一目見るだけで

 そりゃ、自分の腕がまだまだ未熟だってこともわかってる。他のHSシリーズ担当者に比べて経験が足りないんだってことも。

 そりゃ、あたしがここにいるのは自分でも驚くぐらいの大抜擢だけど、誰もやりたがらなかった事情をさっぴいても自分にそれなりの実力があるからだと思いたい。

 そりゃ、ハワードさんの意見は正しくって、そうした方がいいって思ったし事実そうしたけれども、胸にあるモヤモヤは消えない。

「あーもうっ!」

 ガシガシと頭を掻く。朝の技術会議でヘコんだ。非常に。

 けどそんなこと表に出してはプロ失格だ。何とか普通に一日の仕事を終えた。上手くいったようでスタッフたちにも突っ込まれずにすんだ。

「ミサキ、いるか?」

「いるわよー。何? タースくん」

 立ち上がって入ってきた彼を出迎える。業務時間を過ぎていたが関係ない。月基地の技術部はどこもそうだ。

「機体のことでちょっと……」

「ん? どこどこ」

 資料を片手にタースはこちらを見る。そして訝しげに眉根を寄せた。

「大丈夫か?」

「え?」

「いつも何か違うから」

 思わず、心配そうな彼の顔を見つめ返す。

 ……そういえば、昔っからそうだった。

 彼に嘘はつけない。無理に明るく振舞う自分に気づいてくれる。

 笑みがこみ上げてきた。今日一日顔に貼り付けていた無理やりなものではなく自然な笑みが。



 さてこの男、どうしてくれようか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る