まえがき
こうして僕が彼らの伝記本を書くことになったのは、ポールからの助言があったからです。彼らの死の原因は、僕にあります。そんな僕に、彼らの伝記本を書く資格なんてありません。初めはそう考えていました。
だからこそ君が書かなければならないと、ポールに言われました。僕にはその義務があるらしいのです。
僕はライターとして彼らと関わってきました。デビュー前の、学生時代からの付き合いですから、半世紀以上の付き合いになります。彼らが死んでしまった今でも、僕は彼らから離れることが出来ないようです。
ポールに言われてから僕は、彼らとの会話を全て聞き返しました。それは大変な作業ではありましたが、楽しい一時でもありました。彼らとの時間を思い出し、彼らの凄さを、その言葉の持つ圧倒的な力を改めて感じることが出来ました。
そして彼らと交流のあったミュージシャンや著名人たち、彼らの家族にもインタビューをし、僕の知らなかった彼らの側面を垣間見ることが出来ました。僕はそれらの資料を元に、彼らの伝記本を書くことを決意しました。
まだなにも手をつけていない状態ですので、どんな伝記本に仕上がるのかは、今の段階では想像もつきません。多くの方に協力をしていただいたのですが、その全てを書き記すことは難しいことでしょう。しかし貴重な言葉をいただいたことに感謝をしております。
こうして彼らの伝記本を書くことになったのですが、彼らは僕を許してくれるでしょうか? 家族の方たちは僕には罪がないと言ってくれています。しかし僕があんなことを言わなければ、あんな提案をしなければ、彼らはまだ生きていて、この世界を楽しませてくれていたことでしょう。それは間違いのないことです。彼らのいない世界は、少しばかり暗くなってしまったようです。
僕がこの伝記本を書き、発表したいと思っているのは、改めて彼らの本当の姿を知り、彼らの音楽を聞き、世の中がもう一度明るさを取り戻すことを期待したからです。ポールが言うように、僕にはその義務があるのです。
今更にはなりますが、僕はあの悲惨な事故を思い出しています。彼らの乗った飛行機が、突然敵国の手によって撃たれたのです。跡形もなく、吹き飛ばされてしまいました。
彼らはライブのために直接会場近くまで飛行機で向かうことになっていました。プライベートの飛行機を所有していて、当初はそれに乗って向かう予定になっていました。しかし、彼らと契約をしているパイロットが当日になって事故に遭い、亡くなってしまったのです。飛行機を飛ばす時には万が一のことを考え四人のパイロットを雇う決まりになっているのですが、四人ともが事故で亡くなってしまったのです。今の世界の状況では特別珍しいことではないのですが、なにもその日に全てが重ならなくてもと、思いました。
事故といいましたが、現実には御存知の通りです。敵国の工作員の手により、殺されてしまったのです。パイロットたちが個人的に狙われたわけではありません。敵国の工作員たちは、無差別に殺しを楽しんでいるのです。特にこの国の中心街では、一日に数ヶ所で爆発が起きています。こんなことを許してはいけないのですが、僕たちこの国の市民にとっては、交通事故に遭うのと同じことです。よくあることなのです。
現実として、我が国の工作員も、敵国に対して似たようなことをしています。世界中が危険にさらされています。街を歩いていて殺されるのは、自分の身を守ることのできなかった本人たちの責任なのです。
ただ、同じ仕事をしている四人が、バラバラの場所で同じ日に事故に遭うことは稀なことです。しかし現実に起きてしまったことですから仕方がありません。僕の妻の妹と、僕の弟が同じ日に別の場所で事故に遭い亡くなったこともあるくらいなのです。
その日、彼らは僕に連絡を取ってきました。その前にあちこちに連絡を取り、代わりのパイロットを探していたそうですが、上手くいかなかったようです。旅客便のチケットも残ってはいませんでした。直行便だけでなく、あらゆる乗り継ぎを考えたそうですが、それでもチケットは手に入りませんでした。困った彼らは、なにか方法はないかと、僕に聞いてきたのです。僕に聞いたところで答えが見つかるとは思っていなかったそうですが、手当たり次第に聞きまわり、万が一を期待していました。
彼らは運が悪かったのです。僕はたまたま、一つの方法を知っていました。ちょうどその日、彼らが向かう場所の隣の国に向かう予定の人物を知っていたのです。この伝記本を書くにあたってのインタビューにも答えてくれた、ジョン・ディランがその人です。ジョンもプライベートの飛行機を持っていますから、同乗させてくれないかと頼んだのです。僕との交流はもとより、彼らとの交流も以前からあり、快く承諾してくれました。
撃ち落とされた飛行機は、ジョンのものではありません。隣の国から乗り継いだ飛行機が、撃ち落とされたのです。対飛行機用の大型ロケットで、中型の旅客機ならば、跡形もなく吹き飛ばすことが可能です。
その便のチケットは、簡単に手に入れることが出来ました。彼らがライブをする予定だった国と、ジョンが向かった先の国とは常にロケット弾が飛び交うほどに緊迫した敵対状態にあります。僕は当然、そのことを知っていました。彼らも同様です。それなのに僕は、その方法を提案してしまったのです。彼らにはそれがいかに危険な方法なのかを説明はしました。彼らは納得の上で、その方法を選んだのです。ですがやはり、間違いなく大きな責任は僕にあるのです。
つまりは僕が彼らを殺したも同然なのです。冷静に考えれば、なにも飛行機で乗り継がなくてもよかったのです。車を使って国境を越えるべきでした。それもまた危険を伴うのは確かなのですが、少し遠まわりをすればよかったのです。一度他の国に出て、そこから入国をすれば危険も少なく、事故にも遭わずに済んだはずなのです。それではライブ時間に間に合わなかったという現実を考えなければの話ではありますが・・・・
しかしきっと、他にも方法があったはずなのです。最悪はライブをキャンセルしてもよかったのです。お金の力を使って無理にパイロットを雇うことも、出来なかったとは言い切れません。
後悔をしだすと、きりがありません。僕はそのことでだいぶ頭を悩ませました。周りのみんなは僕には非がないと言います。仕方のないことだと言うのです。失ったものは大きいのですが、それもまた彼らが選んだ結果の道なのです。
そんな中、ポールだけが僕を非難しました。本気で僕が悪いと言っていたわけではありません。僕にはなんらかの責任を取る必要があると言ったのです。そして僕には、それが出来ると言うのです。彼らとの付き合いは、僕が一番長いのです。それこそ家族以上の付き合いを重ねています。そんな僕ならば、彼らの全てを伝えることが出来ると言うのです。そして世間がそれを待っていると言うのです。
すぐにではありませんが、僕は決意を固めました。そこにはきっかけなんてなく、僕の憂鬱な気分を晴らすには、それしかないと気がついたのです。そして僕は、インタビューなどの資料集めを終え、こうして伝記本を完成させるために言葉を並べているのです。
ヨネ・タカマキ
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