月が消える日 後編

 タースは本部に駆け込んだ。慌しい人の流れの間をぬって司令室にたどり着く。

「イブキ長官」

 声をかけるとイブキは振り向いた。

「タースか」

「一体何が?」

「あれを見ろ」

 イブキの視線を追いメインモニターを見る。そこに映っているのは月基地を示す黒点と、その周囲に近づく無数の赤い点。

 敵機だ。

「長官!」

 点は重なり合って大きな塊となっている。数が多い。今までの中で一番多いのではないか。そして、何故ここまで月基地に接近している?

「これは……」

「SUBは月基地を落とすつもりだ」

 抑揚のない声にハッとなる。

「今、月にいる戦力は……」

「SGチームのみだ。残りは全て地球へ撤退している」

「こんな時に」

 ギリっとタースは歯軋りする。

「こんな時に、ではない。こんな時だからこそ、即戦力となるほとんどのチームがここにいる」

 意味を察してタースの体がビクリと震えた。

「まさか、上はこのことを?」

「知っていたよ。だからこそお前達を撤退させた」

 タースは信じられないものを見る目でイブキを見た。

「何故?」

「月基地は、切り捨てられたということだ」

「そんな!」

 掴みかからんばかりにタースはイブキに詰め寄る。

「月基地が落とされては防衛も何もあったものじゃない。それに、あそこに残っている者を見捨てると言うのですか!」

「もうじき退避用シャトルで職員たちは帰還するはずだ」

「しかし! これだけ敵が近づいていては!」

「先手を打つためには職員達を先に退避させるわけにはいかなかった」

「長官! ならば、俺が出ます。HS-1なら……」

 苦渋に満ちた顔でイブキは首を横に振る。

「現在、HSシリーズは大気圏内の戦闘に備えて調整中だ」

「そんな……」

 呆然とタースは呟く。

 上層部は全てを知っていた。全ては予測された事態なのだ。

「そんな事……」

 タースはゆるく首を横に振る。

「月基地にいる者を見殺しにし、その上……」

「彼らとて!」

 自分の発した大声に戸惑ったように、イブキは声を落とす。

「彼らとてそれなりの覚悟はできている。そういう者たちでないと、最前線の基地への異動は希望せん」

 慌しいざわめき。モニタの赤い塊は月基地へ近づいている。

「今は待機だ、タース中尉。HSチームにできることは……何もない」




「緊急退避命令を発令。シャトルへの避難指示を」

 オペレーターが沈痛な顔で頷いて、職員たちに退避勧告を発令した。ブザー音があたりに鳴り響く。

 月基地総司令を任されているイルアは深く息を吐いた。

 しばらく前、SGチームからSUBが基地とする小惑星に戦力が集結しているとの報告がもらされた。狙いはおそらく、INITの活動拠点であるこの月基地の破壊。

 そして、報告を聞いた地球の上層部は、この月基地を破棄すると決めたのだ。かねてからそういう構想はあった。

 まずは秘密裏に、HSチームを始めとする各部隊を地球に帰還させる。その間、月基地は表面上、何事もなかったかのように過ごし少数ずつ職員を帰還させる手筈であったのだが、予想以上にSUBの動きが速かった。各部隊の戦闘機とそのパイロットは辛うじて地球へ戻っていたが、職員の避難は始まってもいない。

 異常事態を事前に知っていたのは、この月基地ではイルアとその副官、そして情報をもってきたSG-1だけである。万が一を考えて、全ての職員たちをシャトルに近いブロックへ配置していたが、シャトル発射までに退避は完了するだろうか。彼らにとっては寝耳に水の事態であろうが、前線にいる自覚はあるだろう。速やかに動いてくれることを期待しなくては。

「イルア大佐、我々も」

「わかっている」

 メインモニタを見上げる。もう時間がない。イルアはオペレーターの隣に立ち、パネルを操作した。隠されていたスイッチが現れ、迷わずそれを押す。

 その意味を知るオペレーターがハッとして見上げる。辺りがブラックアウトした。一瞬後、再び明りが灯る。

「予備電源はシャトルの発射までもつだろう」

「はい」

「我々も退避だ」

 踵を返し部屋の外に出る。その場にいた職員達が全員それに続いた。

「イルア大佐」

 場にそぐわぬ気楽な声に顔を上げるとSGチームのリーダー、キョウ・カレイラがいた。ドアの前でこちらが出てくるのを待っていたらしい。

「君か、キョウ」

 イルアは小さく笑みを浮かべる。

「避難は円滑に進んでますよ。イルア大佐もお早く」

「そう言う君は何故、出撃準備を整えているんだね?」

 キョウは片手にヘルメットを抱えた自分の姿を見下ろした。

「シャトルの護衛にはSGチームがあたります。他のもんはみんな準備を整えてますんでリーダーのオレも早く行かなくちゃいけません」

「しかし、君たちは……」

 副官にキョウはにやりと笑う。

「もちろん、わかってます」

 職員たちは顔を見合わせ押し黙った。

「キョウ……」

「オレたちの任務は月基地を守ることです。SGチームはずっとそうしてきました。オレもその意志を継ぎます」

 イルアはキョウを見た。キョウも迷いのない瞳で見返す。

 ふっと息を吐く。イルアは背筋を伸ばし最後の命令を下した。

「SG-1、月基地の意地を見せてやれ」

「はっ!」

 カツンと靴がなる。キョウはイルアに敬礼し踵を返して走り出す。

「我々はシャトルへ向かう」

 それを見送ったイルアたちは彼とは別の方向へ急いだ。




 ビービービー。

 ブザー音が鳴り響き、赤いランプがぐるぐる回る。

「何? 何なの?」

 主のいなくなったHS-1の作業所でボンヤリしていたミサキは異常な事態に浮き足立つ。

 聞いたことのない音。基地全体に鳴り響いているのだろう、この音は……。

『月基地職員はただちにシャトルヘ退避して下さい。シャトル発射まであと、十分です』

「シャトル?」

 ここに赴任した時に見せてもらった、緊急脱出用の大型シャトルのことだろうか。月基地在住の職員が全員乗れる二機の大型シャトル……。

「緊急脱出? 何で?」

 頭をよぎるのは、不自然なHSシリーズの帰還命令。そして、A、Bブロックで待機という総司令からの急な命令。

「何それ……どういうこと?」

『月基地職員はただちにシャトルヘ退避して下さい。シャトル発射まであと、九分です』

「タースくん……」

 我知らず呟く。

 ミサキは作業所を飛び出した。走ってシャトルの発射場まで向かう。

「よ、ミサキちゃん。急いだ方がいい」

 途中で見知った顔に出会った。SGチームリーダー、キョウだ。

「一体何が起こってるんです?」

 並んで走りながらミサキは問う。それに答えず、キョウの口から出たのはまったく別の言葉。

「ミサキちゃん、頼みがある」

 息も乱さずキョウは笑った。

「タースに伝えてくれ。『気にすんな』ってな」

 ミナトにもよろしくな、と言ってキョウは押し出すようにミサキの肩を叩く。

 SGチームの格納庫へ向かう背中を見送りながら、ミサキはシャトルの方へ走った。




「感度良好感度良好。あーあーあー。SGチームの諸君、聞こえますか? どうぞ」

 宇宙へ飛び出したSGチームの艦、残りの十五機から各々返事が返ってくる。

 普段はローテーションを組んで月基地の周りを警護するため、今まではこうしてチーム全てが同時に出動することはなかった。

「状況はわかってるな」

 肯定の返事にキョウは小さく頷く。

 避難命令が出る前に、彼はチームの全員にこの事態を説明していた。話し合うまでもなくSGチームが出した結論は一つ。

「とりあえず確認する。今回の任務は月基地から脱出する二機の大型シャトルを守ることだ。大気圏内に入れば惑星内活動を想定していないSUBの機体は追ってこれない。それまでが勝負だ」

『わかってます』

『知ってます』

『隊長のご指示のままに』

 全員、知っている。

 惑星内活動に対応していないのは、月基地で作られたSGシリーズも同じ。

 大気圏に突入できないのは、自分たちも同じ。

「みんな、オレに命をくれ」

『いやっスよ』

『だーれが隊長なんかに』

『あのシャトルには彼女が乗ってるんです。言われなくても守りますよ』

『そうそう』

 ふざけて調子で言えば返ってくるのは普段と同じ軽い言葉。小さく笑みを浮かべて、キョウは「悪いな」と呟いた。

 レーダーに映るのは敵機。

 ゆっくりと、月基地からシャトルが発進する。

 キョウは前を見据え、吠えた。

「StarGuardチーム、行くぞ!」

『了解!』

 十五人の声と同時にSGチームは各方向へ飛び去った。































 地面に降り立つ。久しぶりの地球のGは月基地と同じであるはずなのに何故か体がひどく重い。

 だらだらと、シャトルから降りる人の流れは続いている。重い体を抱えてそれでも立ち止まるわけにはいかない。

 ふらり、と隣を歩いていた女性の体が揺れた。

「大丈夫ですか?」

 咄嗟にミサキはそれを支える。

 緩やかにたゆたう人の流れに従って、ゆらゆら動きながらふらふらと女性は前へ進む。

「カイト……」

 唇から微かに漏れるのは人の名前。

「カイト……」

 ひきつけを起こしたように息を吸い込む。

「カイトがカイトがカイトが!」

 崩れる女性の体をミサキは無言で支える。こちらへやってきた本部の人間に彼女を渡し、ミサキは息をついた。

 見上げた空は漆黒ではなく青色。

「ミサキ!」

 声が聞こえた。

「ミサキ!」

 振り向くと人並みを逆流してやってくる男性。よく見えないが誰だかわかった。

「タースくん?」

 何故彼がここにいるのだろう、とぼんやり考える。

 自分よりもおぼつかない足取りで近づいた彼はいつかと同じように肩に触れ、そしてそのまま腕をまわして体を抱きしめた。

「よかった……無事で」

 ギュッときつく抱き締められたその腕の中でミサキは瞳を閉じる。

「タースくん……SGチームが全滅したよ」

 ぴくり、とタースの体が動いた。

「あたしたちを守ってくれたの」

 キュッと服を掴む。胸に顔をうずめたまま尋ねた。

「ねえ、タースくん……泣いても、いい?」

 ゆっくりとタースの手が髪を撫でる。そのリズムに全身の力が抜け、閉じた瞳から涙が伝う。

 ミサキはしゃくりあげるように泣いた。



 何もできなかった。

 泣きながら気を失ったミサキを抱き上げる。ミサキの乗っていたシャトルは無事だったが、もう一台の方は被弾したらしい。何台も担架が運ばれ、白衣を着た医療チームがあちこち駆け回っている。

「肝心な時にいない。役に立たない。何がHSチームだ」

 昔の三人はともかく今の自分たちは、自分は何だ。これのどこが英雄なのだ。

「俺たちが本当の英雄ならSGチームは……」

 恨まれていただろう、と思う。力の持った艦がいれば事態は違っていた。反面、それでいいとも思う。上の意向がどうであれ自分たちは彼らに対して恨まれるようなことをした。

「ミサキ!」

 聞き覚えのある声に振り向く。白衣を着た青年が走って来た。ミサキの兄のナギサだ。近づくなり、ナギサはミサキの額に手を当て、脈も見る。そしてホッと息を吐く。

「大丈夫のようだな」

 ナギサは少し渋い顔をあげた。

「悪いがタース……ミサキを頼む。こっちのベッドが足りないんだ。どこかで寝かせてやってくれ」

「ああ」

「ナギサ先生、こっちを!」

「わかった! 頼んだぞ、タース」

 念を押してナギサは駆け出していった。

「隊長!」

 目をやるとセカンがこちらへ走って来た。

「これは一体……?」

「手が空いてるならここを手伝ってくれ。俺も、後からまた来る」

 ミサキを抱え直しタースは本部へ向かった。




 ガランとした通路を武装した一団が行く。

「ここがINITの連中の基地か」

「暗いな。おい、制御室はどこだ?」

 SUBはINITの防衛の拠点である月を制圧した。この基地にいるINITの職員には逃げられてしまったが、構わない。

 喜色に満ちた顔が並ぶ。

 今回作戦に当たったのはアルスと共にINIT攻略を進めてきた者たちだ。長い間前線で苦労した。基地を落とせた喜びは誰よりも大きい。

「ハイトさま、こちらです」

 今回の作戦を指揮官、ハイトは部下が開けた穴からその部屋に入った。

「コントロールルームか。おい、電気は生きてるか?」

 ややあって肯定の返事。

「よし、つなげろ」

 程なくして大きなモニターに光が灯り部屋も明るくなる。

 モニターには画面いっぱいに30の文字。

「何だこれは?」

 数字が一つ減る。29,28,27。

「一秒づつ減っている……?」

 首を傾げる間にも数字は減り続ける。

 23,22,21……。

 減り行く数字に恐怖を感じて、部屋にいる人間がざわめく。

「おい、これは何の数字だ?」

 20を切った。

「わかりません!」

 18,17,16……。

「止めろ! 止めるんだ」

 14,13,12……。

「電源を切りました……止まりません!」

 10を切った。

 9,8,7,6……。

 ごくり、と誰かが息を飲んだ。我知らず、じりっと後ろに下がる。

 5,4,3,2,1。

『自爆システム、起動します』

 ハイトが最後に聞いたのは機械の発するその言葉だった。




 月基地からのデータが途絶えた。

「どうやら、上手くいったようですな」

 円卓を囲んでフェイドアウトした画面を見つめる者たちの声は暗い。

「各チームを早急に大気圏内の戦闘用に仕様を変更しなければ」

「まずはHSシリーズからですか」

「これでSUBもしばらくは仕掛けてきますまい。その間に……」

 プシュッと音がして総司令室に男が一人入ってきた。

 月基地統括司令官、イルア。

 額から血を流し、右足を少し引きずっているがその気迫に場にいた者が息を飲む。

 イルアはブラックアウトした画面の前で立ち止まった。

 すっと背筋を伸ばし画面に向かい敬礼する。

 カツンと靴音の余韻が響いた。

 沈黙の中でイブキは立ち上がる。

 イルアと同じように姿勢を正し、モニターの先にある月基地へ敬意を表した。




「制圧したINITの基地が自爆したようです。詳しくは調査中ですが、ハイトさま以下の……」

「正確な損害がわかり次第、追って文書で報告をくれ」

 オペレーターは一礼してガウルの前を去る。

「父上のお考え通り、でしたね」

 リウスは肩をすくめて父親を見た。

「INITのデータでも何か収集できればと思ったが、意外に早かったな」

 ふんと鼻で笑う。

「アルスの方はどうなっておる?」

「現在、通信を切っておいでです」

 別のオペレーターがそう答えた。

「便りのないのが元気な証拠ですよ、父上」

「何かあったらすぐに知らせろ」

 返事を聞いて満足そうにガウルは椅子にもたれた。

「今はまだINITに気づかれては困る。テスト段階だからな」

「大丈夫ですよ、兄上なら」




「……ん?」

 地球の司令室。人工衛星から発信される情報をチェックしていた一人が呟いた。

「どうした?」

 仲間の声にレーダーに映った一点を指差す。

「これは……」

 大気圏外からの侵入の形跡。

 それも、今騒ぎの起きている月の位置とはちょうど反対側から。

 二人は顔を見合わせ、通信回線を開いた。




 もう暗い。星での暗さは一味違う。

 ベッドに横たわっていたミサキはボンヤリとそんなことを思った。目が覚めては泣き、眠っては泣いた。酷い顔をしている。

 ゆっくりと起き上がった。ここはどこだ? 小さな部屋だ。ベッドと小さな冷蔵庫がある。それを開けると水の瓶が入っていた。コップが見当たらなかったので瓶に口をつけて飲む。冷たい水が胃に入り、また涙が出そうになった。

 サイドテーブルに瓶を置き、ベッドに腰を下ろす。何も考えられないし、考えたくはなかった。

 ドアが開いた。顔を上げるとタースがいた。

「起きたのか」

「うん、さっき」

 酷い顔をしている。そう思った。

「ここは、どこ?」

「ああ、本部の中の……HSチーム用の仮眠室だ」

 タースはベットの上、ミサキの隣に腰を下ろす。

「セカンは本部に家があるし、他の三人はまだ戻ってきてない。ゆっくりすればいい」

「……いいの? 暇してて」

「HSチームにできることは、ない」

 酷い顔だと思う。ミサキは手を伸ばし両手でタースの顔を包んだ。

「タースくんのせいじゃないよ」

 泣きそうな顔だとミサキは思った。

「……ミサキ」

「何?」

 そっと両手を離し向かい合う。

「俺たちの婚約は解消された」

 ミサキは目を見開く。こんな時に何を。いやそれは、どういうことだ? 

「俺は何もできない。HSチームだと英雄だと言われているが何もできないんだ。キョウたちの方が、よほど英雄に相応しい」

「それは、タースくんだってあの場にいればキョウ隊長と同じことをしたよ」

「キョウは知ってたんだ。知っていてあそこに残った。俺は知らずに地球に戻ってきた。俺たちは何も知らされてなかった。HS機があの場にいればSGチームも生き残れたかもしれない。けれど、俺は何も知らなかった……」

 ミサキはタースの体を強く抱きしめた。

「月基地は自爆した」

 ピクリ、と思わず体が震える。

「上は最初からそのつもりだった。キョウたちは……」

 タースが震えているとミサキは気づいた。その震えが止まるようにまわした腕に力を込める。

「キョウ隊長から伝言を頼まれたの」

 兄の友人。出会うといつも笑って挨拶してくれたキョウ隊長はHS-1が自身を責めることなどお見通しだったのかもしれない。

 通路の向こうに消えていく後姿を思い出しミサキは上を向いて涙をこらえた。あれはほんの、数時間前の出来事。

「『気にするな』って、伝えてくれって」

 動きを止めた体が小刻みに震え出す。泣いているのだ。ミサキは優しくその背を撫でた。

「HSチームはねえ、これから地球を守るんだよ。キョウ隊長もきっとそれを望んでる」

「ミサキ……」

「あたしもそう信じてる。HSチームは最強だよ。あたしはそれを良く知ってる」


 背中をさすってくれる手が暖かい。タースは自分を抱きしめるミサキの細い肩を見た。

 『気にするな』。あの人らしい言葉だ。いつもへらへら笑っていて、けれど確信めいたことを言う。

『こんなご時世、大事なもんは手放しちゃ駄目だ。わかるだろ、タース』

 いつかの彼の言葉が蘇る。

 大事なもの。それは何だろう。彼の大事なものは何だったのだ? 

「タースくん」

 掠れた声でミサキが囁く。

「あたしはタースくんが好きだよ。理屈なんて何もない。タースくんが好きだから。あたしはそれでいい」

 ミサキを好きか? ミナトの問いに好きではないと答えるつもりだった。婚約は解消されたのだから。

 けれど。

「そばに、いてくれ」

 唇からそんな言葉が出た。

「俺のそばにいてくれ、ミサキ」

「うん」

 抱きしめたミサキの体が震えていることにタースは初めて気がついた。祈るように強く彼女の体を抱きしめる。

 互いが互いを守るように、互いが互いに縋るように、身を寄せる。


『わかんねえよな。まあ、そのうちわかる……わかって欲しくはないけどな』

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