ソラの英雄 後編

 偵察衛星から送られてきた画像には青い星が映っていた。INITが地球と呼ぶ星、マザー・スターだ。太陽の光を浴びて陰影を見せるその星は昔、暮らしていた星と似ている。

 突如画面に戦闘機が現れ、映像は歪みプッツリと途絶えた。

「INITに見つかったようですな」

「ああ」

 言葉に鷹揚に頷くのはまだ若い男だった。マザー・スター攻略指揮官。それがその男、アルスの役名だ。

「しかし、奴らの基地の警備は随分緩いな」

「それは我らの技術が奴らよりも上回っているからです、アルスさま」

 にやりと笑って言ったのは、アルスと親子ほども年の離れたハイト。

「自惚れは身を滅ぼす。ハイト、今日の戦闘ではHSチームに敗北を喫したそうではないか。……父上からも『まだINITを落とせないのか』と催促が来ている。増援部隊を送ってくださるそうだ」

 苦い感情は内に押し殺したまま、努めて冷静な口調でアルスは言う。

「申し訳ありません。その、どうやらステルスシステムが上手く起動していなかったようで……」

「言い訳は聞かん。対策を講じろ」

「はっ」

 さっと一礼してハイトは司令室から出ていく。

 若輩者に頭を下げるのは屈辱。若輩者に上に立たれるのは屈辱。

 どうせそう思っているのだろうとドアの閉まる空気音を聞きながらアルスは思う。彼だけではない。ここで共に戦っている幹部たちのほとんどは自分より倍以上も生きている。

 そんな彼らが自分に従う理由はただ一つ。SUBの王と呼ばれるアルスの父親、ガウルの命令だからだ。

「アルスさま、お疲れではありませんか?」

 声をかけてきたのはすぐ後ろに控えるクロイツ。振り返らずに、大丈夫だ、と答える。

 乳兄弟であり幼馴染でもある彼は何かにつけてアルスの身を案じる。無二の親友であり腹心だと、周りはそう思っているし自分もそうなのだろうと思っていた。

 バタバタと動くオペレータ達とは無縁のアルスは、中央の椅子に腰をおろしたままブラックアウトした画面を見つめた。

「似ているな」

「は?」

 主の呟きにクロイツは訊き返す。

「マザー・スターはセントラル・スターに似ている」

 正確に言えばセントラル・スターがマザー・スターに似ているのだ。セントラル・スターはマザー・スターに環境が似ているとSUBが一番最初に定住を始めた星である。

 眉をひそめるクロイツの気持ちもわかるが、セントラル・スターで生まれ育ったアルスは、かの星の面影をマザー・スターに重ねてしまう。

「セントラル・スターですか、懐かしいですね。そういえば、あの星からの脱出は大変でした」

 クロイツの何気ない言葉に、今度はアルスが眉根を寄せる。

 セントラル・スターとの別れは壮絶だった。火山が一斉噴火を起こし陸地が消えた。逃げ遅れた者も大勢いる。自分が助かったのは単に身分と運の良さ。

 後ろから声がかかり、クロイツはアルスに詫びを言ってそちらへ向かった。

「セントラル・スターか……」

 アルスはポツリと呟く。

 あの時、幼心にアルスは『星が壊れる』とそう思った。しかし、宇宙艇の窓から見た星は普段と変わりなく悠然とそこに佇んでいた。ポツポツと普段はない赤い点が見え隠れしていたが、それでもアルスが思っていたような崩壊は起こらなかった。


『星は人を見て笑っているのかもしれないわね』


 隣に立っていた母がそうポツリと言った。


『星は私たちなどいらない、と言っているのかもしれないわ』


 しかし、人が生きるために必要なのは、宇宙を漂う船ではなく星。

 環境の良い星など、そうそう見つかるものではない。本来住んでいた星。SOILが手を出していない星。マザー・スター。この星をINITたちの手から奪い返せれば。

「……お前なら俺たちを受け入れてくれるのだろ。マザー・スター」

 アルスは暗転したモニターを見つめ続けた。






 にわかに基地内が慌しくなり、自室に引きとっていたHSチームの面々は自主的にミーティングルームに集まった。

「何があったんですか?」

「SUBの偵察機がこの辺りをうろうろしてたらしい」

 シュリの問いに苦虫を噛み潰したような顔でタースが答える。

「月基地の近くに、ですか?」

「ああ」

「SGチームは何やってんだ」

「パトロールやってるけど」

 舌打ちしながら言ったセカンは、背後から聞こえた声に固まる。

 プシュッとドアの閉まる音。入ってきたのはSGチームのリーダー、キョウ・カレイラだった。

「キョウ隊長」

「ご苦労さまです」

「そっちこそ、就寝時間にご苦労さん」

 トーカとラットに敬礼を返す。キョウはセカンの髪をぐしゃぐしゃにかき回すと、タースに近づいた。

「詳しいデータはここにある」

「わざわざ持ってきたのか? 転送してくれればいいのに」

「まあ、そう言うなって」

 資料を手渡しざまキョウは小声で囁く。

「防衛ラインを軽く破られた。敵さんの技術は上がってる。お前らも気をつけろよ」

 ちらりと見上げたタースに口の端を上げ、他の四人の方へ振り返った。

「やー、まいった。パトロールの周期読まれてるみたいでなあ。再編成し直しってんで、こっちはてんやわんやだ」

「隊長がここにいてもいいんすか?」

「そんなことは副長がやるさ」

 訊いたラットにキョウはにやっと笑った。

「確か、SGチームは十六人いるんですよね」

 セカンが盛大に乱された髪を直しながら言う。

 SGチームは月基地周辺のパトロールが主な任務であるチームだ。月基地で作られた彼らの機体は、そう戦闘能力に優れてはいない。当然のことながら精鋭チームであるHSチームのものと比べると性能はかなり劣るが、余分な機能はついていないため足は速い。

 二十四時間、月基地の周辺を監視する彼らはチーム内でローテーションを組んで見回りを行っている。そのパトロールの周期が読まれた、ということはSUBが以前からこの辺りまで近づいていたということである。

「ま、十六人じゃ足りないってのが現状なんだけどな」

 キョウはポケットを探り、取り出したタバコを口にくわえた。火をつけようと取り出したライターをシュリが取り上げる。

「基地内は一部を除き禁煙です」

「かたいこと言わない言わない。そんななんじゃ男にもてないよ」

「もてなくても結構です」

「厳しいなあ」

 へらっと笑ったキョウの視線の先でドアが開いた。

「失礼します。隊長……こんなとこにいるし」

「よーカイト。どうした?」

「副長がカンカンですよ。ミーティング始まるんで来てください」

「へいへい」

 じゃあ、と片手をあげたキョウは部下に引きずられる様にして出ていった。

「……何しに来たんでしょうね」

 セカンの呟きにシュリは返しそびれたライターを見る。

 自分から返しておく、とタースはそれを取り上げため息をついた。




 喫煙ルームは好きではない。タースはタバコを吸わないので。

「珍しい、タースがここに来るとは」

「これを返しに来ただけだ」

 タースは先ほどキョウが忘れていった安物のライターを差し出す。

 それを受け取ってポケットに入れ、キョウは手にしていた龍の細工が施されたライターでタバコに火をつけた。

「随分と古いものを使ってるんだな」

「ま、あれだ。『おもいでのしな』ってやつ?」

「俺に聞かれても困るが」

 タースはため息をつく。

「それで、話は何だ? ライターを置いていって、俺がここにくるようわざわざ仕向けたんだろ」

 キョウの顔から笑みが消える。

「オレらはお前らより敵さんとのエンカウント率が高い。だから、実感としてわかる」

 タースよりも五つ年上の男は言った。

「今のままじゃ、INITは負ける」

「そんなわけが!」

 カッとして叫ぶタースの口をキョウは無造作に手で塞ぐ。

「いいか、今、現状としてSUBと互角以上に持ち込めてるのはお前さんとこのHSチームだけだ。SGチームは最弱だから、んなこと言ってるとか思うなよ。他のチームだってここの所、互角に戦えちゃいない。INITは宇宙で戦える部隊が少なすぎる。このままじゃ確実に負ける」

「……」

「上の方もそれはわかってる」

 大人しくなったタースからキョウは手を離す。

「……対策は?」

「何らかの対策は講じてるはずだ。多分な。これで何もしてなかったら上はただの馬鹿だ」

「どんな?」

「さあ。うちの伯父貴……ネモ・カレイラ長官は軍事より政治面担当の色が濃い。いまいちわからんが……」

「わからんが、何だ?」

「オレなら、自分が有利なフィールドに持ち込むことを考える。だが、諸刃の剣だ」

 意味がわからずタースはキョウをじっと見る。

「どういうことだ?」

 それに答えず、キョウはタースの背中を荒っぽく叩いた。

「んな顔すんな。お前さん方が先代みたくSUBを撃退してくれれば言うことなしだ」

「……できると思うか? そんなこと」

 キョウはニッと笑った。

「やれよ」

「随分と簡単に言ってくれる」

「みんな期待してる、HSチームにな」

 軽くため息をつくタースの横でキョウは長くなった灰を灰皿へ落とす。

「その分、お前さん方の負担が大きくなるのは、こっちとしても辛いとこだがな。HS-1の主任エンジニア、過労で倒れたんだって?」

「ああ。代わりの人選が難航している」

 HSチームはその機体を扱うエンジニアも一級の技術を持つものが選ばれるのだが。

「危険な最前線に出てくるような人間はなかなかいない」

「そうか」

 タースは立ち上がった。

「そろそろ戻る。キョウも、早く戻らないとまた隊員が探しに来るぞ」

「ん。善処する」

 やれやれとため息をついて喫煙室のドアに手をかける。

「……忠告、感謝する」

「おー」

 軽く手を上げて応え、キョウがゆったりと白い息を吐き出した。

「勝てよ、タース」

 喫煙室の中で、そう言って笑う。タースはドアを閉め、ミーティングルームへ向け歩き出した。




 スクランブル・コールが鳴り、ヘルメットを手に格納庫へ駆け出す。

「有人機が三機だそうよ。まだ増えるかもって」

「マジで。最近多いな」

「こんな夜中にご苦労なことね」

 走りながらのトーカの情報にラットが肩をすくめてシュリがぼやく。

「隊長、どうしました?」

 隣を息も切らさず走るセカンが険しい顔のタースに声をかけた。

「いや、何でもない」

 キョウとの会話が蘇る。確かに、SUBの戦力は増している。

「ま、何機来ても関係ないわ。ちゃっちゃと片づけるだけよ」

 シュリの言葉はもっともだ。しかし……。

 いや、今できることは目の前の相手を倒すこと。タースは軽く頭を振って雑念を追い払う。

「無理すんなよ、シュリ」

「大丈夫に決まってんでしょ、ラット」

 格納庫の前で散開した五人はそれぞれの機体に乗り込んだ。

 目の前の画面に出撃準備完了のライトが灯る。

「HSチーム、行くぞ」

 四つの肯定の返事とともに、機体はソラへと飛び出していった。

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