第9話 優里
小さい頃、優里はいじめっ子の取り巻きだった。
『いじめ』という形があるのかないのかはっきりしないものの中で主犯格である天宮 恵玲奈やその仲間たちと、取っかえ引っ変え人を変えながら飽きるまで弄んでいた。
最初は単なる嫌がらせだったが、次第にその嫌がらせはエスカレートした。いつも主犯である恵玲奈が上手くやっていたから優里が直接手をくだすことは無かった。
故に、優里には罪悪感などはさらさら無かった。
誰かが先生にチクったのだろうか、優里たちが小学5年生のある日先生から呼び出しをくらった。
といっても呼び出されたのは恵玲奈ではなく優里1人だけ。
「貴方がいじめをしていたと報告があったの。」
オブラートにも包まずに、冷たく単刀直入に響く先生の声。
「確かに近くにはいたけど…私は違います。」
直接手をくだすことはしたことが無い。いつも恵玲奈がやっていた。優里はそれをただ見ている傍観者にすぎなかった。
「仮にそれでも何故、それをとめなかったの?」
「それは…」
その冷たい視線と言葉に優里は言葉を詰まらせる。
流石に11歳という歳にもなればこれはいじめなのではないかと疑念が沸くようなことも無くはなかった。だが、それでも恵玲奈たちとは入学当初から一緒にいた。
生徒が少なくクラス替えという概念がないこの小学校では、恵玲奈たち以外に仲の良い子なんていなかった。
「…そもそも、誰がそんなこと言ったんですか?」
困った末に、優里は先生に質問を投げ返す。
「…天宮さんよ。」
優里の顔が青ざめていく。
優里は恵玲奈の裏切りにあった。
その様子を見て、先生はため息をつき
「まあ…天宮さんもまだ何か隠してる様子があるし、確かに私も実際伊吹さんが何かをしているところを見たことがないわね。
今日はもう行っていいわよ。」
これは情けなのだろうか。
優里は黙って学校を出た。
(どうして…恵玲奈が…。)
家に帰っても親友だと思っていた子に利用され、売られたことに腹ただしくも悲しかった。
だから、優里はその一件で恵玲奈のグループを抜けることを決めた。優里も弱い女の子では無かった。そうでなければ、こんないじめ女子グループにはいられない。
思えば知らず知らずのうちに恵玲奈という人物に依存していたのかもしれない。
それを『恵玲奈たち』にし、自分は普通なのだと肯定的にしていただけだったのかもしれない。
なんにせよ、今の優里に怖いものなど無かった。
だが、心の傷はそう簡単には癒えない。優里は中学にあがってから体調を崩し気味になった。
精神的なものもあったのかもしれない。あるいは今になって罪悪感のツケが回ってきたのか。
なんにせよ、恵玲奈がいなくなった今、同じ小学校から入学してきた人から優里に向けられる視線は痛いものが多々あった。
この頃、教室にもはや優里の居場所はないに等しく、かつて優里が人にしたような仕打ちが優里にも返ってきた。
優里のことを『因果応報』だと嘲笑うかつてのいじめられっ子だった人達。
優里は仮想の友達を作り上げた。
その名は「イヴ」。
イヴは優里のかつての長所であった、口が堅いところを併せ持つ能天気な女の子だった。
優里自身も十分に優しかったがいじめの事件によってかつて持っていた長所は短所に変り、短所は長所に変わってしまった。
「イヴ、今日は何してたの?」
「今日は放課後に図書室で本を読んでたの。」
「そうなんだ~!なんの本?」
「『Psyllium』って本。
ないものねだりの主人公達のリアリティある日常が描かれてるの。」
「面白そ~!あ、そういえば明日までの宿題ってなんだっけ??」
「明日は算数ドリルp76~p80までの提出日だよ~…」
こんな感じで優里は日々イヴとの自作自演の会話を楽しんでいた。
すると、小学生の頃から友達だった幼馴染の男子が優里を気にするようになった。
小学生の頃から度々顔は合わせたが、優里のいたグループもグループだったため、なかなか話すことが出来なかったやつだ。
「でも、お前のこと名前で呼んだら俺が変な勘違いされるよなぁ…。
お前、悪いやつじゃないのにな。
伊吹 優里だから…『イヴ』はどうだ??!」
「うん、それで良いならそれでいいよ。」
優里はその男子、天霧 十夜には『イヴ』として接することに決めた。
それでもなお、学校に居づらかった優里は雑念を追い出し、必死に勉強に励み、都内有数の高校に合格した。
ここまで学力が上がると、もう嫌がらせをしてくる人は気にしなくなり、この頃の優里は普段のイヴの存在を忘れかけていた。
そして、何か嫌なことがある度に自分の中でイヴを呼び出し自分で自分の傷を癒していた。
優里が、高校に入り十夜とは疎遠になったある日、優里はとある男子と出会った。
彼は極端に色が白い。背が高くてイケメンだが、極端に色素が薄い肌、薄い茶髪の髪。
優里はその人に一目惚れをした。
高校に入ってもやはり体が弱いのは相変わらず。
でも、中学時代の同級生は全く居なく、楽しい日常に、優里はいつしかイヴの性格を取り入れていた。優里はイヴ。イヴは優里として生きることにした。
優里の片想いは続いた。
自分と同じ文系である彼を目で追う日々が続く。
そんなある日、優里は決心を決めてその人に話しかけてみることにした。
「あの…東宮くん。」
その声に、優里の想い人、つまり東宮 翔はゆっくり優里の方を振り向いた。
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