第4話 別れ
「魔の民……」
その言葉面からが忌み嫌われているように思える。
ヨナもこの言葉を口にした時、苦しそうな表情をしていた。
いや、それよりも気になることがある。
「君たちはここに移住して来た。旅はもうしないんだろう?」
僕は願いを乞うように尋ねる。
しかし、ヨナは首を振る。
「私たちは迫害される民族。もうすぐこの街を出る予定。領主さんにも半年間だけという約束で住まわせてもらっていたの」
半年間。
ヨナと会ってから時間はあっという間に過ぎていた。
つまり、あと数日を残して彼女達は街を出るということだ。
「そう……か。……いや、仕様が無いことなんだよね……? それが君たちの生き方なんだろう?」
ヨナはこくりと頷く。
僕の頭は一つのことだけ考えていた。
「じゃあ!僕も仲間に入れてよ! 『魔の民』に!」
僕はとっさにとんでもないことを言ってしまう。
でも、これが僕の嘘偽りない本当の言葉である。
これまで築き上げて来た全てを捨ててもいい。
——ヨナと一緒にいたい。
それが僕の本当の気持ちだった。
「ダメ」
彼女は冷たく突き放す。
「あなたは魔法を使えない。 魔の民は行き場のなくなった人隊の唯一の居場所でもある。 そこにあなたは…入れない」
唖然とする。
でもそう言われて当然だ。
僕にはこれからの未来がある。この街での未来がある。
そんな人が迫害される民になろうだなんて馬鹿げた話だろう。
でもどうにかならないかと言葉を紡ぐ。
「……君と一緒にいたいんだ」
「ダメ」
「……またこの街にきてくれるかな?」
「もう……来ることはない」
「……またどこかで会えるかな?」
「……分からない」
僕の悲痛な告白に彼女は冷たく答える。
いくら問答を繰り返しても結果は変わらない。
彼女はこの街を去る。
そしてこの街にいる僕は彼女に会うことはないのだろう。
冷たく突き放したのは彼女の優しさだったのかもしれない。
「あなたの願いはどうやっても叶うことはない。だから諦めて」というヨナの気持ちが伝わった気がした。
沈黙に耐えかねたかのように部屋の扉が開く。
『姫』
誰かを呼ぶ声が聞こえる。姫?
『すぐ行きます』
ヨナがその声に応える。
そうか彼女はこの部族の姫なんだ。
元々僕とでは釣り合わない存在だったんだ。
無理矢理にでもそう思わなければ壊れてしまいそうだ。
ヨナは椅子から立ちあがり、男についていく。
去り際にこちらに振り返り一言、
「さようなら」
それだけ残し、出て行ってしまう。
ヨナの最後の声は僕の頭に残響のように残った。
——————————
その時はすぐに訪れた。
僕は実家の家で療養していた。
僕は父さんにしばらく家にいるようにと命令している。
そんなことを言われなくても、最初から何もやる気が起きなかった。
毎日はとても空虚で、数日前に死にかけたことすらもう忘れていた。
ヨナの最後の姿だけはよく覚えている。
家から体を起こして、窓をずっと見ていた。
家畜を連れて移動している部族。
その中にいたフードをかぶった銀髪の少女。
でもいくら顔を隠していても、その美しい銀髪を見間違えることはない。
『魔の民』は街の外へ向けて止まることなく進んで行った。
ヨナが見えなくなるまで、僕はずっとそれを見つめていた。
銀色の輝きが僕の瞳から消えるまで。
——————————
あれからぼくは高台に行かなくなった。
狼に襲われたからとか、怖いからという理由じゃない。
もちろん、あの森で襲われたことを父に知られた時にはこっぴどく叱られた。
自分が父にとってどれだけ大事なものなのか、耳にタコができるくらい話された。
でも僕の心は彼方へ飛んで行ったままだ。
ヨナ
彼女のことを忘れることなんて出来ない。
それからというもの、僕は高台で時間を潰すよりも家にある書物、特にオカルト関係の本を読み漁ることに没頭するようになった。
ヨナが使う魔法のことを調べるためだ。
仕事中でもほんの少しでも時間が空けば本を読む。
以前ほど初めて街に来る隊商の数が減ったからそれもちょうどよかった。
彼女のことをもっと知りたい。
いや、できることなら僕も魔法を使えるようになりたいと考えている。
そうすれば、『魔の民』に入ることができると思ったからだ。
父の説教の数は増すばかりだが、そんなものは右から左へすり抜けていく。
長男としてとか、跡取りとしてとか、息子としてとか、以前の僕なら真面目に聞いていただろうけど、今の僕には全く響かない。
僕の中を満たしているのは……ヨナ唯一人だった。
しかし、どれだけ調べても魔法に関して記述のある本は見つからない。
あっても創作だとか嘘っぱちばかり。
もちろん読んだ当時は何も知らないから色々なことを試した。
蛇の抜け殻を煎じて飲むだとか、色々と珍しいものを調合した薬を飲むだとか………。
気分が悪くなればむしろこれが魔法を使えるようになる兆候なのではないか、と期待したりもした。
でも結局得られるものはなかった。
魔法とは何なのだろうか。
森で見た爆発のようなものが魔法だとしてもあの時は意識が朦朧としていて、輝く彼女の髪と眼のことしかまともに覚えていない。
考えるべきなのはなぜ魔法という現象が起こっているのかだ。
僕が覚えているのは輝く髪と眼。
そして爆発。
それだけだ。
爆発………ばくはつ。
爆発というと………火薬?
うーん。
そして髪と眼から発せられた光。
光……明かり……ランプ?
だめだ。ぜんぜんわからない。
家にある本のほぼ全てを読み終えた頃、街は都市になっていた。
リシュリューさんは大都市の領主となり、彼の計らいによって僕ら家族は貴族として、由緒ある家系となった。
といっても今までと暮らしと何かが変わった訳じゃない。
僕の住む家は大きくなったけど、仕事内容はそこまで変わっていない。
多少の雑務が加わっただけだ。
けれどその年月は僕に重大な決意を強いている。
——縁談だ。
僕も20歳を超えた。
貴族として、そして男として妻を娶り、子を成せというのは世間からしても当然の流れだ。
僕にもいくつか縁談が来ているが…全て断るつもりだ。
そう、彼女が僕を狂わせてしまったのだ。
彼女以上の女性にはもう出会えない。そんな確信があるのだ。
その責任はとってもらう。
もはや復讐のような思いで魔法の実験を繰り返す。
そんな僕の評判は日に日に悪くなっていった。
リシュリューさんには「今は放っておいてください」とお願いしているがいつまでこの仕事を任せてもらえるかもわからない。
まぁ解任されても父の元で働くだけだ。
実験に費やす時間が惜しくはなるが…特に問題もない。
ある日、僕の家に一つの便りが来た。
なにやら大きな馬車に乗った仰々しい紳士がわざわざ届けに来てくれたのだが……。
僕は「また縁談か」と辟易したような面持ちで封を開ける。
「!」
中身は予想通り縁談の手紙だ。
しかし、その相手は
「…ジュリア」
そう、今や大都市の領主の娘であり、僕の護衛役をしていた少女であり、僕の幼馴染だ。
僕はもうどうすれば良いのかわからない。
ジュリアと結婚するということは次代・次々代の領主になる可能性もある。
いや、それよりもあのジュリアと僕が!?
なぜこんなことになってしまったのか……。
僕は仕事をほっぽり出して父の元で駆け出した。
ーーーーーーーーーー
「父さん!!!」
父の部屋の扉を勢いよく開け大きな音が出る。
机に向かって座っているのは口髭を蓄えた大きな男。父さんだ。
「何の用だ。 騒々しい」
「父さん! なんで僕とジュリアが結婚を!?」
「………わからないのか」
「わからないから聞いているんです!」
父さんはやれやれと言いたそうな顔で
「アラン、自分の今の姿を見てみろ」
僕は自分の足先から胸にかけて見下ろす。
ズボンの裾は汚れて、指先は煤にまみれている。
袖をまくった服にはよく分からない匂いが染み付いている。
貴族とは思えない出で立ちだ。
「今のお前を見て心配しないほうがおかしい。結婚してほしいと言うのは私の願いでもある。更に言えば…」
父さんはそこまでいってオホンと咳をする。
「こういうことは私からいうべきじゃないな」
そういうと、タイミングよくコンコンッとノックがなった。
「入ってくれ」
父さんは間髪入れずに言う。
僕は後ろを振り返り、部屋に入ってくる人を待つ。
現れたのは
「アラン……」
ジュリアだ。
静かに部屋に入って来たジュリアは貴族の令嬢としての訓練をし始めた成果が出ている。
あのお転婆娘が今ではすっかり型に嵌っていて、なんだか似合わないと感じてしまう。
「ジュリア! 君だっておかしいと思わないかい? まさか、僕と君が、その、結婚だなんて……」
僕の言葉はしどろもどろだ。
「おかしくない!」
ジュリアは目を見開いて言った。
「私がお願いしたの。アランと結婚したいって」
「そんな……なんで僕なんかと」
幼少の頃はジュリアと結婚するなんてことを考えたこともあった。
でもそんなのは夢物語で貴族と一介の商人とではありえない。
それは今だって同じだ。
そう、僕とジュリアでは同じ貴族だとしても格が違う。
「アラン、貴方が好きだからよ! 貴方達家族を貴族にしたのもそのため! 私がお父様にお願いしたの!」
突然の告白に僕は驚きを隠せない。
「ぼ、僕のことが!?」
もちろん、何度かそう思われる言動はあった。
だけど旧知のなかの冗談だと思ってまともに取り合ってはいなかった。
それほどまでに好きになるものが僕の何処かにあったのだろうかと疑問に思う。
「なんで」と言う言葉が口からこぼれそうになったが、頭の中にふとヨナの顔が浮かぶ。
誰よりも綺麗で輝いている彼女の笑顔が。
そうか、理由なんてどうでもいい。
聞くだけ無粋なことだ。
「受けてくれるよね」
「え?」
「縁談!」
前の彼女が見え隠れする姿に多少の愛おしさを感じる。
でも、
「ごめん、ちょっと待ってくれ」
「……なにそれ!」
ジュリアは激高するが僕は父に向き直る。
「父さん!」
「なんだ?」
父さんはニヤニヤした顔を引き締め、僕をみる。
僕は意を決して、言う。
「僕を………旅に出させてください!」
部屋の中がシンとした静寂に包まれる。
父さんは目を見開き、ジュリアは口をあんぐりと開けている。
「……なにそれ……なにそれ!なにそれ!なにそれ!!!」
ジュリアはさらに機嫌を悪くする。
僕は彼女を無視して話を続ける。
「僕はこの街しか知らない。だから昔の父さんのように一度商人として旅をして、立派になりたい! だからお願いです!」
父さんはうーむと唸る。
父さんからしてみれば昔の自分の話をされては反対もしにくいだろう。
「そしてその旅から戻って来たら……彼女と結婚します」
怒っていた表情のジュリアが一気にクールダウンし、え?と声を漏らしている。
父さんは頭に手を当てて
「…しかしな、商人としての旅は非常に危険だ。護衛くらいはつけてやらんと…」
と言う。
するとジュリアが
「はい!私が護衛をやります! 昔もやってましたし!」
と言う。
父は悩みながら言う。
「それはダメだ。君は大都市の領主の娘。昔とは違う」
当然だ。
今のところ、僕の考えた通りに話が進んでいる。
「護衛も僕が探します。一から始めさせてください。昔の父さんのように!」
父はまたもうーむと唸る。
どうだ。
僕の作戦は完璧じゃないか?
そう、始めに援助があって成功したところで半人前だ。
『0から1を生み出せてこそ一人前』
父さんが昔言っていた言葉だ。
それが真実かはさておき、身から出た錆。
父さんにとっては断れない話だろう。
「……分かった。旅に出ることを許可する」
うまくいった。
僕は策略が成功したことに対し、喜びを感じる。
ジュリアは嬉しいやら話がよく分からないやらでコロコロと表情を変えて、大変そうだ。
「ありがとうございます! では早速準備をして来ます!」
「え? おい! 今すぐか!?」
僕は一目散に自宅へと駆ける。
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