星の瞬き

「珍しいな」

 HS-5の整備ドッグ。この機体の主任エンジニアであるハワードは機体の下に潜ったまま言った。

「何が?」

 愛機の近くにしゃがみこんだトーカは尋ねる。

「HS-5が被弾するのも、搭載してる武器を全部打ち尽くすのも」

 機体の下からすべり出たハワードの巨体がトーカの前に現れる。

「トーカがぼんやりしてるのも、だ」

「そうかしら?」

 トーカは軽く首を傾げた。ハワードは立ち上がって足元をざっと払う。

「新型のステルス積んだ相手に狙われたのよ。これくらいで済んだことを誉めて欲しいわ、ハワードおじさん」

「気ぃつけなよ。トーカが無事に帰ってこなきゃワシがイブキにドヤされる」

 先代のHS-2の整備士だったハワードは快活に笑った。

 SUBが有人機を十体投入してきた先の戦闘は、両者痛み分けの形に終わった。あちら側は多数の無人機と有人機が五機、落ちた。こちら側は共に戦っていたSGチームの二機を落とされ、HS-2、3、5が機体に損傷を負った。

「向こうが引いてくれなかったらこっちが危なかったわ。HS-5の武器は尽き、HS-3の重火器も底が見えていたんだから」

「解析結果は出たのかい」

「これからもらいに行くところよ」

 戦闘が終了後すぐにHS-5が集めたデータを細かく解析し次の戦いに役立てている。今回は普段よりもかなり詳しく行われていることだろう。何しろ、HSチームがこれだけ苦戦したのは初めてであるのだから。

「次はあのステルスは効かないそうよ」

「それはめでたいな」

「ハワードおじさん不満そう」

「トーカもな」

 二人は顔を見合わせ肩をすくめる。

「後手後手か」

「ええ」

 ステルスをかけられれば見破り、通信を傍受されては打ち破る。つまりは後手後手。こちら側から攻めてはいない。

「SUBの技術にゃ敵いませんってか」

「おじさんがそんなこと言ってどうするのよ」

「で? トーカが珍しくボーっとしてるのは、それでか?」

「ボーっとなんてしてないわ」

 トーカに背を向けハワードは手にした工具の具合を確かめる。

「ハワードおじさんにまで嘘をつくつもりか?」

「……嘘?」

「そんなことに悩んでる顔じゃねえわな」

「じゃあ、どんなことに悩んでる顔?」

「例えば恋だ。年頃の娘がボーっとするって言やあな」

「定番ね」

 ハワードの背中から視線を外して横を向く。

「ま、言いたくなったら来な。いつでも聞いてやる。ハワードおじさんの口が固いのは知ってるだろ」

「ありがとう、おじさん」

 笑ってトーカは踵を返しドッグを後にする。

「恋ね……」

 口の中だけで小さく呟きながら。




「何故あの時、HS-5を撃たなかったのです? アルスさま」

 教授の問いにアルスは眉間に皺を寄せた。

「おい、アルスさまに意見を……」

「ちゃんとお立場を考えて、先ほどの会議中は口を噤んでいましたよ。それともクロイツさまは、この意見を先ほどの会議上で述べた方がよかった、と?」

 作戦会議の後、話があるという教授と残った会議室である。ここにいるのはアルス、クロイツ、教授の三名のみ。

「ただの興味です。お聞かせ願えれば幸いかと」

「撃っただろう。避けられただけだ」

 にべもなくアルスは答える。

「いいえ、わたしが聞いているのは、何故あと一呼吸前に撃たなかったのだ、ということです。あのタイミングならば避けられなかった」

「何故お前に言う必要がある?」

「何故答えられないのです?」

「貴様!」

 クロイツを手で制しアルスは言う。

「タイミングを逃した。それだけだ」

「なるほど」

 教授は納得顔で頷いた。

「失態を素直に認められる。良い心がけです」

「いい加減に……」

 クロイツが机を叩いて身を乗り出す。

 その時。小さな音を立ててドアが開いた。

「騒々しいな」

 低い声にハッとしてクロイツは姿勢を正す。教授もそちらを見、胸に敬愛の意味で手を当てる。

 驚きと苦々しさに少し顔を歪め、アルスは立ち上がった。

「いつお着きになられたのです? 父上」

「ついさっきだ、アルス」

 SUBの王、ガウルは口の端を上げて笑みを浮かべる。

「梃子摺っておるようだな。だがもう心配はいらん」

 真意を測りかねてアルスは父親を眺めた。

「SUBはこれより全軍を挙げINIT攻略に着手する。アルス、今までご苦労だった」



『SUBはこれより全軍を挙げINIT攻略に着手する』

 ガウルのその言葉通り、INIT攻略本部のある小惑星にはガウルの指揮するSUB本隊の軍勢がぞくぞくと集まってきた。

「……」

「兄上様が手間取っておられるとは、INITは随分お強いようですね」

 司令室からそれを眺めるアルスに異母弟のリウスは言う。それを無視してアルスはガウルの方に向き直る。

「見たところ、本隊のほとんどが集結するようですがSOILはもうよろしいのですか?」

 SOILは十年程前、SUBのやり方に不満を持ち当時の第二母船を持ち逃げし独立した一団である。ガウルがINIT攻略を指揮していた頃、SOILと交戦していた当時のSUBの王、ガウルの父親が乗った艦が落とされた。それにより、INIT攻略から一時撤退を余儀なくされ、ガウルは慌しく跡を継いだのだ。ガウルや本隊の人間にとっては、SOILは先のSUBの王の仇。INIT攻略に軍勢が裂けなかったのもそのためだ。

「SOILの方は心配いらん」

 ガウルは軽く手を振った。

「次はINITの番ですよ、兄上」

「左様。SOILに比べたらINITの戦力など微々たるものよ」

「しかし、兄上はそんなINITに手を焼いていたようですが?」

 リウスがアルスに視線を送る。

「今までINIT攻略が進展していないのは、兄上のせいではありませんか?」

 軽い調子の言葉。アルスは内心舌打ちした。

「INITに梃子摺っているわけではない。知っての通り、我々が手を出すことによってマザー・スターへの影響が……」

「アルス」

 ガウルが言葉を遮った。

「少し汚名を返上してみるか?」

 真意を測りかねアルスは視線を外して機体の並ぶ外を見る。

 先の戦闘のあの一瞬が、何故か心に浮かんで消えた。




 目の前の人物がゆったりと白い煙を吐き出した。

「珍しいな、タース。煙は嫌いじゃなかったのか?」

 ちらりとこちらを見てキョウは手にしたタバコの火を消す。

 姿を見かけ喫煙ルームに足を踏み入れたタースはキョウの向かいに腰を下ろした。

「……すまなかったな」

 火の消えたタバコを手で回しながらキョウは小首を傾げる。

「何が?」

「俺たちのせいで、SGチームが二機……」

 タバコを回す手がピタリと止まる。

「おいおい、タースさんよ」

 言葉を切って、キョウは口の端を上げた。

「謝ることはない。お前らのせいじゃないからな」

「しかし……」

「なあ、タース。オレたちは別にお前らの、HSチームのために飛んでるわけじゃない。SGチーム十六名は全員、星を守るために飛んでるんだ。自分らの命が星を守る布石になる。オレらはそう信じてる」

「……」

「だから、謝んな。上から目線だぞ、それ……ぶん殴りたくなる」

 SGチームの機体はHSチームのそれとは異なりいわば使い捨ての作りだ。月基地で作られたため装甲は薄く大気圏の突入はできないし、またパイロットが脱出する機能も備えてはいない。

 しかし、月基地の周辺を常にパトロールする彼らはSUBとのエンカウント率が最も高い。

「キョウ……」

 そちらを見ずに、キョウは龍の模様が彫り込まれたライターを取り出した。カツンっと、蓋が開き金属音が響く。

「なあ」

「何だ?」

「いつまでもそこに、ずっと同じように存在してるもんなんて、ありゃしないんだよ」

 戸惑うようにしてキョウの顔を見るも無表情なそれからは何の情報も読みとれない。

「だから、こんなご時世、大事なもんは手放しちゃ駄目だ。わかるだろ、タース」

 カチ、カチと何度か火種を打ちつけ火をつける。炎がゆらゆら揺らめきキョウの顔に陰影をつけた。

「わかんねえよな。まあ、そのうちわかる……わかって欲しくはないけどな」

「………ああ」

 タバコに火が移り、立ち上る白い煙が細くたなびいた。




 トーカはパラリとめくって紙面で受け取ったばかりの解析結果を見た。

「最新鋭のステルスを積んだ機体の側面に横一本のラインが引かれていた。これはガウルのようにSUBを束ねる立場にある者の機体にのみ見られるものである。またその性能から見ても搭乗者はガウルの息子であり指揮官のアルスであったと思われる」

 誰が乗ってたのかしらねと興味本位で聞いたトーカの問いに、解析担当者は律儀に返事をしてくれた。

「アルス……」

 小さく口の中で呟く。

「これは恋なのかしら。それともある意味一目惚れ?」

 時見の力。

 自分では制御できず、リバイアルを縛るこの力。

「森へ行けば、何かわかるかしらね」

 ふとそう思う。そしてそれはとても正しいことだという確信が胸の中にあった。

「トーカ」

 ボンヤリと廊下を歩いていると、背中に重みを感じた。

「なあに? シュリ」

 首を巡らすと背中に抱きついた形のシュリの顔。

「息抜きに、甘いものでも食べに行きましょ」

 言ってにっこりと笑う。

「……ええ」

 シュリがやけに自分に触れてくる時は。

 トーカ自身に元気がない時だと決まっている。そう、学生時代から。

「気を使わせちゃったわね」

「たまにはお姉さんぶらせなさいな」

「じゃあ、この資料をミーティングルームに置いてから、行きましょうか」

「はい、了解」

「シュリのおごりね」

「ラット連れて行っておごらせましょ」

「きっと怒るわよ。ラット甘いもの嫌いじゃない」

「だからよ」

 他愛のない会話を交わしながら、トーカはふと窓の外を見る。

 あの一瞬が心に浮かんで、また消えた。




 暗闇の中には隕石とも呼べぬ小さな石が無数に浮かんでいる。

 それは、隕石同士の衝突によるものであったり、戦闘によるものであったり、理由は様々。

 SUBが占領した小惑星のうちで月基地に一番近い星。今は前線基地となっているその程近くにもそういった石の欠片は存在する。

 そして。

 INITはその中に小型の偵察機をばら撒いてSUBの様子を探っていた。小型の偵察機は、SUB側に気づかれないよう無線機能は備わっていない。それらは周辺の見回りと威嚇を兼ねたパトロールを任務とするSGチームによって定期的に回収され、情報はINITの手に入るのだ。

 そして。

 その日、SG-4がいつものように回収した情報を受け取ったキョウは。

 地球にいる上層部に緊急連絡を送った。

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