ビル・キング
二千九百三十六年十月二十四日、ビル・キングはこの世に生まれました。下流階級生まれのビルは、大学に入るまでに、普通よりも六年間多くの時間を費やすことになりました。いつの時代でも、貧乏人は苦労をするものなのです。そういう世界の仕組みが、大昔から出来上がっているのです。いいえ、人間が存在した時から、その仕組みは自然に存在していたのかも知れません。
「俺はそれほど気にしていなかったよ。貧乏とはいえ、食べてこられた。苦労? そんなもの、誰だってしているだろ? 俺にとっては、楽しい日々だったよ。お陰で他人より長く学生でいられた。俺は感謝しているぐらいなんだ」
階級分けがなされていた時代、下流階級生まれは苦労を強いられていました。小学校を卒業するまでは普通に子供として生きていくことが出来るのですが、中学を入学すると同時に仕事をしなければなりませんでした。それは家庭の経済状況がそうさせるという理由もありましたが、当時の世界の法律でそう決められていたからです。安い賃金で、世界を支配していた会社から仕事を紹介されます。下流階級生まれの全家庭では、学校に通うことも、働くことも、義務付けられていました。
「充実した時間だったよ。仕事と学問の両立は、思いのほか楽しかった。そしてその結果、俺は留年をして、キースと出会うことになった。最高だと思わないか?」
進学の条件は、学力だけではありません。誰でもどの高校、大学を選ぶことは出来るのですが、その階級によって定員が決められていました。人気のある学校ほど、下流階級からの枠は少ないのです。そんな中、ビルは時間こそかかったものの、街で二番の高校に進んでいました。
この時代の学校に、退学という言葉はありませんでした。一度入学をすれば、卒業するまで在学しなければなりません。何年かかったとしても、卒業をしなければならないのです。途中で辞めるということは出来ませんでした。それは非常識であるとともに、犯罪行為だったのです。
「苦労して勉強をしたかいがあったのかも知れない。ブライアンと同じ学校だったからな。あの高校は学力では街で二番だったけれど、人気は一番だったんだ。特に上流階級の奴らが多かった。下流からは一学年に数名しかいなかったはずだ。俺は、意外とミーハーなんだよ。人気があるものにはめっぽう弱い。今でもそうだ。俺はこのバンドのファンなんだ。特にキースの大ファンだ」
ビルはブライアンの同級生でした。ブライアンが三年生の時、同級生になり、同じクラスになったのです。
「ビルはいい奴だよ。年上らしさを感じさせない。気を使わなくても済むし、それでいて尊敬も出来る。僕はすぐにビルを好きになったよ。本当に、いい奴なんだ」
ビルはずっと、いい人です。当時から、みんなはビルのことをグッドマンと呼んでいました。誰にでも愛想がよく、礼儀が正しい。僕もビルのことが、大好きです。話をしていて、飽きるということがありません。一緒にいるだけで、楽しくなります。そして、頼りになる存在でもあります。最高の男です。メンバーの中で彼だけが生き残っていることは、神の意志なのかも知れません。
「俺は後悔しているよ。辞めなければよかったんだ。あいつらと一緒に死ぬのが、理想だった。俺だけが生き残るなんて、おかしいだろ? 俺が一番先に死ぬべきなんだからな」
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