補足①


     補足 ①


 ミックの加入により、五人でのスタートを切ったライク・ア・ローリングストーンですが、現実には第六のメンバーともいうべきもう一人のメンバーが存在しています。ミックと共に地下でのバンドを組んでいたピアニストで、ミックの勧めもあり、一時的には正式なメンバーとしても活動を共にしていました。

 二千九百三十八年七月十八日、イアン・エントウィッスルはこの世に生まれました。両親が共に地下でのバンド活動をしていました。特定の仕事を持たないプロとして活動をしていたため、イアンは下流階級よりもさらに下の、最下流階級の家庭で生まれました。

 階級制度が崩壊するまでは、特定の仕事がなければ、例えプロだとしても最下流階級に属すことになります。ビルをのぞいたライク・ア・ローリングストーンのメンバーも大学を卒業してからは最下流階級に位置付けられたのですが、バンドが事務所を作ってからは、上流階級に位置付けられるようになりました。世界を統一している会社へ支払う税金が多い会社とその社員には、その資格が与えられるのです。事務所は会社扱いをされ、形式上彼らはその社員という扱いになっていたのです。

「僕はずっとピアノを弾いていたんだ。学校では貧乏人だとバカにされていたけど、僕にとっては少しも辛いことじゃなかった。家に帰ればいつでも音楽がそこにあった。確かに今の音楽と比べれば子供騙しのものに過ぎないけれど、子供だった僕には、最高の楽しみだったんだ。父はピアノを弾いていて、母は歌を歌っていた。僕は歌があまり上手じゃなかったから、ピアノを覚えたんだ。初めて人前で演奏をしたのがいつだったかなんて覚えていないよ」

 イアンは貧乏人の子供ではあったが、とても礼儀が正しく、頭のいい男でした。中学は街で一番の学校でしたし、高校と大学は僕と同じ学校です。最下流の出であることを考えれば、それは物凄いことです。一番の学校に入れる最下流からの定員は、零でした。イアンは特別扱いを受けるほどに頭がよかったのです。

「僕はただ、モノ覚えがよかっただけなんだ。物心つく前からピアノを弾いていて、楽譜を読むことが出来たからね。一度弾いた楽曲は忘れたくても忘れられないんだ。僕にとっての勉強も、同じなんだよ。一度目を通せば、忘れることが出来ない。だから僕は、勉強が得意だったってわけだよ。決して頭がいいわけじゃないんだ。勉強が出来るのを頭がいいだなんてよく勘違いをされるけど、大きな間違いだよ。僕なんかより、よほどキースやミックの方が頭がいいよ」

 ライク・ア・ローリングストーンがデビューすることになった時、そのイメージと楽曲の方向性の問題から、イアンはメンバーから外されることになりました。

「俺としてはイアンにも残って欲しかったんだ。ただ・・・・ 現実として、俺たちの曲にはピアノが必要なかったんだ。曲によっては大事な役割を果たしているけど、ほとんどの曲ではピアノを必要としていなかった」

 ミックは誰よりもイアンを信頼し、尊敬していました。

「ミックが無理に僕をメンバーに迎えてくれた。ミックはバンドに加入をする際、僕の加入を条件にしたんだ。キースは快く受け入れてくれたけど、僕はずっと不安だった。ライク・ア・ローリングストーンは確かに素晴らしいバンドだけど、ピアノの似合う曲は少なかった。とくに初期では数曲しかなかったんだ。メンバーとしてステージに立っても、ほとんどはピアノの前でみんなの演奏を聴いているだけだったよ」

「それでもイアンのピアノは最高だよ。俺にとって、地下でのメンバーで唯一信頼できるのがイアンだった。イアンのピアノを聞いていると、心が安らぐ。それを証拠に、わざわざイアンのピアノを聞くためにやってくるファンも多かったんだ」

「俺にとっても厳しい決断だった。イアンのピアノは、今でも好きだ。けれど現実として、俺たちの作る曲に、ピアノは似合わない。たまにはピアノをイメージして作ることもある。そんな時はいつも、イアンに頼んでいる。今のこの形が、バンドにとっても、イアンにとっても、ベストなんだよ」

 デビュー時の契約で、イアンはメンバーから外されることになりました。それはバンドの意思ではなく、レコード製作者側からの条件でした。

 レコードと言っても、失われた歴史以前のレコードとはまるで違うものです。今更こんな説明をする必要はないのかも知れませんが、もしも、失われた歴史以前の人間が完成された後のこの伝記本を手にした時のことを考えて少しの説明をしたいと思います。

 と、いうのは、現在の世界では失われた歴史以前が大変な注目を浴びていて、真剣にタイムマシンの開発を進めているのです。僕の考えでは、過ぎ去った時間に戻ることは出来ません。しかし、未来に行くことは可能です。時間の速度よりも早く進めばいいだけのことですから。

 今の世界では、僕とは正反対の考えを持って研究が進められています。通り過ぎた時間に戻ることは出来ますが、なにも起こっていない真っ白な未来に行くことは出来ないというのです。例え時間よりも早く進んだとして、なにも起きていない未来が待っていて、そこは真っ白な空間だというのが科学者たちの考えなのです。

 僕にとっても科学者にとってもまだ、様々な矛盾がありますが、研究は確実に進んでいるようです。タイムマシンの完成が近いと、科学者たちは言っています。

 今の世界と失われた歴史以前との決定的な違いは、その文化の違いです。今は光の時代ですが、以前は電気の時代だったのです。電気が全ての生活を支配していました。当時はギターやベースなどの楽器も電気を利用してその音を変化させたり、大きくさせたりしていました。電気を使った車や飛行機もあったようです。お金などの支払いにも電気を利用していたそうです。

 今ではその役割が全て、光になっています。電気を使うことは、法律で禁止もされています。楽器だけでなく、マイクでさえ光の力を利用して音を大きくしています。基本的にはアコースティックな楽器を使い、音を拾っています。当時のエレキ楽器も少しは残っているのですが、電気が使用出来ないので、光仕様に改造されています。

 僕が若い頃には存在しなかった車や飛行機などの交通機関も光の力を利用しています。今でもまだ、電気の使用が禁止されているからなのですが、その理由がよく分からないのです。失われた歴史となんらかの関係があるらしいのですが、詮索をすることすら、いまだに禁止されています。現実として、僕たちは電気という言葉は知っていますが、それがどんなものであり、どんな力があり、どうやって作り出すのかも知らないのです。電気を見たことがある人間は、いないということになっています。ただ、僕はある大学の先生からこんなことを聞いたことがあります。雷が、電気の元かもしれないということです。

今のレコードは、音を光に変換しています。その光を箱に閉じ込め、聞きたい時にオープンさせます。聞き終わればまた箱に入れ、何度も聞き直すことが出来ます。途中で止めることや、曲を飛ばしたり戻したりすることも出来ます。箱についているボタンを押せばいいのです。光の記憶装置を使うと、音が悪くなることが一切ありません。さらに光の箱には無限に近い容量があり、圧縮をすればそれこそ無限に光を閉じ込めることも出来ます。

「けれど僕はこうしてバンドと関わり続けることが出来ている。それはとても光栄なことだと思っているよ。作品にも参加をしているし、ライブにも参加をしている。僕のことを第六のメンバーと呼んでくれる人も多い。僕はそれだけで満足だよ」

 イアンはライク・ア・ローリングストーンのデビュー時にはローディー兼ピアニストとしてバンドに関わることになりました。ローディーとは楽器を運んだり調整をしたりする仕事です。イアンにとっては最適な仕事でもあります。幼い頃から両親のバンドに関わっていたため、大抵の楽器を扱うことが出来きました。

「イアンは本当に最高だよ。メンバーを外されても一つの文句も言わなかった。それどころか、ローディーなんていう下っ端の仕事までこなしてくれた。それも嫌な顔一つ見せずにだ。デビュー当時はバンドに金がなかったから、俺も仕方なしにイアンを頼っていたんだ。けれど金が転がり込むようになってからは、ピアニストとしてバンドに同行してもらった。正式メンバーにとの話もあったんだ。けれどイアン自身がそれを拒んだんだ」

「それは当然のことだよ。ライク・ア・ローリングストーンのイメージに、ピアニストは不似合いなんだ。僕がいない方がしっくりとくる。五人でいる方が、絵になるってことだよ」

 イアンはその後、サポートメンバーとしてバンドに関わりながら、自身での音楽活動もしていました。ピアニストとして様々なバンドに呼ばれ、サポートとして活躍をしていました。バンドを組んでいたこともありますが、そっちではあまり有名にはなれませんでした。その原因は、イアンが歌っていたことにあります。どの楽器を演奏しても上手だったイアンでしたが、本人も認めている通り、歌だけは下手でした。母親からの血をまるで受け継がなかったようです。

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