も必死で「はい」とだけ言って、すぐに馬を走らせました。
それが家族との最後の言葉になるとも思わず、ね。
私はひたすら馬で走りました。
目的地などありません。
ただ前へ、前へ。
民衆たちから逃げるために。
私はこれまでの疲労から倒れてしまいそうになります。
でも止まってしまったら暴徒に追いつかれるかもしれない。
そう思うと意識が揺らいでいても手綱は離せませんでした。
やがて意識は完全になくなってしまいました。
気がつくとあなたたちが私を介抱してくれていました。
そうして今、私はここにいます。
——————————
「そんなことがあったなんて……」
僕はあまりの壮絶な出来事に唖然とする。
ルシール領はバゼル帝国の南側の辺境、つまり僕たちがいた街フィーチェの少し北の小さな領地だ。
「そう珍しいことじゃあない。人間の不満が行き着く先はいつも一緒だ」
ヒューゴは話を聞いている間も冷静で、今もパイプを吹かしている。
「これから、どうするつもりなんですか?」
「……どう、しましょうね……。もう家もありませんし、行く場所もありません」
リゼットさんは潤んだ瞳を乾かすように空を仰ぐ。
彼女は僕とは違う.。
目的も無ければ帰る場所も無い。
生き抜くための手段も当てはなく、そうなればどうなってしまうかは自明だ。
「リゼットさん! よかったら……」
僕たちと一緒に旅をしませんか、と言おうとした時、ヒューゴが急に立ち上がる。
「——アラン! ちょっとこっちに来い」
ヒューゴにしてはちょっと乱暴な言い方だ。
どうしたのだろう。
「あ、ああ。ちょっと待っててください。リゼットさん」
僕もヒューゴに習い立ち上がってついていく。
野宿した場所から数メートル離れた木に手をついてヒューゴは話し出す。
「お前、分かってるのか?」
「?」
僕は疑問符を浮かべる。
分かっている、って何のことだろう?
ヒューゴはため息混じりに言葉を重ねる。
「はぁ、いいか? 俺みたいなのを旅に誘うのは全然構わないが、あのお嬢さんは止めておけ」
再度、疑問符を浮かべてしまう。
リゼットさんと旅をするのがダメなのだろうか?
僕の疑問を感じ取ったのか、ヒューゴは言葉を重ねる。
「あのお嬢さんがいきなり旅についてきても辛いだけだ。アラン、今更だがお前にも言っておく。旅は過酷だ。昨日そう思わなかったか? いつ盗賊に襲われても誰にも文句は言えない。女だろうと、誰であろうと自己責任だ。それに帰属出身のお嬢様がいきなり何の準備もせずに旅に出れると思うか?」
「うっ」
僕はぐうの音も出せない。
もし、ヒューゴが旅に同行していなかったら、そして昨日現れたのがリゼットさんではなく盗賊だったら…
そう考えると怖気が走ってしまう。
ヒューゴはパイプを吹かした後、
「だから、あのお嬢さんは連れていかない。これが合理的判断ってやつだ」
「っっでも! そうしたらリゼットさんはどうすればいいんだ!」
僕は自己満足な正義感を振るう。
「知らん。俺たちは通りがかったただの旅人だ。介抱もしてやった。それで十分だろう?」
「そんな……」
僕はヒューゴに勝手に失望してしまう。
いやヒューゴは間違ってはいないのだ。
でもそれが正しいと僕は言いたくなかった。
「………よし。 じゃあこうしよう」
僕は一つの決断をして、顔をあげる。
「ヒューゴ。君は僕が雇っている。そうだろう?」
「ん? ああ…そう言う名目になっていたな。……お前、まさか」
「では命ずる! この旅において、僕とリゼットさんを守れ! リゼットさんは旅に連れて行く!」
僕は大きな声でそう宣言する。
初めての雇い主としての命令だ。
少し声が震えていたかもしれない。
でも言いたいことは言った。
後はヒューゴがこれに従ってくれるかどうかだ。
「……はぁ、これだけ言ってもダメか。仕様が無ぇな。雇われの身だ。従うさ」
ヒューゴは後頭部を掻きながらそう言う。
やった!
こうして威厳を身につけていくのだろうかと少しだけ妄想してしまった。
「じゃあリゼットさんにも言ってくるよ!」
僕は体を翻し、リゼットさんのいる野宿地へと向かう。
翻す瞬間、ヒューゴの顔を見ると、なぜか少し嬉しそうな顔をしていた。
「リゼットさん!」
僕は座っていたリゼットさんの目の前に滑り込み、両手を握って
「僕たちと一緒に旅をしませんか!?」
と問う。
リゼットさんは僕の行動に驚いているようだった。
「……ぁ……あの旅って?」
リゼットさんは困惑した表情で言う。
そうだった。
リゼットさんは自分のみに起きたことを話してくれたが、僕たちはまだ何も話していない。
まずはそこから話を始めなきゃ。
「ええっと、僕たちは旅商をしていて、色んな場所に行こうと思っているんです。これからバゼル帝国の首都スタンティノスに向かう予定なんです」
僕は口早に説明をする。
「そこまで一緒に旅をしてスタンティノスで仕事を見つけてもいいし、そのまま僕たちに付いてきてもいいです。……もうルシール領には戻れないでしょう?」
リゼットさんは僕の言葉に涙腺を緩ませてしまう。
「うぅ………ごめんなさい。」
涙ぐんだリゼットさんの手を離し、僕は行く宛のない手のひらを中空で右往左往させていた。
リゼットさんは手の甲で涙を拭いて
「ぐすっ……ありがとうございます」
と答えた。
「じゃあ……!」
「はい。お供させていただきます。不束者ですがよろしくお願い致します」
リゼットさんは深くお辞儀をする。
あぁ、まるでヒーローになった気分だ。
たった一人の人間を救う。
それだけでも短い人生の中で達成できるかも分からない出来事だ。
僕は喜びに身を任せて飛び上がる。
一人の女性を救ったと同時に、初めて自分からの勧誘に成功したのだ。
彼女にとっては選択肢は無いようなものだが、それでも僕は嬉しかった。
僕がひとしきり喜び終えると、木陰からヒューゴが顔を出す。
「返事はOKかい?」
「ああ」
「そりゃそうだろうな。さ、飯を食ったら出発するぞ。夕方にはスタンティノスだ!」
ヒューゴは喜んでいる僕を見て笑っているような態度だったが構わない。
僕は昨日のうちに用意しておいた保存食を二人に配り始めた。
ーーーーーーーーーー
「ここがスタンティノスだ!」
「きれいだね」
「いつ見ても壮観ですね」
ヒューゴが歓声を仰ぐように言った言葉に僕はそれしか言葉が出ない。
リゼットさんは来た事があるのだろう。
それでも目を離せないような美しい街並みだ。
スタンティノスは何世紀も前から存在する由緒ある都市だ。
フィーチェとは積み重ねてきた歴史が違う。
初めての東西交易の要として建設され、フィーチェを超える交易の街として、そして最強の城塞として、この地域に君臨している。
人通りも多く、門番が忙しそうに仕事をしている。
夕方であるのにも関わらず、街に入るための行列が並んでいる。
僕たちもそれに習い、行列の最後尾に並んでしばらく待つ。
ようやく僕たちの番になった時には日はほとんど見えなくなっていた。
「商権を買うのは明日かな」
僕はボソッと呟く。
するとヒューゴが
「何言ってんだ? これからだぜ。この街の朝は」
と言う。
どう言う意味だろうか?
明かりがなくては街の賑わいはないはず。
そんな当たり前のことを考えながら、門番に通行証を発行してもらう。
少し時間がかかってしまったが、僕たちはバゼル帝国の中心都市スタンティノスに入った!
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