Schisma

川辺都

外伝1 チームHS

チームHS 前編

 ある日、人類の道は二つに分かたれた。




 深刻な海洋汚染、失われていく緑、海に沈む大地。

 絶望を胸にした人類は、宇宙に希望を求めた。

 最先端の科学を結集した大型宇宙艇マザーシップが作られ、それを核にする船団に当時の人口のおよそ半分が乗り込んだ。

 そして残りの半分は地球に残った。宇宙と地球。二つに分かれることで人類という種を残そうと考えたのだ。


 後の人々はこれを『Schisma』と呼ぶ。



 この年をA.S.0年とし、新たな歴史が幕をあけた。


 地球に残った人々、INITと呼ばれる人間たちは、一つの大きな組織を作り上げ、惑星レベルにおいて環境調整・操作を行い、二百年以上の時間をかけ、青い海と緑の土地を取り戻した。


 宇宙へ旅立った人々、SUBと呼ばれる人間たちは太陽系やその周辺の惑星を巡りながら星の環境を整え移住を開始した。


 人々はそれぞれの場所で成功を治めたかに見えた。


 しかし。

 A.S.274年。



 SUBはINITに宣戦布告をした。

 元々地球は我らのものでもあるのだからINITが独占するのはおかしい、と。

 これに激怒したINITは徹底抗戦の構えを見せ、戦いの火蓋は切って落とされた。


 争いは、地球近郊の宇宙を舞台に永きに渡って続くこととなる。


 A.S.489年、INITは膠着する現状を打破すべく最新鋭の機体と選りすぐりの人材で構成されるチーム、HSチームを立案。すぐに可決され、INIT内で最も優秀とされる三人のパイロットが集められた。




 そして、時は A.S.491年。




 これは遺伝だ、とマイラは思う。

 父親は優秀なパイロットだった。SUBの敵機が出てくるとわくわくしながら飛び出したそうだ。だから、敵機を前にわくわくしているのは、不謹慎なのではなく、遺伝。

「敵さんのおっ出ましよ」

 HS-3のコクピットでマイラは歌うように言った。

『来た来た来た来たー』

 通信越しに嬉しそうに応じるのは、隣を行くHS-1に乗ったチームメートのライアン。

 レーダーに映るのは大量生産の無人機だ。動きも全てプログラムだから単調なもので、こちらにとってはいいカモである。

『マーちゃん、何体倒せるか競争しようぜ』

「いいね。勝った方が夕飯のデザート奢るってのはどう?」

『却下』

 通信越しの沸き立つ会話に冷たい声が割り込む。二人の後ろからやってくるHS-2に乗ったイブキだ。

『真面目にやれ。有人機が混じってる』

 有人機は文字通り人の乗った機体、SUBのパイロットが乗った機体だ。人が乗っている分、動きが複雑で装甲も厚いから落としにくい。

 無人機に隠れて有人機がいる、ということは。

「無人機に隠れて後ろからドン、ってこと?」

『だろうな。マイラ、先行しろ。俺とライアンでフォローする』

『不満でーす』

 ライアンが冗談めいた口調で異議を唱える。いつものことなのでイブキは取り合わない。

『却下だ。二人ともいくぞ』

『了解』

 イブキの言葉に二つの返事が重なり戦闘は始まった。




 流れるような手つきでミサイルを撃ち無人機を落としながら、マイラはレーダーに目を走らせ有人機を探す。反応はない。

 無人機の数がこう多くては、マイラの機体では探すのは無理か。

 HSチームの三機は役割分担がなされている。

 マイラの乗るHS-3は足は一番速く大量生産の無人機に有効なミサイルを多量に積んでいる。手数は多いが、装甲の厚い有人機への有効な手段はさほどない。

 イブキの乗る機体、HS-2はフォロー役で、足が遅いかわりにレーダーの性能が良く最新鋭の分析機器がついている。今回隠れている有人機もおそらく映るだろう。

 そして、ライアンの乗るHS-1は破壊攻撃型。マイラよりも足は遅いが、有人機も落とせる武器を大量に搭載し火力は最大級である。

「イブキ、有人機の場所わかる?」

 HS-2に向かって話かけた瞬間。

 真横から迫った無人機からの砲撃を受け、マイラはそれを回避した。しかし、回避したその目の前には別の無人機。

 ひやっと冷たいものが背筋を駆け抜ける。

 無理やり行った回避運動と同時に別の方向から飛んできたミサイルで無人機は霧散し事なきを得た。マイラはホッと息を吐く。

『マーちゃん。油断しただろ』

「ありがと、ライアン。フォローしてくれると思った」

『嘘つけ』

「ホントよホント」

『無人機に落とされたら指差して笑ってやる』

「じゃあ、あたしもライアンが落とされたら笑ってやる」

 そんな会話の合間にもミサイルを放ち、敵機は落ちる。

『マイラ、ライアン、有人機の位置はこっちでも確認できない。道を作る。どけ』

 背後のHS-2の砲座が回転し、光るさまが見えた気がした。

 マイラとライアンが回避した、まさにその軌道をHS-2唯一の武器、エタキャノンが駆け抜ける。

 一発しか撃てないがその火力は折り紙つき。ごぉっと宇宙の塵になっていく無人機の中で、プログラム外の動きをとり慌てて逃げ出したのが三機。

「あれと、あれと、あれね」

 手首のスナップをきかせて自身の機体を制御。発進。加速。よろよろと逃げ出した三機に肉薄する。

「トリキャノン。発射」

 立て続けに発射されたHS-3の必殺弾は正確に敵機を捉え、三機は次々と爆発した。HS-3で唯一、有人機にも有効なキャノン砲。搭載している数も少ないから撃ち尽くしてしまったが、仕留めたので問題なしだ。

「まあ、ざっとこんなもんよ」

 にやりと笑って機体を翻す。

 残った無人機を相手にしているかと思ったライアンとイブキの機体は、こちらから少し距離を置いて飛んでいた。

『本番はこれからだ』

 淡々としたイブキの声と光るレーダーの点。

「うっわ。有人機がいっぱい」

 コクピットの中でマイラは肩をすくめる。

『今度はライアンが先頭だ。マイラ、フォローに回れ』

「不満でーす」

『トリキャノン撃ちつくしといて何を言う。来るぞ』

 制御者を失った無人機をミサイルをばら撒いて蹴散らし、マイラは敵機に向かっていくライアンとイブキの後を追った。




 月基地の重力は地上とほぼ同じだ。ただし、機体を収容するこのスペースだけは他の半分ほどのGしかない。機体からフワフワしながら下りるのが、マイラは結構好きだった。

「つっかれた」

 トンと軽く床に降り立ち軽く伸びをする。

「お疲れさん」

 言いながら、イブキがこちらへやってくる。振り返ってマイラは笑った。

「ガウルがいてくれて助かったわね。流石にHSチームだけじゃあの数の有人機はきついでしょ」

 SUBの次期指導者、ガウル。

 何故か最前線に出たがるこの跡取息子の機にライアンが集中砲火を浴びせた。ガウルが戦闘に出てきたときはいつもそうしている。

 まわりが身を呈して守ったので落とすまではいかなかったが、かなりのダメージを受けたらしい。跡取の機体を庇うように有人機の群れは去っていった。そう、いつもと同じように。

 今回の小競り合いもこちらの勝ち。

「あの馬鹿息子、出てくるたびにライアンにやられてるじゃない。懲りないのね」

「ま、向こうさんにもいろいろあるんだろうな」

 戦闘中は怖いほど冷静なイブキも、基地に戻れば適当な軽口も叩く。

 足音がしたので振り返るとライアンが近づいてきた。不満そうな彼にどうしたのか、と尋ねると、撃ち足りないのだと言う。ガウルを集中攻撃して敵を撤退させる。その作戦を指示したイブキに不満を言った。

「あいつを撃ったらすぐ終わっちまう。もうちょっと遊んでもいいんじゃねえの?」

「あの数の有人機をHSチームだけで相手にするのか? 冗談じゃない」

「けどよ、あんまりにあっさりしすぎてるって言うか、なんて言うか物足りねえんだよ」

 イブキは深いため息をついた。

「お前はまたそんなこと言ってるのか」

「さっすが、INITが誇る狂戦士さんね」

 マイラが軽い口調で言った。『狂戦士』はライアンが他のパイロットに言われている陰口だ。しかし、本人が気にしていないどころか、むしろ気に入っているので、マイラも気楽に目の前で言う。

 一体何が不満なのか、戦闘が終わるたびにライアンは、もっと撃ちたい、もっと飛んでいたいと言い出す。それをイブキが諫め、マイラが茶化すのが恒例行事。

 シャワーで汗を流したいマイラはパンと両手を打ち鳴らし会話を打ち切った。

「とっとと報告終わらせて、ご飯食べにいきましょ」

 両側のチームメートの肩にがしっと手を回し、マイラたちは司令室へと歩き出した。




『マイラへ


 元気にしていますか? 怪我などしていませんか?

 こちらはみんな元気です。


 娘ももうじき生まれて半年になります。

 休暇が取れたらまた遊びに来てください。

 みんな待っています。


 兄より』


 シャワーを浴びて夕飯を食べに行く途中で出会った郵便係に、地球から届いた小包を渡された。食事の後、食堂の円卓でついていたカードを開ける。

「自分で『兄より』って書くかな、普通」

 呟いたマイラの手からライアンがすっとカードを抜き取った。

「……ふうん」

「何よ」

「別に。マーちゃん、大事にされてるんだなあって思っただけ」

 ライアンの目を見てマイラはちょっとドキリとした。ライアンの目はどこか冷たい。いつものことだ、と割り切る。今、ライアンはちょっとつまらないだけなのだ。彼の目が本当に生き生きと輝くのは戦闘の時だけだと、マイラもイブキも知っている。

「兄さんとは仲いいしね」

 マイラの父親は優秀なパイロットだった。長男である兄は、そんな父と周りの期待を受けて子供の頃から英才教育を受けてきた。その次に生まれたマイラは、優しい気性の母親に似るように良家のお嬢さまらしくおしとやかになるよう、花を育てたり楽器を奏でたりしていた。それが普通だと思っていた。

 しかしある日、マイラは気づいてしまったのだ。

 母親譲りの優しい気性を受け継いだのは兄の方で、父親の才能を受け継いだのは自分の方だと。

 兄は動植物に興味があり、マイラがうっかり枯らしかけた花を何度も救ってくれた。マイラは花も楽器にも興味がわかず、兄がこっそり放り出した宇宙工学に関する書物を読みふけり、夢中で体を鍛えた。そして、兄がパイロット養成学校の最終試験に落ち自主退学した時、マイラは養成学校に入学手続きをした。

 親戚一同、仰天したが兄だけは『マイラなら大丈夫』と太鼓判を押してくれた。その言葉通り、マイラは実技トップの成績で卒業し、このHSチームの一員にまで選ばれたのだ。

 そう話すとお茶を飲んでいたライアンが噴出した。

「マーちゃんが花育てて楽器弾いてる姿なんて想像つかねえ」

「うるさいわね」

「そういえば、昔はフリルのついたワンピースとかよく着てたな」

 家が近所だったイブキは遠くを見ながらそう話す。

「髪の毛もくるくる巻いてて……」

「ちょっ! イブキ、余計なこと思い出さないでよ」

「うわ、マジありえねえ。何? マーちゃん女装?」

「あたしは女」

「でもオレは今のマーちゃんのほうが好きだぜ」

 ライアンがポンポンとマイラの短い髪を撫でた。

「マーちゃんが昔みたいなカッコじゃ、笑えて戦えねえよ」

 マイラは机の下でライアンの向う脛を思いっきり蹴飛ばしてやった。

「で、休暇はとるのか?」

 机に突っ伏したライアンを無視してイブキが尋ねる。

「とらない。別に必要ないかなって。ここにいる方が落ち着くし」

 兄とは仲がよい。両親も『はねっかえり』と言いながら認めてくれている。でも、自分の居場所はここだとマイラは思う。

「じゃあ、返事でも書きますか」

 いそいそと書いた返事の末尾に『妹より』と署名すると、男二人から同時に小突かれた。




 その後、しばらく小競り合いが続き、年が明けたA.S.493年初旬。INITはついに、SUBの地球侵略の拠点を攻め落とした。

 それには、HSチームの多大なる活躍があったのだが。

「あっけなさすぎたわね」

 それがマイラの感想だった。

 ライアンよりも知性派のイブキにそう告げると彼は苦笑した。

「ま、ライアンが大活躍だったからな。ライアンのフォローにまわってたマイラにはそう思えるかもしれないけど」

 それに、と声をひそめてつけ加える。

「SUBの内部で何かあったらしい」

 その情報を掴んだから、上層部はSUBへの総攻撃を仕掛けた。

「ガウルもいなかっただろ。最低限の防御しかなかったから、あっけなく感じたんじゃないか」

 ふうん、と。それだけ呟く。

 これでしばらくの間、SUBは攻めてこれまい。つかの間かもしれないが平和が戻った。だが、マイラは何か物足りなかった。

「……ライアン、大丈夫かしら」

 イブキも少し間をおいてから、同意の返事をする。マイラでさえも、先の戦いが物足りないのだ。自分以上にそれに固執しているライアンはどうなのだろう。

「ライアンはきっと、何にもないんだな」

 ポツリとイブキが言った。

「俺やマイラは、まあ一応、由緒正しい家系と家族がいるけど、ライアンは自分の腕一本でここまで来た奴だ。縛るものがない代わりに帰るところもない。あいつが戦いに固執するのもきっと、他に居場所がないからじゃないか?」

 ライアンが孤児で身寄りがないという話はマイラも聞いていた。パイロット養成学院で才能を認められここまで上り詰めた。ずっと月基地にいて、地球には帰る家がない。

「あたし達は、ライアンの居場所になってないってことね」

 マイラが言えば、イブキは慌てたように首を横に振った。

「気を悪くしたのなら謝る。そういうつもりじゃなかったんだ」

「そういうつもりって?」

 疑問を投げかけるとイブキは少し視線を外した。

「つまり、マイラがライアンの居場所になれないって言ってるわけじゃなく……いや、マイラが気づいてないなら別にいいよ。俺が言うことじゃない」

 どういう意味かと何度聞いても、イブキは答えをはぐらかした。




 HSチームはこれまでの分を取り戻すかのように、長い休暇を貰った。ライアンのことが気になったものの、マイラは地球に戻り兄夫婦と両親の待つ実家へ帰った。

 そして。

 その知らせを受けたのは、一歳になったばかりの姪っ子の相手をしている時だった。

 少し青い顔で直接家にやってきたのはイブキ。

「ライアンが行方不明だ」

 初めは何を言っているのかわからず、マイラはただ首をかしげた。

「どこで?」

「地球に戻って、大気圏内用戦闘機の試作機に乗ったそうだ。『森』の方へ行ったまま連絡がつかないし、レーダーにも反応がない」

 マイラはそのままイブキと連れ立ってINIT本部へ行き捜索役を志願した。しかし、上層部の許可は出ない。彼らの意見はこうだ。レーダーに反応しないものを探し出すことはできないだろう。

 『森』は地表の九割以上を占めるほど広大だ。また、レーダーの反応は森の奥、磁場の影響で計器が乱れる『魔の領域』内で消えた。着陸もしくは墜落場所を特定するのも不可能だ。

 SUBを倒した英雄がこんなことで消えてしまい心苦しい。その言葉にマイラとイブキは眉をしかめだ。成り上がりのライアンは名門を背中にしょった上層部の受けが悪い。戦いが終わればどこの馬の骨ともわからぬ者は用無し。その思惑が透けて見える。

 レーダーに映らなくとも、墜落したのなら火災なり何なりが起こってわかるはずだと、マイラとイブキは無理やり捜索に出かけたが手がかりはまるでなかった。


 そして一月後、『英雄』は国葬となった。

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