補足③
補足 ③
テイラーが在籍時のライク・ア・ローリングストーンは、その歴史の中では短いものでした。発表された作品も、僅かです。その作品も、世間的にはあまり評判がよくありませんでした。ただ、その作品の中には多くの名曲が含まれていました。
「テイラーのことを悪く言う奴らもいる。けれどそれと同じ数だけ、よく言う奴もいる」
古くからのファンの中では、テイラーがいた時代の作品を一番だという者が多いのも事実です。僕としては、その気持ちがわからないのですが。
テイラーが在籍していた時代は、様々な音楽が登場し初めた、革命の時代でした。ライク・ア・ローリングストーンのような純粋に音楽を楽しむバンドもいれば、ただ騒いで踊るだけの音楽もあり、涙を流す音楽も、心を癒す音楽もあります。悪魔的に轟音をかきならし、意味のない汚い言葉を怒鳴りつける音楽もあります。話をしているように歌ったり、その歌い方も様々です。
「俺は音楽が好きだ。その楽しみ方は、自由なんだよ」
ライク・ア・ローリングストーンが登場をしてから、音楽はバンドというのが、常識になっていました。一人で歌う歌手も登場して人気を博していましたが、自作の曲を演奏するというのが、常識でした。チャーリーのソロ作のような例外もありましたが、チャーリーはその作品の中で自作の曲も演奏していましたし、受け取った曲をそのまま演奏していたわけではなく、自分なりの演奏にアレンジをして歌っていました。
「他人の曲を歌うのは嫌いじゃない。俺たちも初めはビートルズだった。他人の曲を演奏していた。誰が歌っても、いい曲はいい曲なんだ」
歌が上手なだけの歌手が登場したのが、最大の革命でした。音楽的に新しい表現の全てはライク・ア・ローリングストーンからの発信だったのですが、それだけが、彼らとは別の次元からの発想だったのです。ミュージシャンが作った曲を歌う、それだけの存在です。悪いとは言いませんが、不思議な気分です。音楽は、誰が歌っても構いません。それは確かなのですが、作った本人が歌うのが、一番です。本物の感情を込められるのは、自分の言葉で歌っているからなのです。しかしそんな歌うだけの歌手たちは、瞬く間に人気になりました。
「ただ歌うだけってのは、不思議ではあるな。それで満足できるとは、俺には思えない」
音楽界の間違いは、そこから始まりました。歌が上手いだけでは満足が出来なくなり、顔が重要な要素になってしまったのです。中には、ただ顔がいいだけの歌手もいます。つまらない歌い手が、溢れています。その流れは、今でも続いているのです。
「羨ましい限りだよな。顔がいいだけで人気になれる。これからはもっと、そんな奴らが増えるんだろうな。人はいつでも、見かけに騙される」
テイラーの脱退が決まった時、ライク・ア・ローリングストーンは新作の準備を進めていて、数曲の録音も済ませていました。作品用の新曲は、全てが完成されていました。
「あの作品は、おかげで特別なものになった。評価は散々だったけどな。いい経験だ。あんな作品は二度と作れないからな」
それは僕のアイディアで、僕の失敗でした。テイラーが脱退したことで、彼らはその作品を没にしようとしていました。ロンを加えたメンバーで、零から新しく作り直すつもりでいました。しかし僕が、反対しました。その理由は、単純です。その作品の中に、好きな曲があったのです。その曲を捨てるのが、もったいないと感じたのです。
「せめて新しく録音し直すべきだったな。あれほどにまとまりのない作品は、初めてだ」
残りの曲をそのままロンが参加をして録音することになりました。曲の全体を崩すことなく、テイラーが弾くべきパートをそのままロンが弾きました。
「違和感はあったんだ。ロンのよさをまるで活かせていない」
その作品はテイラー最後の作品であり、ロン初めての作品であったため、制作段階から話題になり、完成前から発売の日が決められてしまいました。キースは手直しをするにも、その時間がありませんでした。
ロンの器用さが、裏目に出てしまったのです。ロンはテイラーのギターをそのままに、完璧なほどにコピーしてしまったのです。そのため、まるで個性のない、つまらない演奏になってしまいました。そして曲全体に、違和感を漂わすことになりました。
ロンが参加をした初めての作品は、大失敗に終わりました。しかし、その後の作品はある程度の成功を収めています。初期ほどの売り上げには敵いませんが、ライク・ア・ローリングストーンがその後も高い人気を維持してきたのは、ロンが加入してからの作品があるからです。
「ロンは人間的にも最高だからな。あいつの笑顔が嫌いな奴はいない。あいつが笑顔を見せるだけで、観客は歓声を上げる。決してハンサムじゃないのにな。不思議だよ」
二千九百八十五年十二月十二日、ライク・ア・ローリングストーンの第六のメンバーであるイアン・エントウィッスルがこの世を去りました。
「哀しむべき涙が浮かんでこなかった。イアンは少し前から体調を崩していて、何度も入退院を繰り返していたからな。死んじまうってことは、みんながわかっていた」
イアンは若い頃からお酒が好きで、毎日のように朝から晩まで飲んでいました。内臓がボロボロになるのに、それほどの時間はかかりませんでした。イアンの内臓は、ライク・ア・ローリングストーンのデビュー前からボロボロになっていたのです。
失われた歴史以前の社会にも、お酒という飲み物がありました。その製法には様々な方法があり、今とは若干の違いがあったそうです。そして当時は、国によって違いはあったものの、お酒に対する規制がなされていました。十五歳以下は飲んではいけない。外で飲んではいけない。車に乗る時も、飲んだら運転してはいけなかったようです。今の社会では、誰がいつどこで飲むのも自由です。
当時はお酒と同じように身体に悪い嗜好品がもう一つありました。タバコと呼ばれていたもので、葉っぱを燃やしてその煙を吸います。まるで悪い薬のようですが、失われた歴史以前では合法化されていました。中毒性もあり、その毒性も強く、煙は周りを巻き込んでしまいます。肺に穴が開くこともあり、吸い続ければ必ずといっていいほど命を落とします。それでも合法化であり続けていた理由は、その嗜好品を販売していたのが、国だったからです。直接の経営だったり、委託であったり、時代の流れによっては一般化もしたようですが、売り上げの八割ほどが税金として奪い取られていました。噂では、今でも地域によってはタバコと呼ばれている類似品が売られているようです。当時と同じように、身体に毒だと聞いたことがあります。
「俺はあの日以来、酒を飲んでいないんだ。酒で気分が紛れるのはその日だけだ。後になると頭が痛くなる。腹も痛くなるな。便がゆるくて困るんだ」
彼らが転がり続けている間に、世界は大きな変化を見せていました。それは、音楽の世界だけではありません。
「俺たちの言葉が、世界を動かし始めた」
イアンが亡くなって数年後のことです。
当時世界を支配していた会社に対する不満が、徐々に表に現れてきていました。音楽が街に溢れれば、当然その言葉も街に届きます。キースの言葉が、世界を動かしました。
当時の世界は、平和でした。偽りの平和に塗り固められている世界でした。そんな世界に疑問を感じても、どうしたら抜け出せるのか、わかりませんでした。簡単なことにこそ、人はなかなか気がつきません。キースの言葉は、そんな感情を揺さぶりました。フー・アー・ユーのような直接的な言葉ではなく、心の奥に届く言葉でした。ですからなかなか、会社側も文句が言えなかったのです。
「音楽には、人の心を揺さぶる力がある。俺もそうだった。ビートルズを聴いて、目覚めたんだからな」
平和というのは、退屈を伴います。少ない自由の中、管理された世界に疑問を失うのです。仕事をして、家に帰り、次の日にはまた仕事をします。その繰り返しから、抜け出そうとは考えません。普通でいることが普通すぎ、新しい発想が生まれません。
ライク・ア・ローリングストーンの登場は、新しかったのです。普通とは違う感情を、与えてくれました。自由という言葉の、その真意を教えてくれました。
「俺たちが世界を動かしただなんて考えてはいない。俺たちは、ただのきっかけにすぎない。後に続く者たちがいて、世界を変えたいという意思が働いたからこその結果なんだよ」
世界を支配していた会社が裏でなにをしていたのか、その真実が徐々に明るみになりました。自由を求めた人々は、階級によって差別されている社会に、疑問を感じました。この世界をなぜ、その会社が支配をしているのか、それを知る必要があると考えたのです。
キースは常に、真実を知るべきだと言っていました。自由になるには、戦うことも必要だと言っていました。なにもしないのは、なにも考えていないことだと言っていました。まず前に進むため、今を知らなければならないと言っていたのです。
そんなキースの言葉が、徐々に庶民に浸透していきました。きっかけがあったわけでなく、その行動は僕たちの知らない場所で、何年もかけて静かに進められていたのです。
メディアの力を使い、会社内部を調べ上げ、真実を暴きました。今の学生なら、学校の歴史の時間で習っていることでしょう。庶民が取った初めての、世界に対する反抗でした。この世界に生きている人ならば、誰もが知っている常識なので、ここではほんの少しの説明で、詳しい説明を避けさせてもらいます。もしも興味があるのなら、初めての反抗についての本が何冊も出ているので、そちらを手に取ってみて下さい。
その会社は、頭に植え込んだ記憶装置からの情報を元に、危険分子は即、秘密裏に抹殺していました。それ以外にも身体に不具合のある人間は、生まれるとすぐ、殺されてしまいます。怪我をした者、病気の者、その程度によっては、殺されていました。その会社の考えた平和とは、簡単に言ってしまえば、全ての人が普通になることでした。普通でいれば、おかしな考えを持つことがありません。極端に頭の悪い者も、殺されてしまっていたのです。
そしてもう一つ、人口を増やさないことです。あまりにも多くの人間をコントロールするのは、難しいのです。
そこで僕には、幾つかの疑問が浮かびました。普通であるためには、全てを平等にするべきです。階級による差別は、普通とはいえません。
「人間は、いつの時代にも醜いものだ。平等なんて言葉は偽りだ。常に差別の中に生きている。それが普通なんだよ。俺だってそうさ。そんな醜い連中を差別しているんだからな」
その会社がなにをしていたのかが知らされると当然のように人々は怒り、各地でその会社に対する反乱が起きました。長い戦いが続き、世界各地に散らばる幾つかの会社が倒産し、偽りの平和が崩れ始めました。
「これからが問題なんだ。人はどこに向かって進むのだろうか? 過ちは、繰り返されるのが常だからな」
それはちょうど、ビルがバンドを去り、ライク・ア・ローリングストーンが四人になっての新作を発表した頃でした。
「俺にはなにも出来ない。今の状態を望んだのは、俺なのかもしれない。世間はそう思っているだろうな。世界を変えるのなら、俺が先頭に立つべきなのか? 俺にはわからない。俺に出来ることは、成り行きを見守ることだけだ」
当時はまだ、会社側が優勢でした。反乱といってもまだ、地域的なものであり、世界全体へと広がるにはまだ、もう少しの時間を必要としていました。
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