第8話 入都


 日が完全に隠れてしまった頃、僕達はバゼル帝国の首都スタンティノスに入都した。


 街の中はの夜だっていうのにまだ結構な人通りがある。

 アランがいた街フィーチェはこの時間には酒場あたりにしか人はいないような時間だ。

 それはこの街の人口の多さを物語っている。


「ええと、商人ギルドはどこにあるんだろう?」


 まずはこの街で商いをするため、許可証を発行してもらわなければ始まらない。

 僕は遅くなってしまったことに少しの焦りを見せながら言った。


「そんな焦るなよ。ここの商人ギルドはここから少し歩いたところにある。そこに酒場もあるんだ。行こうぜ。リゼット! 離れるなよ」


「は、はい」


 既にこの街に来たことがあるヒューゴは僕たちを先導して街を歩く。

 街の背丈は僕たちが住んでいたフィーチェの街よりも高くて、壮観な景色に僕は思わず景色を見上げてしまっている。

 旅に加わった元貴族リゼットさんは汚れていながらも綺麗なドレスを見にまとっていて、その美しさから周囲の目を惹いている。


——やっぱり、旅に誘って正解だったな。


 僕は心の中で呟く。

 いくら平和だと言ってもゴロツキは一定数いる。

 人口が多い街なら尚更だ。

 もし、リゼットさんが一人で夜のスタンティノスを歩いていたら誘拐されかねない。

 僕達は唯一の戦力であるヒューゴと離れないように気をつけて歩く。

 

 少し歩くと大きな灯火がついている店が見えた。

 あそこが商人ギルドだろう。


「あそこが商人ギルドだ。 夜は酒場も経営してる」


「夜でも手続きはしてくれるかな?」


「ん? 多分大丈夫だろ」


 ヒューゴは商人ではない。

 ただの旅人だ。

 当然、商権など発行したことがあるはずもない。

 僕は不安を感じて


「先に宿屋を探そうか?」


 と安定した提案をする。


「いや、大丈夫だ。 ギルドに行けば宿屋も紹介してくれるさ」


 とヒューゴは余裕の表情を崩さない。

 ヒューゴはギルドの戸を開ける。

 扉を開けた瞬間、人々の喧騒が一気に僕たちに襲いかかる。

 騒がしさは僕たちが来ても収まることを知らない。


「いつもこんな感じなの?」


「ああ、そうだ! お前の街にはこんなのなかっただろう!」


 僕たちはうるさい店内でも聞こえるように大声で話をする。

 フィーチェの街にだって酒場はある。

 ただこれだけの人数が一同に会することはたまにしかないはずだ。

 一体何十人いるんだろう?


 カウンターにした女性がヒューゴと目を追わせると、


「あら、久しぶりね。もうこの街にはこないと思ってたけど?」


 女性はヒューゴに話しかけた。


「いやぁちょっと色々あってね。戻ってくることになったのさ。紹介するよ。旅商人のアラン、仲間のリゼットだ」


「「よろしくお願いします」」


 僕は女性の前に右手を差し出し、握手をする。

 リゼットさんもそれに倣って悪書をする。


「アラン、リゼット、こいつはアメリ。こう見えても商人ギルドの親方だ」


 それはすごいと僕は素直に驚く。

 見た目からして若いだろうに既に職人にまでなっているとは…。


 ギルドの構成員は上から順に親方、職人、徒弟の3つの区分けがある。

 親方はギルド内での最高の職人であり、その下で職人が仕事をして、徒弟が修行すると言った感じだ。

 職人と徒弟の違いは賃金をもらえるかどうかである。

 徒弟は修行の間は賃金をもらえず、成長を認められると職人となり、賃金をもらうことができる。

 そして一定の収入と自分の作品を数人の親方に認められて初めて親方の仲間入りとなるのだ。


 実はというと僕はフィーチェでは職人として扱われていた。

 と言っても父さんのコネのお陰だと思っているし、実際長らく働いていたのはお門違いの案内役としてだ。


 だからこそ、僕とあまり年が変わらないであろう目の前の女性を「凄い」と思った。


「まぁ、今は弟子募集中で、ほとんどこの酒場で働いているけどね。よろしく」


 アメリさんは絵に描いたような微笑みを浮かべる。

 僕はドギマギしながら


「ええと、実はこの街での商権を発行して欲しくて…」


 と胸ポケットにしまっていた紹介状を探す。

 すぐに手に当たったそれを取り出し、アメリさんに紹介状を渡す。


「!」


 アメリさんは一瞬だけ目を見開く。


「へぇ〜。あんたがあのボランの息子かぁ」


 アメリさんは餌を見つけたオオカミのような目で僕を舐め回す。

 僕の背筋のぞくりと怖気が走る。


「悪いけど、ここじゃあ商権は発行してないのよねぇ」


 アメリさんはヘビの目をやめて、紹介状をハラリと僕の方を渡しながら告げた。


「え?じゃあどこで?」


 僕はヘビの睨みから解放されたにも関わらず慌ててしまう。


「国のお役所の方に行ってもらわないと行けないんだよね。私らは自分たちの管理しかしていないから。 発行したらまた来てくれる?」


 どうやらフィーチェとは仕組みが違うようだ。

 いや、僕のいた都市フィーチェが特殊なのかもしれない。

 フィーチェの領主リシュリューさんは、フィーチェの商人ギルドの代表である僕の父ボランを心から信頼している。

 だから、商売関係のことは全て父さんに丸投げしているのだろう。


 この時間に役所は流石にやっていないだろうし……。

 アメリさんに文句を言っても無駄なだけだ。

「わかりました。 一つ質問があるんですが…」


 と僕はおとなしく引き下がる。

 そして僕にとって一番大事なことを聞く。


「2年ほど前、銀髪の少女を見ませんでしたか?」


アメリさんは考え込んでいる。

ヒューゴとリゼットさんは何の話をしているのか分からず、不思議そうだ。

僕は息を飲んで返事を待つ。


「二年前かぁ。うーん。覚えてないねぇ」


「……そうですか。じゃあ、今日の宿屋だけでも紹介してもらえませんか?」


 僕は落胆をできるだけ隠して言葉をつなぐ。


「それならよかったら私の家に来なよ。 今はベッドも余ってる」


 それは助かる提案だ。

 この街での商売が成功するかもわからない今は少しでも費用は抑えたい。

 するとヒューゴが口を挟んでくる。


「おいおい。 アラン、やめとけよ。 ………あいつは肉食だぜ?」


 僕はよからぬ想像をしてしまう。


「あっはっは。 そんな1日目から取って食ったりはしないよ!」


 ……やめとこうかな。

 僕がアメリの真意を見定めようと審議していると、


「………ぷっはっは! アラン、冗談だよ。 アメリぃ!酒持って来てくれよ」


 ヒューゴは笑いながら注文をする。

 なんだ。冗談か。

 良かったような…残念なような…。


「わ、私ももらっていいですか!?」


 沈黙を貫いていたリゼットさんが声を発する。


「はいよ。アランくんも飲むよね? ほら。銀貨一枚ね」


 アメリさんがグラス3つとワインボトル1本を僕たちの前に差し出す。

 僕は腰の布袋から銀貨を取り出し、机の上におく。

 そして3人で酒盛りを始めた。



——————————



 やめておけば良かった。


 勝負には勝者と敗者が存在する。

 今の僕は完全なる敗者だ。

 体は重く、もう動ける気さえしない。

 眼に映るのは揺らぎ続ける景色、それだけでまた気分が悪くなってくる。


 なんの勝負かって?


 飲み比べだよ。



ーーーーーーーーーー



 始まりはヒューゴからだった。


「リゼットは酒も飲んだことがないのか……。よし!アラン、俺たちが酒飲みの矜持ってやつを教えてやろうぜ!」


 ヒューゴは酒が回っていい気分になったのか普段の飄々とした雰囲気はなく、お調子者って感じがする。

 多分こっちが本性なんだろう。


「矜持って…何をする気なのさ」


「俺と、お前で、飲み比べだよ!」


 ヒューゴは自分と僕を指差して言う。

 うわぁ………やりたくないなぁ。

 お酒はほどほどに飲むのが良いんだ。

 そんなことをして何になるというのだ。


「酒に強い人間はあらゆることで優位に立てる! 強さは正義! さ!やるぞ!」


 強引なヒューゴに僕は渋々了解する。

 何と言っても譲る気はなさそうだし。

 ……ヒューゴにはお酒は飲ませないほうがいいんじゃないかなぁ。


 そうして僕とヒューゴの飲み比べが始まった。

 僕ははっきり言ってお酒に弱い。

 ワインを一本開けたところで僕はギブアップした。


「もう無理、僕の負けだよ」


 ヒューゴはまだ余裕を持ってワイングラスを傾ける。


「なんだよ。情けねぇなぁ。飲み比べは倒れるまでが勝負だろぉ? そう思わないか?リゼット!」


 リゼットさんは反応しない。

 リゼットさんも律儀に僕たちに付き合ってボトルを一本開けていた。

 少し俯いていて顔が見えない。

 心配になって顔を目の前から見てみる。


「リゼットさん? 大丈夫?」


 リゼットさんの反応は無い。

 やっぱり初めてのお酒はきつかったのだろう。

 僕はアメリさんの家に行く準備をしようと立ち上がった時


「…んだよ……」


 リゼットさんは小さな声で呟く。

 僕がリゼットさんの方へ向き直ると突然リゼットさんは立ち上がり


「やってられねぇんだよ!!! もっと酒持ってこーーーい!!!」


 咆哮した。

 店中に響き渡る大声で周囲はざわめく。


「なんだあれ?」


「酔っ払いだろ?ほっとけほっとけ」


「でも美人だぜ!」


「本当だ。どこかのお嬢様だろ。あれ!」


 酒場の人々が口々に言葉を重ねる。

 すると一人の男が現れた。


「どうしたんですか? 何かお辛いことでもあったのでしょうか……。よろしければ私がお聞きしますよ」


 知らない優男がリゼットに話しかけた。

 ちょっとまずいんじゃないかなと思ってヒューゴの方を見ると、「何を機にする必要があるのか」とでも言いたげなな興味のなさそうな眼差しを向けてくる。

 いや、だって……よくわからないけど面倒は勘弁してほしい。

 そう思っているとリゼットさんが優男に向かって怒鳴る。


「うるっっっせぇ!!! 座れ!お前!」


「え?はい?」


「す・わ・れ」


 リゼットさんはその外見からは想像できないようなドスの聞いた声を発している。


「お前!勝負だ! 酒もってこい!」


 リゼットさんは藪から棒に勝負を宣言する。

 完全に酔っ払っている。

 僕は止める糸口をつかめず、その様子を傍観している。


「いいぞー! やれやれ!」


「俺はフィルチにかけるぜ! なんだかんだあいつは酒に強いからな!」


 フィルチというのはあの優男の名前だろうか?


「いや、あのお嬢さんの肝っ玉は尋常じゃねぇ。 俺はお嬢さんに二口!」


 いつの間にか賭けが始まってしまっている。

 周りはすでに囲まれていて逃げ出すのは無理そうだ。


「ふぅ、仕方ない。相手しましょう」


 優男はワインボトルを掴む。


 僕は逃走を諦め、飲み比べの様子を見学することにした。。



——————————



 そしてこの惨状である。

 床には死屍累々の骸の数々………いや酔いつぶれているだけだ。


 リゼットさんは大のつくほどの酒豪で酒乱だった。


 あれからリゼットさんはたくさんの男と飲み比べをした。

 その中には僕も入っている。

 そして全ての勝負に勝利した。

 いや最後の方はわからない。

 僕が、


「ギブアップ!」


 と言っても


「倒れるまでが勝負だろうが!」


 とリゼットさんに一蹴されてしまい、最後の景色は覚えていない。

 もう朝だというのに酒場には僕を含めた酔いつぶれた人々が床に伏せている。


 ヒューゴはいつの間にか逃げ出していた。

 なんて卑怯なやつだ。


 もうリゼットさんにはお酒を飲ませない。

 そう誓ったのは意識がはっきりしだした昼頃のことだった。

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