第二章 日差しのある方へ

第5話 自由の旅人


 僕は旅の支度をするべく、自宅に急ぐ。

 旅に出れば魔法を使うための手がかりがつかめるかもしれない。

 旅に出れば『魔の民』の情報が掴めるかもしれない。

 旅に出れば……ヨナに会えるかもしれない。


 そう思うと体には力が漲ってくる。

 今ならいくらでも走れそうだ。

 砂利で出来た道をこれでもかと蹴飛ばしながら走る。


 そう思ったところで自宅に着いてしまった。

 持て余したエネルギーは次の目的へと逸る。


 旅をすることを決めたはいいものの、旅には何が必要だ?

 考えながら、鍵が開けっぱなしになっていた家の扉を開ける。


 商人として旅をするならば、まず第一に思いつくのが商品だ。

 これは今の僕が持っているお金で利益が高いものをこの街で探すことにしよう。

 次に食料。

 最低限何日分必要だろうか。

 何しろ初めての旅で勝手がわからない。

 道に迷うことも考えて一週間分は積んでおこう。

 そうなると荷馬車が必要だろうか。

 商品の大きさや量にもよるがこの先の成功を見据えて大き目のものを買った方が良いだろう。

 そうなると調達に1日2日かかってしまう……。

 今すぐにでも馬屋に行った方が良いだろう。


 いやそれよりも大事なのは目的地だ。

 この街より豊かな街はそうはないだろう。

 人の集まるところに情報は集まる。

 まずはこの街で情報を集めてから旅立つのが正解か?


 いや!それはダメだ。

 もし、万が一にでもリシュリューさんに僕の思惑に気づかれたら間違いなく父さんの耳に入る。

 リシュリューさんは恐らくヨナが魔法を使えることを知っているだろう。

 また、僕が最近何を研究しているかを察しているのならば…。

 そして、それがもし父さんの耳に入ったら。

 そうなれば、僕の旅は間違いなく中止となってしまう。

 ならば、すぐにでもこの街から出なければならない。


 確か、この都市の北に商売敵でもある大国のバゼル帝国があったはずだ。

 そこを第一の目的地としよう。

 まずはそこからだ。


 旅に出れたからと行って商売ができなければ、そこに待つのは死だ。

 それしか生活の術を知らない僕は商売をするしかない。


 あぁ……もしも僕に魔法が使えたら人生が変わっていたのだろうか…。

 生まれてからずっと商人になるための勉強だけをしてきた。

 おかげでその知識は人並み以上だとは自負しているが、それ以外の知識や技術はからっきしだ。

 僕が一人で生き抜くことができるのは、商人としての道だけなのだ。


 それさえも実際は危うい。

 僕は勉強はしてきたけど、実際に人と交渉をしたり、取引をしたことはないのだ。

 やらせてもらっていたのは帳簿の付け方ぐらいだ。


 今更不安を募らせていても時間を無駄にするだけ。

 行って、やってみるだけだ。

 

 まずは馬屋に行こう。

 多少、金を積めば良い馬を紹介してくれるだろう。


「あ! アランさん! どこにいたんですか? 困っちゃいますよ〜。僕は一介の兵士であってこういう仕事は向いていないんですから」


 僕の帰宅に声を発したのは護衛役として長らく勤めてくれているホビーだ。

 突然の縁談の手紙に驚いて、慌てて家を出てしまったから置き手紙すら用意できなかった。


「ごめん! 僕は今日はいないから、なんとかやっててくれるかい?」


 僕は返事を待たず、家にあったお金ををパンパンに袋に詰めて、外に出る。


「え? ちょっとーーー!?」


 そして自宅を飛び出す。

 腰につけた袋が重い。


 荷台を売っているのは都市の中央、商業街だが、より良い馬を売っているのは農業や畜産業を営んでいる都市の西側だ。

 どれだけ長い旅になるかわからない。

 馬が良ければ、迅速に街と街とを移動できる。

 この旅での中でも最も重要なものの内の一つだ。


 やがて砂利道は土の道となって、目的地が見えてきた。

 馬屋の看板はすぐそこだ。


「はぁ…はぁ…すみませーん! ハーケンさーん」


 僕は父の馴染みの馬屋にたどり着き、休むことなく大声で店主に呼びかける。


「はい、いらっしゃ… ど、どうしたんですか坊っちゃん!?」


 店主のハーケンが汗まみれで息絶え絶えの僕の心配をしてくれる。

 返事をしようとしたけど、喉がカラカラでうまく声が出ない。


「はぁ…う”、ん”ん”! う、馬をください! 荷馬を4匹!」


 僕は咳払いをしながら要件を言った。


「4匹も!? それならボランさんのとこにはこの前良い馬をおろしたばっかりですよ?」


 4匹も必要なのは荷馬車以外にも馬が食べる飼料や水を運ぶためだ。

 馬は一日に約4kgもの干し草と約30mlの水を飲む。

 そうなると荷馬車以外にも馬の餌を積む馬車が必要になるからだ。

 馬での旅は時間と引き換えに金が掛かるのだ。

 幸い、貯金はたんまりある。


「父さんのじゃなくて、僕の馬が欲しいんです! 事情は………今は聞かないでください。お金はありますから!」


 後から考えるとこの時の僕は見苦しく見えただろう。

 それくらい必死だったのだ。


「わ、分かりました。丁度また良いのが入ったところです」


「それは良かった!」


 僕はハーケンさんの言葉に感激しながら、腰につけた袋の紐を解く。


「いつ卸せますか?」


「ええ、いつでも大丈夫ですよ」


 ハーケンさんは羽ペンにインクをつけて書類に文字を書き込みながら言う。


「じゃあ、明日でお願いします」


「明日!?」


 ハーケンさんは羽ペンを地面に落とす。


「本当は今すぐにでもお願いしたいんですけど………」


「あー、分かりましたよ。明日の昼頃にはできますので」


 ハーケンさんは羽ペンを拾い上げて、書類に書き込む。


「ありがとうございます! これくらいで良いですか?」


 僕は袋から金貨を5・6枚ほど机に出して、ハーケンさんの返事を待たずに外に飛び出す。

 次は荷馬車の調達だ。


「あ、ちょっと多いですよ!」


「取っておいてくださーい!」


 僕はすでに走り出している。

 次は西から東へ、この都市の中心地で買い物だ。


 木々が生い茂る風景から一転、レンガや石でできた建物がたくさん見えるようになる。

 人混みをかき分けてひた走った。



ーーーーーーーーーー



「これだけあれば良いか」


 僕は最後の買い物を終えて自宅へ向けて歩き出す。

 街はすでに夕闇にまみれていた。

 お昼時の喧騒が嘘のように、街は静まり返っていた。

 ちらほら人は見かけるが、未だに賑わいを保っているのは酒場の前だけだ。


 今日だけで、と考えると上出来の成果だ。

 馬4匹に荷馬車2台、馬の飼料、そして商人には必須の商品。

 今西側では東洋の香辛料が流行っているらしいから、これを貴族にでも売ろうと考えている。

 この街で手に入れられるものは全部手に入れたはずだ。


 ……何か忘れてないだろうか。

 ふと父の部屋での会話を思い出す。


「あ!」


 僕は街中なのに、周りを気にせず大声を出してしまう。

 こちらを見る人々がいるが気にしない。


 そうだ。護衛が必要だ。

 それに荷馬車は2台ある。

 馬を引いてくれる人がいないと、馬車があっても意味がない。

 なんでこんな大事なことに早く気づかなかったのだろう……。


 でも、一日中走り続けた僕の体はクタクタに疲れていて、もう走ろうと思うことはなかった。

 それに今更急いだところで用心棒の仲介屋は既に閉まっている。

 自分一人が急いだところで今日はもう何もしようがないのだ。

 商品は明日、荷馬車と一緒に取りに行く予定にしてあるから今持っている荷物はない。

 腰につけた袋もずいぶん軽くなってしまった。


 自宅に着くとカウンターに座ったホビーが大きく手を降っているのが見えた。

 最近はあまり新規客も来ないので、退屈の戦いだっただろう。

 僕が過去によく感じていた孤独を少しは理解してくれただろうか。


「ただいま、ホビー」


「ただいまじゃないっすよ! 今日はもう大変でしたよ」


 ホビーは近くに寄ってきて耳元で自慢の大声を出す。

 耳がキンキンする…。


「大変って…僕の仕事はそんな難しくないだろう」


「今日はたくさんのお客さんが来ててんてこ舞いだったんですよ。言葉がわからない人もいたし、僕一人ではどうにもできなくてそこの人に助けてもらったんすよ!」


 それは悪いことをした。

 でもそれよりも気になった言葉があった。


「そこの人?」


 ホビーが指差した方向は家の中、誰もいないじゃないかと言おうとしたところで、戸が開き誰かが出て来た。


「おや? こんな時間にまたお客さんかな?」


 飄々とした態度の顔立ちの良い男が姿を表す。

 見たことがない顔だ。


「……どちら様ですか?」


「そちらさんこそ、どちらさんで?」


 彼はパイプに火をつけて、マッチを振るって火を消した。


「僕はこの家の主人のアランだ。 君は?」


 僕は知らない人が自分の家の中にいるという嫌悪感を隠しながら丁寧に言う。


「おお、これはこれは。俺はヒューゴ。ヒューゴ・バギンズ。旅の者だ」


 男はヒューゴと名乗る得体の知れない者。

 今のところ僕が知るのは言葉の翻訳ができるということだけ。

 僕とヒューゴが立ち会っているとホビーが口を挟んできた。


「ヒューゴさんすごいんですよ? 仕事がひと段落した時に一人で剣の訓練をしていたら、手伝ってくれるって言うんで、模擬戦をしてもらったんですけど、そりゃあ腕が立つ立つ。3戦3負ですよ」


「へぇ、ホビーに勝つなんてすごいじゃないか」


 ホビーはこんな情けない態度だが、兵士の中では将来有望と言われるほどの剣の腕を持つ。

 そのホビーに勝つと言うことはこの者も相当な腕ということだ。


「この人が盗賊だったら大変だったね。ホビー」


 僕はヒューゴの正体を確かめるために鎌をかけるように皮肉を言う。


「そんな! ひどいっすよー。ヒューゴさんは悪い人じゃないし、僕を助けてくれたんですからぁ」


 ホビーは泣きそうな顔で話す。

 でもホビーの言うことは信用ならない。

 こいつは人が良すぎてよく商業街でぼったくられている。

 そんな奴が良い人だと決めつけたところで高が知れている。

 僕はヒューゴの見定めをすべく、


「ヒューゴさん。今日はありがとう。僕がいなかったせいで手間を取らせたみたいで……よかったら今晩の宿は家でいかがですか? 食事も出しますよ」


 と誘う。


「おお、それはありがたい! 実は今晩はどうしようかと迷ってたんだ。食事もいただけるとは。ご好意感謝します」


 ヒューゴは丁寧なお辞儀をして僕の誘いに快諾する。


「じゃあ、準備するんで家の中で待っていてください。 ホビーもどうだい?」


「本当っすか? いやぁ〜久しぶりだなぁ。 アランさんの食べ物は美味しいんですよねぇ」


 とホビーも喜んでいる。

 普段ならホビーは帰る時間だ。

 ホビーに食事を出すのも、彼の誕生日の祝いなどの特別な時にしかしない。

 だから彼は豪勢な食事を僕がいつもとっているものと勘違いしている。

 普段はそこまで豪華じゃないのだ。


 それに今日、ホビーを食事に誘ったのにはもう一つ意味がある。

 ……護衛役としてまだ居てもらわなくてはならない。

 彼がどんな人間か見極めるまでは僕を護衛してもらわなければならないのだ。

 訓練でいくら負けていたとしても、居ないよりはマシだ。


 僕は二人を連れてカウンターから家の中に入った。



ーーーーーーーーーー



「わっはっは! それでよ。アルゴンって奴が居たんだがそいつがとんだ間抜けでよ? 水を酒だって騙したら、本当に酔っ払ってやがるんだ」


「ハハッ! なんだよそれ!」


「がー、グォー」


 僕とヒューゴは意気投合していた。

 既にワインを3本あけて、ヒューゴの身の上話で笑いあっている。

 ホビーは酔いつぶれて寝てしまっている。


 ヒューゴは気の向くままに旅をしているようで少し影を持つ人間のようだ。

 しかし、後ろめたいことは何もなく。

 話してみれば、良い奴であることがすぐにわかった。


 おかげでとっておいた高級ワインをどんどんと開けてしまう。

 まぁ、この街からもうすぐ出る僕の出立祝いだと考えれば、どれだけのものを出しても良い。

 どうせ、ここにとっておいてもホビーに飲まれてしまうだろう。


「あー、面白い。 ……なぁヒューゴぉ」


「なんだい? アラン」


 僕とヒューゴはもう敬称を使わず名前を呼び合う中だ。


「実はさ、僕、この街を出るんだ。そうなったらヒューゴと同じ旅人だなぁ」


 酔っているせいか語尾が伸びてしまう。


「へぇ、そりゃあ良い。……じゃあ俺もそれについて行ってやろうか!ハハッ!」


「!」


 彼はふざけたように言うが、僕はその言葉で酔いは覚め、飛び起きた。


「………それ本気?」


「ああ? 俺とお前の中じゃねえかよ。俺の旅は目的も何もないんだ。時には誰かについて行ったりもするさ」


 ヒューゴは気の向くままに言葉を紡いだようだ。

 いや、それだけで彼が僕の旅についてくる理由としては十分なのだろう。


「じゃあ用心棒として君を雇うよ!」


 僕はヒューゴが作っているご機嫌な空気を壊さないよう、茶化すように言う。


「そりゃあありがたいね。ハハっ! アラン、お前の目的地はどこだ?」


「とりあえずきたのバゼル帝国に行くつもりだよ。何はともあれ、早くこの街を出ることが目標かなぁ」


「御曹司様だもんなぁ。自由になりたい気持ちはわかるぜ。帝国にはこの前寄ったよ。良い店紹介するぜ?」


「その時は是非とも頼むよ」


 こうして、気ままな旅人ヒューゴ・バギンズが僕の旅に加わることとなった。

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