貴女が望む未来を 3

 夜が明けた。トーカの容態は一進一退。五分五分だとトキヤは踏んでいた。

 徹夜明けの顔でやってきたイブキには七割がた大丈夫だと伝える。ホッとした様子の背中を見送り、トキヤは医療スタッフを集めた。

「今は多少落ち着いてるが、まだまだ目は離すな。引き続き交代でついていてくれ」

 はい、と返事が返ってくる。この中でトキヤは最年長だ。基地には比較的若いスタッフがそろっている。トキヤもトーカの治療のためイブキに無理やり呼び出されなければ、街の中心にあるINIT本部の診療所で悠々と診察していたはずだ。

 腕を見込んで呼び出されるのは嬉しいが、医療部の都合もある。タラハ長官の担当部門である医療部の人事に、初代HS-2が口を出した。ご立腹のタラハ長官から再三再四、本部に戻れと言われているが、その気はない。帳尻を合わせるために自分の代わりに誰か一人を本部へ送っておけばいい話。希望者を募ると、ナギサが手を挙げた。彼は若い医者だが腕がいい。本部へ回すのは惜しいと思ったが、他にいなかったので決定した。

 申し送りを済ませた後、それぞれの持ち場につく。トキヤはナギサを部屋の隅に引っ張った。

「本部へ戻ったら、基地への医師増員を要請してくれ」

「わかりました」

 神妙にナギサは頷く。

「本部に何か用でもあるのか?」

 気になってトキヤは聞いてみた。こういうときにナギサが率先して手を挙げるのは珍しい。

「サイロン家には従わないことにしました。それだけです」

「何かあったか?」

「オレは今ここにいない方がいいんです。自分の仕事には誇りを持ちたい」

 言いたいことがよくわからない。

 まあ、とトキヤは内心で呟いた。彼は父親を飛行機の事故で亡くしている。重なるところがあるのだろう。だからこそ、彼女の治療にあたって欲しいとも思うのだが。

「トキヤさん」

「ん?」

「HS-5の傍を離れないでください。絶対に」

 一礼したナギサは更衣室の方へ歩いていく。普段の彼らしくなくキツく念を押されトキヤは面食らう。言われなくてもつきっきりで経過を見守るつもりだ。

「先生、ちょっとよろしいですか?」

「ああ」

 後ろから声をかけられ、トキヤは看護師の方へ向き直りカルテを覗き込む。

 慌しい空間はトキヤの性に合っていた。本部の診療所でのんびりとするよりも前線にいた方が役に立っている実感が持てる。

 ベッドの上で微動だにトーカにトキヤは呼びかけた。

「根性みせろ。イブキの娘だろ」

 絶対に助けると心に誓う。あのイブキが職権を乱用してまで自分を呼び寄せたのだ。その期待に応えなくてはならない。




 朝になった。こんなときでも朝は来る。どんなときでも、朝は来るのだ。

 シュリはのろのろと身を起こした。トーカはどうなったのだろうと思った。彼女は苦しんでいるはずなのにいつの間にか眠ってしまった自分が嫌になった。

 扉が開く。ラットが入ってきて言った。

「ひでえ顔」

「……ほっといてよ」

 彼は普段と変わらない。

 日常がやってくる。日常が続いてしまう恐怖にシュリは慄いた。トーカは自分のせいであんな目にあっているのに。

「シュリ」

 顔を上げると目が合ったので、ふいと逸らす。

「責任感が強くて感情がストレートなところ、オレは好きだぜ。そこはシュリのいいところだ」

「……何よそれ」

「だけどさ、自分を許してやれよ。辛いぜ、自分で自分を責めるってのは」

 シュリは立ち上がった。ラットの顔を見ないようにして横をすり抜ける。

「どこ行くんだ?」

「シミュレーションルーム」

 仮想飛行シミュレーション装置。自慢の射撃の腕を磨くためのその装置。

 HS-4に乗りたくて、けれども乗るのが怖かった。また、あんなことになったら?

 大丈夫だという確信が欲しい。自分は大丈夫なのだと知りたくて、知るのが怖くて、もう乗りたくもないという気持ちもあった。自分のことなのにわけがわからない。

「オレも行くわ」

「来ないで」

「シュリ……」

「一人になりたいの! わかんないの?」

 大またで歩き出す。ガシャガシャと頭をかきむしる。嫌だった、何もかも。

「シュリ」

「何よ!」

 後ろから名を呼ばれ、足をダンッと踏み鳴らして立ち止まる。

「オレには何でも言ってくれ。お前の気がすむなら何でもしてやるから」

「じゃあついて来ないでよ」

 吐き捨ててツカツカと歩みを進める。

「わかったようなことばかり言って……大っ嫌い」




 腕を組んで息を吐き、ゾルツは窓から空を見上げる。HS機が墜ちたことはSUB側もわかっているはず。昨日の夜にでも奇襲をかけてくるかと思ったが昼になってもあちら側に動きはない。

「嵐の前の、ってやつかぁ?」

 SPチームはいつでも出れる。あとは、HSチームをタースがどれだけ立て直せるか。他のチームの機体はまだ改良中である。こちらとしてはこの静けさが長ければ長いほどいいが、さて。

 気配を感じて振り返るとミイネがいた。彼女はゆっくりとこちらに近づいてくる。

「昨日は、どうも。副隊長さんにもお世話になったわ」

「リィの手刀は効いただろ」

「まだ首が痛いわ」

「あいつ本当にやったのかよ」

 冗談だと思っていたゾルツは肩をすくめた。SPチームの評判はまた悪くなりそうだ。

「ミコトも『リィ先輩には逆らえません』って起こしてくれないし。昨日は夜まで寝てしまったわ」

 その言葉でゾルツはポンと手を打った。

「あーそうだそうだ。お前にも言いたいことがあったんだ」

 辺りを見回し近くの会議室にミイネを招き入れる。扉を閉め向き合うと彼女は少し身を引いた。当然だ。今ゾルツは泣く子も黙るSP-1の顔をしているのだから。

「落ちたのがHS-5だからか?」

「え?」

 首を傾げてミイネは聞き返した。

「元チームメイトだから機体を離れてまで助けに行ったのか?」

「そういう贔屓はしないわよ」

「そうか。なら、これからもああいう行動に出るわけだ」

「え?」

 ゾルツは新兵が卒倒するような凄みのある笑みを浮かべた。見慣れているはずのミイネも更に身を引きそうになるが、腕を掴んでそれを阻む。ゾルツは顔をミイネのそれにゆっくりと近づけ息を大きく吸った。

「隊長が船外活動に出るなど言語道断!!」

 耳の近くで叫ばれたミイネは目をつぶる。

「あ、あの状況ではそれが一番効率的かつ妥当な作戦と考えました」

「SSチームの任務は何だ?」

「基地と交信して状況の分析に役立て、他チームの支援にあたり、近隣の森への被害を最小限に抑えることです」

「確かにSS機は消火活動にあたっていた。しかし、一番重要な基地との交信が疎かになっていた。それは何故だ? お前が船外にいたからだ」

「はい」

「与えられた役割を疎かにするな」

「申し訳ありません、隊長!」

「何年やってんだ、ミイネ」

 声音を和らげると彼女は恐る恐るといった様子で目を開けた。元SP-2、現在のSS-1は、伺うようにゾルツを見上げる。

「お前もタースも、いつまでオレのことを『隊長』って呼ぶ気だ?」

「それは……怒鳴られるとつい、習性で」

「全く、いつまでたっても手がかかる奴らだよ」

 こちらを見上げたままの瞳が少し不満そうな色を帯びる。タースと一緒にされることが嫌なのか、それとも。

 別段、嫌い合って別れたわけではない。ミイネがゾルツよりもSS-1であることを選んだ。ただそれだけのこと。

「隊長、見詰め合っていらっしゃるところ申し訳ありませんが、少々お時間を頂けませんか」

 脈絡もなく聞こえてきた新しい声に振り返ると、リィが戸口に立っていた。鉄火面と揶揄されるその無表情で、伺うように少し首を傾げている。

「じゃあ、私はこれで失礼します」

 我に返ったらしいミイネがそう言い、こちらに一礼して戸口へ向かう。

「あんまり危ないことすんなよ」

 背中に声をかける。振り返った彼女は口の端を上げた。

「お言葉は肝に銘じておきます。けれど、私はSSチームの隊長ですから」

 失礼します、と背筋を伸ばして去っていく後姿を見送る。

 あの時もこうだったと思い出す。彼女から別れを切り出されたあの時。

「隊長、よろしいですか?」

 いつも変わらない副官の声がゾルツを思い出の淵から引き戻す。

 ゾルツはリィに視線を向けた。切迫した様子がないことからSUBが攻めてきたわけでもなさそうだ。チームの編成に関することか何かだろう。

「何だ?」

「先ほど上から内々に打診を受けました。これは、隊長以外には知らせないようにと」

「何を言ってきた?」

「『SP-2のリィを新しいHS-5に推薦したい』そうです」

 へえ、と間の抜けた返事がゾルツの口から漏れた。確かにHS-5は地上へ戻ってからは純然たる戦闘機になっているという。SSチームの経験の有無は問題にはならず、優秀なパイロットであればそれでいいのだ。女性パイロットに限定すればリィの腕は基地の中では一、二を争う。

「なるほどな。で、どうする気だ?」

「決まっています。HSチームは全パイロットの憧れ」

 リィは口の端を上げた。

「ですが、タース隊長の下で働くのはごめんです。この話はお断りしました」

 SP-2であるリィはタースがSPチームにいた頃もよく知っている。彼女にすればタースはまだまだ頼りないのだろう。それはゾルツにもよくわかる。しかし。

「オレはお前に行って欲しい。お前がいればHSチームを安心して見てられる」

「SPチームを放ってはおけません。それに、六歳も年上の部下は扱いにくいですよ。元上司ならばなおさらです」

「そういやキョウもそんなこと言ってたな。六歳年上の副隊長はタースには酷だってな」

 元々、HS-2にはSG-1のキョウが乗る予定だったが、彼はそう言って断った。そしてラットを推薦したのだ。

「キョウ隊長は単純にSG-1であり続けたかったんですよ。あの人はそういう人ですから」

 その言葉でリィとキョウが同期だったことを思い出した。この二人の仲が良かった様子は想像しにくいが、察するにそれなりに親しかったのだろう。ゾルツは話題を変えることにした。

「上には意思を伝えたのか?」

「伝えましたら、隊長と話し合うようにと言われました」

「お前はオレに言われて意見変えるような玉じゃねえよ」

「仰るとおりです」

「そこはお前、口先だけでも『違う』と言っとけや」

 面倒くさいがSP-1の口からリィの意向を伝えなければならないだろう。ゾルツは息を吐いた。

 リィはこの話を断る。さて、これからHSチームはどうなるのか。




「隊長」

 ミーティングルームに入り、ラットがそう呼ぶとタースが顔を上げてこちらを見た。ゾルツ隊長に殴られたのであろう左頬のあざがまだ生々しく残っている。

「シュリの様子はどうだった?」

 単刀直入に切り出された言葉に面食らう。シュリのところへ行くとは一言も言っていないのに何故わかったのだろう。

「辞めるわけにはいかないことは、頭ではわかってるみたいですよ」

「お前の機体はどうだ?」

「メンテはもうすぐ終わります。明日なら何とかなりそうです。SUBがそれまで待ってくれればいいんですけど」

「それを言っても始まらん。しかし、仕掛ける好機と見たならばもう行動に移しているはずだ」

「……確かに」

「あまりこっちを重視していないのかもな」

「HS機をですか? まさか」

 タースは先ほどまで彼が向かい合っていた画面をこちらへ向けた。

「SUB側が有人機を投入してきた場合、HSチームがどう動くかのシミュレーションだ。確認してくれ」

「はい」

 HS-2が抜けた場合とそうでない場合の二通り。どちらの場合もHSチームの通常の戦力を想定して考えている。しかし。

「……相手が五機以上いたら倒されますね、これは」

 各機が一対一で敵機に向かっていく構図だ。いつから自分たちはこんな間抜けな戦い方をしていたのだろうか。

「地上に来てからの行動パターンを元にしてある。これまでどれだけ雑な動きをしていたかがわかるな」

「……反省します」

 ラットも頭の中でシミュレーションを組み上げる。月にいた頃の連携を思い出そうとして、そこにはトーカがいたことを思い出した。彼女の不在を改めて認識して、ちらり、とタースの顔を見る。

 視線の意味を察したHS-1は頷いた。

「トーカがいないのは痛い。あいつの代わりはチームの誰もできない」

「……トーカの具合は、どうなんですか?」

「朝にイブキ長官から聞いた以上の知らせはないな」

「そうですか」

「どちらにせよ、月にいた頃のチームにはもう戻れない」

 ラットは軽く唇を噛んだ。今回の機体のメンテはこれまで無理を重ねたせいだという。

 もし、と思う。もし、HS-2がメンテ中でなかったのならば今回の事態は防げていたかもしれない。現実はチームメイトが、トーカが墜ちていくのをただ見ているしかなく、それは、SGチームを月に置き去りにした時と何も変わってはいない。

「お前とシュリに立ち直ってもらわないことには、どうにもならない」

「オレは問題ないですよ」

「昨日の戦闘にいなかったことは気にしなくてもいい」

 図星を指されて肩をすくめる。

 同時に眉をひそめた。HS-1は何だかこれまでと様子が違う。

「隊長、何かあったんですか?」

 何気ない調子で尋ねてみる。ゾルツ隊長に喝を入れられ変わったのだろうか。それにしては……。

「ミサキと別れた」

 ドキリとしてタースを見た。HS-1はこちらを見ずに話を続ける。

「もう俺とは会いたくないそうだ。そう言われて昨日の俺は戦闘に集中できていなかった」

 ラットは二つの意味で目を見張る。言葉の意味と自らの非を口に出して認めた隊長に。

「それは……」

 あのミサキがタースを振るなど余程のことだ。しかしその理由を今の隊長に聞けるはずもない。

「その件に関してはもう問題ない」

「……吹っ切ったんですか?」

「ああ。今はそれよりも重要なことがあるからな」

 吹っ切ったわけがないことは顔を見ればわかる。二人がただの婚約者以上の関係だったことは明らかだ。しかし、今はそれにかまけていられないこともまた事実。

 タースは暗い顔で息を吐いた。

「俺が甘かったんだ。……あんな思いは二度とごめんだと思ったのに」

 SGチームのことを言っているのだと思った。SG-1、キョウ隊長。あんな思いはごめんだと言いながら、自分たちはそれを繰り返している。




 HS-5が墜ちて早三日。このまま一気に攻め込もうという意見が大勢を占める中、ガウルは動かなかった。余裕に満ちた表情で今日もマザー・スターを眺めている。

 マザー・スター唯一の衛星であるこの星はSUBの手中にあった。INITの基地跡近くに攻略部隊の本部を構えた。マザー・スターが手の届く場所にある。

「マザー・スターが欲しいか?」

 機嫌のいい父にそう問われ、アルスは肯定の返事をした。しかしその実、内心ではどうでもいいと思っていた。もうあの星に彼女はいない。その事実が驚くほどアルスを無気力にさせていた。人が住める星への移住も、後継者争いですら、もうどうでもいい。

「これからどうするんですか、父上」

 尋ねたのはリウスだった。ガウルは薄く笑い答える。

「INITを落とすのは簡単だ。しかし、それは充分な調査を行った上でのこと。あの星へ移り住むのならばINITの街はそのままあった方が便利だろう」

「さすがは父上」

「戦闘機を飛ばすだけが能ではないわ。今回も教授の発明が役立ちそうだ。あの男はなかなか使えるな」

 アルスは他人事のようにそのやり取りを聞く。クロイツが心配そうにこちらを見ていた。彼はこの所、顔を合わせるたびに元気を出すよう進言してくる。それが少々鬱陶しい。あの時のHSチームは四機しかいなかったのだと彼は言う。墜ちた機体がHS-5であるという事実は変わらない。

「今はINIT側も警戒しておるだろう。しかし、今のHS機はあっけない」

 ピクリとアルスの肩が震える。リウスがこちらを見て口の端を上げた。

 腕を組んだガウルはマザー・スターを眺め、呟く。

「ライアンは出てはこないのか」

「ライアン、とは?」

「HS-1だ。今は違う人間が乗っているのだろうがな。奴にしては動きが大人しすぎる」

 答える声に次第に感情がこめられていく。その感情の名は、憎悪。

「出てこないのか、ライアンは。惜しいな、今ならば息の根を止めてやれるのに」

 身震いしたリウスが助けを求めるようにこちらを向く。アルスは無感動な瞳でそれを受け止め、ゆっくりとマザー・スターに視線を移した。




 ピクリとも動かないトーカの頬が色を失って久しい。容態はいくらかましになったそうだが、意識が戻る気配はない。

 イブキは振り返って青年を見た。どこかトーカに似た顔つきの浅黒い肌の彼は、食い入るように彼女を見つめている。

 リバイアルの若い長、リュートが家に押しかけてきたのは今日の昼過ぎのことだ。彼を迎えに行き、深夜になるのを待って、トキヤが人払いをしてくれた治療室に入る。リバイアルの民である彼が見つかるといろいろと不味い。

「何故だ?」

 血を吐くような声でリュートは言った。

 イブキは答えず身を引き場所を譲る。リュートはリバイアル式の臣下の礼をとった。ガラス越しの対面。ピクリとも動かない彼女の瞼がそうすれば開くのだと信じているかのように、ジッとトーカを見つめ続ける。

「……悪いが、そろそろ……」

 しばらく経ってから、時計を見ていたトキヤが言い辛そうに促す。リュートは立ち上がり、先導するイブキの後に続いた。

「姫に万が一のことがあった場合、リバイアルはINITと一戦を構える用意がある」

 囁くような声でリュートは言った。イブキは振り向かずそれを聞く。

「我々は一騎当千、武の民。その気になれば、INITを壊滅させることなど容易い」

「……あまり手の内をこちらに話すのは賢くないな」

 若い長を宥めるようにイブキは言った。リュートは口をつぐむ。

 基地の裏まで連れて行き待たせてあった執事のミントに彼を託した。真っ直ぐな目をしたリュートは向かい合ったイブキを睨みつける。

「父のしたことに文句を言う気はない。しかし、やはり姫さまをお前に預けるのではなかったな」

 何か言いかけたミントをイブキが制する。吐き捨てるようにリュートは続けた。

「お前の元にいなければ、姫さまはパイロットなどになる事もなかった」

 イブキは黙ってリュートを見た。彼はふいと視線を外し歩き出す。ミントが慌てて乗ってきた車に彼を引き入れた。

 発進した車が見えなくなってから、イブキは息を吐いた。疲れがどっと押し寄せる。この三日ほとんど寝ていない。また、眠れるはずもなかった。ありがたいことに、それでも頭と体は正常に動いてくれる。

「リバイアルの人間は随分と義理堅いんだな」

 ひょっこりと顔をのぞかせたトキヤが感慨深げに呟く。

「かん口令の中情報を探り当て、一人の同胞のためにこんなところにまでやってくるとは」

「それは仕方がない。何せトーカはリバイアルを統べる姫君だからな」

 言ってイブキは歩き出す。

 しばらくしてからトキヤが追いついてきた。

「ちょ……そういえばさっきの奴も『姫さま』って言ってたが……イブキ、ちょっと来い」

「どこに?」

 引っ張られるようにして診療室に入れられ、長椅子に座らされる。手近にある机をトキヤは指でトントンと叩いた。

「まあ、何だ。お前さん相変わらず、厄介ごとばかり抱え込んでるんだな」

「誉められている気はしないな」

「誉めてはないからな。あの兄ちゃん、随分物騒なことも言ってたが」

「INITと一戦構える、か? それはトーカ次第だな。トーカがこのまま目を覚まさなければ、INIT内部でリバイアルが決起するつもりのようだ」

「奴らは数が少ないだろ。旧時代の文化をそのまま引きずってる。さっさと鎮圧されて終わり、だろ」

「彼らを甘く見るな。彼らは旧時代を引きずっているわけじゃない。我々を受け入れないと決めているんだ。自分たちの暮らしに誇りを持っている」

 苦虫を噛み潰したような顔でトキヤは舌打ちする。

「リバイアルは姫君であるトーカに忠誠を誓い団結力も強い。それを上手く使えば、滅ぼす事は無理でも、INIT内部を混乱させる事はできるだろうな。何せ彼らは街にいる」

「そこにSUBがきたら……内憂外患だな、こりゃ。えらく物騒な話になってきた」

 トキヤは長椅子の反対側の端に腰を下ろした。頬杖をついてイブキの方を向く。

「お前がリバイアルに対する窓口になってるとは聞いてたが、そこまで大事な姫君を預かっているとは知らなかった」

 今まで聞かなかったが、とわざわざ前置きをしてトキヤは尋ねた。

「いくら窓口係だからってリバイアルの姫君なんて物騒な人間、どうして引き取った? まあ、言わないだろうから代わりに言ってやる」

 トキヤは口の端を上げた。しかし、口調は真剣そのものだ。

「トーカがライアン空尉の娘だからじゃないのか?」

 イブキはゆっくりと頷いた。

「そうだ」

「認めたな」

「誰の隠し子でも構わないんだろ。トキヤの口の堅さは知っている」

「お前さんがトーカを引き取った頃、そんな噂があった。勘付いている奴もいるんじゃないか」

「ああいるよ。しかしそんな事は重要じゃない。さっきの青年が言っていた言葉の方が問題だ」

 眉根を寄せてトキヤはイブキを見る。イブキも口の端を上げて言う。

「トーカ次第でリバイアルの民が一斉に動く。その事を他に知られる方がよほど怖いよ」

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