第13話 信頼と絶望

『天乃ちゃんは頭がいいね!』


『天乃ちゃんがいる限り、未来は明るいね~♡』


『天乃~!三角比のこの問題教えて~!!』


小さい頃から天乃は褒められ続けていた。

それは天乃が秀才であったからだった。周りの大人からも友達からも頼られ続け、天乃は未来が明るいものだと思っていた。


『天乃ちゃんは…将来お医者さんになったらどうかな?』


小学1年生のある日、友達から公園で言われた言葉。

私は医者になることにした。

もともと両親が医者なのだ。医者になるのは自分の運命であると思った。

小学生の頃から遊ぶ時間を削って塾にも通いつめた。

天乃自身が望んだことだから苦痛なんてものは無い。

むしろ夢のために頑張る自分に自惚れしたこともあったし、楽しかった。


約12年間。勉強を積み重ねた天乃は現役で都内トップの私立大学『城華大学 医学部』に入学が決まった。


「やったぁー!!」

普段クールビューティーとして謳われていた天乃もこの日ばかりは掲示板の前で飛び跳ねた。


「天乃ちゃんっていうんだ?私は絢香。よろしくね~」

「あたいは乃々華っ!よろしゅうお願いしますわ~」


都内でも縁がない地域の人、地方から出てきた人、方言混じりで何とか東京弁に合わせようとしている人、城華大学は天乃の世界を広げた。


講義がない日は半日遊びに行って、カフェとかで一緒に勉強もした。

本当に充実した毎日だった…


…あの日までは。


寒い冬の日。日々刻々と弟の純也の受験日が近づいてくる。

純也はほぼ家にいることがなくなった。日に日に天乃の気分は高揚していた。

受験前日。天乃は純也に久々に手料理を振舞った。

「姉ちゃんがこんなの作ってくれるなんて珍しいな。」

「合格の前祝い。笑」

「まだ受けてすらねーよ(笑)」

「でも、あんた合格するでしょ?」

「わかんねーって。笑」

「そういえば、あんたもう足は大丈夫なの?」

「うん?ああ、夏休み前に街で転けて車にひかれそうになった時の傷だろ?まだ動きにくいところはあるけど、体のバランスなんて生きてるうちに治るさ。

でも本当に、あの時助けてくれた女性は奇妙だったよ。」

「奇病ってやつなのかしらね。それも私たちが医者になる頃には治すべき対象になりそうだね。」

受験直前模試、受験科目オールS。合格確率95%。

笑いながらも天乃も純也も合格を確信していた。


…だが次の日。

純也は起きてこなかった。

天乃が家に帰ると、部屋の中は荒れ返っていた。

「え…!?」

ふと足元を見ると純也の靴は昨日揃えてやったままだった。

「純也!!」

天乃は階段を駆け上がって純也の部屋に飛び込んだ。

「純也!純也!!あんた受験は…」

ガクッと力無しに垂れ下がる純也の首。その首にもはや体温はない。

「純…也…?」

人は極度の絶望感を感じた時涙が出ないというのは本当らしい。

「警察ですか!弟が死んでいて…私も訳が分からなくて…」

たてこんでいたのか、警察は着くまでに時間がかかるという。

天乃は一旦1階へと降りた。

当たり前だが両親はいない。

ただ1つ。いつもと全く違うのは、


既にそこに両親がいた形跡がないということ。

そして、もうこの家に帰っては来ないということ。


[奇病患者なんて私たちの子供ではない。]


冷たい黒ボールペンで綴られたその文字は天乃の心を壊していった。


天乃は静かに上へ行き、純也の肉体を抱きしめた。

「ごめんね。純也。」


警察が着き、最初に見たのは、グチャグチャになった家の中と2階にいる純也だけだった。

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