第14話 哀しみの果て

(ここは…一時撤退しなければ。)


未來は何とか天乃と距離を取ろうとしたが、気持ちとは裏腹に体が動かない。気付いた時には首筋に冷たい刃物が押し当てられていた。

「医者は…合理的に人を殺してもいいんだよ。」

目が人間の目じゃない。

「貴方だって…奇病能力者じゃない…!」

やっと出た絞り出すような声。

その声にハッとしたように天乃が怯む。

その一瞬を未來は見逃さなかった。

華歌憐エレメタス!」

すぐさま手を草木に変え、天乃の首にまきつけた。

「医者だろうと…見ず知らずの人を殺していいわけがない。」

その言葉を天乃は鼻で笑う。

「あなたは法律と言うものを知らな…「もちろん知ってるよ。」」

それは天乃でも未來でもない声。

「先輩…」

「何せ僕は法学部だからね。3年も通ってりゃあそれくらいの基礎的法律は分かる。

だが。法律どうこういう前に、

僕らは君に治療を頼んでいない。そして殺してと願った訳でもない。さすがに医者でも捕まることはあるさ。それに…」

そこまで言うと翔は一気に天乃との距離を詰めた。

「ひっ…!」と怯んだ天乃を未來から引き剥がし、未來を庇うように間に立ち、続けた。


「君はまだ医者じゃない。」


天乃の目が大きく見開く。

「私は…!私は医者に…!!」


「''医者になる''のだろう?

じゃあ、勉強はどうしたの?

医学部なんてここら辺じゃ留年しやすいと聞くけど。」


天乃は攻撃する手を止め、静かに翔を見つめていたが、翔の視線に負け、ポツリと言った。


「勉強なんてしても…意味が無い。

純也が…奇病で死んだことが大学にバレたんだ。丁度医者たちが逃げ出してすぐの事だった。」


だんだんと曇り空から雨が降り出してくる。

「…私は強制退学。奇病患者を家族に持つものや、1度奇病にかかった人はもう医者になれない。」


「今まで何人殺した?」


「分かんないけど…感染元の人の奇病と被感染者の奇病は似ていた。

純也の体は絵の具で染めたみたいに変色していたから、少しでも症状が似ていた人は殺した。

大丈夫。そこにいる男性は殺してない。少し閉じ込めてるだけ。」


「閉じ込める?」

未來が傘に十夜を入れながら聞いた。


「私の奇病能力は『夢吹雪ドリームエンジェル』。

知らない間にその人が願う夢の中に迷い込ませて、幸せな気分のまま殺す。」

「いわゆる安楽死か。」

「そういうこと。」

「…君に同情するわけじゃないけど、僕と同じような人がいたとはね。僕の場合恋人だけどら彼女を奇病で亡くしたんだ。」

「……へぇ。」

天乃がやっと落ち着いたようにつぶやく。


「十夜くん…」

未來は十夜の心臓に手を当てた。

「…癒樹愛ハートフィール。」

だんだんと十夜の傷が塞がっていく。

「医者がいない今…こんな単なる事故でも治されないから…。」

悲しさが篭もった未來の声が響きわたった。


「…貴方たちは、私の味方なの?」

「…味方だよ。」


その声に安心したように天乃は目を伏せた。


「……っ…」

「天霧くん…。未來さんが、君の傷を治してくれたんだよ。」

翔が十夜に声をかけ、あえて未來は何も言わなかった。

「そうか…未來。ありがとうな。」

刹那、天乃と目が合った十夜は立ち上がり、天乃に敵意の目を向けた。


「…私は…水原 天乃。城下大学医学部。弟を奇病によって奪われ、親に捨てられた。…あなたと同じ。」

天乃も十夜をまっすぐ見ている。


未来予知をしたのかのような言葉に十夜は天乃に掴みかかった。

だが、天乃は少しも動じず続けた。

「私知ってるよ。貴方の忘れられない人がいる場所。」


その場にいた全員が天乃の方を見た。


「罪滅ぼしだけど、私に協力してくれるなら、案内してもいいよ。」

未來、翔、そして十夜が天乃の言葉に頷いた。


..................................................

「…作戦が始まったようです。」


そこに見知らぬ影があることを彼らはまだ知らなかった。

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