第2章 月が消える日
帰る場所
ぐっと体にかかる重力が大気圏に突入したことを知らせる。この感覚にはいつまでたっても慣れない。けれど、一瞬にして外の景色が蒼く染まるのこの景色は好きだ。高速で流れるそれをゆっくりと目にするゆとりはないが、無限に広がる黒い世界から無事に帰還できたのだという実感がある。
小さく微笑んで、機体を立て直し着陸のために旋回する。
遥か眼下に見えるのは、銀色の小さな塊。それを取り囲む圧倒的な緑と地平線に霞む青。
この星を守ることが使命。
この星を守るために戦う。
各々の抱える理由はどうあれ、自分たちはそのためにここにいる。
『帰還する』
共に飛行を続けるHS-1からの通信。
「了解」
機体は眼下に見える銀色の街へ向かって下降を開始した。
それから数時間後、HSチームの五名はINIT本部の一室にいた。
「地球も久しぶりね」
「そうね」
シュリの呟きにトーカが同意する。
地球への緊急帰還命令が下ったのは、今朝、地上時間で言う所のまだ夜も開けきらない時刻だった。急が過ぎる命令を訝しく思いながらも、慌しく準備を整えて今に至る。
「しかしまあ、上は何考えてるんですかね」
ラットの言葉をタースが目で制す。同時に、小さな音を立ててドアが開いた。
「ご苦労だったな」
入ってきた男性に五人は敬礼を返す。男性の名前はイブキ。HSチームの上官であり初代HS-2、生きた伝説とも称される人物である。
「緊急事態がない限り、しばらくの間休暇だ」
イブキの言葉に五人はちらりと視線を交し合った。
休暇。事前には聞いていたが疑問はある。SUBからの攻撃はここ数日ピタリと止んではいるが楽観できる情勢では依然ない。上は何を考えているのか、それは五人共通の思い。
「休暇、ですか?」
代表してタースが口を開いた。
「SUBの連中もこのところ大人しくしている。お前達はこの半年、ろくに休んでいないだろ。いい機会だ」
柔らかい口調だがこれは命令である。納得はしていないがタースはそれ以上は言わなかった。
「質問はないな。では、以上だ」
踵を返し部屋を出るイブキを五人は敬礼で見送る。
「……本当に休暇とはね」
「休暇の期限が決められていないのも気になるな」
ドアが完全に閉まってからシュリが呟いた。手を下ろしたタースもそれに同意し、セカンは浮かない顔で息を吐く。
「さ、とりあえず今は休暇休暇」
雰囲気を変えるようにラットがポンと両手を叩いた。
「隊長はこれからどうします?」
「とりあえず雑務を終わらせて……家に顔を出す」
「あ、じゃあ、オレ今から家に帰るんで、車使っていいですか?」
地球に帰ってきた時のために、各チームには本部に足となる交通手段が用意されている。HSチームには車が一台とバイクが二台。五人に対し三台の乗り物は破格の待遇である。
「あたしも帰るから、ラット、途中まで送ってよ」
「おう。トーカはどうする」
「私は後で行くからいいわ。その代わりといっては何ですが、バイクを使わせてください」
「わかった」
トーカの申し出にタースは頷く。
「セカンはどうする。車乗ってく?」
「おれもいい」
家の場所を聞かれるかとセカンは少し身構えたが、ラットは納得したように頷いただけだった。
「なら」
四人はタースを振り仰ぐ。
「ここで解散だな。各自、休暇中に怪我などしないように。それから緊急招集でも速やかに集合できるよう心がけておけ。わかったな」
くどいほどの注意だが隊長の性格を把握している部下たちは気にもせず、了解、と声を揃えた。
皆に別れを告げたトーカは、私服に着替えINIT本部内を歩く。
「トーカ」
聞き覚えのある声に振り向けば、同じく私服に身を包んだ女性が一人。
「アカネ」
驚いてトーカは軽く目を見張った。SSチームのパイロット、アカネ。学校の同期でトーカがSSチームにいた頃は一番親しくしていた。
「どうしたの? いつ地球に?」
「HSチームも休暇なの?」
トーカの問いに答えずアカネは尋ねた。
「ということは、SSチームも?」
「うん」
見合わせた顔が互いに曇る。
「わたしたちだけじゃないの。他のチーム……SGチーム以外が一斉休暇らしいわ」
「……どういうこと?」
わからない、とアカネは首を横に振る。
SGチーム以外が一斉休暇。これでは月基地は裸も同然ではないか。
「ねえ、トーカ、何だか嫌な予感しない?」
同感だったが安心させるようにトーカは笑みを作った。
「大丈夫よ、きっと。多分、何か考えがあってのことだわ」
「隊長もそう言ってたけど……でも、異常だわ」
否定をすることができずトーカは目を伏せた。上の考えていることはいつもわからない。その中には、養父のイブキも含まれるのだが。
「何かが起こるのかもしれないのに、どうすることもできないなんて……」
「アカネ」
宥めるようにトーカは名を呼んだ。
「アカネはいろいろ考えすぎるのよ。そこがいい所だけど」
「ありがと。そう言ってくれるのはトーカだけよ。心配性が過ぎるだのなんだのって、みんなうるさくって」
SSチームの面子を思い出しトーカは笑った。女性が多いチームだが団結力は強い。
「……ここでいろいろ言ってても仕方ないわね。トーカ今から帰りでしょ。途中まで一緒に帰らない?」
「悪いけど、ごめん」
トーカはやんわりと断った。
「私はちょっと、寄る所があるの」
Schismaの後、指導者たちは、世界の広範囲で使われていた言語を元に新しい言葉を作り、文化の統一をはかった。遥か昔、神話の時代にそうであったように、この星に生きるものはすべて同じ民となるようにと。
宗教的な対立や人種的な対立があったものの、それらの努力が実り星の住人はすべて一つの集団、INITの一員となった。そして、地球規模での自然回復プロジェクトが実施されたのだ。
それが功を奏し、現在、この地上のほとんどが広大な緑に覆われた森である。人が住むのはINIT本部を中心とした街と呼ばれるこの区域だけ。
この街は多数のブロックに分かれ立場によって住む場所が決められている。大まかに言えば、INIT本部に近いブロックには長官などの官僚が住み、その周りを囲むように一般の人間が住み、それらの更に北側には軍の飛行場や訓練施設などがある。
トーカは一般市民と軍の施設の間のブロックでエレバイクを止めた。そこは今まで通ってきた場所とは違い、どこか裏寂れた感がある。
家から女性が出てきた。纏っている服は手製。INITの人間が着るものと明らかに異なるものだ。
「トーカさま!」
女性はこちらを見て驚きの声を上げた。
トーカにとってそれは懐かしい言葉。INITのものではない言葉だ。
「久しぶり」
笑みを作り彼女本来の言葉、リバイアルの言葉を口にする。
辺り一帯がちょっとした騒ぎになった。家にいた者は外に出、近くにいた者は声を掛け合って集まってくる。エレバイクを停め、その中へ足を踏み入れたトーカはあっという間に囲まれた。再会を祝う言葉、細々とした報告、現状の不満と訴え。周りから浴びせられるそれらの言葉をトーカは全てやんわりと受け止めた。
「姫」
辺りがちょっと静かになり、人の輪が分かれ道ができる。杖をついた老人がゆっくりと歩いてきた。トーカは屈んで視線を合わせ老人の手を握る。
「老、お元気そうで何より」
「姫もお怪我もなく何よりじゃ」
彼はリバイアルの中で一番長く生きている一族の相談役だ。年は彼自身も覚えていないという。
その後ろから浅黒い肌の精悍な顔立ちの青年が現れた。老の隣に並び、片膝をついたリバイアル式の臣下の礼をとる。
「ようこそお帰りくださいました」
「リュート、話がしたいわ。少し時間あるかしら」
「はい。ではわたしの家へ」
立ち上がり、リュートと呼ばれた青年は老を見る。老は頷いて道を開けた。
「年寄りは引っ込んで長にお任せするわ」
「長?」
リュートを見てトーカは怪訝な顔をする。リバイアルの長は彼の父親のホロンであったはずだ。構わずリュートはトーカをエスコートして一軒の家に入る。この辺りで最も大きなここは彼の家。
戸を閉め、リュートは言った。
「父はしばらく前に他界しました。今はわたしが長を継いでおります」
「伯父さまが、お亡くなりに?」
トーカは目を見開いた。
ホロンはトーカの母親、アクアの兄でもある。見開いていた目を伏せ両手を胸の前で組み、トーカは小さく祈りの言葉を呟いた。リュートが胸に手を当ててそれを受ける。
「父も、喜びます」
「長には小さい頃からよくしていただいたわ。ごめんなさい。知らなかったではすまないわね」
「いえ、姫」
「皆にも苦労をかけさせてばかりだし……」
「皆は姫のことを案じています」
トーカは視線を上げる。
「私のこと?」
「はい。パイロットなど危険ではないのかと」
「大丈夫よ」
小さく笑って答える。
リュートに勧められ、トーカは椅子に腰掛けた。INIT式の椅子。本来ならリバイアルの生活にはないはずものだが、INITの人間が訪れることの多いこの家にはそれがある。
リバイアルは同化政策によって街で暮らし始めた後も、生活習慣や言葉を捨てなかった。INITを拒み最低限の物しか受け入れない。それがまたINITの不評を買う。
「皆、森を恋しがっています」
しかし、とリュートは続けた。
「これは『時見の姫』さまのお導き。我らは必ず元の暮らしに戻れるはずだと信じております」
迷いのないその瞳。
危険だと思う。何より責められている気がしてトーカは視線を逸らした。
リバイアルがINITの手から逃れ、過酷な環境下で生き延び続けられたのは、『時見の姫』の予知能力のお陰だ。自然の流れを見、声を聞き、時を読む彼女に、リバイアルの民は全幅の信頼をおいている。
だからこそ、今のこの暮らしも受け入れている。これが正しい流れであると。ただ今は苦難の時なのだとそう信じて。
妄信的ともいえる一族の『時見の姫』に対する思い。懐疑的になってはいけないのだ。『時見の姫』の言葉を疑ったその瞬間からリバイアルの崩壊は始まる。
そうであるから、先代の『時見の姫』アクアがリバイアルを裏切ったのではないかという疑念を、ホロンとトーカは二人の胸の内にだけ収めた。
しかし、ホロンはもういない。トーカは気づかれぬよう息を吐いた。年若い長であるリュートには言えない。この若い長は一族の中で最も『時見の姫』に心酔している。
「いずれ『時』がくるわ」
「はい」
リュートは誇らしげに口の端を上げた。それが苦し紛れの言葉であることを彼は知らない。
「皆、その『時』が来る日を、貴女様からの言葉を待っています。我らの姫さま」
「森に、私たちのあるべきところへいつか、必ず」
トーカが『時見』を感じたのは一度きり。しかも、リバイアルとは何の関係もないところでだ。『時見』の力は感じる力。純粋なリバイアルの民ではないトーカは力自体が弱い。その『時』が本当にわかるのか。そもそもそのような『時』がくるのか。
リュートは崇拝に似た眼差しでこちらを見る。視線が重い。無人機を相手に戦う方が楽だと思いながら、トーカは若くして長となった従兄弟に微笑みかけた。
引き止める彼らを丁寧に断って、トーカは再びエレバイクを飛ばした。辿り着いたのは、八つの頃から暮らしていたイブキの家だ。
長官職のものにすれば家はやや小振りである。使用人は料理人のハンナと執事のミントだけ。余分な金を使わないのがこの家の主の主義である。
呼び鈴を鳴らすと、ハンナが大喜びで出迎えてくれた。
「最近、イブキさまは帰りが遅くてねえ。今日も本部に泊まるかもしないよ」
「長官はそんなにお忙しいの?」
「この頃は特にねえ。何だか、キナくさいやねえ」
あははと笑いながら、ハンナは最近評判だというクッキーを出してくれた。トーカが帰って来るかもしれないと聞いて、わざわざ買ってきてくれたのだそうだ。
「ハンナさん、私が帰ってくるかもしれないっていつ聞いたの?」
「今朝ですよ。それにね、サリー家の馬鹿次男も帰ってきてるみたいだったし、トーカちゃんもそろそろ帰ってくるのかね、なんて言ってた所だったのよ」
トーカはクッキーを一つ摘んだ。チョコレートのほろ苦い甘さが美味しい。
サリー家の次男とはSPチームのハラスのことだ。SPチームも帰ってきている。アカネの言った通りだ。
一緒にお茶を飲んでいるとミントが顔を出した。彼はハンナの旦那でもある。
「あら、あんたどうしたの?」
「イブキさまがお帰りだ」
「あらまあ。早いのね」
慌ててハンナは立ち上がる。夕飯の支度を始めた彼女にお茶とおやつの礼を言って、トーカはミントの後に続いた。
「お帰りなさい」
「ただいま」
出迎える。笑みを浮かべたイブキはすれ違い様トーカの頭をポンと撫でた。
「お仕事が立て込んでいるとお聞きしたので今日はお帰りにならないかと思っていました」
「トーカが帰ってきてるのに、本部に泊まるわけにはいかんだろ」
「ご多忙ですのに」
「たまにはいいだろ」
すたすたと、リビングへ向かうイブキの後を、子供の頃のようにトーカはついていった。心得て、ミントはリビングのドアを閉め台所へ向かう。
イブキがソファへ座ったのを見届けて、トーカは尋ねる。
「今回の緊急帰還にはどのような意味が?」
「休暇だ。戦闘も小康状態になったろ」
「本当に?」
「本当だとも」
「SGチーム以外一斉休暇ですか?」
イブキはちらりとトーカを見た。
「上は、何を考えているのです?」
「じきにわかる」
「長官……」
「トーカ少尉、その話はこれまでだ」
開きかけた口を閉じ、トーカはイブキの隣に腰を下ろした。イブキはテーブルの上に置いてあった電子本を取り上げる。
「行ってきたのか?」
「どこへです?」
「リバイアルのところだ」
わかっていて聞き返したトーカにイブキは生真面目に答えた。
「ええ、行ってきました」
「すまなかったな。ホロンさんのことをお前に伝えなかった」
イブキはINITとリバイアルとの仲介的な役割も果たしている。リバイアル側の窓口であるホロンの去就を知っていて当然だ。
「いいえ。長官が私に伝えないと判断されたのなら、それなりの理由があるはずですから」
イブキはトーカの横顔に目を向けた。
「すまなかった」
「ホロン伯父さまの代わりはリュートが行っているのですか?」
「ああ」
「それは……」
トーカは苦く笑った。
「少し厄介ですね」
「お前に言われては彼も立つ瀬がないな。彼は若いなりによくやっている」
「若いなりでは駄目なんですよ、長官」
「彼はお前より年上だろ」
「ええ。しかし、『イブキ長官』よりは随分若いです。ホロン伯父様ならともかく、リュートでは長官の巧みな交渉術にやられてしまうでしょうね」
今度はイブキが苦笑した。
「本人の目の前でそれを言うな」
「申し訳ありません、長官」
「悪いようにはしない。それだけは信じてくれ」
「長官のことは信じています。ずっと昔から」
「それは嬉しいな」
会話が途切れ、イブキは電子本に意識を向けた。数ページめくった辺りでトーカが口を開く。
「長官」
「何だ?」
「森へ行きたいので許可を下さい」
イブキはページを進める手を止めた。
「何をしに行く?」
「別に何も」
「俺以外の長官達も、お前がリバイアルの民だと知っている。特に理由もなく森へ行くなど背信行為だと見なされ心証を悪くするぞ」
「かまいません、と言ったら?」
息を吐いてイブキは本をテーブルに置いた。
「らしくないな。何かあったのか?」
心配げな視線にトーカは笑って首を振った。
「特に何もありません。行ってみたくなっただけです」
「帰ってくるか?」
意外な言葉にトーカは戸惑う。
「帰ってくると約束するなら、許可を出そう」
ためらいがちに開いた口を一旦閉じ、トーカは笑みを浮かべる。
「そんな事考えつきもしませんでしたよ、長官」
「お前は……」
イブキは笑わず、トーカの手を握る。ためらいの後、言葉を続けた。
「こう言っては何だが、お前はかなり、冷めたところがある。いつもお前は笑って誤魔化す。お前が本気で怒っている姿も泣いている姿も、俺は見たことがない。……それがHSチームに配属されるだけの冷静かつ客観的な分析力と判断力に繋がっているのだから皮肉なものだな」
笑うこともできずトーカはあいまいな表情を浮かべた。
「ライアンとお前は似てない。あいつは考えなしにただ突っ込んでいくやつだった。似ているところがあるとすればそれは……」
イブキは言葉を切る。向けられる真っ直ぐな視線をトーカは受け止める。
「ライアンは、結局飛んでいったまま帰ってこなかった。俺やマイラは、あいつを繋ぎとめることはできなかった。お前はどうだ、トーカ」
「長官……私には理由があります。帰ってこなくてはならない理由が」
「リバイアルのためか?」
トーカは黙って視線を逸らせた。
「それはお前にとって、帰る場所になるのか?」
「もちろんです」
「なら何故目を逸らす?」
反射的にトーカは視線を戻し口を開く。しかし、そこから声は発せられない。
一度閉じ、再び開き、常と変わらぬ口調でトーカは言った。
「私の答えは長官が望んでいるものではないと思ったので」
イブキは小さく息を吐く。
「怒鳴ってくれていいんだぞ」
「それは、シュリに任せてあります。……怒らせようとするのは止めて下さい、長官」
苦笑して、イブキは握ったままだったトーカの手をポンポンと軽く叩いた。
「お前には幸せになって欲しいんだよ」
「幸せですよ、私は」
イブキは手を伸ばし、そっとトーカの頭を撫でた。
「すぐにでも、森へ行く許可は出そう。その代わり帰ってこい。お前はHSチームにとっても、俺にとっても必要な人間だ」
「……はい」
ドアをノックしたミントが夕飯ができたと告げた。トーカは立ち上がり執事の後に続く。
「俺は不安なんだよ、トーカ」
その背にイブキは呟いた。
「お前がライアンみたいにいつの間にかいなくなるんじゃないかと思えてな」
翌日、許可をもらったトーカは街を離れ故郷の森へ入った。身につけているのはリバイアルの服。キュッと腰のあたりで服を絞るタイプのもので、今日着ているこれは母親のものだ。肩までの長さの髪は少し考えて先の方でまとめた。
サンダルを履いた足は速いテンポで進む。
木の間からこぼれる光。そよぐ風に葉が擦れあってメロディーを奏でる。
INITの人間が決して入ってこない森の奥までやってきてトーカはようやく足を止めた。
昔住んでいたこの森は、今はもう許可なしには入れない。せっかく回復した緑が人為的な火事になって燃えてしまってはならない。計画された植林を妨げてはならない。その他にも、様々な理由がある。
「おかしな話ね」
トーカは手近な木にぺたりと手を当てる。
「あなたたちは人の為に、ここでこうしているわけではないのにね」
サワッと吹いた風に髪が揺れた。振り仰いだ空はどこまでも青く、突き抜けた先に永遠の漆黒があるとは思えない。
そっと木から離れ、更に奥へ進む。
記憶に間違えはなく、そこには小川が流れていた。サンダルを履いたまま足をひたす。歩き続けて火照った体には小川の冷たさが心地いい。
ふと、ある言葉が浮かんだ。遠い遠い昔の先人の言葉。イブキが教えてくれたのか、それとも学校で習ったか。
「何事にも時があり、天の下の出来事にはすべて定められた時がある」
呟いてパシャンと水を蹴った。
この森に戻る日は来るのだろうか。リバイアルが信じるその時は来るのだろうか。
その時、自分はその場にいるのだろうか。
「私の帰る場所は、もう……」
先の戦いが蘇る。
リバイアルと全く関係のない所で発現した『時見』の力。『時見の姫』を導くべき自然の力がトーカには見えない。この森にくれば何かを感じられるかと思ったがそう上手くはいかないようだ。
あの時感じた『時見』は確信となってトーカの胸の内に根を張っている。
いや、確信以前に胸に染み込んだ思いの名は。
ふわりと風が頬を撫で、トーカは視線を上げる。
晴れた空に一筋の光が流れた。
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