貴女が望む未来を 2

 ストレッチャーに乗せられたトーカがメディカルルームの奥へ消えていくのが見えた。戻ったという知らせを聞いて駆けつけたが、どうすることもできずラットはただ彼女を見送る。姿はよく見えなかったが手術室に運ばれたということはまだ生きているということだ。安心して小さく息を吐く。

「ラット」

 名を呼ばれ、振り返ってギョっとした。そこには真っ赤に染まった服を着たミイネがいたのだ。

「ミイネ隊長、その怪我は……」

「私じゃないわ。これは、トーカの血よ」

 自分の血の気も下がるのがわかった。予想以上の出血量。ラットは暗澹たる思いで唇を噛む。励ますようにミイネが肩を叩いてくれた。

「大丈夫。ああ見えてトーカは悪運がとっても強いの」

「ミイネ隊長、あの、ありがとうございました」

 ラットは深々と頭を下げた。動けないHSチームを一喝してくれた。それに。

「オレは正直、もう駄目だと思ってました。ミイネ隊長が助けに行ってくださらなかったら、今頃……」

「あれはアカネのお陰よ。あの子が諦めなかったから……あなたがそう思うのは、脱出ポッドが見えなかったせいかしら?」

 顔を上げたラットは先ほどの映像を思い出す。確かに脱出ポッドは見えなかった。

「トーカは脱出ポッドを使わなかったようですが……」

「いいえ、使ってたわ。私はHS-5の脱出ポッドにいたトーカを救出したの。よかったわ、あのままHS-5に乗ってたらまず命はなかったもの。敵機と激突したHS-5は爆発・炎上していたから」

 ラットはぞっとして身を震わせた。

「最初の激突で意識を失っていたのなら脱出ポッドは作動しないはず。つまり、トーカは最初の激突の後まだ意識があったのよ。ならどうしてすぐに脱出しなかったのかしら。さっさとHS-5から離れていれば無傷、とまではいかなくてもこんな重傷は負わなかったはずなのにね」

 そこがちょっと解せないと、ミイネはト-カの消えた方向に目をやった。確かに解せない。ラットもその視線を追う。

 モバイルが鳴った。表示を見たSS-1の口からため息が漏れる。

「お偉いさん方に事情を説明しに行かなきゃいけないみたい。タースにも連絡あるだろうからちゃんと来るように伝えておいてね」

「あ、はい」

 隊長職も大変だな、と思う。物憂げに髪をかき上げる顔には疲労の色が濃い。休みたいだろうに会議とは。

「じゃあ、失礼するわ、ラット。着替えもしなくちゃいけないから」

「はい。……本当に、ありがとうございました」

 ミイネは微笑み、SSチームの部屋の方へ歩いて行った。

 それを見送ってラットはHSチームのドッグへと向かう。

 扉を開けるとちょうどタースが降りてこちらにやってくるところだった。

「お疲れ様です。隊長、お偉いさん方が事情を聞きたいようです。ミイネ隊長が呼ばれていました」

「ああ、だろうな」

 ヘルメットを片手に、タースは酷く疲れた顔をしていた。

「トーカは、さっきメディカルルームに」

 頷いたタースはすれ違いざまに言った。

「すまん」

「隊長?」

 かなり参っている憔悴した様子のタースの背中はそれに答えず扉の向こうへ消えていく。

 別の足音が近づいてきて振り返る。セカンが頼りない足取りでやってきた。

「大丈夫か?」

「おれは平気」

 真っ青な顔をしてよく言う。ラットはグシャリと頭を撫でてやった。

「おれはいいから、シュリのとこに行ってやれよ」

 手を振り払うようにして足早に出口へ向かっていく。ガキが偉そうに、とラットは苦笑した。

 戻ってきたHS機は三機。残った一機のハッチは開かない。どうするべきか顔を見合わせる整備士たちに手をあげ、外側からハッチを開けてもらって梯子を上る。

 シュリは操縦桿を握ったまま俯いていた。

 ラットは彼女の手をゆっくりと操縦桿から外しやった。シュリは覇気のない目でラットを見る。

「トーカは?」

「大丈夫」

「嘘言わないでよ」

「嘘じゃない。大丈夫」

 シュリの目から涙が湧き出した。顔を見られまいと俯く彼女をラットは抱き寄せた。




「HS-5が落ちたそうだな」

 軍の最高指揮官でもあるグレイ元帥がそう口火を切った。知らせを受けた長官は全員基地に集まっている。八人の長官と技術部門の責任者を前にタースは肯定の返事をする。

「SPチームは敵機を片付け帰還するそうだ。さて、HS-1、言い訳を聞こうか」

「HS-5がなぜ墜落したのか、その原因は現時点では不明です」

「パイロットの操作ミスですよ。ねえ、イブキ長官」

 発言者はタースの叔父でもあり技術部のトップでもあるターミヤだ。

「リバイアルの民に高度な戦闘機の操縦は無理だった、ということです。彼女をHSチームに入れたのはあなたでしょ。イブキ長官ともあろうお方がとんだ人選ミスですね」

 反射的にタースは口を開いたがイブキの強い制止の視線に何も言わぬまま状況を見守る。

「ずいぶんとパイロットにこだわるようだが、ターミヤ技術長、機体の方に問題はなかったのですか?」

「当然です。先ほど簡単にではありますが飛行ログの解析を行った。機体は正常でしたよ。技術部のスタッフが日夜点検を重ねているのだから当然のことです。大気圏内、しかも相手が無人機ときて甘く見たのではないですか」

「ふむう。どうかな、HS-1」

「我々は戦闘に際して気を抜くようなことはありません」

「ほう」

 嘲るようにターミヤは言った。

「しかし、今回の戦闘ではHS-2は飛んでいなかったようだが、これは敵を見くびった結果ではないのかな」

「技術長が報告を受けていらっしゃらないのですか? HS-2は機体の不調につき……」

「予備機があるだろ」

 こともなげに言われタースは言葉を失う。

「HSシリーズはもしもの場合に備え一台づつ予備機を持ってる。機体が不調ならばそっちを使えばいい」

 呆然としてタースはその場に立ち竦んだ。予備機という言い方は通称で、実際は破損した部品をすみやかに補填できるよう作られた機体型の部品格納庫である。それでどうやって飛べというのか。

 何人かの長官や隣に立つミイネは呆れたようにターミヤを見ている。彼は発言の失態に気づかずタースを見てにやりと笑った。

 これが、エンジニアを束ねる技術長。

「ターミヤ技術長、少し黙っていていただけるかな」

 機体に詳しくはないものの、雰囲気で察したタリムが弟を止める。更に何か言おうとするターミヤを一瞥して黙らせ、タリムはグレイ元帥に視線を向けた。

「HS-5機の修理は急ピッチで進めてもらうとして、並行して新しいパイロットの選出をしなくてはなりませんな。即戦力となる優秀な人材にどなたか心当たりは?」

 ハッとしてタースはタリムを見た。

 今この瞬間、その生死に関わらずトーカはHSチームから外されたのだ。

 当然のことだ。助かったとしても、あれだけの怪我では回復に時間がかかる。その間、HS-5が抜けるのは戦力的に痛い。

 タースはイブキに視線を向けた。初代HS-2は会議には加わらず、机上で手を組み暗い瞳をしていた。




 高い崖の中腹にぶらさがっていた。下からはゴオゴオと風が吹きつけてくる。

 怖いという感情を持ってはいけない。そう自分に言い聞かせる。怖いと思うから怖いのだ。こんな崖ぐらいは登れる。ただ上だけを向いて前に進めばいい。

 不意に足場がなくなった。ガクンと体のバランスが崩れる。誰かに腕をつかまれて落下が止まった。顔を上げると細い腕がこちらを掴んでいた。

「トーカ?」

 崖が崩れる。ガクンとまた体が揺れて落下した。繋がれた手はいつの間にか解けていた。暗い暗い闇の中へ墜ちていく。墜ちているのは自分だろうか。それとも……。

「トーカ!」

 自分の悲鳴でシュリは目を覚ました。荒い息をついて身を起こす。目の前には馴染みの光景。いつの間にか自分の部屋のベッドの上にいた。額ににじんだ汗を拭う。

「トーカ……」

 自分が撃ち落した機体にぶつかってHS-5が墜ちた。あれも悪夢なのだろうか。いや違う。あれは悪夢よりひどい現実。

 両手で顔を覆いシュリは嗚咽をこらえた。初めて会った日、トーカは腕を掴んでくれたのに。彼女だけは自分の腕を掴んでくれたのに。

 ふわりと肩に何かが掛けられ顔を上げる。いつからそこにいたのか、ラットがベッドの脇に立っていた。

「大丈夫か?」

「トーカは?」

「……心配ない」

「嘘」

 自分がどれだけわかりやすい嘘をついているのか自覚がないのだろうか。トーカの名前を出した途端に、ラットの顔はピクリと緊張して引きつった。

 そんなことにも腹が立って仕方がなくて、肩に掛けられた毛布ごと彼の手を振り払う。

「もう放っといて!」

 一人にして欲しかった。誰にも傍にいて欲しくない。膝を抱え顔を見られないよう俯いた。

 小さく息を吐く音が聞こえた。

「また後で来るから。あんまり思い詰めんなよ」

 ぐしゃっとシュリの頭を撫でラットは出て行った。気配が完全に消えてからシュリは毛布を拾ってもぐりこむ。

「トーカ」

 彼女は、今どうなっているのだろう。最悪の事態になれば連絡が来るはずである。ゾクリとしてシュリは身を震わせる。

『あんたはパイロットに向いてない』

 マイラの言葉が耳の奥でこだまする。叔母さんはいずれこうなることをわかっていたのだろうか。撃墜数がNO.1だと持てはやされていても、シュリ・カースの力は弱く、いずれは味方を傷つけることになると。

「あたしのせいだ……あたしのせいで……」

 呟いて首を強く横に振る。

『自分の道は自分で決めなさい。嫌なら帰ってくればいい。あたしたちはいつでも待ってるから』

 マイラの言葉が甘く心に響く。けれど……でも……。

 シュリはギュッと膝を抱えた。パイロットを辞めたい。初めて心からそう思った。



 無人機を一掃し意気揚々と帰ってきてみれば、待っていたのは会議に来いという連絡だった。お偉いさん方と同じ部屋に閉じ込められて小一時間。ようやく開放されたゾルツは盛大に舌打ちし、手近の壁を勢いよく蹴った。

「壁に八つ当たりしないでください」

 横からかかった声に睨みで答える。タイミングよくやってきたのはSPチームの副隊長であるリィだ。こちらにひるむ様子もなく淡々と言う。

「出てくるのが早かったですね、隊長」

「もうHS-5の選定に入ってたから行く意味なかった。だから言ったじゃねえか。報告書出しとけばすむって」

「呼び出しを無視するわけにはいきません。それでなくとも、SPチームは粗暴だと上から睨まれているのですから」

 逃げようとしたこちらの首根っこを引っつかんで会議室に放り込んだ副隊長は涼しい顔で答える。

 ゾルツは会議室の出入りが見える物陰まで移動した。それに続いたリィに小声で尋ねる。

「ミイネの様子はどうだった?」

「かなりお疲れの様子でしたので休んでいただきました。SS-2のミコトさんも了解済みです」

「あいつが簡単に休んだのか? ……お前まさか首に一発入れたんじゃねえだろうな」

「いけませんでした?」

「お前がそんなだからSPチームは野蛮だって言われんだよ」

「それは初耳ですね」

「ゾルツ隊長は言うこと野蛮でやることまとも。リィ副長は言うことまともでやること野蛮ってな」

 ちらちらと出てきたばかりの中会議室の方を気にしながらゾルツは戯言を口にした。それを横目にリィはモバイルを取り出し操作をする。

「小会議室を押さえました。三番会議室です」

「わかった」

「五番会議室を別のチームが使っているようなので、タース隊長を苛めるのは小声にしてください」

「確約はできねえな」

「それに、他のチームを心配するのも結構ですが、うちのチームのことも気にしてくださいませんか」

 ゾルツは中会議室を見たまま言う。

「リィ」

「はい」

「HS-5が落ちた。SUBはどう出る?」

「一気に攻め込んでくると思います」

「今現在、INITの戦力は?」

「SPチーム十二機。HSチーム四機。それからSSチームです」

「うちの連中を今のうちに休ませろ」

「指示は出してあります」

「ならもう一つ。HSチームの様子を見て来い。その後はお前も休め」

「はい」

 軽く一礼してリィは背筋を伸ばしたまま歩いていった。ゾルツは満足げに口の端を上げる。いい女だ。しかし、副官には手を出さないことにしていた。口説き落とした副隊長に逃げられるのは一度で充分だ。

 程なくして中会議室からタースが出てきた。ゾルツの顔から表情が消える。有無を言わさず三番会議室まで引っ張り中に放り込んだ。

 ドアを閉めてから一発殴った。床に転がったタースは立ち上がろうともせずに俯いている。

「オレはそんな風に育てた覚えはないぞ」

 タースはHS-1になる以前、SPチームにいた。新米の頃から真面目で融通がきかず面白味のない奴だったが与えられた仕事はキチンとこなしていた。

「何を腐ってる。不貞腐れる暇があるのか? え?」

 片手で胸倉をつかむ。唇をかみ締めたタースはまだ顔を上げない。

「地球での初仕事がHSチームのフォローとは思わなかったな。何やってんだ、お前。SPチームが出撃できなかったらどうするつもりだったんだ? SSチームに助けてもらうのか? あ? 何とか言ってみろ」

「すみません、隊長」

「お前も隊長だろうがこのボケ。そんなんでよく今までやってこれたな」

 HSチームの人事に不審な点があることにゾルツはうすうす気づいていた。タースは腕は確かでそこそこの戦果を挙げていたが、どちらかといえば指示を待ちそれに従うタイプである上、隊長になるほどの経験はつんでいない。タリム長官の息子。HS-1に選ばれた理由はそこであると思う。

 他の面子も大概である。HS-4のシュリもSPチーム出身だが、彼女は腕は立つがメンタル面が弱い。おそらくはマイラ・カースの姪であることが選ばれた理由。

 HS-3のセカンはよく知らないが十六歳でチームにいるぐらいであるので何かあるのだろう。きな臭いにおいを漂わせている生体工学研究所の辺りに。

 HS-2のラットとHS-5のトーカはイブキ長官の息がかかっている。しかし、ラットは統率力はないが腕が立つしキョウの推薦があった。トーカはよく知らないがミイネが推したと聞いているので、この二人に関しては大目にみれる。

 機体の修理が終わり次第、HS-5には別のパイロットが乗ることになる。大目にみれるうちの一人が欠け、人選しだいではこれまでのバランスが崩れる。だからこそタースがしっかりしなくてはならない。睨みつけるも顔を上げようとはしない、言い返さないタースを突き飛ばすようにして離す。結局こいつはいつまで経っても苦労知らずのお坊ちゃんのままなのか。

 HSチームの建て直しにどれだけ時間がかかるかは隊長であるタース次第だ。SUBと戦うにはどうしてもHSチームの力がいる。

「何で殴ったかわかるか? お前のチームがしっかりしてないとうちに迷惑がかかる。オレはお前のとばっちりでチームの人間を危険な目に合わせるのは我慢がならねえ」

 ふーっとゾルツは息を吐く。

「……オレは仲間を殺したくない」

 呟きが聞こえたのか、ゆっくりとタースは顔を上げ、はっきりと言葉を口にした。

「俺もです、ゾルツ隊長」




 会議を終えたイブキはメディカルルームへ向かっていた。

 HSチームの不敗神話が崩れた。会議の席で誰かがそう言った。一般市民を動揺させないためにかん口令を敷くことになった。新しいHS-5を決める話し合いは一向にまとまらない。上層部の中にもHSチームが墜ちた動揺が少なからずある。

 疲れたな、とイブキは思った。ここまでの疲労を感じるのは何年振りであろうか。

 手術を終えたトーカは集中治療室にいた。ガラス越しに覗くと、彼女の顔は紙のように白く、長いまつげはピクリとも動かない。部屋の中にある装置が数値を刻み、そのお陰で鼓動が止まっていないとわかった。

「ライアン」

 不敗神話などどうでもいいからトーカを助けてくれと彼に祈る。彼は娘に何もできなかったと後悔していた。だったら、こんな時ぐらい助けてくれてもいいじゃないか。

「そうやってるとお前さんも人の子だな」

 振り向くとトキヤが立っていた。さっきまでトーカを執刀していた外科医である。昔なじみの彼は手術服から白衣姿に戻っていた。

「どういう意味だ、それは」

「伝説のHSチーム。中でもお前さんは昔っから何考えてるんだかわかりゃしねえ。ロボットじゃないかと随分疑ったもんだぜ」

「医者だろ、お前は」

 イブキと並んで部屋の様子を見、トキヤは言う。

「できる限りのことはしたが、保障はできんぞ」

「覚悟はしてるよ。トーカがパイロットになった時から」

 トキヤの片眉がピクリと上がった。

「驚いたな。お前さんがそんなことを言うとは」

「自分がパイロットだったからな」

「違うよ。すっかりお父さんだなってことだ。血も繋がってないのに」

「それがたまに不思議だよ」

 苦笑をしながらイブキは言う。その様子をちらりと見てトキヤは言った。

「誰の隠し子でも驚かないから、俺には本当のこと言っとけ。楽になる」

「カウンセリングもやってくれるとは知らなかった」

「お前さんの今の顔を見てたら誰でもカウンセリングしたくなるよ。HSチームの前ではそんな顔すんな。不敗ってことは、こういうことに慣れてないってことだ」

「わかってる」

 イブキはまたトーカの顔を見た。生気のないその顔は、彼女の母親を連想させる。軽く頭を振って脳裏から不吉な考えを打ち消した。彼女は自ら命を絶った母親とは違う。




 扉が開いてタースがミーティングルームに入ってきた。顔を見てセカンはギョッとする。

「どうしたんですか?」

「何でもない」

 左頬が腫れ、口からも血がにじんでいた。ゾルツ隊長と話しているのでしばらく戻らないとSP-2が知らせにきたが、隊長の姿はそれと関係あるのだろうか。

「シュリは?」

「部屋で休んでいます」

「そうか。……HS-5の修理が終わり次第、新しいパイロットが着任することになった。人選は今行っている」

「……新しいパイロットということは、トーカはもう」

「助かったとしてもHS-5への復帰はできない」

 ラットは目を閉じゆっくりと息を吐いた。目を開け自分を納得させるように一度頷いた。

「わかりました」

 セカンも同様の返事をする。それを聞いたタースは躊躇いがちに口を開く。

「……トーカの容態は?」

「手術は終わったそうですが、まだ何ともいえないそうです」

 唇を噛んだラットの代わりにセカンが答えた。タースは頷き複雑な表情で言う。

「会議でターミヤ技術長が言っていた。機体に異常は見当たらない。このままいけば今回のことは、トーカの操縦ミスということになりそうだ」

「なっ……」

 思わず声を上げたセカンとは対照的にラットは再び息を吐いて言った。

「で、しょうね」

「何納得してるんだよ。トーカが操縦ミスなんてするわけないだろ」

「人間、誰でも失敗はある」

 ラットはポンとセカンの頭の上に手を置いた。

 カッとなって手を振りほどき、ラットを睨みつける。人間なら誰にでもある失敗。その言葉がどうしようもなく嫌だった。

「落ち着け……二人共だ」

「……すみません」

 タースに謝ったその声音でラットが決して納得してはいないことに気がつく。人の言葉尻を捕まえて憤慨している場合でもない。セカンは無理やり頭を切り替えた。

「あの時、トーカの機体は敵機に一直線に突っ込んでいきましたよね」

 タースとラットはこちらを向いた。

「充分に回避できる距離があったのに一直線にぶつかっていって……。普通なら少しでも回避しようとすると思うんですが」

 二人は戸惑ったように視線を交わしている。ラットの方が口を開いた。

「セカン、お前それ見てたのか? あの状況で?」

 言われて気づく。普通の人間ならば、視界の隅で起こった出来事を捕らえて覚えていないのか。

 歯切れの悪い返事をする。タースがじっとこちらを見ていた。

「そういえば、ミイネ隊長も妙なこと言ってましたよ」

 ラットが脱出ポッドの話をした。トーカはどうして最初に脱出しなかったのだろう、と。

 三人の間にまた沈黙が落ちた。今度はセカンも頭を巡らせる。不自然なHS-5の動き。トーカの行動。沈黙を破ったのはまたタースだった。

「さっきも言ったように、HS-5の飛行ログには不審な点はなかったそうだが……明日、詳しい解析結果がわかるそうだ」

「明日って早すぎませんかね。隊長、ミサキさんにでも頼んで技術部の様子を探ってもらいましょうよ」

 タースの表情が微妙に変化した。どうかしたんですかと問うと努めて冷静な口調で返事が返ってくる。

「ミサキはエンジニアを辞めた」

 セカンとラットは顔を見合わせた。何故、という言葉は隊長の表情に邪魔されて二人とも口にできない。

「そんなことより、これからしばらくの間は四機で飛ぶことになる。その覚悟をしておけ」

 はい、と返事をした。四機で飛ぶ。セカンは内心で息を吐いた。

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