第18話 心の中の乱気流

「これ、どういう状況なの……?」


まどかが到着した時、界人が千夏に土下座していて彩がそれを携帯で撮影しているというカオスな構図が展開されていた。


「警察だけは勘弁してください」

「そ、そんなことしませんってば……」

「お、きたきたまどか。いやぁ、とうとう千夏がやりやがってさ」

「え?」


まどかとしては状況が未だ呑み込めず、戸惑っている。

界人だけでなく千夏もまた戸惑いを隠せず、慌てふためいている。

彩だけが冷静でいるというこの状況。


そして何故カメラでその様子を撮影しているのかも謎だった。


「警察……そしてやりやがった、ということは……まさか寝たの?」

「いや、そこまではまだ。時間の問題だと思うけど」

「ちょっと彩!適当なこと言わないでよ!!」


千夏が慌てるも、否定しきれない。

先ほどの出来事から界人はやたら従順になっていた。

理由としては隙を見せた自分が悪いと思っていること。


そしてその隙のせいで千夏や彩を傷物にしたと思い込んでいること。

事情を聞いたまどかは、聞いても尚事態を理解できていなかった。


「えっと……ってことは何?中村さんは責任を取るつもりでいるってこと?」

「警察は勘弁、ってことはそうなんじゃないの?」

「わ、私もまさかあんなに上手く行くなんて思ってなかったから……」


――こんな状況で呼ばれても、正直私だってどうしたらいいのかわからないんだけど。せめてやる前に呼んでくれたらよかったのに。

そうは言っても後の祭りというやつで、まどかに出来るのはこれからどうするのか考えたら?という提案だけだった。


「これから……中村さん、とりあえず両親に報告していいですか?もちろん悪い様にはしませんから」

「…………」

「まぁ、元々はそれが目的だったわけだしね。大体、私たちがここに来なくなったら中村さん、あっという間にダメ人間に戻っちゃうよ」

「彩、それはさすがに言いすぎだと思うけど……」

「まぁ、否定はできないよね。いいじゃん、千夏の親には交際することになりました、って報告して、そうすれば一応平和に解決できるんでしょ?」

「そのはずだけど……父がどうするかが問題なんだよね」

「そんなに問題ある人なの?問答無用でぶん殴ったりとか?犯罪じゃん」

「そういう理屈が通用する人じゃないから……」


――お前らのしたことだって、本当なら犯罪だけどな。立件したらこっちが悪くなるのは明白だから、今はこうしてるが……覚えてろ……!

三人の話を頭を下げたまま聞いている界人だったが、段々と腹が立ってきていた。

千夏が強硬手段に出る、と言って今まで成功した試しはなかった。


しかし今回、彩の思わず行動の前に為す術もなくそれは成功してしまうという、界人としても計算外の出来事が起こってしまった。

――まさかただの要注意人物くらいの認識だった彩ちゃんが、あんなに恐ろしい子だったなんて……。

心の中で歯噛みしながら界人は考える。


服従か、死か。

はたまた、全員奴隷にでもしてしまうか……。

しかしふと界人は考える。


――彩ちゃんって、身体能力高くね?

下手なことをすれば、逆に組み敷かれて更に沼に嵌る可能性が高い。

お互いこれ以上傷を広げるべきではない、と界人は思った。


「……さん!中村さん!」

「あ、はい」


ぼーっと考え込んでいたところに、またも千夏から覗き込まれて界人は飛び下がる。


「その反応、さすがに傷つきます」

「あ、ご、ごめん」

「一応、両親には結果だけ報告させてもらいます。父が何か言う様だったら私が守りますから」

「あ、ああ……僕は何もしなくていいの?」

「本当なら中村さんが自分から千夏の家行って挨拶とかした方が良さそうなんだけどね」

「でも、中村さんは足が……ちょっとそれは厳しいんじゃないかな」

「ていうか中村さん、足悪化しても大変なので姿勢崩しましょう」

「だ、だけど……」

「ガタガタ言うなら、またキスします?」

「ただちに崩します」


形だけの付き合いとは言っても、関係は仮初みたいなものだ。

なのにそう易々と関係を深めてたまるか、という思いが界人を支配する。

何とかして、今の状況からは抜け出さないといけない。


しかしいくら考えてもいい案というものが出てこず、寧ろもうここから女子高生二人を従えてのハーレムルートに入る未来しか見えなかった。

――どうしてこうなった……。最初から間違っていたのか、僕は……。

確かに最初から千夏を完全に拒絶していたら、また違った未来が待っていたかもしれない。


それでも千夏の方がどうにかして関わりを持とうとしていた可能性は高く、同じ未来に帰結していたかもしれない。


「ちょっと電話しますね……あ、今大丈夫?上手く行ったから。……うん、そう」

「ああ、お母さんかな」

「そうだろうね」

「…………」


――そもそも両親がここにきていることを知らないと思っていたから下手に出ていたのに……何だか僕の人生は騙されてばっかりだなぁ……。

そう考えて、界人は悲しくなってくるのを感じる。

ところが、千夏の電話中に界人の携帯にも着信がある。


「……警察署……?」

「え……」

「そんな、何処から嗅ぎ付けたの?」


着信画面に表示された、警察署の文字を見た彩とまどかが騒ぎ始める。


「え?今って逮捕するとかそういうの、電話で来るの?」

「いや、冗談だから……そんな怯えないでよ。それより出なくていいの?」

「ああ、そうだった……」


高鳴る鼓動を抑えながら界人が通話ボタンに手をかける。

冗談と言いながらも彩とまどかはドキドキしながらその様子を見守っていた。


「はい、中村で――」

『あ、こちら玉ヶ谷警察ですが……』

「は、はい」

『中村界人さんの携帯で間違いないでしょうか』

「ええ、そうです」

『実は先日逮捕した石川なんですが、どうしても中村さんと面会したいと言っていまして』

「はぁ?」


石川は先日、裁判で起訴されて執行猶予なしの実刑判決が下って、刑務所に服役しているはずだ。

それが何で警察署から連絡が来るのか。

それが界人には不思議だった。


『刑務所の方から連絡を受けまして、どうしても我々から連絡してほしい、と』

「えっと、要件なんかは聞いてないんですか?」

『申し訳ありません、会って直接話したい、ということでしたので』

「…………」


石川の刑期は、界人が聞いた限りで三年の実刑判決が下ったというものだ。

理由としては、やり口が悪質であったこと。

また弁護士から示談の話を持ち掛けられたが、これを界人が拒否したことにあった。


結果として界人は石川のおかげで死にかけたと言っても過言ではなく、また界人の言い分から周りの人間にも多大な迷惑をかけることになったという経緯もあって、情状酌量の余地はないと判断された。

――あの野郎……言える立場だと思ってるのか。今更会って話すにしたって、昔みたいに気軽に行くと思ってるんだろうか。

自然と顔が強張っていくのを感じる。


「な、中村さん……?」

「あ、ああ、ごめん……待ってて。えっと、まだ服役してから一年も経っていませんよね。なのに僕に会って話したいことって何なのか想像もつきませんし、僕には心当たりがありません。なので、石川本人から話の内容を引き出してもらう様伝えてもらえますか。実は僕、足を骨折しているので遠出が厳しい状況でもあるので」

『そうだったんですね、知らなかったとは言え失礼しました。では中村さんの足の件も含めてお伝えさせていただきます。お手数おかけしました』


電話が切れて、しばし画面を見つめていた界人だったが、やがて乱暴に携帯をベッドに投げつける。


「!?」

「ど、どうしたの中村さん……」

「…………」


――この子らに話しても、到底理解できる内容じゃないよな。変に心配させても悪いし、だんまりを通すか。


「中村さん、とりあえず母は納得してくれました。だけど、やっぱり父が……」

「…………」

「中村さん?」


反応のない界人を不思議に思った千夏が界人の顔を覗き込んで、思わず飛びのく。

その顔は普段界人が見せる優し気なものとはかけ離れた、憎悪に満ちたものだった。


「……どうしちゃったの?」

「いや、わかんないよ……何か警察署からだったみたいだけど」

「え?まさか逮捕……」

「なわけないでしょ……でも服役がどうこうって言ってたから。それに人の名前が出てたよ?」

「じゃあその人に関連したことなのかな……」


この日、界人の中では色々なことに心をかき乱されて、もう限界だった。

――このままじゃ、この子たちにも八つ当たりとかしてしまいそうだ。帰ってもらえたりしないだろうか……しないだろうな。自分でも異常な顔してるのがわかるし、彼女らがそれに気づかないわけがない。

そう思った時、ふわっと包まれる様な感覚があった。

界人が顔を上げると、千夏に抱きしめられているのだということがわかる。


「中村さん……話したくなければ別に無理に話せなんて、私は言いませんよ。……彩辺りはどうかわかりませんけど」

「わ、私だっていくら何でもそんなこと言わないし!」

「今日、私たちのせいでもありますけど色々ありすぎましたよね、ごめんなさい。困らせたかったわけじゃないんです。だから、少し休みましょう」


そう言って千夏は界人の頭を抱く。

久しく経験していないその感覚に、界人は溢れる涙を止めることができず、嗚咽を漏らした。

そして落ち着いた頃、界人は事のあらましを千夏たちに話すことを決めた。

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