信頼関係

 ある朝、シュリが真っ赤に腫れた目で現れた。

「シュリ、どうかした?」

「……別に」

 トーカの問いにも答えない。

 シュリは伏し目がちに辺りを見、合いかけた視線を気まずそうに逸らす。

 ミーティングルームの温度が下がった。今度は自分に周囲の視線が集まる。

 いや、オレは何もしてませんって。隊長、そんな目で見ないで下さい。セカン、後で覚えてろ。

 シュリに視線を合わせようとする。避けられたので思わず胸に手を当てラットは考える。大丈夫、何もやってない。


 朝のミーティングの後、隊長に呼び出された。男二人で仮眠室に入る。嬉しくない。

「別に俺はプライベートにまで干渉するつもりはないが……」

 しばらく考え隊長は続ける。

「無理矢理はやめておけ。日々の業務に支障が出るなら俺も干渉せざるを得ない」

 言い方考えてたくせに直球。流石は真面目でエリートな隊長殿。

「何もしてませんよ」

 残念ながら、と内心で付け加える。無い袖は振れない。

「本当か?」

 えらく疑り深い。思わずため息が出た。

「オレそんなに信用ないんっすか?」

「何を言う。信頼してるぞ。HSチームの中で一番な」

 今度はこっちが考える番だった。

 さらりと言われたが、そこそことんでもないことだと思う。何を言っても隊長は苗字持ち、今をときめくタリム長官の一人息子だ。身分差なんてくそくらえだが、苗字持ちと自分のような叩き上げとの間には、実際見えない壁がある。

 そこへ来て「一番信頼している」とは。

 なんてことを言い出すんだこの人は。またもや直球。変化球は投げられない人だとわかっているが、直球過ぎて聞いてるこっちの方が恥ずかしくなってくる。

 一つ年下の隊長。HSチーム配属は嬉しかったが、年下に従うことが少し不満だった。全チームの中で最年少のエリートで融通も気もきかないお坊ちゃん。しかし、こちらとてこの人がHS-1でよかったと、そう思っている。

 返す言葉が見当たらない。オレも隊長のことは信じてますよと、そう返すにはこっちは捻くれ過ぎている。

 こちらの気持ちに応えるように隊長はゆっくりと頷いた。

 そして、口を開く。

「しかし女性問題は話が別だ。ラット、正直に言え。反省すれば咎めるつもりはないぞ」




 ラットが隊長に連行され隣の仮眠室に消えてから、トーカはシュリに向き直る。

「その目どうしたの?」

 シュリはキョロキョロと辺りを見回した。部屋の隅の方でセカンが筋トレをしているだけだ。それを確認して彼女は身を乗り出し囁く。

「実はね」

「うん」

「ラットに借りた映画を見たら感動しちゃって、ボロ泣きしちゃったの」

 ベシャン。腕立て伏せをしていたセカンが、トーカの視界の隅でつぶれた。

「隊長には内緒よ。こんなこと知られたら何を言われるか⋯…」

「うん」

「ラットにも言わないでね。何か癪だし」

「うん。気持ちはわかるけどね、言わないわけにはいかないと思うわ」

 明確な否定にシュリはムッと眉根を寄せる。

「何でよ」

 ラットの叫び声とタ-スの低い声が交錯する仮眠室に目を向け、トーカは曖昧な笑みを浮かべた。

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