第19話 刑務所へ行こう

「何ですかそれ……完全に被害者じゃないですか、中村さん」


界人の話を聞いて、三人ともが憤った。

概要は理解できたらしいが、イメージが湧かないのか彩だけは浮かない顔をしている。


「その人、結局賠償?みたいなのしなくて済んだってこと?」

「まぁ、そうなるのかな。そんなやつが今更会って話したいことがある、とか言ってきてもね」


ため息と共に界人は自嘲気味に笑う。

――あの時人を信じることがどれだけ愚かなことか、思い知ったはずなのにな。まぁ、今日だって結局はこの子たちに騙された様なもんだったけど。

とは言え、石川の件で連絡があってから界人の心中では三人に対する恨みの様な感情はなくなっていた。


「ねぇ、会いに行ってやろうよ。私たちもついてくから」

「……は?」


突拍子もないことを言い出しているのに、この時ばかりは千夏もまどかも彩を止めようとしない。

千夏もまどかも、彩と同じ心境だったのだ。


「だ、だけど刑務所だよ?女子高生が行く様なとこじゃ……」

「別に誰かを脱走させようとか、そんな話じゃないんだし……それにもしかしたら、お金少しは返ってくるかもしれないじゃん」

「……それはないだろうな。借金返すのに全額使ったらしくて、それもちゃんと証拠があったんだ。あいつの手元に金なんかほとんどないはずだよ」

「ふむ……」

「行けって言うなら行くけど、それなら僕一人でいい。ただ、行ってどうなるのかわからないけどね」


界人にとって、ここ最近で一番仲が良かった男友達。

割と心から信用していた。

だからこそ、石川もそんな界人の心境を見抜いてカモにしたのだろうと想像ができる。


生まれついての詐欺師ではなかったのかもしれないが、界人は石川に会って、許すことなどできるとは到底思えない。

なのに会いに行こうというのが、理解できなかった。


「参考までに聞きたいんだけど、何しに行くの?」

「は?そんなの決まってんじゃん。お前のせいで人生めちゃくちゃになったけど、今はJK三人も従えてハーレム状態だぜざまぁ!って笑ってやるんだよ」

「ええ……」


――それって、自ら刑務所に入りに行く様な結果になったりしないか?一人ならいざ知らず、三人ともなると全員と真剣なお付き合いしてます、ってのはさすがに無理があるんじゃ……。


「それに、後学の為にもいいかもって思うんだよね」

「後学の為?それってどういう……」

「私たちのお願い聞いてくれない時に、ああいうとこ入りたくないでしょ?って脅かせるじゃん」

「…………」


本気で言っているわけではないだろうが、聞いてる限りではロクなことじゃなさすぎて界人はまたもため息をつく。

彼女たちとしては、界人の話を聞いて不快感をあらわにしていて、できることならその石川の顔も明かしてやりたい、という思いが強い様だ。


「絶対スカッとするよ。そういうクズには、クズなりの罰を与えてやればいいと思うんだけどね」

「そうですね、正直何もしないで服役だけで済ませるって、何か違うじゃないですか。結局中村さんが泣き寝入りする羽目になるんだから」

「ま、刑務所でいきなり逮捕ってこともないでしょ。場所わかるなら、明日にでも行こうか」

「…………」


――若さだなぁ……。僕にはもう、多分真似できない行動力だ。

三人はニッと笑って界人を見る。


「……?」

「中村さん、今回頑張ってくれる様なら……私たちが中村さんのお願い何でも叶えてあげるよ」

「は?」

「何でもですよ?……まぁ、金銭的なのはさすがに勘弁してほしいですけど……」

「はぁ……」

「まだ若さの残る中村さんの欲望を、JK三人にぶつけることができるんだよ?」

「…………」


――何でもか……じゃあ一個叶えてほしいことは確かにあるな。

そう考えて、少しだけやる気が湧いてくる。

しかし石川の収監されている刑務所は、界人の住む場所からは少し距離がある。


――こんな時はゆかりでも召喚したいところなんだけど……昨日の今日だししかもまだ返信こないし……。


「中村さん、何してんの?」

「いや……ゆかりの車でいければ楽だなって」

「……は?」

「え?ダメだった?」

「何考えてんの。JK三人に欲望ぶつける為に刑務所行きます、なんてゆかりさんに言うつもり!?」

「誤解を受ける様な言い方すんな!」

「まぁ、それは冗談としても、ゆかりさんは多分来たがらないでしょ」

「何でそんなことわかるんだ?」

「……はぁ」


三人からため息をつかれて、界人は首を傾げる。

――何だ、ゆかりのやつ女子高生とか若い子苦手なのかな。僕も別に得意ではないけど。


「まぁ、わからないならわからないでいいや。多分中村さんじゃ一生理解できないと思うし」

「は?何だよそれ……」

「まぁまぁ……じゃあ、明日行くってことでいいの?事前に予約みたいなの必要ないかな?」

「なるほど、普通の施設じゃないんだし下調べは必要か。……となると、ちょっとごめん」


界人がパソコンの前に移動して、刑務所について検索をかける。

そこには各施設によって違う場合があるから、事前に問い合わせた方がいい、という旨の記載があった。


「なるほど……ちょっと電話してみるか」


界人は自分の携帯を取り出し、石川の収監されている刑務所の電話番号を検索して発信した。



「……結論から言おう。三人までしか面会できないそうだ」

「は?何で?」

「いや、そういう決まりだからだろ?こればっかりはどうにもならないよ」

「だとすると……誰が行くの?千夏は確定として」

「私も行きたいけど……まどか行きたい?私も一応ベロチューした仲ではあるんだけど」

「…………」


――一応でするもんじゃないだろ、あんなの……。大体何で見様見真似であんなことできるんだ、この子……。

そう思って界人が彩を見ると、その彩を見ている千夏が凄い顔をしていた。


「…………」

「ち、千夏ちゃん……あれはほら……ねぇ?」

「私、別に気にしてませんから。私も今度勉強して、同じことする予定なんで」

「ええ……決まってるのかよ……」


思い切り気にしてるじゃん、とはさすがに言えず、ひとまず面会に行くメンバーを絞る作業に入る。

結局話をするのであればまどかの方が論理的に行けるだろうという理由から、まどかが同行することになった。


「ちえ……じゃあ仕方ないから、私は中村さんの家で留守番してる」

「何で自宅待機って言う発想がないのかな、君は……」

「だって……あそこに一人でいると……」


そう言って彩は顔を伏せる。

――そういえば自宅は一人でいること多くて寂しい、みたいなこと千夏ちゃんが言ってたっけ。悪いこと言っちゃったかもしれない。


「ねね、裸エプロンでご飯作って待っててあげるから、ここで留守番しててもいいよね?」

「うわ、この野郎一瞬でも心配して損したわ。……あんま荒らさないでくれれば、別にいいよ。あと服は着ててくれ」


――あんまり千夏ちゃんが対抗意識燃やす様な発言はしないでもらいたい。あとで大変な思いするの、大体僕なんだから。


「な、中村さんって裸エプロン好きなんですか?」

「ほら見ろ!あらぬ誤解を受けたじゃないか!一応言っとくが僕はそんな特殊な性癖持ってない!」

「べっつに特殊でも何でもないじゃん。エロ動画でもそこまで珍しくないみたいだし」

「だから何で君はそういうことズバズバ言えるのかな……」


――ちなみに最近のエロ動画じゃあんまり見ない。だから彩ちゃんの情報はやや古い。一体いつのを見たって言うんだ……。

その後、泊まっていくと言い出して周りを困惑させた彩をまどかと千夏とで何とかして連れ帰り、漸く界人は一人の時間を得た。

何でもお願い叶えてくれる、というのであれば願ってもない。


界人が望むのはただ一つ。

だけど界人のお願いは今回の一連の件が全て片付いてからだ。

他に誰もいない室内で、界人は一人ほくそ笑む。


その時、界人の部屋のドアが再び開いて、入ってくる人影があった。


「ん?忘れ物か?何も忘れ物とかなさそうだけど」


界人が立ち上がって玄関を見て、戦慄する。

そこにいたのは何と……。


「ゆ、ゆかり……?」

「やーっと帰った。さて界人、お仕置きの時間よ」


輝きの消えた目に、静かな炎を灯らせたゆかりがニヤリと口元を歪め、界人を見る。

千夏の時とは違う獣を追い詰めたハンターの様な目は、界人を捉えて決して逃さない。


「お、お仕置き……?」

「そうよ。入るからね」


そう言ってゆかりはぐいぐいと界人を部屋に押し戻しながら部屋に入って行く。


「はぁ、他の女の匂いが充満してるわね。換気くらいしなさいよ」

「…………」


追い詰められてベッドに座る羽目になった界人は、訳も分からずゆかりを見た。

――他の女……まぁあの三人のことなんだろうけど……元々ゆかりが千夏ちゃんを焚きつけたんじゃなかったのか?

やっと一人になれたと思った矢先のゆかりの訪問。


界人にとっての長い夜が、始まろうとしていた。

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