第五章


     第五章、二千九百九十九年~三千八年


 二千九百九十九年十二月三十一日、世界は終わると予言をされました。まるで根拠の見えない、から騒ぎです。

「楽しい夜になると思わないか? 世界が本当に終わるというのなら、俺はその様子をこの目で見ていたい」

「まさかキースがあんなたわごとを信じているとは思わなかったよ。予言なんて、大ウソだ。適当な言葉を適当に解釈しているだけだ」

「そんなことはどうでもいいんだ。お前はワクワクしないのか? 俺はこの年になっても興奮している。世紀末は千年に一度しかやってこないんだぞ」

 キースの瞳が、輝いていました。

「もしもだ! なにかが起きたらどうする? 家のベッドで最期を迎えるのか? 俺はそんなじゃ満足しない。見逃すなんて、もったいないだろ?」

 キースの提案により、真夜中のライブが開催されました。当時はすでに世界を支配していた会社の権力が弱まっていましたが、真夜中のライブは前代未聞の発想でした。どんな店も、十時を過ぎれば営業が出来ません。家の中でさえ、十二時過ぎには消灯が義務付けられていました。十二時を過ぎれば、世界から灯りが消えるのです。

 世紀末に関する予言は、数年前から騒がれていました。どれもが出鱈目であることは明らかです。過去の出来事を持ち出し、予言を無理矢理当てはめていました。言われてみればなんとなくそんな気がしますが、なにもいわれなければなにも感じません。ただの無機質な文章を引っ張り出してきては、予言だというのです。そもそもその予言を書いた人物は、死んでいます。当の本人もそれを予言のつもりで書いたわけではありません。僕は読んだことがあるのですが、少し詩的な、素晴らしい散文でした。

「けれどまさか、許可が下りるとは思わなかったよ」

「意外に簡単だったな。年末を盛り上げたい。新年を祝いたいと言ったら、即OKだったからな。楽しみにしていると言われたよ」

「ライク・ア・ローリングストーンだけで朝まで歌い続けるのかい?」

「デビュー当時ならそれもありだがな、今の俺たちだと本当に死んじまう。幾つかのバンドに声をかけている。楽しめることは間違いなしだ。もしも本当に世界が終るとしたら、それでも問題はない。俺はその日、家族みんなを呼ぶつもりだからな」

 年末の年越しライブは大きな話題になりました。一部の噂では、その日に世界を支配していた会社が完全な倒産をし、ライク・ア・ローリングストーンによる世界の支配が始まると言う者までいたくらいです。

 キースはただ一つ、ライバルとして認めていたノーウェア・マンに声をかけました。しかしいい返事はもらえませんでした。当然のことです。ボーカルの坂上武は数十年前に亡くなっていて、その当時はバンドとしての活動もほとんどしていなかったのですから。

 他にもキースは色々と声をかけました。しかし、満足のいくメンツは集められませんでした。ほとんどのバンドが、当時人気だったバンドです。ライク・ア・ローリングストーンと共に歩んできたバンドは、姿を見せませんでした。メンバーの何人かがすでに死んでいたり、体力的に無理だという理由で断られてしまいました。


 ライブの開始は、午後十時からでした。待ちきれないファンたちは数日前から会場前に並び、寝泊りをしていました。本来ならば十二時過ぎの外出には特別な許可を必要とするのですが、暗黙のうちに了解され、前日には数十万人が会場の周りを取り囲み、不思議な興奮に包まれていました。

 その光景こそが世界の終りだと言う大人たちもいました。

「こんなに盛り上がるとは思わなかったな。みんな楽しみにしているんだ。世界の終りがどうなるのかをな」

 みんなバカです。僕はそう感じました。根拠のない戯言に、恐れているだけです。一人でその日の夜を過ごしたくはないと、集まっていただけです。

「世界は終わらないよ。この星は、そんなに弱くない。例えなにが起きても、この星は生き続ける」

「けれどな、人間は死ぬんだ。みんなが恐れているのはそれなんだよ。この星がどうなろうと関係ない。大事なのは、自分の命ってわけだ」

 キースがそんな風に考えていることが、意外でした。

「不満そうな顔をするな。それが人間の心理なんだ。口ではなにを言っても、結局一番大事なのは自分の命だ。俺だってそうだな。自分がいなければ、なにも始まらないだろ? 死んじまったら、それこそお終いだ」

 しかし現実では、ありもしない恐怖に怯え、耐えきれずに自らの死を選ぶ者が多くいました。

「あいつらこそイカレている。死を恐れる気持ちはわかるけどな、死から逃れるために、自分から死んでしまうなんておかしいだろう? どうせ死ぬとわかっているなら、その時まで精一杯生きるべきなんだ」

「死ぬのが怖い。キースはそう言いたいのかい?」

「当然だ! 俺は死にたくない! こんなところで終ってたまるか!」

「僕だって死にたくない。けれど・・・・ 僕は家族のためなら死んでもいい」

「本気でそんなことを思っているのか! お前がそんなバカだとは思わなかったな。どんなことがあっても、死んだら意味がない。その意味がわからないのか?」

 家族のためなら、僕は死んでもいいと、当時は本気で思っていました。

「俺はな、家族のためにも生きていたい。出来れば永遠に、生きていたい。俺は生きて、家族を守りたい。永遠に一緒にいたいんだ。俺が死んだら、そこでお終いだろ?」

 キースが死んでも、キースの心は生き続けます。

「俺以外の家族の人生は続いていくだろうな。けれどそこに、俺がいない。そんなのは嫌なんだよ。この世界はな、俺を中心に回っている。俺がいない世界なんて、寂しすぎるだろ?」

 僕にはその言葉の真意がわかりませんでした。ただの自分勝手な発言にしか、当時は聞こえていませんでした。

「自分が生きていれば家族は死んでもいいっていうのかい?」

「それは違うんだ。お前はなにもわかっていない。家族は大事に決まってるだろ? けれど俺はな、偽善者じゃない。家族のためにと、自分の命を捨てたりはしない」

「見捨てるのというのか!」

「そう慌てるなよ。これは例えの話だろ? 俺はな、決して見捨てたりはしない。ただ、身代りに死のうなんて考えない。みんなが生きることを考えるんだ。俺自身も、家族も、全てを守ってみせるのさ」


 当日のライブは、予定より二時間も早く開場しました。七時の予定が、あまりにも会場の周りが混雑したための対処でした。数十万の観客が入る会場は、当時は一つしかありませんでした。世界最大のサッカー場です。四つの試合を同時に楽しめる作りになっていて、観客席だけでも二十万人の収容が可能です。ライブでは競技場内の一部も開放するので、五十万人は入ることが出来るはずです。チケットが何枚売り出されたのかは、途中から集計不可能になってしまいました。当初用意していたのは四十万枚でしたが、反響がよく、その後も追加販売が繰り返され、集計不能になってしまいました。六十万は入っていたと、僕の予想です。それは、今のこの国の人口の五分の一です。世界中から集まったとはいえ、信じられない光景でした。

 早くから会場の周りに集まった観客たちは、初めは大人しく礼儀を保っていました。騒がず暴れず、静かに時の流れを楽しんでいました。しかし開場時間が近づくにつれ、興奮が抑えられなくなってしまい、みんなでライク・ア・ローリングストーンの曲を聴きながらお酒を飲み、終いには大合唱を始めました。その様が、まさに世紀末だと、世界中で報道されました。

「凄いことになっているようだな。今日は最大の事件になるだろう」

 彼らはその日、リハーサルを行いませんでした。普段のライブでもよくリハーサルをせずに本番を迎えることがあります。自由にその場の気分で演奏をするのが、彼らのスタイルです。

「すぐに始めるのかい? 観客はもう、我慢の限界だろ?」

「それは無理だな。俺たちは十二時には必ずステージの上にいないとならない。予定とは違うが、前座を立てるつもりだ」

 本来の開場時間である七時には、前座のステージが始まりました。今の時代を象徴するかのような、若い世代のバンドです。ライク・ア・ローリングストーンの影響を公言していましたが、その音はまるで似ても似つかないものでした。

 しかし会場は、一気に盛り上がりを見せました。そして様々なバンドが立て続けに登場し、彼らの登場まで会場を温めてくれました。それは予想以上に盛り上がり、本来の予定よりも一時間遅く、ライク・ア・ローリングストーンはステージに飛び出しました。

「そろそろ行くとするか。この様子だと、世界は無事に新しい年を迎えそうだな」

 そのライブの素晴らしさは、永遠に語り継がれていくことでしょう。僕があえて説明する必要もないくらいの、素晴らしいライブでした。まさにお祭り騒ぎのフェスティバルでした。


「ついにこの日が来たんだな」

「これは喜ぶべきことなのかい?」

「どうだろうな・・・・ 新しい世界が始まるんだ。悪いことではないな。けれど・・・・ 結局はなにも変わらないんだ。どんな時代になっても、不満は残る。ただ少し、以前よりは自由にはなるだろうな」

「キースはいつでも自由じゃないか」

「そうなんだ。俺の自由が、世界に広がった。今日はそういう日なんだ」

 三千一年九月十九日、世界を支配していた会社が、完全なる倒産になりました。世界中に広がっていた全ての会社が、同時に崩れ去ったのです。反抗勢力が、新たな世界を立ち上げました。

「世の中に、正解なんてないんだ。人は繰り返す。繰り返しの中から、新しい世界を見つけていくんだ。俺たちにはもう、なにも出来ないだろうな」

 世界中で始まった革命により、世界は一つではなくなりました。国という塊を作り、仲間たちが集まり、小さなそれぞれの世界を支配しました。

 僕やキースのいるこの世界は、イギリスと呼ばれるようになりました。アメリカ、日本、失われた歴史以前に名乗っていた国名を持ち出し、そのまま名乗ることになりました。それと同時に、失われた歴史以前の歴史が、各国で公表されました。

 国名は名前を拝借しただけで、領土も以前とは形を変えていて、その血筋もまるで関係がありません。今では世界の人類が一つの民族となっています。以前のような民族間の争いではなく、土地の奪い合いによる国作りがなされたのです。

 歴史が繰り返されるのは言うまでもありません。会社の倒産と同時に発足した国は、同時に戦争を始めました。どの国も、自分たちの国が一番偉く、一番強いことを証明しようと必死になっています。


「光の時代は、終わるのかもしれないな」

「僕としては、迷惑な半面、有難くもあるよ」

「お前はレコードが好きだからな」

「それはあまり、関係ないよ。レコードを作る技術は、今の世界にはないんだから。僕が生きている間には間に合わないだろうと言われたよ。有難いのは、光の移動手段が禁止されたことだよ。あれは危険だし、僕は好きじゃなかった。あっという間に移動できるのは便利だけどね、二・三日は気分が悪い」

「それは俺も同感だな。けれど飛行機もまた、危険だろ? 俺はどちらも好きじゃないな」

「僕は好きだよ。空を飛べるなんて、幸せだ。けれど飛行機は、時間がかかる。車もそうだ。あのスピードは、快感だよ。時間がかからなければ、もっと便利になる。僕の仕事は、形を変えないといけなくなったよ」

「お前は作家だろ? どこででも書けるだろ?」

「けれど僕は、音楽のライターでもある。今までのように多くのバンドを取材することは不可能だよ。残念だけど、これからはライク・ア・ローリングストーンのライブに毎回参加することは難しそうだよ。なにかあってもすぐには飛んで行けないんだ」

 キースは僕の目を、じっと見つめました。

「車は狂気だぞ。なん百キロものスピードで街を走りすぎる。ぶつかれば即、死亡だな。大きな弾丸が街を行き来しているようなものだろ?」

「ルールを守れば、安全だよ。キースだって車には乗るだろ?」

「車がなければ、移動が出来ない。仕方なしに乗っているだけだ。それにな、光に乗るよりはましだからな」

 光の時代から、車の時代が到達しました。車がなければ、買い物をすることもできません。歩いて出かけるには、街は広すぎます。


 世界中で始まった戦争に、意味なんてありません。大義名分を偉そうに並べても、誰一人として納得なんてしません。しかし、目の前の現実に戦いを余儀なくされています。戦いに参加をしなくても、戦場は目の前に広がっています。戦わなくては、生きてはいけません。今を生き抜くためには、戦わなければならないのです。

 街全体が戦場と化したのに、理由はありません。誰もが自分の身を守りたいのです。その思いが強く、誰もが自由に銃を持つことが出来たため、自然とそうなってしまったのです。国同士の戦いとして始まった戦争ですが、国とは関係のない、ただの暴動と化してしまいました。

 当時の国は、会社を倒産に追い込んだ反抗勢力のリーダーたちが指揮を執っていました。そのリーダーたちは、実は会社の幹部たちやその息子たちであり、事実上は以前からの権力者たちがバラバラに世界を支配していただけです。会社が内部分裂をし、その権力争いをしていただけというのが、現実でした。

 しかし、動き出してしまった世界は、誰にも止められません。少なくとも、当時の僕はそう思っていました。

「俺たちは、暴力には屈しない。それが本当の、自由なんだ」

 そんな中でも、ライク・ア・ローリングストーンは世界中を周るツアーを続けました。

「銃には頼らない。そんなものがなくても、人の心を変えることは出来るだろ? 俺たちはそれを信じ、続けてきた。確かに今は、時代が変わったな。安全な日々を平和と呼ぶのなら、今は最悪なのかもしれない。けれど俺は、今の方が以前よりも幸せだと思っている。多くの人が死んでいるのに、不謹慎なのはわかっているさ。けれど今、みんなが自由を求めている。自分の意思で日々の生活を送っている。これこそが幸せだろ? 世界はやっと、スタート地点に立ったんだ。ここから真の自由な世界が、始まる」

 僕はなにも答えられませんでした。死んでしまった人のことを考えると、どうしても納得が出来ません。その言葉の意味は理解が出来ても、現実として受け入れることは出来ません。

「戦いなくして、人は前には進めない。それは歴史が証明をしているだろ? 殺し合いを薦めるつもりはないけどな、戦わなければ、人は先には進めない。俺たちだってそうだ。当時の世界と戦って、ここまで進んできた。お前もだろ?」

 僕の戦いは、小さなものです。文字を書き、伝えているだけです。特別に表立った行動は、していません。

「お前が言いたいことは、わかっているんだ。けれど俺はな、それでも戦う必要があると言い続けるのさ」

 戦争が始まり、キースの弟が殺されています。僕の親戚も、死んでいます。


 国内での暴動は、次第にその意味をなくしていました。国民からしてみれば、元からなんの目的もなく、自分たちの身を守るためだけの戦いです。少しのきっかけで、簡単に鎮静しました。

 きっかけを作ったのは、戦争に駆り出されていた若者たちでした。

 国同士の戦争に、街の若者たちは強制的に駆り出され、殺し合いを余儀なくされていました。初めは慣れない殺し合いに戸惑っていたのですが、次第に感情を失い、心を失ってしまいました。

 目の前の敵を、ただ殺しては前に進むだけの日々に、疑問を感じる暇はなかったようです。殺さなければ殺される。そんな理由も忘れ、ただ殺すのが仕事になっていました。敵を殺さなければ、上司に怒られます。

 そんな上司の怒りに触れた若者の一人が、反動的にその上司を撃ち殺してしまいました。

 殺されても、誰も文句は言いません。上司が嫌われ者だったからではなく、殺しが日常になっていたからです。殺しの相手が誰であれ、無感情なままです。感情が高まることは、ありませんでした。

 しかし、全ての若者が無感情に殺しをしていたわけではありません。ほんの僅かではありますが、殺しの無意味さを感じながらも、否応なしに殺しを続けていた者がいました。

 上司を失った集団は、どうやって前に進めばいいのか分からず、その場から動けなくなってしまいました。

 殺しに疑問を感じていた若者は、みんなに問いかけました。

 この国を、一つにしないか?

 現実に、当時の国はまだ、まるでまとまりがなく、その国民でさえ、国があるという意識が少なく、ただ言われるままの世界の流れに身を任せているだけでした。

 若者は仲間を増やし、軍を組織し、口ばかりの大人たちを殺し、真の国を築きました。

 その動きは、あっという間に世界中に広がりました。それまでとは違う、本物の、まとまりのある国が各地に築かれました。それと同時に、無意味な戦争が、一時的に終結しました。

 しかし、それで戦いが終わったわけではありません。むしろそこからが、始まりでした。

「不思議なことに、俺たちのライブがある日は、その街では人が死なないんだ。音楽には多くの力がある。俺たちは、転がり続けていかなければいけない。俺たちが止まれば、世界はきっと、間違った方向に進んでいく」

 国同士の戦争は、単純な理由からです。領土の拡大と、奴隷の確保です。

「世界を周っていると、見えてくることもある。戦いの意味には納得がいかない。それでも人は、戦い続けるんだ。自分たちが望む、自由を求めるために」

 その自由が、問題です。身勝手な自由は、世の中を狂気に変える。

「なにがよくてなにが悪いかなんて、誰が判断をすればいい? 人を殺しても、盗みを働いても、それが悪いとは言い切れない」

 悪いことは、悪いのです。

「俺が言いたいのは、常識の話じゃない。理由があればなにをしてもいいとも言い切れないからな。昔の俺は、責任を取れるならなにをしてもいいと考えていた。それこそ人を殺しても、だ。けれど今言っているのは、そういう意味じゃない。所詮は全て、人間の世界での話なんだよ。ちっぽけな話だ。ちっぽけな常識に縛られちまっている。自然界を見てみろよ。殺し合いも奪い合いも、全てが悪いとは言い切れない」

 突飛な話だと思いました。到底僕には、受け入れられない考えです。


 この時期のライク・ア・ローリングストーンは、オリジナルの作品を発表せずに何年間もひたすらにツアーを続けていました。ファンの要望により、途中でベスト作品やライブ作品の発表は行っていました。そんな彼らの作品は、いつの間にか、オリジナルと同じくらいの枚数のベストやライブ作品が発売されていました。どの作品も、オリジナル同様に売れています。

ライク・ア・ローリングストーンの魅力は、やはりライブにあるようで、その様子を勝手に録音した海賊版も多く世に出回っています。公式に発売されている作品の何倍もの海賊版があり、全てを集めることは不可能に近いでしょう。僕が把握しているだけで、三百枚は超えているのです。

この時期には、厳密にいうと一枚の企画作品と、オリジナルともいうべき作品が発表されてもいました。一枚はザ・ビートルズの曲や、彼らと同時期に活躍していたジョン・ディランやノーウェア・マンなどの曲をカバーし、集めたものです。その作品は後のカバーブームを生むことにもなりました。

もう一枚は、なんとも不思議な作品です。自作の曲が一曲もなく、タイトルだけを彼らが決め、様々なアーティストに曲作りを依頼したのです。そのタイトルは、失われた歴史以前からの曲から貰い受けたものばかりでした。

「楽しい作品だと思わないか? こういうのも、ありなんだよ」

その作品の意図はわかりませんでしたが、面白い作品でした。彼らの違う一面を見ることができ、改めて彼らの凄さを知ることが出来ました。

「俺たちはもう、止まらない。こういう時代に出来ることは、歌うことだけだ」

 ライク・ア・ローリングストーンはイギリス国内だけでなく、海外へのツアーも積極的です。元々世界中で人気があったとはいえ、時代の変わってしまった今、海外へ行くには国境を越えなければなりません。それは、簡単なことではありません。

「許可を得るのが難しい国もある。けれど俺たちは、どこへでも向かう。要望があれば必ず行くしな、なくても俺たちが興味を持てば必ず行くことにしている。どんな手を使ってでも、伝えなくてはならないことがあるんだ」

 時代は確実に、動いています。失われた歴史以後の数百年が嘘のようです。なんの変化もなく、ダラダラと続いていた時代は、はるか遠くに消えています。

「俺の歌にはまだ、力がある。俺はそう信じて歌い続けている。それしか俺には出来ないんだよ」

 二百以上に分かれてしまった国を一手に相手にするのは、難しいことです。全ての国を敵に回してしまえば、生き残ることが出来ません。幾つかの国は、似たような思想の国と同盟を結び、異なる思想の国を相手に戦争を続けています。

「世界はまた、一つになるのかもしれないな。結びつきがなければ、生きてはいけないってことだ。けれどもう、あの頃には戻らないだろう。人間は、立ち止ることよりも、前に進むことを選んだんだ」


 国同士の同盟は、加速しています。今では大きく四つの思想に分かれているだけです。

 人はいつでも、過去を持ち出します。人種という区別はとうになくなっているため、過去の宗教を持ち出したのです。信じてもいなかった宗教を突然引っ張り出し、神と崇めているのです。

 人種や民族の区別はなくなっているのですが、失われた歴史以前から受け継がれ続けているものが、三つあります。それは、その地域特有の言葉と文字、そして名前です。表向きには、言葉と文字は統一の英語を使っているのですが、地域の中ではその文字と言葉を受け継ぎ続けてきました。それは、変わらない文化ではなく、変えられない文化なのです。言葉や文字は、少しの変化をしながらも、消えることのない文化です。

 国によって、過去の皇帝の名を持ち出し、実際には子孫でもなんでもないのに、ただその地域で生まれ、名前が似ているというだけの理由で国のシンボルとして祭り上げたりもしています。

 人はなにか、特別な力を信じたがります。心の拠り所を探しているのです。僕やキースにとっては、それが音楽であり、ザ・ビートルズだったのかもしれません。どうせ宗教を作るのなら、ビートルズ教でも作ればいいと思っています。

 引っ張り出された宗教は、キリスト教、仏教、イスラム教、ヒンドゥー教の四つでした。大きく分けると二つにすることが出来るのですが、両者ともに否定をしています。

 一度生まれた思想の違いを埋めるのは、難しいことです。元々その国に根付いていた思想ではなくても、戦争の最中、不安な心に効く一番の薬が宗教でした。あっという間に広がり、今ではなによりも大事な心の支えになっています。

 隣同士の国でも、思想の違いによって戦争は行われています。離れていても、同じ思想のため仲が良く、同盟を組んでいる国もあります。中には一つの国の中、複数の思想が持たれている国もあります。そんな国では、内戦が収まることなく続いています。

 宗教思想の広がりには、失われた歴史以前の文化が影響されているようでした。全ての国ではないのですが、多くの国では、当時と同じ宗教を信じているのです。

 ライク・ア・ローリングストーンは、基本的には同じ思想の国へ行き、ライブを行っています。同じ思想の国への行き来は、簡単です。以前戦争が始まったばかりはどの国に行くにも特別な許可が必要だったのですが、今は、国民の証となっているIDを示せばいいだけです。違う思想の国へ行くには、相変わらず許可を必要としています。

 許可を取るのに難しい国があるのも事実で、ファンの声があってもなかなか簡単には行くことが出来ない国もあります。そんな国に対し、キースは直接その国の皇帝や政治のトップに連絡を取り、説得をしています。キースの強引さに敵う者は、この世界には誰もいません。強いて言うのなら、奥さんくらいのものでしょう。キースの奥さんは、とても綺麗ですが、とても怖いのです。


「やっと一つの区切りが出来た。これで世界が休憩すれば幸いだ」

 なんのことを言っているのか、理解できませんでした。キースの言葉は、時に意味がわかりません。それはその歌詞についても言えることです。今更ではありますが、そんな言葉の使い方が、キースの魅力でもあります。預言書のような言葉もあれば、独特の表現もあり、それでいて恥ずかしいくらいにストレートな言葉があったりもするのです。

「新しい作品が完成したんだ。久し振りだな」

「いつの間に? ツアーで忙しいのに、満足いくものが出来たのかい?」

 僕は不安を感じました。少ない時間を使っての、間に合わせのような気がしたのです。ライク・ア・ローリングストーンの名誉のために言いますが、今までにそのような作品はありません。ただ、他のバンドでは、当たり前のようにそのような作品を発表しています。

「満足なんてものじゃない。大満足だな。久し振りっていうのはな、作品が、じゃない。世界を本気で驚かすのが、なんだよ」

 僕はすぐに、箱を開けました。驚くという言葉は、ちっぽけでした。

「いつの間に・・・・」

 衝撃という言葉でも、足りませんでした。

「これは・・・・ 奇跡?」

「俺たちはずっと、新曲を作り続けていた。ライブをしながらでも、曲は生まれる。今までもそうだ。けれどこの作品は、戦いながら生み出された曲だ。俺たちのここ数年の血が、滲んでいるんだ」

 最高傑作という言葉では言いきれないほどの音楽が、そこには詰まっていました。デビュー時よりも、七枚目の時よりも、考えられないほどの感情を与えてくれました。世界が驚くのは明らかで、ライク・ア・ローリングストーンはまた、音楽の歴史を生み出してしまったのです。

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