未来への邂逅 後編
『は、馬鹿な』
ハイトが教授の意見を一笑した。
『HS-5など落としても状況は変わらんわ』
『これだから、脳みそまで筋肉の人は』
『なっ! 貴様馬鹿にするのか!』
「仲間割れをするな、戦闘中だ」
HS-3は無人機と前線にいる有人機周辺を飛んでいる。もうあまり時間はない。
『いいですか、ハイトさま。それに、他のお方も。HS-5はあまり前線に出てきません。理由は足が遅いからです。では、何故足が遅いのか。あの機はおそらく周囲の状況を補足する探査機能、機体の動きを予測する解析機能に特化した機体なのです。ついでに妨害電波も出していますが、盗聴機には効きませんのでご安心を』
「御託はいい」
『盗聴機によってわかったことですが、作戦の指示はHS-5から出ることが多い』
『そういえば、HS-5は後方にいることが多い。あれは……』
『後ろから我々の動きを読んで指示を出していたのですよ』
やれやれ、と教授はわざとらしく息を吐く。
『我々の機体には各自高度な探査・解析装置がついていますからね。そのようなことに丸々一機の戦力を割くINITのアナログなやり方が理解できないのはわかります。しかし、それに特化した機体だけあって、HS-5の情報処理能力は我々の二、三倍はあるでしょうな』
しかし、その分。
『他の機体の処理能力はさほどでもない。頭を落としてしまえば手も足も出ないでしょう』
「……なるほど、わかった」
アルスは咳払いをした。
「最終目標をHS-5に定める。俺が奴らの背後からHS-5を狙う。ハイト、他の者をまとめてHSチームを引きつけておいてくれ。落とせる機会があればそれも構わんが無理はするな」
『了解いたしました』
『アルスさま、それでは……』
ハイトの同意とクロイツの異を唱える声。アルスは内心、舌打ちする。
「俺ならばINITとの戦闘で使用したことのないステルスシステムを積んでいる。奴らに気づかれる恐れはない」
自分が出た以上は、自分自身がそれなりの戦果を上げなければガウルに顔向けができない。守られているだけでは駄目なのだ。アルスの機体は装甲、性能、攻撃力すべてに優れている。そんな機体を与えられ前線に出ていながら、手をこまねいているわけにはいかない。
「クロイツ、援護を頼む」
『……わかりました。お気をつけて』
雑音とそれに混じったHSチームの声。
そちらをちらりと見て、アルスは機体を旋回させた。
「HS-1、三時の方向から狙われてます」
トーカの言葉と同時にタースが機体の方向を変え、HS-1を狙っていた敵機が進路を変える。
「……」
言い知れぬ違和感にトーカは眉間に皺を寄せる。
おかしい。
例えば今の動きが偶然のものだとしたら、HS-1が方向を変えたのを見て敵機が進路を変更したのなら何ら問題はない。
しかし、二機が動いたのはほぼ同時。そして敵機はHS-1から狙いを外した。
これが初めてではない。先ほどから、数えているだけで五回、同じようなことがあった。
まるで。
「こちらが向こうの動きを読んだとわかったみたいに」
さっとレーダーに目を走らせトーカは言った。
「HSー2!」
機体の名前を呼んだだけ。HS-2の進路は変わらない。
しかし、無人機の後ろから明らかにラットを狙っていた敵機は急に方向を変えた。
ギリっと、トーカは歯を鳴らす。操縦桿を握っていなければ爪を噛んでいただろう。
『どうした? 何かあったか?』
HS-2から入る通信。
トーカは意を決した。
「全機へ告ぐ。通信周波数をチャンネル五に変更」
「あーあ、気づかれた」
他人事のように教授は呟く。
「でも、周波数を変えるだけが自衛手段なんて、INITは本当にアナログだねえ」
トーカは強く舌打ちした。周波数を定期的に変えてみたが効果はない。
「ごめんみんな。全機へ告ぐ。通信周波数をチャンネル五で固定。以下変更はしない」
周波数を変えてもこちらの通信を傍受され続けている。こちらとて、妨害電波を出している。そうやすやすと聞かれはしまい。おそらく、通信傍受のみに特化した機体がいるのだ。
どこだ? どれだ? こちらの通信を傍受している機体は。
レーダーに目を走らせドキリとする。瞬間、身をかわしたトーカの機体すれすれを光が突き抜けた。
「流れ弾か」
あえてそう言い、ちらりとレーダーで確認する。この位置、HS-5を狙ってきた。前方で乱戦している四機ではなく、あえてその輪から少し離れたこちらを狙ってくるとは。
この機体の役目がばれているのかもしれない。
「INITもSUBの通信傍受を考えた方がいいかも」
口の中で呟くがそれは無理だろう。やはり宇宙技術はSUBの方が進んでるのだ。
ひとまずこの状況を何とかしなければ。
ステスル機能を使っている機体の位置もすでにレーダー上にある。しかし、通信を傍受している機体はわからない。
「ふむ」
こちらの会話は完全に筒抜け。連携も上手く機能しない。無人機は確実に落としているが有人機はのらりくらりと攻撃をかわす。通信傍受の機体、おそらく一機ではないであろうそれを全て落とす幸運には期待できない。
「こちらの会話が聞かれてるのなら……」
トーカは操縦桿を握り直した。
HS-1に乗るタースはイライラしてミサイルを撃つ。
「キリがない」
連携がいつものようにとれない。あちらの攻撃はちゃんと避けているがこちらの攻撃が有人機に届くこともない。先ほどから何度か通信周波数を変えた。それから考えるに、通信が傍受されているのだろう。
舌打ちして目の前の無人機を薙ぎ払う。
その時。
レーダーに一瞬ノイズが走り、一気にその性能を増した。
「これは」
精度のよいHS-5のレーダー画像がリアルタイムで発信されている。
「どういうつもりだ?」
これは確かにステルスをかけた相手の機体も映し出す。しかしリアルタイムで常に発信されている映像は現実との微妙な時間差が、戦闘時においては重要な誤差が生じる。それ故、解析結果で相手の動きを読むトーカが常に声のフォローを入れていた。しかし、通信を傍受されているのを気にしてか、そのトーカは何も言ってこない。
どうするつもりだ?
「くっ……」
レーダーに目を走らせる。素早く船首をめぐらせこちらに狙いをつけた有人機を撃つ。当たった。しかし、完全ではない。
その瞬間。
予想だにしない方向から飛んできた光がその敵機を貫いた。
「HS-5?」
光の源にタースは呟く。
「……そういうことか」
声でのフォローができない分、攻撃でフォローする、と。
しかし、戦闘範囲は広く、元々が探査・解析用であるHS-5に搭載された武器は少ない。
「一人で全てのフォローを……無茶だ」
『坊や、手伝って』
らしくない発言に眉をひそめる。トーカは自分も年下に位置するためか、セカンを『坊や』と呼んだことはない。
その声に応えるようにHS-3が乱戦の中からわずかに引く。微妙な引き方だが、HS-3の戦い方を熟知しているものにとっては大きな引き。
HS-3では敵の動きの先読みまではできない。しかし、乗り手のセカンは人間離れした能力を持っており機体の足は一番速い。フォロー役には最適だ。
『通信が傍受されています。機体の名をつけての会話は控えて下さい』
「わかった。よし、反撃開始だ」
宇宙空間には無数の隕石が漂っている。
それは小さなものから、アルスの機体ほどの大きさのものまである。最新鋭のステルスに身を包みそれらの石に機体を紛れ込ませる。
戦闘地帯から大回りして抜け出し、アルスの機体一機でHSチームの背後に回った。おそらく気づかれてはいまい。
ここから一番近くのHS-5まで、SUBで最速を誇るこの機体が全力で翔けると五十秒弱。ここから狙い撃ちにするという手もあるが、一撃であの機体を屠るクリスタルキャノンはチャージに十秒ほどかかる。エネルギー充填中に気づかれれば奇襲は成功しない。
ちらりとレーダーを確認すればHSチームは連携を取り戻し始めていた。
「教授も大したことはない」
仲間の機が一つ落とされ、アルスは眉を曇らせる。
確実に、仕留めるには。
「近づきながらエネルギーを充填させる。両者を同時に行うと時間がかかる。三十秒走行に費やしその後エネルギー充填を開始、チャージ完了と同時に放つ。クロイツ、HS-5をその場に繋ぎとめておけ」
閉じていた通信回線を一瞬だけ開き、頭の中で組み立てた作戦をクロイツに伝える。
『はい、アルスさま』
返事に一つ頷き、通信を切った。HSチームの会話を傍受している受信機は開き、様子をうかがう。
「行くか」
アルスは操縦桿を強く引いた。
「うるさいわね」
何度目かの攻撃からトーカのHS-5は身をかわす。
「流石に、こっちを置き去りにしてはくれないか」
こちらに対する風当たりが強くなった。全体が見えるよう乱戦から少し距離をおいているとはいえ、他の三機のフォローに回っていることは向こうも承知なのだろう。
自身に放たれる攻撃からは身をかわすのみにして、フォローに徹する。HS-5はさほど強力な火器を積んではいない。言い換えれば、一回の攻撃がどうしても弱い。自身を攻撃してくる敵機を撃ったところで確実に仕留められる公算は少ないのだ。
光がトーカの機の側面を駆け抜ける。
「また、あれか」
トーカをしつこく狙ってくる一機。
「しつこい男は嫌われるわよ、っと」
砲座を巡らせ、ラットが片翼を落とした機体にミサイルを数発ぶつける。有人機のように装甲が厚いものにはあまり効かないが、傷口を狙えばどうであろうか。
視線を戻すと、先ほどの『しつこい男』にシュリが攻撃を加えていた。敵機は旋回してこちらから間合いをあける。
「ありがとう、助かったわ」
シュリに軽く礼を言った。
その時。
ぞくっと悪寒が走り、トーカは振り返った。
機体を飛ばしきっかり三十秒後、アルスはエネルギー充填を開始した。
スピードが少し遅くなる。
十……九……
HS-5はクロイツが上手く足止めしてくれている。
予定通りだ。向こうがこちらに気づいた様子もない。
八……七……
ザザッとHSチームの会話を傍受していた雑音が小さくなる。
HSチームに近づいたことで余計な電波を拾わなくなったのだろう。
六……五……
計算に少しだけ誤差を生じたのか、思ったよりもHS-5に近づくことになりそうだ。だが、取り立てて危険なほどではない。ぐんぐん近づいていく目標に視線を定める。
四……三……
走らせながらの砲撃は得意分野だ。しかも今回は至近距離、外すはずがない。
しかし、攻撃の後はすぐに旋回しなければ、残りのHSチームの餌食となるだろう。
二……
アルスは砲撃ボタンのある指先に全神経を集中させた。
一……
いける、確信があった。
0
充填完了。
その瞬間。
『ありがとう、助かったわ』
目前のHS-5から雑音が消えたクリアな声。
この声は。
「女……?」
瞬間の動揺にアルスの体は固まる。
そして
目が、合った。
トーカの心臓がドクンと音を立てる。いつの間にか近づいていた敵機。レーダーに映るのは高まったエネルギー値。
しかし。
『時見の力は感じるものなの。この時だと思う瞬間が必ずやって来るわ』
見えるはずもない相手と
機体越しに、目が合った。
全ては一瞬。
アルスの放った攻撃は、旋回したHS-5機の片翼を掠めただけに留まった。そのままの勢いで四十五度の方向転換を行い、アルスは味方の側へ向かう。
「まさか、HS-5に女が乗っているとは……」
HS-5を示す光点を見る。
あの時。
機体を貫いて相手のパイロットと目が合った気がした。
「馬鹿な」
ありえない。外を見ても広がるのはただの闇。航行はレーダーに映る点だけが頼り。確かに、全神経を集中させて相手を狙い、方向をイメージしていたが。
「目が合うなどありえない」
雑音がひどくなった受信装置を切り、アルスは味方の通信回線を開いた。
固まった心と反比例して、何度も訓練を受けた体は反射的に動き、機体を巡らす。相手から放たれた光弾がHS-5の翼を掠めていった。
『トーカ!?』
シュリの悲鳴のような声が意識を現実へと引き戻す。
「大丈夫、平気。異常はないわ」
『お前はいったん下がれ』
「了解」
敵機に向かっていく仲間の機を見送りながらトーカは後方に下がり体勢を立て直す。
「……どうして?」
小さく漏れるのは疑問。
「完全にロックオンされてたのに、どうして撃たなかったの?」
そして、あの瞬間。体に走った衝撃。
今まで全く発現しなかった時見の力。けれど、わかる。あれがそうなのだ。
ふと、母の言葉を思い出す。
『私は貴方のお父さんに出会った時、この人だと思ったのよ』
「……そんなのって、ないわよね」
トーカは頭を軽く振ると、仲間たちの後を追った。
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