第5話 お騒がせ女子高生との再会
「中村さん……ですよね?」
「……?」
生活保護を受けられる様になってから一か月。
少しずつだが確実に人間らしい生活に戻りつつある界人。
そんなある日、彼は一人の少女に出会った。
場所は近所の激安スーパー。
見覚えがある様な、ない様な。
歳の頃はおそらく高校生くらい。
――元カノ……なわけないな。そんな性犯罪に手を染めた記憶はない。
しかし、何となく純粋そうな彼女の視線には見覚えがあった。
なのに何処で会ったとか、そういう肝心な部分がどうしても思い出せない。
「ごめん、何処かで会った?いや、会ったことがある気はするんだけど、何処で会ったとか全然思い出せないんだ。そして僕が中村であることは間違いないんだけどね」
いくら考えても思い出せなかった彼は、この際だから正直に言ってしまうことにした。
始めはきょとんとした様な視線を向けていた彼女だったが、やがてその顔が笑顔に変わる。
「変わってないですねぇ、中村さん。私、金元です。金元千夏、覚えてませんか?」
「金元さん……」
聞き覚えはあった。
何処で……彼の脳裏に、以前の勤め先である店のコンピュータの画面が浮かんでくる。
金元千夏。
確かにそんな名前の客がいたかもしれない。
親子連れで来ていて、母親も一緒だった……かも。
頼りない記憶だが、何となく朧げに彼女のことを思い出した界人は、改めて千夏の顔を見た。
「えっと……お母さんと一緒に来てたよね、確か」
「そうですそうです!思い出してくれたんですね!嬉しいなぁ!」
正直な話、親子連れで来る高校生なんて珍しくもなんともなかったし、高校生が一人で来て出来る手続きなんて高が知れている。
千夏の時は千夏の高校入学祝いで新規契約をしにきたとかで、母親も一緒に来ていたのだということを思い出した。
「中村さんが辞めちゃったって聞いて、ずっと何処かでお会いできないかなって思ってたんです」
「は?」
――何を言っているんだろう、この子は。
自分みたいな人生の落伍者に会って何が楽しいのか。
そんなことを考えていると、千夏の背後から一人の女性が現れるのが見える。
「……あら、中村さん。お久しぶりです」
「あ、金元さんのお母さん……お久しぶりですね」
面倒なことになった、と彼は思った。
適当にあしらってとっとと帰ろう、くらいに思っていたのにこれではその作戦も使いにくい。
別にこの親子に今更どう思われようと、界人にとっては大したことじゃない。
しかしこの店にはほとんど毎日来ているし、この親子が何処に住んでいるかはわからないが今日みたいにまた顔を合わせることもあるかもしれない。
そう考えると邪険にはできない気がしたのだ。
娘である千夏が知っているのであれば、母であるこの人も界人が店を辞めたことなどとっくにご存知だろう。
「中村さんがお店辞めちゃったって聞いてから私たち、あのお店行ってないんですよ」
「えっ?」
「だって、対応も何となく雑だから……もう行く気しなくなっちゃって」
「そうなんですよ。まぁ、調子悪い時なんかは仕方なく見てもらいに行ったりしましたけど……」
変な親子だ、と界人は思った。
特段そこまで評価される様なことなんかした覚えはないし、当時まだメジャーでなかった設定方法を簡単に教えたりした程度だったはずだ。
そこまで感謝される様なことでもない。
「まぁ、自分はこの近くに住んでいますから……また何かある様でしたらいつでも言ってください。自分に出来ることなら力になりますから」
特に他意もなくあくまで社交辞令のつもりで、界人はそう言っておいた。
時間をずらしたりすることで、この親子との邂逅は避けることができるかもしれないし、もう会うこともないだろうと。
「え、本当ですか!?嬉しいなぁ、中村さんが見てくれるんだったら安心です!」
「え?ああ、あはは……」
愛想笑いを返して、じゃあ僕はこれで、なんて言って退散しようかと思ったら、手を掴まれる。
掴んでいたのは、千夏だった。
まだ何か用事なんだろうか、と振り返ると、千夏が不満そうな顔で界人を見ていた。
「どの辺に、住んでるんですか?わからなかったら教えてもらえないじゃないですか」
「は、はい?」
「あ、そうだ中村さん、連絡先教えてくださいよ。前もって連絡してあれば……突然伺ってご迷惑、なんてこともないですよね?」
「こら、千夏……中村さん困ってるじゃないの……すみませんね、中村さん。この子ったらお店で中村さんをお見掛けしなくなってからずっと中村さん中村さんって」
「そ、そうなんですか」
「やめてよお母さん!恥ずかしいな……」
――いや、僕はもっと恥ずかしいんだけど。
そんなことを考えながらも口にできない辺り、自分はまだまだ甘いなと思った。
しかしこのままじゃ収拾がつかないかもしれない、と考えて連絡先を教えることで住所を教えることは回避できるかもしれないと、界人は連絡先の交換を承諾した。
「あ、じゃあ……僕はこれで……急ぎますので、すみません」
連絡先ゲットだぜ、などと言ってはしゃぐ千夏を尻目に、界人はそそくさと自宅への道のりを急いだ。
この流れはあまり良くないかもしれない、と界人は考える。
何故なら保護費を受け取れる様になってからの一か月で、界人は一人でいることの気楽さを覚えてしまっていたからだ。
働かなければ、と思う傍らで、もう仕事は見つからないかもしれない、と界人は思い始めてしまっている。
もちろん意欲的にネットや職業安定所での職探しはしているが、今尚面接からの合格通知を受け取れていない。
そして様々なサイトで就職のための登録なんかもしたが、そのせいで余計なメールマガジンが届くことも増えた。
それでも生活自体は現状、困ることはない。
活動報告書を役所に提出することで、市からもそこまでうるさく言われることはない。
よく保護費でギャンブルをしてしまう、という話を聞いたりもしたが、元々界人はギャンブルを好まなかった。
あんなもので実際に儲けられるなんていうことがまず界人には信じられなかったし、現実味がない。
だからこそ石川の様な男に引っかかってしまったのだとも言えるかもしれないが。
その石川だが、実は界人の携帯が復旧する数日前に逮捕されたということだった。
何故界人がそれを知らなかったのか。
それは携帯が止まっていて、連絡が取れなかったから。
そしてそれを界人が知ることができたのは、携帯が止まっている間に警察からあった着信を知らせるショートメッセージが辛うじて残っていたから。
界人はすぐに警察署へ足を運んだ。
最期に会った時と違って、何だかやつれた様になった石川を見て、尋常ではない何かがあったのだとすぐに察した。
ゆかりにも連絡を入れると、すぐに行く、と言っていて、実際界人が到着してから十分程度でゆかりは現れた。
「あんた、人から金を騙し取るなんて、しかも友達だったんでしょ!?何とも思わないの!?何とか言えよこの野郎!!」
ゆかりは初対面だったはずだが、烈火のごとく怒り狂い、界人と警察とで羽交い絞めにして何とか宥めた。
石川がどうして界人を騙したのかについてはまだ捜査中、とのことだったがどうやら借金を抱えていた様だ、という話を警察から聞いた。
「あんた、そんなのに同情しようなんて考えてないわよね」
「え?いや……」
「どんな事情があっても、人を……それも友達を騙すなんてこと、許されることじゃないんだから」
「……わかっているよ」
そうは言ったが、変わり果てた様子の石川を見ていると怒る気が失せてくる。
元々そこまで怒ってもいなかったが、界人にはますます哀れに見えてきてしまっていた。
それから一か月が経過するが、警察からは進捗なんかの連絡はなかった。
仮に捜査が進展したり、真相がわかったとしてもお金が返ってくる保証はない。
なのであれば、界人としてはせめておかしなことを考えたりせず健康に生きていてくれさえすればそれでいい、と思う様になっていた。
部屋に帰ってきて、スーパーで買ってきた食材を冷蔵庫に入れる。
ほとんど無趣味だったはずの界人だが、タバコ以外に一つだけ趣味が出来た。
それは、パソコンでのアニメ鑑賞だ。
界人はライフラインが復活してから、止まるまでの間自分は何をして過ごしていたんだっけ、などと考えるが一向に思い出せなかった。
それだけ中身のない生活をしていたのかもしれない、などと考えて笑ってしまったが、界人はパソコンで職探しをしながら色々なサイトを眺めていた。
そんな時、目を引くイラストが動き回っているのを見つける。
「これは……」
二次元なんて所詮は作り物、と思っていた界人にとってはまさしく目の覚める様な思いだった。
こんな世界があったなんて。
界人はその作品を一気に視聴して、気づけば四時間五時間と時間が経過していたことが、更に衝撃だった。
そして今日も、気になっていた作品を見ようとパソコンの前に座ったところで、玄関のチャイムが鳴るのが聞こえる。
時刻は夕方六時過ぎ。
こんな時間に誰か来るなんてこと自体が珍しく、また来客や荷物が届くと言った予定もない。
不審に思った界人は、最初無視しようと思った。
何かの勧誘かもしれないし、相手にするのは面倒だ。
そう考えて界人は居留守を使うことに決めた。
しかし……。
「騒がしいな……」
ドアをどんどんと叩いたり、チャイムを連続で鳴らしたりと引き下がる様子がない。
面倒だが仕方ない、適当なことを言って追い返そう。
そう思って界人は玄関まで歩いた。
「あ、やっと出てきた!」
「…………」
ドアを開けると、目の前にいたのは何と、さっきスーパーで別れたはずの千夏だった。
――何で、この子がここに?
さすがに界人も驚いて、一瞬固まってしまう。
「あの、中村さん?」
「…………」
「あ、ちょっと!!」
界人が黙ってドアを閉めようとすると、千夏が信じられない様な力でドアを引っ張る。
「な、何で閉めようとするんですか!」
「いや、僕の知り合いに女子高生なんていないから。帰ってくれるか」
「せっかくきたのに!!入れてくださいよ!!」
「嫌だよ、それ自体が犯罪になるってことを、知らないのか?」
「いーれーてーくーだーさーいー!!」
「ダメだ……って言ってるだろ!」
珍しく界人が少し大きな声を出して、千夏が掴んでいるドアノブから千夏の指を引きはがそうとするが、意外にも千夏の力は強い。
しかしこのまま強引に閉めたら千夏に怪我をさせてしまうかもしれない。
そう考えて界人は、ドアを引っ張ることを諦めた。
「はぁ……どうしてここがわかったの」
「すみません、尾行させてもらっちゃいました」
悪びれもせず、ちょっと眩しい感じの笑顔で千夏がウィンクなどしている。
――せっかく平穏な、静かな生活が送れると思っていたのに。
厄介なのに捕まったなぁ、と思う。
「入っても、いいですか?」
「ダメです、お帰りください。あ、お出口はあちら」
「何でですか!!JKですよ!?生JKが一人暮らしの男性の部屋に訪ねてきたんですよ!?」
「やめろ。騒がしいし、何より世間様に聞かれたら僕の趣味を疑われる」
「……入れてくれないんだったら、私乱暴されたって叫びながら帰ります」
「…………」
――悪魔だ、悪魔がいる。
こういうこと言うやつがいるから、JKは怖いとか言われるんじゃないのかと、界人はしみじみ思う。
しかし乱暴された、なんて叫びながら外に出られたら確実に自分は警察のお世話になることになってしまう。
そう考えて渋々界人は千夏を部屋に招き入れた。
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