チームHS 後編

 HSチームは解散した。

 SUBが撤退した今、マイラとイブキの二人で続けていく必要はない。敵がいなければ優秀な戦闘チームなど百害あって一利なしだ。

 イブキは地球に残りINIT本部で役職につくらしい。イブキの名前はイブキ・リト。INITにおいて苗字を持つのは名家の家柄のみであり、INITの重職である長官職は苗字持ちのみで構成される。リト家の一人息子であるイブキは、長官になる準備をする必要がある。

 そして。

 マイラは月基地に残り、パトロールや訓練に明け暮れる生活を選んだ。




「パトロール、終了っと」

 最近の愛機、SG-1からマイラはひょいと飛び降る。

「マイラさん、お疲れ様です」

「はーい、お疲れ」

 整備のクルー達に軽く挨拶して、司令室の方へ向う。

 月基地周辺のパトロールを主な仕事とするSGチーム。以前はローテーションを組んで行動していたこのチームもこのところ、単独行動をとることが多い。パトロールは本当に形式化してしまっているのだ。

「平和ボケかあ」

 あれから三年。

 上層部には平和ボケしたこの現状を懸念する声もあるそうだ。しかし、SUBの基地を壊滅させて以来、何事もなかったら気もゆるむ。

「……」

 マイラは軽く唇をかんだ。何だか、つまらない。機体に乗っていても、以前のような昂揚感はない。命のかけあいが自分の性に合っているのだとしたら、戦いを望んでいるのだとしたら、自分はずいぶんと嫌な人間だ。

 平和のために戦うのではなく、戦うための戦いとは。

「マイラさん、イブキ中佐から通信が入ってます」

 司令室に入り異常なしとの報告すると、職員の一人がそう声をかけてくれた。

「ありがと」

 お礼を言うと若い職員の顔が少し赤くなる。

 プシュッと軽い空気音を立てて、マイラの背後で戸が閉まる。

 おそらくあの職員は『INITを救った英雄』と言葉が交わせた光栄を仲間に話しているだろう。ここ最近、そういった連中が増え始めた。

 長年この月基地にいる者はそうでもないが、新しく配属された若者たちにそれは顕著で、挨拶をしただけで卒倒されたこともある。自分は以前と何ら変わってはいないのに、『HSチーム』『INITの英雄』の名前が一人歩きしているのだ。

「本当の英雄は、いなくなっちゃったのにね」

 国葬の後、ライアンには『空尉』の階級が与えられた。特別な階級を与えることで彼の栄誉を称え、特別であるがゆえに階級特進に難色を示した『名門』たちからの反発を退ける。それを彼が望んでいたかどうかは、全くの別問題だ。

 通信室の個別ブースに入り椅子に腰掛ける。深く息を吐いて、残り一人の英雄に回線をつなぐ。待っていたのかイブキはすぐに出た。

「お久しぶり、イブキ。年明け以来かしら? 何か用?」

『マイラ……』

 妙に歯切れが悪い。

 映像を用いた通信は最近新たに開発された技術だが、いかんせん映像がまだ不鮮明だ。それでも、イブキの彼らしくもない様子は手にとるようにわかる。

「どうしたの?」

『忙しいところ悪い。お前に知らせたほうがいいと思って』

「何を?」

 小首を傾げるとイブキはためらいながら口を開く。

『……ライアンが、帰ってきた』

 マイラはその場に凍りついた。




 休暇申請はすぐに下りた。地球時間でその日の夜には、マイラは地上に降り立っていた。

 本部をうろうろしているとイブキと共に部屋から出てきた彼に出くわす。

「ライアン!」

 振り向く、彼。

 マイラの全身を違和感が駆け抜けた。

「よお、マーちゃん。久しぶり」

 柔らかい声に唖然とした。こんな声を出す男だっただろうか。こんな目をしていただろうか。

 マイラの記憶にあるライアンが生き生きとするのは戦っている時だけだった。どこか冷たい、ピリピリとした彼独特の空気を持っていたはずだ。それが、今は全くない。

「どうした、マーちゃん。大口開けて」

「お前なあ、三年も前に葬式した奴がいきなり現れたら普通驚くだろ」

「そりゃそうか。ごめんな、マーちゃん。心配かけて」

 ポンポンと頭を叩かれる。その感覚は以前と同じもので。

「ったく、どこ行ってたのよ!」

 マイラはようやく自分を取り戻すことができた。




「森にいたらしい」

 上層部に呼ばれているライアンを見送って、マイラはイブキに事情を聞くため基地内のバーに彼を誘った。

「森?」

 マイラはちらりと窓の外に目をやる。

 昼間なら遠く遥かな地平線に霞んで、緑が見えるはずだ。この地上の九割以上を占める緑の海が。

「どこの? まさか、別の大陸まで飛んでいってたとか?」

「いや、この大陸だよ。北の方の湖に墜落したらしい」

「なるほどね。湖の中じゃあ、森林火災もおきなかったわけだ」

 マイラは肩をすくめた。

「じゃあ何? 三年間もサバイバル?」

「いいや。ライアンは」

 少し言いよどんで、イブキはトップシークレットだ、と念を押した。

「森の民に助けられてたそうだ」

 大声をあげかけたマイラをイブキは手で制す。

 惑星レベルで環境を変えるために、INITはまず地球上に住む全ての人間を統一した。

 海面上昇による大陸沈降から生き残った中で最も大きな大陸の、最も住みやすい場所に全人類を集め一つの街を作り、それ以外の土地にはすべて木を植えた。森林伐採・狩猟採集などはすべてINIT政府の手で管理し、地球を何とか昔の状態に戻そうと試みたのだ。

 しかし、それに同調せず昔ながらの生活を森で続ける民族がいた。

 森の民。

 マイラは大きく吸い込んだ息をゆっくりと吐き、声を落として尋ねた。

「森の民って、この大陸の森の民はあらかた同化政策で吸収したはずでしょ」

 少しでもそのような反乱分子がいると惑星レベルでの管理は不可能と、INIT政府は『森の民』をINIT内部に吸収すべく乗り出した。それは俗に『同化政策』と言われる。

「『あらかた』だろ。確認されている中で一つだけ捕まらない集団がいる」

 マイラは頭の中で、学生時代に読んだ教科書のページをめくった。

「森の民、リバイアル」

「そう。ライアンはそこで世話になってたらしい」

 マイラは視線を彷徨わせ、目の前に置かれたグラスを手にとった。

 リバイアルはこの大陸にいる森の民で比較的大きな集団で動いている。わかっているのはそれだけで、彼らの実態は謎に包まれていた。レーダーで複数の人間の居場所を感知できても、そこにたどり着く頃にはレーダーに映らない、すなわちINITの人間が入ることのできない『魔の領域』に逃げ込んでしまうのだ。

 SUBのことで手一杯だったころは彼らを放置していた上層部も、そろそろ、同化政策の集結に本気で乗り出す頃だろう。

「で、ライアンは彼らについて何て言ってるの?」

「居場所を教えるつもりはないそうだ」

「そりゃそうね。世話になったんだもの」

 イブキは水の入ったグラスを手の中でまわした。

「あいつは、リバイアルになる気だったらしいよ」

 俯いた顔が深い息を吐き出す。

「今回帰ってきたのは、たまたま森林調査の人間と出会ったからで、リバイアルたちを逃がすために自分の身元を明かして連れ帰ってもらったらしい」

 マイラはなんとも言えずに酒を喉へ流し込む。

「森林調査の人間は、本当に森林調査の人間だったのかしら」

「だったらライアンは帰ってこないだろ」

「そうね」

 カランとグラスの中の氷が溶けた。

「ライアン、だいぶ丸くなってたわね。リバイアルに、好きな女でもいたのかしら」

 イブキの沈黙は肯定の証だとマイラは思った。口の堅い親友に対しては、ライアンは口が軽い。

「マイラ」

「ん?」

「いや、何でもない」

 マイラは遥か彼方の森を透かし見ながらグラスの残りをあけた。




 戻ってきたライアンは月基地に志願し、何かにとり憑かれたかの様に飛び続けた。リバイアルについては全く口を割らず、昇進も昇級もないままに。

 SUBをしとめた一番の功労者なのにね、と軽口を叩くと、昔の彼にはなかった疲れた笑顔が返ってきた。

 マイラは、そんなライアンから逃れるように地上へ戻り、かねてから要請のあったパイロット養成学校の教官となった。

 イブキはINIT政府の中で順調に階級を上げていった。

 そして、三人が揃って会うこともないまま。

 五年が過ぎた。




 教官になって最初の三年はがむしゃらだった。

 四年目にはようやく余裕が出てきた。

 そして五年目になってふと思うことは

 目を背けたいことがあったから、無我夢中になれたんだということ。




 A.S.501年。


 もうすぐ十歳になる姪っ子が本人のたっての希望でパイロット養成学校のプレスクールに入学した。

「本当に、うちのお姫様はお前譲りの性格だ」

 マイラがお祝いがてら遊びに行くと、兄は苦笑しながらそう言う。

「優秀なパイロットに育ててさしあげますよ、お兄さま」

 ウインクして言うと兄に頭を小突かれた。

「お前もなあ、そろそろ嫁にいかないと……」

「その話はしない約束よ」

「はいはい」

 昔から何を言っても聞かないんだから、と笑う兄。マイラもつられて笑う。

 流れていたラジオの音楽が突然止んだ。

『臨時ニュースをお伝えします』

 流れてきたのは事務的な声。

『本日、INIT司令部は森の民リバイアルに対し同化政策を施行しました』

 マイラの笑みが固まった。

『ライアン空尉の情報が決め手となった模様です。これによって大陸の一元化が実現し、司令部では他の大陸の森の民に対し……』

 怪訝な顔をした兄を残し、マイラは踵を返して走り出した。




 ぜいぜいと息を切らして立ち止まった先は、地球でライアンに与えられている大きな家。門の前にはニュースを聞いたのか人だかりができている。

 それを遠巻きに見ながら、マイラは息を整えた。

「マーちゃん……?」

 振り向くとそこにいたのはライアンだった。茫然自失の彼を慌てて人ごみから隠す。

「ライアン、どうしたの?」

「どうしてこんなことに……オレ、何にも言ってないのに」

 ふらつく彼を引きずるようにして近くのイブキの家へと向う。

 されるがままになっているライアンが「アクア」と小さく呟いた。




 リバイアルたちはINITの内部に強制移住させられた。住む区域を割り当てられ仕事を割り当てられ、街での生活を開始する。

「INITの言葉がわかる奴なんてほとんどいないよ」

 ライアンは仕事を休みイブキの家で匿われることになった。知らせを聞いたライアンはポツリと言う。

「オレが、悪いんだ……」

 イブキに促されたマイラは、後ろ髪を引かれる思いで仕事に出かけた。その場から一度離れてしまうとライアンの顔を見る勇気がなくなり、行きたい気持ちと見たくない気持ちが交差して、どうしようもない。幸か不幸か仕事が溜まっていたので、マイラはしばらく職場に泊り込んだ。

 一週間たった次の休日、意を決してマイラはイブキの家に行った。

 そこにいた客人はライアンだけではなかった。ライアンに寄り添う線の細いきれいな女性と、姪っ子ぐらいの歳の女の子。

 イブキは二人を紹介してくれた。

「リバイアルの方で……ライアンの奥さんと娘さんだそうだ」




 ぐるぐると思考がループを始める。

 ああ、まずい。敵艦にやられる。

 駄目駄目、無人機なんかにやられちゃライアンは笑うだけで悲しんでくれない。


「マイラ」

 小さなイブキの声に我に返る。

 そうだ、ここはもう宇宙じゃない。自分はもうHSチームのパイロットじゃない。

「こんにちは」

 とりあえずそう挨拶をする。

「こんにちは」

 きれいなINITの発音で返してくれたのは女の子。屈託のないその表情がどことなくライアンに似ている。

 少し怯えた表情の女の人もおずおずと頭を下げた。

 ライアンがマイラにはわからない言葉で女性に何か囁き、ポンポンと優しく頭を撫でる。

「マーちゃんは友達だから大丈夫って言ったんだ」

 ライアンが微笑を浮かべてマイラに説明してくれる。

「仲良くしてくれよ」

「……もちろん」

 ライアンの様子はもう元に戻っていた。

 そりゃそうだ。奥さんと娘さんはライアンしか頼る人がいないんだから、ライアンがしっかりしなくてどうするのだ。

 少し力を入れればポキリと折れてしまいそうな細い体。少し憔悴したその様子も酷く艶めいて見える。ライアンの好みはこんな人だったのかとマイラは思った。そして屈んで視線を合わせる。

「こんにちは、アクアさん。初めまして、マイラといいます」




 それが、アクアを見た最初で最後。




 程なくして三人はライアンの家に移った。

 その次の日に、アクアは毒を飲んで自殺した。

 リバイアルがINITに吸収された責任をとって覚悟のことだった、と後から聞いた。

 マイラが慌てて駆けつけるとイブキも来ていた。

 INIT式ではなくリバイアル式で行われた葬儀の参列者はたった四人。

 ライアンは寂しそうに笑っていた。




 それが、HSチームの三人が同じ場所にいた最後。




 それが、ライアンを見た最後。




 ここ最近、体勢を立て直してきたSUBの影がちらほらと目につくようになった。

 以前とは違う小惑星に居をかまえ、時折、偵察機を飛ばしているそうだ。

 ライアンが月基地へ戻ってパトロールに出かけたのはいつものことで。

 周りは誰も異変を感じなかったらしい。

 そしてその日彼は、無人の偵察機に突っ込み爆発した。




 本部のバーで一人飲んでいると、隣にイブキが座った。そちらを見ずにマイラは言う。

「あの子を引き取ることにしたんだって?」

 結婚もしてないのに偉いじゃない、と茶化せば、帰ってくるのは真面目な声。

「ライアンの娘だからな」

「そう。イブキだったら安心ね」

 カラカラとグラスを回す。

「マイラ、お前……」

 ためらった後、イブキは言った。

「ライアンのことが好きだったんじゃないのか?」

 ゴクリと喉を鳴らしてグラスをあける。

「さあ、どうだったかしら」

 マイラは笑った。

 無人機にやられたら指差して笑ってやると言ったのはライアンの方だ。だからマイラは笑った。おかしくもないのに、声をあげて笑い続けた。

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