第8話 愛する人へ

奇病を発症していてもなお、他の人にバレなければ良いわけで、未來は相変わらず研究に取り組んでいた。

「先輩は真面目っすね~

そこまで厳重にゴム手袋や安全メガネをかけるなんて、勉強になります~」

嫌味にも取れるお褒めの言葉を後輩から貰いながらも未來は微笑み「ありがとう」と返しひたすら研究に勤しんだ。

ゴム手袋をするのが、安全メガネをかけるのがこれ以上自身の奇病を悪化させないための保険であることは口が裂けても言えなかった。

そして、生物学は幸いにも人間の体についても勉強する科目であったために、一見関係なく見える研究にも何か奇病に関する手がかりが掴めるのではないかと密かに期待していたりもした。

おかげで、授業時間が増え、日に日にお昼休みの時間が短くなっていた。そのため、翔と未來はほぼ顔を合わせることは無くなりつつあった。

一方、翔自身はというと度々未來を見かけることがより増えた気がしていた。

翔の通う法学部のあるキャンパスが一部、改装工事に入った為に未來のいる生物学部のキャンパスに近い空き教室を使うことが増えたからだった。

それでも、翔は未來に話しかける真似はしなかった。

それは未來が嫌いだったのではなく、十夜に対しての不信感や嫌悪感からであった。

何も、顔を合わせるのは初対面の人にそこまで気を荒立てなくても良いのではなかったのかと思われる。法を学んでいる翔には明らかに「法律違反」「過剰防衛」という文字が浮かんでいた。

だが、最も強かったのは、優里の死について、死んだ者を死んでいないと主張したりすることに対する不信感。

(僕は…優里の死をこの目で見届け、葬式まで出した。実際、優里の遺骨を埋葬した人の1人なんだ…)

優里がもしも、まだどこかで生きていてくれていればと思うことは度々あった。

だが、遺骨埋葬をしたりとそこまで、現実的な『死の証拠』を目の当たりにした今。そんな夢のような話は信じられなかった。

(あの日…桜樹さんが止めてくれなければ、僕は…。)

未來の奇病能力、「華歌憐」は体の一部を植物に変え、未來自身が操作可能な一種の武器であった。

一方、翔の奇病能力「透結晶」は透視能力と自由自在な場所に水晶を生やしたり出来る能力だった。

ただ、未來のとは違い、水晶は殺傷能力が高い刃物のように硬いものであった故に、翔は透視能力以外は極力使いたくなかった。

さすがにいくら憎たらしい人でも嫌いな人でも殺していい理由にはならない。

そんな気持ちがあれば翔は法学部など行っていなかった。


「…優里…そうだよな?」

愛していた人が死んでいることを願う訳では無いのに、優里の墓を前に翔は涙を流す。

優里の墓は翔の住む街からそう遠くないところにあった。


「僕…奇病能力者って呼ばれるものらしいよ。笑」

泣きながら必死に笑顔を作る。

優里はもしかしたら知っていたかもしれない。

「でも…願いの叶う林檎っていうものがあるんだって…!

これを使えば…優里は…!」

翔はメガネを外し、低視力と涙でぼんやりとした視界の中で目を擦る。

「また…来るから。」

翔はまたニコリと笑って優里の墓から去っていった。

日は沈みかけ、雨が降り出しそうなほど雲が空を覆っていた。

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