日常譚

「今日も都内の日中は30℃を超えることが予想され・・・」

 朝食のサラダに手を伸ばしながらオレは思う。おそらくこの暑さでオレの頭もやられてしまったんだろう。だからあんな夢見てしまったんだ。そうだ。そういうことにしておこう。

 ・・・でも、なんだろう。現実としておこりそうな気もしてしまう。何かがひっかるんだよな・・・


「ご馳走様。」

 食器を洗って弁当を包む。バックに暗記教材を詰め、外に出る。

 父さんはもう仕事に出てしまったようだ。玄関にカギをかけ、学校へと歩き出した。


 ―この町は、通称なんて呼ばれている。―

 その名の通り、今からおよそ100年前、大正時代からの町並みが残る地区なのである。眺め回せば、近くには洋風な時計塔がある。この地区で一番大きい通り 宮野通りには、洋館が立ち並ぶ。信じてもらえるかが少しアヤシイが、タクシー会社企画で人力車も走っている。


 そんな町の中を、オレはいつものように学校へ向かう。オレの通う音宮高校もまた、変わっている。中は最新式の設備の建物なのだが、外見は大正時代そのものである。ローマ数字で刻まれた時計、洋風の格子窓、カッコよさが人気の学校だ。この高校は、都内でも成績のよい学校で、オレはその中でも成績の上位ランカー。

 都内の人気校の一つ・・・ではあるけれど、一つだけ嫌がられるところもある。それは、ムダに試験が多いことだ。今日はその最終試験日。これが終われば学校は9月まで休暇になる。国、数、英の3教科なので、午前中で終了だ。


                * * *

 

 気の早いセミの鳴き声が聞こえる。彼らはいずれ、パートナーを見つけ、子孫を残し、そしてどこかの世界へと旅立っていくのだろう。

 ここ数日は暑い日が続いている。大体最近の気象はどうも変だ。2ヶ月前から25℃を超える日があり、今月は梅雨だというのにろくに雨も降らない。

 ―夏の白い光の中、オレ達はシャツまでびっしょりになりながら、問題と格闘していた―

 終了の合図があり、担任に答案を手渡し、う~ん、と伸びをした。ようやく終わった。

 教室へ戻る最中(この学校は、試験は全て大講堂で行われる。)、友達のリューに話しかけられた。

「ハジメ、試験も終わったことだし明日音宮駅に遊びに行かないか?」

「ああ。いいね。」

 明日は何か予定あったっけ。いや無いか。

「ハジメくん、今日のテストの調子は?」

 そう言って話しかけてきたのは、同じクラスの女子で幼なじみのハツキちゃんだった。彼女も頭が良く、校内上位ランカーだ。

「ん~まあぼちぼち?」

「絶対今回は負けないからね~」

「ハツキちゃんには負けたくないけどね~」

「んん~ひどい。ムカつくな~」

 試験はいつもハツキちゃんと競っている。1位争いも、俺たち二人で定番化している。

 おおっと、男子達がこっちを見ている。いけないな~。ハツキちゃんは男子にもてるほうで、誰かがハツキちゃんと話しているのを見ると、すぐ嫉妬する。話すこともできないくせにね。


「ハジメくん、ちょっといいかな。」

 不意に誰かが話しかけてきた。オレはこんなヤツは知らないけど・・・なんだろう。

「ん、何だよ。ってか、誰?」

「いいから来てほしいんだよ。お悩み相談やってるんでしょ、ねえ!」

「はああ?」

 何だそれ。

「お願い!!」

 ああ、もう面倒くさいな。

「分かったよ・・・しょうがないな。」


 オレは空き教室に連れて来られた。

「んで、何だよ。悩みってのは?」

「ええと、僕の名前は西方東哉。キミとは確か隣のクラスのはず・・・」

 知らねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ

「そいで、悩みって言うか・・・ 相談に近い形になってしまうんだけど、僕はもともと ある施設にいたんだ。

10年くらい前の話になるんだけど、とある理由で両親から暴力を受けていたんだ。」

 ちょっと待て、始まりがかなり怖い。

「どうやら僕は、この世のものでないものを操れるらしく・・・それを暴発させてしまったようで、それ以来ずっと忌み嫌われてきたんだ。それからずっと、真っ暗な一室に閉じ込められてきた。

だけど、彼らがいない隙に、また僕はあの力を暴発させちゃって壁を食い破って逃亡したんだ。どこも行くあても無くさまよっていたとき、リクって名乗る人が僕に近寄ってきて、「久しぶりだね、くん」って言ってきたんだ。よくは分からなかったけど、どうやら彼の弟そっくりだったようなんだ。そのあと、リクさんが僕のこと引き取ってくれて、それで彼としばらく暮らしていたんだ。でも・・・そこも安住の地ではなかったようで、何年前だったかよく憶えてないけど、彼が事故死してしまったんだ。原因は工事現場の落下物に潰されたって話だったけど・・・僕は施設に入ることになったんだ。そこでまたアレを暴発させてしまって・・・」

 最初に言っていた力のことをどんどん遠まわしな言い方にしている、ってことは本人もあまり人に言いたくないものだということか。

「施設の人たちに迷惑をかけたということと、周りの視線に耐えられなくなって、施設を飛び出してしまったんだ。

ここからが本題になる。」

 前置きが長い!

「そのときにさ、施設にはいっていた中城っていう女の人が追いかけてきて、僕のことを連れ戻しに来た。そこで言われたんだ。「大丈夫。人の目なんて気にしないで。私がいれば怖くない。一緒に戻ろう。」って言われてさ。まあ、施設には戻ったんだけど、それ以来その人が気になっちゃって。そのあとも一緒にいたいな~って思ってたんだけど、僕が高校に入学するのと同時にその人も親戚に引き取られて別れることになってしまった。別れ際、その人が「同じ高校に入ってくる人の中に、私の腹違いの弟がいるから会ったらよろしくね。」って言われた。

それが、キミこと吉崎一君だよね?そう思って聞いてみたんだけど・・・」

「詳しくは知らないけど・・・って、オレに腹違いの姉がいるってこと?!え、そうだったの?!」

「ああ、君はまったく知らないんだね。もし関わりがあったら、キミから話を通してもらおうと思ったのに。残念・・・」

 いや、正直言ってそんな話、父さんから一度も聞いたことが無い。そして何で目の前の少年が知っている、どういうことなんだ!

「ああ、そう・・・そうだったのか。なあんだぁぁぁぁぁ・・・」

 何かが分かった瞬間、急に力が抜けた。もはや相談も何も無い。

「すまない、ニシカタ君。この相談乗ってあげられるか、ちょっとアヤシイかな~

申し訳ないね~」

「いや~大丈夫。この学校にいるわけでもないし、僕も少々無茶ぶりしちゃったかな。ごめんね。」

「こちらこそ・・・」

と、ここまで言ってオレは何かを感じた。彼の悲しそうな顔を見てしまったのだ。

「・・・分かった。どれくらい時間掛かってもやってみる。オレ、恥ずかしながら悲しそうなヒト見ると、見捨てられないんだ。」

「・・・そう。よろしく。」

 話は終わった。もう下校しなければならない。

 おそらくリュウとかハツキちゃんとかシュウナちゃんがいるんだろう。すぐに行かなきゃ。

 教室から出ると、にわかに眩暈がした。暑さの所為だろうか。いや・・・これは、

「忘れちゃったんだね、あの日々のコト。」

 どこかであったような少女がこちらを見て、そう言った。オレはそいつの名を呼んだ。ただ、憶えていたわけではない。無意識に言っただけだ。何を言ったかなんて分からないや・・・

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