未来への邂逅 前編

 会議から一夜が明けた。久しぶりの出撃にアルスは入念に機体のデータをチェックする。王の息子である彼は当然、最新鋭のものに乗っている。

「アルスさま」

 側面に横一本のライン。アルスの乗る機体を示すそれを見上げていると声をかけられた。振り向くと側近のクロイツがそこにいた。

「あれほど前線に出るなと申し上げましたものを」

「今回は仕方ないだろ。あの科学者を寄越したのは父上だ。INITなどさっさと片付けてしまえと催促も来ている」

「しかし! お言葉ではありますが、ガウルさまが自らINITを攻撃されていたころも……」

 アルスは手を上げて言葉を制する。

「それ以上は言うな。それに、父上が前線にいた頃とは我々の艦の性能が違う。正直、INITの船はHSシリーズ以外は敵ではない」

「アルスさま、我らはHSシリーズも……」

「あれらは強いよ。さすがというところだ。だから、さっさと片をつけたい」

 クロイツは奥歯を噛み締め唸る。

「わたしはやはり、アルスさまがお出になるのは反対です。あなたさまは将来、ガウル様の後を継ぐお方」

「だからこそ前線に出なければならない時もある。クロイツ、それはお前にもわかってるだろ」

 それに、とアルスは自嘲する。

「オレがいなくなったところで父上は困らんさ」

「……アルスさま」

 同情するようにクロイツは眉尻を下げる。キュッと唇を噛み、意を決した様子で告げた。

「アルスさま。マザー・スター攻略部隊である我々は、いつでもあなたさまの味方です。それだけはお忘れなきよう」

「わかっている。悪かったな、愚痴を言っただけだ。出撃準備を頼む」

「……了解いたしました」

 一礼して去っていく背中。それを見るアルスの目には何の感情も宿ってはいなかった。

 ゆっくりと自分がこれから乗る機体を見上げ呟く。

「『味方』か。よく言う。所詮この部隊も、父上のものだ」




 ミーティングルームでシュリが興味なさ気にめくっていた本を、ラットが上から取り上げた。

「何するのよ」

「何読んでるのかと思って。何だ? 学校のテキスト?」

 片手で器用にページをめくり、別の手で持っていたカップからコーヒーを飲む。

「うわー思い出したくない過去。こんなの覚えたねえ」

「ラットって学科苦手っぽいわよね」

「大変苦手でした。卒業試験、学科で落ちるかと思った」

「ラットさんは実技満点でいらっしゃったのでしょ」

「ですよ、シュリさま。学科はギリでしたけど」

「わたくしは両方満点でした」

「お偉いことで」

「おれも両方満点だったけど」

 床に座りダンベルで筋トレをしていたセカンがボソッと告げる。

「俺もだ。当然だろ」

 何かの資料に目を通していたタースも続く。

「……さいですか」

 パタンとページを閉じ、ラットは机の上にテキストを置いた。

「暗記が苦手だったんだよ」

「あたしも苦手だったけどね、暗記は」

「INITの歴史とかさ、パイロットにいるのかよ、と思ったね」

「あたしもよ。何があったっけ、覚える系のもの」

「SUBとの戦闘の歴史、あとは同化政策の歴史とかなあ」

「あったあった、同化政策。確か…A.S.289年……?」

「A.S.298年、森の民に対し同化政策を施行。A.S.429年、戦闘の激化により同化政策一時休止。A.S.501年、森の民リバイアルの同化政策を実施し事実上の同化政策は終了」

 ラットとシュリが振り向くとトレイに五つカップを載せたトーカがやってきた。

「で、よかったかしら」

「もっと覚えることなかったっけ?」

 シュリが礼を言ってトーカからコーヒーを受け取る。

「森の民の規模とか、人数とかいろいろあったよ。あと、『A.S.492年、初代HS-1ライアン空尉が森の民リバイアルと接触し同化政策は再開』も入れとかないと」

 セカンはダンベルを放り出して立ち上がり、トレイからミルクティーをとった。

「そうね」

 笑ってトーカは残ったカップの一つを取り、タースの元へ運ぶ。

「どうぞ、隊長」

「ああ。ありがと」

 ちらり、とトーカを見てタースは書類に視線を戻す。

「トーカは卒試、どうだった」

「確か、学科が九十五点、実技が九十点だったかしら」

 トーカは自分の分の紅茶を手にとり答えた。

「何を間違えたんだよ学科」

「実技ってどこでミスしたの?」

「別にいいじゃない昔のことは」

 言って肩をすくめる。

「あの試験、合格点は各八十点、毎回の平均点が七十弱よ。一発両方満点合格なんて何人いるやら」

「トーカの意見に深く賛成。でも、その数えるほどしかいない逸材がここに三人もいんだけど」

 自分に入れたミルクティをすすりながらトーカはその三人を順に見る。

「流石、優秀な人材ばかり集めたHSチーム」

「納得するとこか」

「っていうか、あの簡単な試験のどこ間違えたのか聞きたいんだけど」

 ボソリと呟いたセカンの言葉にラットの眉がピクリと動く。

「通ったんだから別にいいじゃない。それより何で今更そんな話に?」

「ん? シュリがこれ持ってたから」

 紅茶のカップを机に置いてトーカはラットからテキストを受け取る。

「あら懐かしい。これどうしたのシュリ」

「うん、うちの叔母さんが……ちょっとね」

 トーカはパラパラとページをめくった。その手がある箇所でピタリと止まる。

『……SUBに対抗するため、地球全土の意思の統一が早急な課題として求められた。INIT政府はA.S.298年、地球全土の民族統一を決定。 A.S.429年、戦闘の激化により休止が宣言されるまでに民族の九割以上がINIT政府に一元化された。これらを同化政策と呼ぶ。さらに、 A.S.492年、ライアン空尉が以前より存在が指摘されていた最大規模の森の民、リバイアルと接触し……』

 視線を感じ、トーカが顔をあげるとシュリが横からページを覗き込んでいた。

「……懐かしいわね」

 本を閉じて返す。

「興味あるの? 同化政策」

「まあ、それなりにはあるわね」

 トーカは再びカップを取り上げ口をつけた。

「でも、ラットとトーカも実技と学科両方満点だと思ってた。HSチームに、いるぐらいだから」

「別に満点じゃなくてもHSチームに入れ、ますよね? 隊長」

 ラットの問いに、タースは首を縦に振った。

「じゃあ、選抜基準は何なんですか?」

「部外秘だ」

 シュリの問いに、にべもない。

「家柄とか? トーカって確かイブキ長官に育てられたんだろ」

 何気ないセカンの言葉にトーカは笑みを返す。

「こら」

 ラットは後ろからセカンの頭を小突いた。

 ガクっと前のめりになったセカンは頭をさすりながら振り向く。

「何すんだよ」

「オレに対するあてつけにしか聞こえません」

「ラットだってイブキ長官の……」

「イブキ長官はそんなとこで贔屓する人じゃないって。第一、お前、オレやトーカが足引っ張ったり、いて困ったりしたことなんてあったか?」

「それは……ないけど」

「ラットの言う通りだ、セカン。人より優れたところがあればHSチームにいる資格はある」

「……人より優れたところ、ね」

 小さく口の端を上げたセカンの頭をラットは今度はわしゃわしゃと撫でる。

「んな顔しなーい。何暗くなってんだよ」

「やめろって。ったく、何でみんなおれの髪グシャグシャにいじるんだよ」

「高さ的にやりやすいから」

 セカンはむっと唸ってラットを上目で睨む。

 内線が鳴った。近くにいたシュリが受話器を上げる。

「はい、HSミーティングルーム……はい、わかりました。トーカ、本部から私用通信が入ってるって」

「ありがと」

 ラットとセカンの様子を微笑ましげに見ていたトーカは紅茶のカップを置く。

「ちょっと行って来ます」

「行ってらっしゃい」

 シュリに手を上げて応え、トーカは部屋を後にし通信室へ向かう。

 通信室には地球からの使用通信用に個別のボックスが設けられている。受付で所属と名前を告げて回線番号を教えてもらい、個人ボックスに入ってその番号を押した。

「お待たせしました。トーカです」

『元気そうだな、トーカ。久しぶりだ』

 通信の相手はHSチームの上司であるイブキ。

「何の御用でしょうか?」

『久しぶりに娘の声が聞きたくなっただけだ』

「冗談が上手いですね、長官」

 トーカは思わず微笑する。忙しい人がそんな理由で連絡してくるはずがない。

「リバイアルに何かありましたか?」

 帰ってきたのは無言。無言はこの場合、肯定の意味。

 表情を改め、トーカは居住まいを正した。




 雑務を終えたタースは立ち上がる。シュリが机に放り出した教科書に目を留め、それをパラパラめくった。

 『森の民』『同化政策』『リバイアル』。

 リバイアルは比較的最近、同化政策によってINITの一員となった民族だ。同化政策終了の年がA.S.501年。今がA.S.512年なので約十年前になる。

「さっきトーカも、そのページ見てましたけど、何かあるんですか?」

 気づいたシュリがタースに問う。

「にしてもトーカ、歴史覚え過ぎ。オレなんて同化政策、きれいさっぱり抜け去ったってのに」

「おれも全部覚えてるけど」

「お前は学校出たとこだろ」

 さらりと言ったセカンの頭をラットが小突く。

 その様子を見てタースは眉根を寄せた。学生時代からの友人だという、シュリはトーカと仲が良い。また、ラットはトーカと同じくイブキ長官の援助を受けて育った。セカンはともかく、二人は当然、知っているのだと思っていた。

「お前たち、もしかして知らないのか?」

 上層部の中では有名な話である。セカンの場合と違って言っても別に構わないだろう。

「トーカは、リバイアルの人間だ」

 机上の教科書がパラパラとめくれ、そのページを閉じた。




『取り立てて何かあったというわけじゃない』

 通信越しのイブキの言葉にトーカは少し力を抜く。

『このところ、リバイアル絡みの問題が増えていてな。彼らの立場は悪くなる一方だ。何とかしたいところだが彼らは俺を信用していない。言葉も通じない。そこで、トーカ。お前から彼らにこちらの気持ちを伝えて欲しい。信じてもらえないかもしれないが敵対するつもりはない、と』

「長官、お手数をおかけして申し訳ありません」

 音声のみの会話であったが、トーカは深々と頭を下げた。わざわざ連絡してきた、ということは状況はかなり悪いのだろう。

『謝ってくれるな。……俺は彼らにもお前にもできるだけのことをしてやりたいと思っている。それだけだ』

「……ありがとうございます」

 頭を垂れたままトーカは小さく唇を噛んだ。




「リバイアルの人間て確か……」

 何かを思い出すようにシュリは天井を見上げる。

「肌の色が褐色じゃありませんでしたっけ」

「だよな。確かにトーカはちょっと色素が濃いけど、褐色って程じゃないよな」

 ラットも隣で頷く。

「さあ、その辺りはよくわからんが」

 タースは飲み干したコーヒーのカップを置いた。

「結構、有名だぞ。イブキ長官がリバイアルの少女を引き取って手元で育てたという話は」

「あたしは初耳でしたけど、それを知ってるのは……」

 隊長がイブキ長官の大ファンだからじゃないですか? 流石にその言葉は飲み込む。

「それにしても、黙ってるなんてトーカも水臭いわね」

「ま、誰にだって進んで言いたくないことの一つや二つあるって。それに、HSチームにいる上で、別に関係ねえし」

 ラットは肩をすくめて言った。セカンは俯いて紅茶のカップを揺らす。

「ああ……しかし、イブキ長官が何故トーカを引き取ったのか、その経緯がいまいちよくわからん」

「んなこと言ったらオレだってそうっすよ、隊長」

「ラットもそうだが、長官は何人もの子供を支援している。けれど、手元に引き取ってるのはトーカだけだ」

 言われてみれば、とラットは肩をすくめる。

「パイロットとしての見所があったんじゃないですか?」

「トーカみたいに華奢で虫も殺さんような顔した少女が、HSチームに配属されるパイロットになると思うか?」

「……常識的に考えて思いません。それより隊長、やけに絡みますね」

 珍しい、と小首を傾げるラットにタースは苦い顔をする。

「噂があるんだ」

「はあ、どんな」

 一瞬ためらいタースは言った。

「イブキ長官は、その……少女趣味ではないか、という」

 ブッとセカンが飲んでいた紅茶を噴出し、シュリがギョッとして目を見開く。

 ラットはガリガリと頭を掻いた。

「ないと思います。うち、可愛い妹が三人いるんですが長官は別に何にも反応しませんでしたし」

「当然だ。誰が言い出したか知らんが、ガセもいい所だ」

 言葉の端々から零れるのは怒り。ラットとシュリは顔を見合わせる。

「直接聞いてみたらいいじゃないですか」

「……万が一、噂が本当だったらどうする」

 ハンカチで口を拭きながらセカンは内心で少々呆れた。隊長殿は案外、苦労性だ。

「まあ、確かにそう言われてみれば、何でトーカだけ引き取っているのか謎ですけど」

「イブキ長官はリバイアルに対する政府の窓口にもなってるようですからその関係もあるんじゃないですか?」

 宥めるようにラットが言い、シュリも言葉を添える。

「まあ、それは一理あるが」

 タースはしぶしぶ頷き、嘆息した。

 口にしていないが、イブキ長官とトーカに関する噂はもう一つあるのだ。本人に確認したくともあまりにプライベートなことなので聞けずにいる。

「『ライアン空尉が森の民リバイアルと接触し、同化政策は再開』か……」

 机の上に置かれたままのテキストにちらりと目をやり、タースは口の中で呟いた。




『……早いものだな。お前を引き取ってからもう十年か』

 頭をあげたトーカは微笑む。

「はい、長官」

 故郷の森を追われてから、両親が他界してから。

 十年。

『正直お前にパイロットなんてさせたくはなかった』

「あら、そうだったんですか?」

『そうさ。お前は俺の可愛い娘だ』

 しれっとイブキは答える。

『お前の父親のことを知られれば、嫌でもパイロットにさせられる。そう思ってわざわざロリコン疑惑を否定しなかったんだぞ』

「それは長官が結婚しないことに原因があると思いますが」

 笑ってトーカは棘を刺す。

『きついことを言うな。ショックで寝込みそうだ』

「長官は働きすぎですから、いい休養になりますよ」

 明るい笑い声の後、イブキの声が真面目なものに戻った。

『あいつが何を望んだのか、アクアさんが何を望んだのか、今となってはわからないが、お前はあいつの後を継いでHSチームにいる』

 トーカは口元だけの笑みを浮かべる。

『正真正銘のソラの英雄、ライアン空尉の後をな』

 一度目を閉じ、開く。

「長官……」

 INITの中で伝説となっている初代HSチームの三人。

 イブキ・リト、マイラ・カース、そして、実際にSUBを追い詰めた初代HS-1、ライアン。

 言いかけた言葉を噤んで、トーカは天井を見上げた。微笑を浮かべ、口を開く。

「長官には本当に感謝しています。リバイアルを母に持つ私を引き取り育ててくださって」

『水臭いことを言うな。礼を言われるようなことは何もしていない』

「いいえ」

 軽く首を横に振った。

「いいえ、長官。私がINITを恨まずにいられるのも長官が娘として育ててくださったからです」

 そして、と続ける。

「HSチーム入隊は父の後を継いだことにもなりますが、義理の娘として長官の後を継いだことにもなりますよ」

『……嬉しいな』

 通信越しに、トーカはイブキと笑みを交わした。




 通信を終えた後も、トーカはぼんやりと椅子に腰掛けていた。

 リバイアルが同化政策を進めるINITから逃れ続けられていたのにはわけがある。それは一族を統べる『時見の姫』と呼ばれる女性の存在だ。自然の流れを読み声を聞き未来を見る、ある種の予知能力を持った彼女は動くべき『時』を感じ取る。獲物の居場所や移動の方向、外敵の存在を予言し、一族を守る。

 一族の者は『時見の姫』を神のように崇め、盲目的なほど忠実にその予知に従う。そうやってリバイアルは暮らしてきた。

「『時見の姫』の言葉は唯一絶対。その言葉は全て一族のために」

 しかし、この能力がリバイアルのためのものであるならば、何故リバイアルはINITに捕らえられたのか。

 先代の『時見の姫』はトーカの母親、アクアであった。


『私は貴方のお父さんに出会った時この人だと思ったのよ。あの人は森の外の人だったけど、わかってしまったの。それは当然、間違いではなかったわ』


 そのアクアが愛したのはINITの人間、ライアン。

 ライアンは戦闘機の試験飛行中、計器のトラブルで森へ落ちた。そこをリバイアルに助けられ、アクアと結ばれたのだそうだ。

 程なくしてライアンはリバイアルを離れINITへ戻った。幼かったトーカはよく覚えていないが、アクアはずっとライアンに会いたがっていたという。


『わかってしまったらもう駄目なの。未来が見通せてしまう、こう進むしかないと理解してしまうのよ。後はそれに従うしか、もうないの』


 アクアはライアンに会うために、わざとINITに捕まったのかもしれない。

 一族を束ねる長であり、アクアの兄でもあるホロンが昔そう言っていた。独自の文化を誇るリバイアルはINITの暮らしに馴染めない。だからINITから逃げ続けたのに。

 予知を受けていながらライアンに会いたいためにそれを告げなかったとなれば、一族に対する裏切り行為である。しかし、彼女があの時何を見たのか。見なかったのか。それを確かめる術はない。

 ライアンと再会した後、アクアは自らその命を絶った。それは、この仮説を裏付けてはいないだろうか。

 そして、それが真実であるならば、自分はどうすればいい? 


『時見の力は感じるものなの。この時だと思う瞬間が必ずやって来るわ。その時はね、自分の直感に従いなさい』


 予知能力は遺伝的に受け継がれる。アクアはもういない。今生の『時見の姫』は娘のトーカだ。

 『時見』の力は突発的に現れる。これから起こる未来がいつ見えるのか、本人にもわからないという。はっきりとした未来の映像は強い能力を持った『時見の姫』にしか見えない。たいていの場合、『東へ行けばいい』『次はこうなる』『今は動いてはいけない』そんなことを直感的に感じるのだと。

 しかし。

「私は『時見の力』なんて感じたことはないわ」

 INITの血が半分混ざっているからだろうか。それとも、森から離れたせいか。

「そんな風に感じたことなんて一度もないわ」

 民を裏切った『時見の姫』と裏切らせた男の子供。そんな自分には『時見の姫』たる資格がないのだと思う。

 リバイアルの民たちは住んでいた森を追われINITに虐げられた今の状況でさえも『時見の姫』の崇高な意思であり意味がある、と信じている。この苦難は後の繁栄のためである、と。

 そんなわけがない。

 彼らはトーカを『時見の姫』として崇め敬ってくれてる。彼らの所へ顔を出すと必ず尋ねられる。

 姫さま、いつまでここにいればいいのですか? と。

 『時見』の力を持たないトーカに答える術はない。

 ならば、自分なりのやり方で何とか皆を救うしかない。上に行くには、偉くなるには、優秀なパイロットになることが早道だ。そう気づいたからそうした。幸いにも、ライアン空尉の血が流れた体はそれに適していた。

 ビビビと音が響き、ビクリとして物思いから覚める。携帯している端末が鳴っている。

「スクランブル・コール」

 HS-5の顔に戻ったトーカは通信ボックスを飛び出した。




「敵は何機?」

 ミーティングルームへ着く前に、走って格納庫に向かう四人と出会う。

「有人機が十体らしいわ」

「SGチームの四機が交戦中」

 シュリがHS-5のヘルメットを放り投げた。

「今日は随分多いのね」

 トーカは受け取ったそれを走りながらかぶる。

「何にしてもやることは一つ。ところでトーカ、イブキ長官ってロリコン?」

 走りながらのラットの問いに笑って答えた。

「そんなわけないわよ」

「だ、そうです隊長。これで戦闘に専念できますね」

「無駄口を叩いてないで、行くぞ」

 了解、と四人の声が重なった。




「HSチームが出てきたな」

 自身の機体の中でアルスは呟く。無人機の中に数機の『盗聴機』を潜ませている。さて、役に立つか否か。

『受信機のチャンネルを入れてください』

 教授からの通信。『盗聴機』用の受信機を言われた通りオンにする。

 ガガッ、ザザッと流れ出す雑音。そして。

『あー鬱陶しい。無人機までこんなにいやがる』

『HS-2、文句をいうな。SGチームは悪いがこのまま残って手を貸してくれ』

『おれが先行します』

 その合間に聞こえたHSチームの声。

 アルスは改めて感心した。これまでの受信機では、よほど近づかない限り何も聞き取れなかった。しかし、今はひどい雑音混じりながらも会話の内容はわかる。

『HS-3が先行するようです』

 教授の声が通信用の装置から聞こえてきた。

『わたしの分析によりますと、HS-3がスピードを生かした撹乱行動に出、HS-5以外の三機が統率を乱した我々の各個撃破に来るでしょう』

「………」

 教授を見直した気持ちが一気に霧散する。

「それは、我々もわかっている」

 アルスはHS-3の動きを気にしながら言った。

「わかっているが、HSチームのフォーメーションは侮れん」

『対策は簡単ですよ、アルスさま。指示を出している頭を狙えばいいのです』

「HS-1に攻撃を集中しろと言うことか」

 HSのリーダー機、HS-1はまた、HSチームの中で一番、重火器を積んでいる。集中攻撃をするとはいえ落とすためにはこちらの犠牲もかなり払わなくてはならないだろう。

『違いますよ、アルスさま。HS-1はあの中で一番落としにくい』

 にんまりと誇らしげな笑みを浮かべているのだろう声で、教授は言う。

『狙いはHS-5です』

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